―――クトゥルーの名を口にする者、かかるを銘記せよ。
クトゥルー死にたりと見ゆるにすぎぬ。眠りたれど眠るにあらず。
死にたれど死せるにあらず。眠り死にたれど再び甦りたり。真相は次のごとし。

久遠に臥したるもの死することなく
怪異なる永劫の内には死すら終焉を迎えん

                    ネクロノミコンより。


そこは、ありとあらゆる全てが狂った都市だった。
穢れた緑色の泥に覆われたその場所は、異常極まりない非ユークリッド幾何学的な外形を持つ多くの建造物からなっており、
冒涜的な象形文字、彫刻や巨像に覆われた、信じられない程に巨大な石造建築物や石柱に覆われていた。

人類とは全く異なる論理によって作られた狂える海底都市ルルイエ。
そのごくごくほんの一部がこの小島である。
本来のルルイエは大陸規模の大きさであり、それが浮上しただけでも人類はおそらく死滅するだろう。
そしてそのルルイエの中心に狂える神、旧支配者クトゥルーの墓標は存在する。
緑色の泥を踏みしめながら、ゆっくりと歩くラバン博士と、彼に連れ添うように妖精のようは羽を生やして飛行するハヅキ。
そして、ラバン博士はルルイエの一部である石造都市を眺めてつぶやく。

「うむ、どうやらここは確実にルルイエの一部のようだな。
恐らくは星辰が整ってきたので封印が緩んで一時的に浮上したのだろうな。」

やはり、アル・アジフの断片やその他の情報は間違ってなかったようだ、とラバン博士はひとり呟いた。
以前の無名都市探索の際手に入れたアル・アジフの断片と今までの情報により、
ルルイエがこの南太平洋に確実に存在すると確信した彼は、バイアクヘーを駆り、ここまで偵察を行ってきたのである。
……余談だが、アル・アジフの断片はすでに書き写し、解放してある。
解放された断片はいずこともなく飛び去っていった。
おそらくは自らの本来の書のもとへといったのだろう。

異様でおそましい彫刻が余すところなく彫り込まれている石造都市を歩きながら、
恐らくは、ここはルルイエのほんのごく一部にすぎないと博士は考える。
クトゥルーが眠るルルイエの中心、クトゥルーの墓標はまだ海中に存在するはずだ。
それは、まだ完全に封印が解けていない、星辰が完全にそろっていないことを意味する。
だが、それも時間の問題だろう。
ならば、こちらも戦闘の準備を整えなければならない。

「まずいよ!ダディ!」

その瞬間、ハヅキの声とともに、海から放たれる数体の莫大な神気。
これは深きものどもやダゴンなどの眷属の類ではない。
恐らくはクトゥルー直属の眷属、かつてラバン博士が倒したクトゥルーの落とし子だろう。
それが数体。いかにアンブロシウスとでも苦戦は免れえない。
しかもさらにダゴンまでも呼び寄せられては厄介だ。
こちらも、まだ完全に戦闘態勢は整ってはいない。そう、今は戦うべきときではないのだ。
バイアクヘーモードになったハヅキに載ると、その島から高速で離脱しながらラバン博士はぽつりと呟いた。

「だが、ルルイエよ。私は必ず帰ってくるぞ。必ず、な。」





―――1人の青年がシンガポールのバーへと足を運んでいた。 彼の名はホーヴァス・ブレイン。
彼は古代文明の研究家であり、古代の遺跡、絵画、象形文字などの研究に心血を注いでいる。
特に、彼の得意とするのは南太平洋の古代文化の研究である。

その研究が認められ、それなりに名前が通り始めた彼は、研究の疲れを癒すためにいつもの行きつけのシンガポールのバーへと来ていた。
だが、いつもと雰囲気が違うのは、一人のサングラスをかけた筋骨隆々たる老年の男性と、
それに連れ添うようまるで妖精のような神秘的な少女、他四人の若者が激しく論戦を行っていたことである、

その四人も随分と変わった顔ぶれだ。
リーダー格であろう長身で浅黒い皮膚をした青年はかなりの筋肉質で、拳などまるで鋼鉄のハンマーのように鍛え上げれている。
そして、白衣を纏って眼鏡をかけた青年は普通そうだが、懐が膨らんでいる事から、ハンドガンを持っているに違いない。
さらに五芳星が描かれた眼帯を身につけた青年や、普通そうだが、まるで槍のような長い物体を布で覆った青年などこの四人は、異質極まりない。
特に気になったのは漏れ聞こえてくる言葉に「ルルイエ」だの「南太平洋」など「ポナペ」など妙に彼の気を引く言葉があったことだ。

一人の眼鏡をかけた研究職か神職のような雰囲気をまとった青年は激高したようにテーブルを平手でバン!と叩く。

「ですから、今すぐ例の水域へとみんなで乗り込むべきだと言っているんです!
こうしているうちにも人類は危機的な状況に……!」

そんな激高している青年に対して、片目を五芳星の刻み込まれた眼帯で覆った別の青年は皮肉げに微笑む。

「何の手立ても対策も立てず、情報収集もせずにただ突撃して死ねと?
全く、これだから単細胞の正義の味方きどりは……。」

「何だと!いくら君でも許せないことがあるぞ、ボイドくん!
僕がいっているのは、こうしてのんびりしている余裕はないということで……」

「まあまあ、ボイドもエイベルも落ちつくことだな。
私達が仲たがいしてはCCDに対抗することなど到底できはない。
ましてや、大いなるCには、な。」
 
そんなメガネの青年と眼帯をした青年の言い争いを、飄々とした感じの青年が諌める。
いかにも文系の小説家のような青年だが、その下には鍛えられた肉体があるのを服の下からでも感じられた。
そして、それを受け継いだのは、青年達のリーダーらしき、長身で浅黒い肌をした、
凄まじく鍛え抜かれた肉体と鋼のような拳をもった青年だった。

「そうだな、のんびりしている訳にもいかないが、焦って特攻するわけにもいかない。
星辰の位置はもう整いつつある。
何としても我々はそれを防がねばならない。」

そして、話はさらに古代遺跡について話に及んでいった。
ポリネシアの神殿やアンコール・ワット、そしてポナペの遺跡の事である。
こっそりとそれを聞いていたブレインには、とても新鮮で興味深い話ばかりだった。
さらに四人の青年に意見を求められたサングラスの人物は面白そうに口を開く。

「そうだな。私は、南太平洋の島々の芸術について興味を示している。
例えば、そこにいる人が最も詳しいのではないかな?」

四人の目が一斉にブレインの方に向かれる。
ここぞといわんばかりに、ブレインは皆のテーブルへと近づいていく。

「失礼。何か面白そうな話をされていますね。
ぜひ参加させていただいていいですか?」

「君は……。」

「ブレイン。ホーヴァス・ブレインです。」

「うむ、ブレインくん。君の事はよく知っている。
私たちはあなたを頼りにしているのだよ。
私は、ラバン・シュリュズベリイと言う。
他はアンドルー・フェラン、エイベル・キーン、クレイボーン・ボイド、ネイランド・コラム。
この子はハヅキという。
さて、そこで本題に入るが、有名な老古学者である貴方に聞きたいのだが、
両生類的、もしくは半魚人的な要素をもつ芸術の焦点となる場所についてお聞きしたい。」

どうやら、博士は原始人の芸術におけるクトゥルーの痕跡について知りたいらしい。
その瞬間、ブレインの脳裏には符号する事柄が次々とよみがえってきた。
胴が歪み、手足の変わりに触腕を持つクック諸島の神。
人間と八腕類と魚と蛙を掛け合わせたニュージーランドのマオリ族の彫像。
水面下の迷宮と、犠牲者をつかむように触手を伸ばした恐ろしい生き物が刻まれた戦いの盾。
それらの地域から指示される地域はただ一つ。

「ポナペだ。」

そう、これらすべてがポナペを指し示す一方、イースター等のモアイ象は別方面からポナヘをさし示していた。

ポナペには人の訪れない遺跡と使われなくなった港があり、
そこには間違えようのない恐るべき魚人間、八腕類の彫刻が存在する。
そして、最近になって使われていないはずの港や遺跡に、何やら大量の人の気配がする、とブレインも伝え聞いていた。

「うむ、やはりその島か。
そして、我々は、そこから近くに眠るであろう黒い島……ルルイエの一部が他にも浮上しているのかを確かめねばならない。
……ところでミスター・ブレイン、君はクトゥルーという神名を聞いたことはありますかな?」

どくん、とクトゥルーの名前を聞いた瞬間、ブレインの心臓は跳ね上がった。
だが、内心の動揺を隠して、彼はさらに問いかける。

「……いえ、ありませんが。
何なのですか?そのクトゥルーという神は。」

すると、ラバン博士は説明を始めた。
宇宙開闢と同時に発生した大宇宙の覇者である無敵の外なる神の存在。
そして、それより力は劣るものの人類など到底及ばぬ強大な力と魔力を誇る 無数の旧支配者たちの存在。

そして、その中には地球に降り立った存在も数多く存在する。
最初に原初の地球に降り立ったとされるクトゥグァ。
今やン・カイの地に聖なる怠惰にまどろむツァトゥグァ。
風の小神であるツァールとロイガーなどなど。

そして、最も有名である存在が、大陸規模の狂える都市、ルルイエを建造し、この地に降り立った大いなるクトゥルーである。
クトゥルーは当時地球を支配していた《古のもの》と戦いを繰り広げ、この地球の支配権を争った。

まさしく真なる正しき神々である彼ら。

だが、いかなる理由か、彼らはほぼ全ての存在が封印されてしまった。
それはクトゥルーであろうと例外ではない。
クトゥルーは今だ狂えるルルイエで死のごとき眠りについている。

「それで、私にどうしろというのですか?」

「南太平洋の芸術について恐らくあなたが最高の権威であると推察します。
我々は現在南太平洋の芸術を通してクトゥルーの勢力がどこまで力を伸ばしているのか、
そしてクトゥルーの復活についての情報を探索しています。
そこであなたにも我々の探究を手伝ってもらいたいのですが。
協力していただけますかな?ミスターブレイン。」

その博士の真摯な言葉に、少しブレインも考え込んだ。
博士のいうことに興味はあるし、何よりもこの探索には必ず参加しなければならないという脅迫概念じみたものがあった。
だが、正直今は混乱している。もう少し考えたい。

「すみませんが、もう少し考えさせてください。」

「わかりました。ただしこの探究は自らの肉体と魂を破滅させる可能性が極めて高い事を言っておかねばならない。
それでも来るというのなら、ここまで連絡を。」

ラバン博士から連絡先の書いたメモを渡されたブレインは、
一見胡散臭い話だったが、理論ではなく、本能的に彼らが言うことが正しいと思っていた。

そして、同時に、何としても彼らのいうクトゥルーの情報を集めなければならないという激しい衝動に襲われていた。

部屋に戻ると、彼は祖父の残した書類を取り出した。
彼はボストンの親戚の養子になったため、ブレインの姓を冠しているが、元々はウェイト家の住人である。
祖父であるアサフ・ウェイトは街を襲った恐るべき災害により、両親、祖母ともに命を落としている。

祖父はマサチューセッツ出身の船乗りの家系で、一時は有名なマーシュ家とも交友があったらしい。
ラバン博士の話を聞いて、ブレインはこれを読み返したくなってたまらなくなった。
それは断片的な日記、書類、そして表面に「ダゴンへの祈り」と書かれた書物だ。
ブレインはなぜかこの手紙を読むと奇妙な興奮と不安に襲われるのである。
ダゴンへの祈りは記述が曖昧で矛盾する部分が多々あり、しかも難解であったが、それでも戦慄するような内容であることは漠然と感じられた。
ぺらぺらと、ダゴンへの祈りを読んでいたブレインの手がふと止まる。

《イハ=ントレイの深淵、その住民みなにより
キシュの印、それを従う者みなにより
イヘエの扉、それを用いる者みなにより
来るべき者により……
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん》

一日に二度もクトゥルーやルルイエというラバン博士たちの言っていた言葉に出会ったブレインは戦慄した。
そして、さらに彼は祖父の手紙を読みなおす。
そこには、何者かが、マサチューセッツの街に入り込んだ事。祖父が何らかの企てに参加していたこと。
侵入した何者かからの情報か、政府の人間……恐らくは何らかの特殊部隊が街を監視している事。
その結果、1928年に祖父が住まうマサチューセッツの街で何かの大規模な爆発か火災めいた災害が起こったことが、混乱した記述で書かれている。
それにより祖父や両親が命を落としたことも。

それを読み返しているうちに、なぜか、彼は強迫観念じみたクトゥルーの探索に参加せねばならないという衝動が蘇ってくるのを感じた。
それは、当面、自分自身の老古学的探究、将来への希望と野心を投げ打っておこないたいほど、その衝動はあまりにも強かった。

とりあえず、ブレインは自らが得意とする老古学と古代の芸術に関する知識を生かし、南太平洋の島々の芸術、とりわけクック島の漁師の神の像を手掛かりに調べてみた。
すると、その影響は南太平洋全般、日本やマレーシア、インドネシアまで伝わっていることが確認が取れたが、
やはり一番影響が大きいのは、ポナペ中心だった。
ポナペは邪悪が支配する前哨地、旧支配者の眠る封印の地に最も近い禁断の前哨地なのだ。
そして、そこには、眠れるクトゥルーが永劫の呪縛から解き放たれ、地球上を自らの支配地へと変えようと企んでいるのだ。




それから数日後。
ブレインはラバン博士たちと合流する事になった。
本来なら一刻でも早くポナペへと向かいたかったのだが、ラバン博士やアーミティッジ博士はそれに反対した。
いわく、ただの人間では無駄死にするだけだ。
CCDに対抗するならば、君も魔術師にならなければならない。
  
……正直、ブレインにはCCDと対抗しようという気はあまりない。
ただ求めているのは、クトゥルーの探索。それだけだ。
だが、ここで彼らに逆らって加えてもらえなくては元も子もない。
渋々、彼は魔術師として訓練を受けることにした。

彼の魔導書は、祖父から受け継いだ「ダゴンへの祈り」
やはりこの魔導書が彼と一番相性がよかったのである。
しかし、ブレインはこのダゴンの書が祖父のものであるという事はできなかった。
なぜか、それをいう事は極めて危険であると本能で感じ取ったからである。
とりあえず、南太平洋の芸術を探索しているときに見つけた品物のうちの一つと言い訳をしておいた。
ブレインが南太平洋の芸術について高い権威であることは皆知っているため、誰もそれを不審に思うことはなかった。
ただ、ラバン博士が無言でこちらを眺めていたのが、少し気になったが。

だが、ブレインが異質だったのは他の四人と異なり、クトゥルーの力を使用する水系の魔術に対して高い素質を見せたことである。
反面、ラバン博士やフェランたちが使用するハスターの風系の魔術は全く使用できない……どころか、暴走して死にかけたことすらあった。
まるで魔風自体がブレインを敵とみなしているかのようである。

彼が使用する魔導書は実家に眠っていたホーヴァス・ブレインが記した、ダゴンへの祈祷の詩「ダゴンへの祈り」
そう、かつてフェランが戦った魔術師が使用したのと同じ魔導書である。 まあ、それ自体は珍しいことではない。
人には向き不向きがある。
ハスターの力と相性が悪く、クトゥルーの力と相性がよい人間などいくらでもいるし、敵の力を借りて敵と戦うことは珍しくもない。
だが、ブレインほど極端なのはまれだ。
その所が、アーミティッジ博士、ラバン博士、そしてフェランが少し気になったところだった。

そして、そんな魔術師としての修行のある日、気になることが起こった。
今回の講義はCCDに対抗するための防衛手段の際、ラバン博士は懐から、表面に五芳星が刻み込まれた円状の石をブレインに見せた。

「うむ、ちなみにこれは《旧き印》だ。
下級のクトゥルー眷属邪神群を退ける力を持つ。
下級の魔術師が防御結界である《旧き印》を発動させるための魔導具でもあるのだが。
ブレインくん、これは君の物だ。持っていたまえ。」

旧き印(エルダーサイン)。
それは古きムナールの灰褐色の石で作られ、五芳星が刻み込まれた旧支配者の眷属を退ける魔導具である。
ラバン博士がいったとおり、それ魔女、悪鬼に対して身の護りとなるもの、深きものども、ドール、ヴーアミ、トゥチョ=トゥチョ人、
忌まわしきミ=ゴ、ショゴス、ガースト、ヴァルーシア人など邪神の眷属を退ける力を持ち、同時に未熟な魔術師が防御結界《旧き印》を発動させるために魔導具でもある。
邪神の眷属と戦うものには必須ともいえるべきもので、他の四人もすべて所有している。

……だが、ブレインはそれに対する本能的な極めて強い嫌悪感を感じていた。
できれば早々に逃げ出したかったが、そうもいかずにブレインが恐る恐る手にそれをもってみると、じゅうっと音をたてて、ブレインの皮膚が焼けただれてしまう。

「――――!!」

慌ててブレインはそれをポケットにしまうが、石はだんだんと重くなり、また服を通しても、なお皮膚を焼けただれるほどの熱を発してきたので、
彼は慌てて、言いわけをつけてその場を離れると、石を荷物の奥深くへと突っ込む。
そして、焼けただれた掌は包帯を巻いてなんとかごまかしておいた。
フェランとラバン博士、アーミティッジ博士は少し不審な顔をしたが、特に何もいいはしなかった。
何故、旧支配者の眷属を退ける旧き印でこんな効果が出たのか、その時もっと深く考えておけばよかったと、のちに彼は深く後悔した。



さらにそれから数日後。
彼らはアメリカ海軍所属の駆逐艦ハミルトン号に搭乗していた。
本来ならバイアクヘーを使用すればいいだけの話だが、
ブレインは全くバイアクヘーを召喚できないため、アメリカ合衆国の協力を得て、駆逐艦ハミルトン号を使用することになった。
ハミルトン号は魔導理論こそ組み込んでいないものの、アメリカ海軍の対邪神組織《デルタグリーン》の海の旗艦ともいうべき存在であり、
乗組員の超自然的存在への錬度・装備ともに目を見張るものがある。
これは、海軍情報部の一部門だった関係でデルタグリーンは海軍とのつながりが深い事と、
海軍において海魔の存在は驚異そのものであるため、海魔に対する情報が比較的多いためである。

目的地は、ラバン博士がバイアクヘーで発見したルルイエの一部。
さらに他のルルイエの一部が浮上していないかの探索である。

ブレインが己の老古学の知識をもって調べ上げた結果、クトゥルーの崇拝の影響はやはりポナペが色濃いことが判明している。
もし浮上しているのならポナペの近辺だろうという彼の予測は当たっていた。
ラバン博士が発見した他にも、ルルイエの一部が浮上しかけていたのである。
これは、確実に星辰が近づき封印が解けかけている証拠である。

そのハミルトン号はルルイエの一部近くまで近づくとエンジンを機動させながら停止する。
これはもしクトゥルーの落とし子やダゴンが出てきた場合に即座に離脱するためだ。

「これは大陸規模のルルイエのほんの一部でしかない。
しかし、今回のこの爆弾で物理的に破壊できるのならば、対処の仕方もおのずと違ってくる。
……だが、この攻撃がルルイエの一部といえど完全に破壊できる可能性は低い。
もし墓標から死して夢見るものが登ってきたらすぐに撤退するのだ。
さあ、作業に取り掛かってくれ。」

そして、ラバン博士の指導のもと、五人は手際よく大きなラグビーボールのような金属の物体をルルイエの各部へと備え付けていく。
(ちなみにハヅキは上空から周囲を警戒している。)
これはただの爆弾ではなく、イブン・ガズイ粉薬入りの特殊高性能火薬だ。 
  物理的な破壊力ではルルイエの爆破は難しいかもしれないが、魔術理論を組み込んだ爆弾なら違うかもしれない。
彼ら五人は、五芳星を描くように、五芳星の頂点になる場所に何個もの爆弾を仕掛けていく、
そして、さらにイブン・ガズイ分薬入りの火薬をルルイエの床にふりまいて五つの爆弾の起点を結び、完全な五芳星を作っていく。
だが、まるでそれを阻止するかのように、邪悪な気配が高まっていくのはここにいるみんなが感じていた。
特に、ブレインはそれが顕著だった。
何度も何度も、博士に従ったことを後悔し、今すぐ作業の妨害を行いたくてたまらない原初的な本能を、何とか理性で抑えこんでいた。

《ダディ!来るよ!!》

そして、完全に準備が整った瞬間、ルルイエの一部の周囲から凄まじい神気と邪気が膨れ上がり、とてつもない巨体が数体、海面から浮かびあがる。

「む―――!これは……やはりか!!諸君、急いでこの場から撤退するぞ!」

彼らこそがクトゥルーの落とし子。
以前、ラバン博士がこの島に降りたたったときと同じように、再び姿を現した彼らは、単体でもデウスマキナを駆逐できるほどの力を秘めている。
それが数体。さすがのラバン博士でも苦戦はまぬがれえない。

そのラバン博士の声とともに、五人は必死で揚陸艇へと走り始める。
しかし、その中でただ一人だけブレインはその存在を見て呆然……というよりは陶然した視線を向ける。
ふらふらと、彼らの元へと歩み寄ろうとしたブレインだが、がっしりとフェランに片腕を攫まれ、そのまま人間離れした力で揚陸艇へと向かう。
そして、そのまま六人は、揚陸艇へと乗って全速力でハミルトン号へと向かい、ハヅキも飛行しながらハミルトン号へ向かう。

ホバークラフトの揚陸艇はかなりの速度を出すことができる。
それに、落とし子たちはまだ眠りから覚めたばかりで、封印も完全に解けていないため、動きも鈍い。
揚陸艇は、そのままハミルトン号に搭載されると、ハミルトン号は全速力でその場から離脱を始める。
そして、離脱を始めた瞬間、ルルイエの一部から凄まじい爆発が巻き起こる。

その爆炎は火薬を伝い、ルルイエの一部に爆発と爆炎による五芳星を刻み込む。
霊的な存在を物質化させる力を秘めたイブン・ガズイの粉薬からなる爆発は、霊的にも物質的にも同時に対象を粉砕できる。
それは、旧支配者の遺跡であろうと例外はない。
……だが、それでも、爆炎が晴れた後には、確かにダメージを負い、一部は崩れているものの、それでも平然とした姿を誇るルルイエの姿だった。
一見では単なる石造建築物にしか見えないのだが、恐らくは、人間では想像もできない素材でできているに違いない。

「やはり物理的な破壊力ではルルイエの一部すらも破壊することは難しい、か。
何か対処策を講じねばならんな。」

全速力で遠さかっていくハミルトン号の中で、ラバン博士はぽつりとつぶやいた。




―――深き闇の中、誰もから見捨てられた廃墟の奥底で、彼らは蠢いていた。
クトゥルー教団。
大いなる旧支配者、クトゥルーを崇め、復活を願うものたちによって作られたこの教団は
恐らくは邪神崇拝者の集団の中でもトップクラスの力を誇るであろう教団である。
世界各国の上層部にもその崇拝者は存在しており、
彼らの神の禁断の知識を知るものを葬り去ったり、彼らの神であるクトゥルーへの崇拝を主に行っている。

ここも一見は太平洋上に浮かぶポナペ近くの無人島の廃墟でしかないが、
実際には、ラバン博士に破壊されたサンプラコ要塞に勝るとも劣らぬ巨大さと堅牢さを誇る要塞が地下に存在する。
分厚い堅固な岩に守られ、さらには何十もの鋼やコンクリートによる防壁、サラプンコ要塞同様の何十にも張り巡らされた魔力防壁により、
堅牢な砦そのものと化している。
巧妙に偽装されているが、旧式の駆逐艦や武装された商用艦、対空砲、砲台まで備え、自家発電装備や食糧や水なども十二分に備蓄されている。

これだけでもクトゥルー教団がどれほどの力を持っているかわかるというものだ。
ペルーのサラプンコ要塞が叩き潰された次の彼らの拠点がこの地である、 そして、その内部の広大な空間の中。
人間の信者と深きものどもの信者は、クトゥルーの彫像に向かって一心不乱に祈りを捧げていた。
そして、彼らは一斉に声をあげる。

時は来たれり!
時は来たれり!
時は来たれり!

そう、今こそ正しい星辰の揃うときは来たれり。
大いなるC、大いなる神、クトゥルーの蘇る時は来たのだ。
そして、そのクトゥルーの彫像が祭られている祭壇の前で、クトゥルー教団の首領、アンドラダ神父は熱心に祈りを捧げていた。

祈りを捧げるアンドラダ神父の脳裏をよぎるのははるか昔の自らの過去。

―――ほんの少し昔のこと。
アンドラダ神父は、アーカムシティの片隅で小さな孤児院を開き、ひっそりと暮らしていた。
そのころの彼は魔術のことなど欠片も知らず、孤児となった子どもたちを引き取り、彼らを愛し、質素だが平穏な暮らしを営んでいた。
周囲の人々からは「聖人とはああいう人のことだ」といわれていたが、そんな大層なことはしていない。
神父として当然のことをしているだけだ。

……だが、おりしもアーカムシティは大暗黒時代にして大黄金時代。
経済都市の中心として劇的な発展をさらに遂げようとしているアーカムシティでは、地価の値段が急上昇していた。
それはこの小さな孤児院とて例外ではない。この場所はアーカムシティの中でも交通の便もよく、一等地とも言える場所なのである。
さらに運の悪いことに、この孤児院のある場所に、大型のビルをたてようという計画が上がってきた。
つまりは、この場所からの立ち退きを迫られたのである。
だが、子供たちやアンドラダ神父は頑として首を振らなかった。
長年住み慣れた土地を離れるのを嫌ったからである。

そのため、彼らは凄まじい嫌がらせや買収工作などにさらされる事になった。
さすがの彼らも疲れ果て、立ち退きの準備を始めた矢先に、ある事件が起きた。
あまりにも事を急ぎ過ぎた立ち退き屋の人間が孤児院に油を捲いて放火を行ったのだ。

―――その結果、孤児院は全焼。
中にいた子供たちも全て例外なく亡くなっていた。

ただ一人生き残ったアンドラダ神父は絶望した。
何故彼らが亡くならければならない。
何故善良なるものが亡くならなければならない。
何故奴らがなにも罰を受けずにのうのうと生きなければならない。
何故善が踏みつけられ、悪がのさばらなくてはならない。
何故この世界には正義がなされないのだ。

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして―――!!

そうして、アンドラダ神父は熱狂的なほど『正義』に固執してしまった。
この世界で誰も正義をなさないのなら、自分が行うしかない。
だが、その結果返ってきたのは偽善者、独善的といった敵対的な感情しかなかった。
世界にさらに絶望した彼の元にナイ神父が齎したのが極めて強力な魔導書『ルルイエ異本』

それを極め、優れた魔術師と化した彼は復讐を開始した。
間接的にでもあの孤児院の地上げに関わった者は全て地獄の苦しみを味わわせ、拷問し、その魂をクトゥルーに捧げた。
そして、直接的な放火を行った者に対しては残忍極まりない術を使用した。
ルルイエ異本の術式が存在する限り、彼らは不死の肉塊となったのだ。
今頃は、永遠に肉体の腐敗と再生を繰り返し、永劫の地獄の苦しみを味わいながら
「タスケテクレ」と叫ぶだけの人の形すら留めていない醜い肉塊がどこかに数体転がっているだろう。


だが、この世界にはまだまだ到る所に悪がはびこっている。
否、この世界が悪そのものなのだ。
なのに、人間たちはそれを享受して見ぬふりをしている。

それではだめだ。悪は滅ぼさなくてはならない。
偉大なるクトゥルーの力で、歪んだ世界を叩きつぶし、
徹底的な管理と絶対的な支配・統制による、平等で秩序正しい正義の世界を作らねばならない。
そう、この私こそが、この私だけがそれをなすことができるのだから!
がっ、とアンドラダ神父は目を見開くと、勢いよく後ろを振り返り、熱狂的に手を振り上げて言葉を放つ。

「諸君!時は来たれり!星辰の位置は今こそ正しい位置を指し示した!
今こそ我らの王、偉大なるクトゥルーは復活する!
そして、クトゥルーの強大な力で、我々は我々を迫害し、差別した世界を破壊し尽くし、正義の世界を構築するのだ!
諸君!今こそ戦おう!闘って、間違った悪の世界を叩きつぶし、輝ける我々の世界を作り上げるのだ!」

おおおおおおおおおおおおおお!!!と一斉にクトゥルー教団の深きものどもや邪神崇拝者を割れんばかりの歓声を上げる。
そして、迷うことなく、彼らは活動を開始した。

―――南太平洋を覆うように、それぞれ六人の深きものが立っていた。
北に一人、南に一人、そして東に二人、西に二人。
彼らはただの深きものではない。
この日のためにアンドラダ神父直々に魔術を教え込んだれっきとした魔術師である。
位階こそ低めではあるが、今回の儀式では問題ない。
 
何故なら、彼らは聖なる生贄であり、この儀式により魂をルルイエに捧げつくす事をすでに覚悟しているからだ。
確かに下位の魔術師に膨大な奇跡など引き起こせるわけがない。
だが、自分自身の肉体と魂を捧げ、魔力を極限にまで高めるならば、ただ一度だけ高位の魔術師にも匹敵する奇跡を引き起こすこともできよう。
しかも、彼らが手にする魔導書は、ただの魔導書ではない。
どれもこれも一流の魔導書といっても過言ではない。

例えばかつてガタノソアの神官イマシュ=モが絶滅したソテツでナアカル語で書きあげ、
ムー大陸や強力な魔術師ザンツーの事を記したダゴン秘密結社の儀礼に影響を与えた『ポナペ教典』

ダゴン秘密結社の儀礼と呪文が書かれた『ダゴンへの祈り』

人間の皮膚で装丁されており、雨が近づくと汗をかくという特質がある
クトゥルーやオトゥームなど水の旧支配者を召喚する呪文や召喚儀式を集成した世界に三冊しかないとされる伝説の書、『水神クタアト』 

ムーの大神官、極めて強力な大魔術師ザンツーの手でナアカル語によって書かれ、
ユトグタを召喚しムー大陸を破壊したザンツー自らの事やセラエノ断章やナコト写本に似た内容が含まれた『ザンツー石版』

オーベット・マージュの手に渡り、ダゴン秘密教団の儀式に使用された
ナイハーゴの送葬歌、旧き印やツァトゥグァの儀式の秘密が書かれた『ダゴネンシス写本』

ディルカ一族が伝説的な形態から黎明期の三大文明の言語に翻訳し、
時にネクロノミコンやエイボンの書と並び称されるほどの強大な力を誇る魔道書『イステの歌』

これほどの魔導書に、完全に揃った星辰の位置、そして生贄である魔術師の魂。

さらには、アンドラダ神父と超一流の魔導書であるルルイエ異本が核として発動させるのだ。
失敗などありえようがない。
そして、ルルイエの上空では、鬼械神オトゥームをすでに発動させたアンドラダ神父が存在している。
オトゥームは水面の上に立ちながら、四本の腕の二本を天空へと向け、もう二本の腕を水面へとむける。

「今こそ時は来たれり!正しき星辰は揃えり!
復活せよ!大いなるC!強大なる旧支配者!偉大なるクトゥルーよ!」

―――『ポナペ教典』が唸りをあげる。

《ああ、汝、死して横たわりながら夢見るものよ、
汝の僕が呼びかけるのを聞きたまえ。
ああ、強壮なるクトゥルーよ、わが声を聞きたまえ。》

―――『ダゴンへの祈り』が眩い光を放つ。

《夢の主よ、わが声を聞きたまえ。
ルルイエの塔に汝は封じこめられしも、ダゴンが汝の呪わしい縛めを破り、
汝の王国が再び浮上するであろう。》

―――『水神クタアト』の人皮の表紙から膨大な汗が噴き出す。

《深きものどもは汝の秘密の御名を知り、
ヒュドラは汝の埋葬所を知れり。
われに汝の印をあたえたまえ、
汝がいずれ地上にあらわれることを知りたいがため。》

―――『ザンツー石版』から黒い光が解き放たれ、海面に奇怪な紋章を刻む。

《死が死するとき、汝のときは訪れ、
汝はもはや眠ることはなし。》

―――『ダゴネンシス写本』の周囲から不気味で物憂げな声の歌声が響きわたる。

《われに波浪を鎮める力をあたえたまえ、
汝の呼び声を聞きたいがため。》

―――『イステの歌』の上空の空間が裂け、そこから「何者か」がこちらを覗きこむ。

《ルルイエの館に死せるクトゥルー夢見るままに待ちいたり、
されどクトゥルー甦り、その王国が地球を支配せん!!!》

その最後の言葉とともに、魔導書を手にした六人の深きものの肉体がボロボロと崩れていく。
魔力を使い果たし、その魂をルルイエへと、我らが主へと捧げつくしたためだ。
だが、彼らの表情は満足で安らかですらあった。

―――南太平洋に、六点の巨大な光の柱が降臨する。
そして、その六点から魔力の光の線がほとはしり、お互いの六点を繋ぐ。
遥か上空、例えば衛星などから見れば、その形を理解できただろう。

―――六芳星。
南太平洋全体を覆い尽くす超巨大な六芳星がここに完成した。
雄大で壮麗にして華麗な術式。
複雑な法則を内包された術式は瞬時に世界を書き換える。
そして、そこから放たれる膨大な魔力はすべてルルイエへと注ぎこまれる。

そして、ルルイエ上空に存在するオトゥームが凄まじい閃光を放ち、
六芳星の光の線が天空に捧げるように突き出したオトゥームの二本の腕に流れ込む。
オトゥームは、さらに二本の腕を下の海面へと向けると、閃光は真っ直ぐに下に伸び、海面から海中へと繋ぐ光の柱と化した。

巨大な魔術文字で記された術式が、数百キロメートルに渡ってルルイエの海面に刻み込まれる。

「ふんぐるい……むぐるうなふ……くとぅるぅぅぅ……る・いえー……うがふなぐる……ふたぐん……ら!ら!
ほし、そろった……かみさま、めざめる。」

瞬間、凄まじい揺れが襲ってきた。
時の大地震の余波による大津波により、南太平洋の湾岸線は多大な被害を被った。
だが、その程度はほんの瑣末事でしかない。
そして、次の瞬間、とてつもない巨大な物体が水面を割って屹立する。

それは、巨大な、巨大すぎる塔だった。
水面に出ているだけですでに全長数キロにもおよぶ塔。
まっすぐのようでいてねじ曲がっているようにも感じられるそれは、地球外の理論で構築され、
表面にはびっしりと恐ろしい象形文字と慄然たる模様が刻み込まれ、さらにはぬらぬらとした緑色の泥に覆われていた。
その塔こそがルルイエの中心。
クトゥルーが眠るクトゥルーの墓標である。

そして、巨大な旧き印が刻み込まれ、封印されていたクトゥルーの墓標がゆっくりと軋みをあげながら扉が開かれる。
瞬間、全ての物理法則が砕け散り、宇宙の秩序が崩壊した。
ゆっくりと、ゆっくりと墓標の扉から姿を現す巨大すぎる肉塊。
それは、巨大なコウモリのような翼と鉤爪、そしてタコのような頭に、無数の触腕が生えたような姿だった。
しかも、刻一刻と姿を無定形に変えつつあるのだ。

異形の神
眠れる神
呪われし神。

大いなるC!
大いなるクトゥルー!
我らが神は今こそ復活したのだ!

自らの神の復活に、クトゥルー教団の信者たちは歓声を上げる。
そして、今のところ、クトゥルー制御も上手く行われているのを、オトゥームに乗っているアンドラダ神父は確信する。
オトゥームが片手をクトゥルーに向けると、クトゥルーの神肉が裂け、クトゥルー内部へと続く巨大な穴がぱっくりと開けられる。
クトゥルーの中心である巨大な心臓部には鬼械神より遥かに巨大な心臓と膨大な血の海に覆われた空洞が存在する。
ここが、クトゥルーを制御するための中枢ユニットである。
そして、その内部へと侵入したクトゥルー教団の者たちは、中枢ユニットに復活に用いた七本の魔書をセットする。

『ポナペ教典』
『ダゴンへの祈り』
『水神クタアト』
『ザンツー石版』
『ダゴネンシス写本』
『イステの歌』

この七書がまるでストーンヘンジのように円状に並べられ、随時、莫大で膨大極まりないな魔力を解き放っている。
そしその中枢ユニット……巨大な心臓内部で無数の触手に絡みつかれて
恍惚の表情を浮かべる七人の薄布を纏った虚ろな目の女性たち。
彼女たちこそが、Cの巫女……クトゥルーの巫女の劣化版である。

彼女たちは、クトゥルー教団が魔術師の素質をもった人間を攫い集め、その人間たちを計画的に交配させ、
水属性に感応しやすい生まれながら魔術師としてクトゥルーの生贄として作り上げられたCの巫女の劣化版である。
クトゥルー教団であろうとも、Cの巫女を人為的に作り上げられるほどの魔導技術は存在しない。
それゆえ、人為交配によって作り上げるしかなかったのである。

それゆえ、到底一人ではクトゥルーの制御などできない。
ならば、数で補えばいいと作り出されたのがこの七人である。
彼女たちは余分な常識や人間らしい感情などいっさい持ち合わせないように洗脳され、育て上げられている。
そんなぼう、と立っている彼女たちにクトゥルーの触手が絡みついていく。
快楽の声を上げながら陶然とした表情を浮かべる彼女たち。

これでクトゥルーの制御は完璧だ。
クトゥルーの膨大な神気がオトゥームへと流れ込み、クトゥルーとシンクロしているのがはっきりとアンドラダ神父には確認がとれる。

さあ、これで正義の世界が到来するときが来たのだ。
オトゥームに搭乗しているアンドラダ神父は歪んだ笑みを浮かべた。

「では、愚か者どもに正義の力を教育してやるとするか。」

そう、正義はここにあり、と高らかに宣言しなければならない。

この世界に蔓延る邪悪に目を瞑り、悪事を見なかったことにし、
ただ己だけの安寧を貪るものたちよ。正義の咆哮を知るがいい。

オトゥーム……アンドラダ神父の意思に呼応して、クトゥルーの姿がまたしても変化する。
無数の触手の先が、鋭い牙をもった龍の頭へと変化していく。
そして、その龍頭は、全て遥かアメリカ合衆国へと向けられる。
キィイイインと龍頭の口に膨大な光が宿る。
それは、クトゥルーの神気の吐息。
次の瞬間、凄まじい閃光が闇夜を引き裂いた。
それは、もはや小型の太陽の光にも等しい。
凄まじい閃光は闇夜と大気を引き裂いて、南太平洋を横断して、アメリカ合衆国の大都市へと直撃する。

大都市の人々は何が起こったかまるで理解できなかった。
まばゆい光と共に凄まじい大爆発。
怒号と悲鳴。絶叫と絶望と嘆き。
大都市の街中に大きなクレーターが穿たれ、
膨大な人々が気付く事無く、肉体を消滅されられ、さらに膨大な人々が被害を負うことになった。

「ははははは!見たか!これが正義の力だ! 邪悪と戦わずに安穏と暮らす愚か者どもに対する神の裁きだ! はははははははははは!!」

狂気に侵された彼は気づいていなかった。
これは正義ではなく、普通に暮らす人々を踏みにじる邪悪であると。
この行為こそが、かつて己が受けた弱き人々を踏みにじる行為であると。
アンドラダ神父の哄笑は、いつまでも響きわたっていた。




―――クトゥルー覚醒と同時、ブレインは夢を見る。
それは人類が想像も及ばぬ遥か超古代の外宇宙での闘争だった。
遥かなる深い外宇宙の深淵。
そこには強靭極まりないとてつもない膨大な力を持った無数の、無限の邪悪が支配していた。


あるものは触腕と長い鼻、蛸の目を持ち、胴体は鱗と皺に覆われた無定型な邪眼をもった存在。
あるものは巨大な燃える塊のように見え、絶え間なく形を変えている生けるプラズマのような存在。
あるものは頭部は蛸または烏賊に似ており、前足と後ろ足には鉤爪があり、背中からは細長い翼が生え、全身は鱗に覆われている存在。
あるものは巨大な胴回りに、蝙蝠のような毛と耳を持つ、眠たげな黒い蟇蛙のような存在。
あるものは常に変化し続ける触手のようなモノをもったまったく名状しがたき存在。

その他ありとあらゆる邪悪を秘めた無数無限の旧支配者を率いるは、大宇宙の覇者であり、宇宙の原理そのものである真実の神。
すなわち『外なる神々(アウターゴット)』

それを見た瞬間、人間としてのブレインはあまりの宇宙的悪意とおぞましさと超狂気に力の限り絶叫し、
もう一人のウェイトは■らの■々の姿を謁見した光栄と尊敬によって歓喜にうち震えた。
外なる神の姿をほんの少しでも垣間見て、ブレインが完全に発狂しなかったのは、もう一人の存在であるウェイトがいたからに他ならない。

本来ならば敵対すべきハスターやクトゥルー、そして這い寄る混沌とクトゥグァすらが肩を並べている。
それを見たとき、ブレインの脳裏にネクロノミコンの文章がよぎる。

《やがて彼等は復活せり。
この大いなる復活の時、大いなるクトゥルーは海洋の下なるルルイエより解き放たれ、
名づけられざるものハリの湖近くのカルコサなる己が都より来り、シュブ=ニグラス現れて悍しさを倍化し、
ナイアーラトテップ旧支配者とその配下に言葉をもたらし、クトゥグア刃向う者等に手をかけて破壊し、
盲目の白痴にして有害なるアザトース無限と呼ばるるなべてのものの中心、泡立ち不敬の言葉を吐き続けおりし所、
なべてが混沌として破壊されん世界の只中より現出し、一にして全、全にして一なるものヨグ=ソトース己が天球を運び、
イタカまた歩み、地球の内なる暗澹たる洞窟よりツァトゥグア到来し、
而して彼ら共に地球並びに地球に生けるなべてのものをわがものとなし、
大いなる深淵の主、彼等の復活を知らされ、兄弟達と共に邪悪を放散致すために来たらん時、彼等旧神と戦う準備を致さん。》


次の瞬間、宇宙が光に包まれた。
その闇を切り裂く光は、超新星爆発……いや、ビックバンにも匹敵するようにブレインには感じられた。
神々とちょうど反対側の大宇宙の深淵。
そこに人智及ばぬほど膨大で巨大で壮麗な光の塊が具現化した。
瞬間、全ての旧支配者と外なる神は絶叫する。
怨嗟で、羨望で、憎悪で、憧れで。
まるで光に引き寄せられるように、神々はその光に襲いかかる。

太陽ですら及ばぬほどの純白の輝きを放つ光の塊。
いや、それは光の塊ではない。あまりに高位の存在すぎて、ブレインには光としか感じ取れないだけだ。
その光の塊は微かながらも人智及ばぬほど巨大な手足を持ったヒトガタのようにブレインには感じられた。

外宇宙の深淵を駆けるその光は、この宇宙を統べる正しい本来の狂える神々に戦いを仕掛けていった。
腕らしい部分から無限熱量が解き放たれ旧支配者を焼き尽くし、光り輝く刃らしきものが彼らの肉体を切り裂く。
巨大な炎の塊―――弾丸らしきものが肉体を吹き飛ばし、脚らしきものが彼らをけり砕く。

あらゆる旧支配者が、外なる神々がアレに向かって襲いかかっていた。
光の塊は傷つき、ボロボロになり、体が砕けてもなお、神々と戦い続けていた。
何度膝をついても、半身が砕かれようとも、腕を砕かれようと脚を砕かれようと、それでもなお神々に挑む姿。

そのあまりの尊さと気高さに、人間であるホーヴァス……ブレインは涙し、
もう一人のホーヴァス……ウェイトは憎悪と歓喜と絶望に涙した。

そして、ホーヴァスは本能的に直観した。
あれが―――あれこそが三千世界あらゆる魔の絶対の天敵。
我らの愛しき天敵。人類の祈りが生み出した斬魔の意思。
ありとあらゆる邪悪を滅ぼす存在。宇宙の闇黒を受け入れられぬ最弱無敵の剣。
すなわち、魔を断つ―――。

そこで、ホーヴァスの夢は途切れた。



――――クトゥルー復活より数時間後。
世界は混沌の中にたたき落とされていた。
クトゥルーはアメリカの大都市に巨大なクレーターを空けただけでなく、
さらにアメリカ合衆国各地、カナダ、オーストラリア、
または中国や南米すらもクトゥルーの吐息により、クレーターが空けられ、焼き払われていた。
同時にルルイエの一部の浮上による大津波により、太平洋の湾岸線は大きな被害を受け、
そこから放たれる瘴気により、感受性の強い人間は次々に狂っていった。
事ここにいたって、正しくクトゥルーの復活こそが人類存亡の危機だと悟った各国は総力を上げてクトゥルーと戦うために立ち上がったのだ。



そして、それより遥か以前にクトゥルーと戦ってきた者たちも最終戦闘準備へと突入していた。
南太平洋海上に浮かぶ超大型航空母艦《カルコサ》
覇道財閥の手によって開発され、ミスカトニック大学に貸与されている対CCDの移動最前線基地とも呼べる空母である。
その甲板上に存在しているのは戦闘機形態のアンブロシウスである。

そして、カルコサの傍にはカルコサよりは小型だが、それでも大型航空母艦である《アラール》と《イーティル》が並んで航行している。
このアラールとイーティルは、アンブロシウスの追加武装と追加装備を運ぶためだけに、ここまでやってきたのである。
さらにこの三隻を護衛するためにアメリカ海軍と覇道財閥の潜水艦やイージス艦、駆逐艦などが複数の護衛艦艇として存在している。
その中ではホルバーグ准将が指揮する駆逐艦ハミルトン号も存在する。
事実上、このハミルトン号こそが、この場のアメリカ海軍の艦隊旗艦といってもいい。
いかに超大型航空母艦であるカルコサといえど、50mを超える戦闘機状態のアンブロシウスを乗せているだけで精いっぱいで、追加武装など積み込める余裕はない。
それゆえ、何十にもお互いの艦に貼り廻されたワイヤーによってアラールとイーティルからアンブロシウスの追加武装を輸送して装備しているのである。
その様子を見ながら、ラバン博士は、傍らにいる60歳ぐらいのいかめしい歴戦の古兵の顔をした軍人に対して話しかける。

「ホルバーグ准将、例のものは準備できましたか?」

ホルバーグ准将。
彼はアメリカ合衆国をクトゥルー眷属邪神群の脅威から守護するための対邪神秘密組織《デルタグリーン》の組織員の一人である。
デルタグリーンの前身は、超常現象の調査・研究を目的として1917年に創設された米国海軍情報部P課である
ダゴンに代表される海魔の存在は海軍にとっては由々しき問題なのである。 デルタグリーンは統合参謀本部直属の機関であり、
その組織員はジョゼフ=キャンプ博士を頂点とし、レジナルド=フェアフィールド陸軍少将やFBIの副長官マシュー・カーペンター、
元米国海軍情報部P課のジェイムズ=ウェラン大佐など合衆国のかなり上位の人材まで存在する。
前身が海軍情報部の一部門だった関係でデルタグリーンは海軍とのつながりが深いようである
この組織はA細胞からZ細胞まで26の細胞組織が存在し、1細胞は三人で構成される。
ホルバーグ准将は最上級のA細胞の次に存在するB細胞に属する人間である。

「ええ、ラバン博士。例の新型爆弾と試作型のIGSW弾はすでにアンブロシウスに換装を行っております。
それに礼をいいます。博士のクトゥルー眷属邪神群に対する情報や魔術に対する情報、魔導書の複製など莫大な情報は デルタグリーンの大きな力となります。
これで、我々デルタグリーン、ひいてはアメリカ合衆国の戦力は大きく増強される事になるでしょう。
デルタグリーンは貴方やミスカトニック大学、そして《ウィルマーズ・ファウンデーション》計画に協力を惜しむことはありません。」

例えばセラエノ大図書館の知識や博士自身が残した魔導書「ネクロノミコンにおけるクトゥルー」や様々なメモ 邪神や眷属との戦いにおいて最も重要なのは情報である。
旧支配者は人間など比べものにならないほど遥かに強大な力を持っている。
まともに戦えば滅ぼされるだけだろう。
彼らに対抗するためには彼らの弱点を的確について、封印、もしくは滅ぼさなければならない。
だが、過剰な知識はそのものを狂気へと走らせる。

そして、現在デルタグリーンやラバン博士、そしてアーミティッジ博士の協力により
進められている計画はミスカトニック大学の助教授であるアルバート・ウィルマースが中心となって進められている
対邪神組織結成計画《ウィルマース・ファウンデーション》計画である。

ウィルマース・ファウンデーション。

それはCCDの脅威から人類を防衛するために作り上げられる対邪神組織である。
現在でもミスカトニック大学やデルタグリーン、ピスケスなどが存在しているが、やはりそれはある特定の国を守ったりするだけの存在。
しかし、これはミスカトニック大学が中心となり、CCDの脅威を知る各国の巨大企業や
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、オーストラリアなどなど、
それぞれの政府関係者が連携して作り上げる予定の国際的組織である。
もしこの組織が誕生することになれば、人類の防衛力は飛躍的に増加するはずである。
いかにラバン博士が人類最高峰の魔術師といっても、たった一人でCCDと戦えるほど甘くはない。
これからの戦いには、人類の組織的な抵抗が必ずや必要となるのだ。

「うむ、こちらこそ礼をいうべきかな。
邪神と戦うべき組織同士が争っていては邪神に対抗することはできない。」
それで、太平洋艦隊の手配の方は?」

「はっ、現在、各国の空母、巡洋艦、戦艦などの連合艦隊が揃ってルルイエへと向かっています。
我々もアンブロシウスの追加武装が終わったら駆けつける予定です。」

実際、ラバン博士とて焦っていないわけではない。
とうとうクトゥルーが復活してしまった以上、即座にアンブロシウスで戦いを挑みたい気持ちはある。
そして、クトゥルー復活を防げなかった己の未熟さも。
だが、現在のアンブロシウスで立ち向かっても恐らく戦況はこちらに不利だろう。

だが、アメリカ軍と覇道財閥、そしてミスカトニック大学の力を結集して作ったアンブロシウス用の追加武装さえあれば、恐らくは戦況を五分にもっていけると信じている。
それゆえ、今は待つしかない。
そう思いながら、ラバン博士は、整備されているアンブロシウスを見ていた。

整備士たちは総出で必死にアンブロシウスの整備を行う。
彼らは凄まじい速さでアンブロシウスの追加武装を装備させていく。
彼らも、この一戦が人類の存亡を掛けた戦いであり、一分一秒ごとに戦局が悪化していくことを知っているのだ。

「急げ――っ!時間がないんだ!さっさとしろっ!!」

「アンブロシウスの翼下ハードポイントに増槽設置完了!これより新型爆弾とIGSW弾の搭載に入ります!」

「バカヤロウ!遅えぞ!!俺達の腕に人類の生存がかかってるんだ!整備士冥利につきるってもんじゃねえか!
てめえら、もたもたしてると海に叩き込むぞ!!」

その整備士長の檄に、応!と揃って整備士たちが声を上げる。
元々、膨大な魔術理論の塊であり、偽物の神であるデウスマキナにはあらゆる整備は必要ない。
だが、今回は整備ではなく、アンブロシウスの追加武装・追加装備の付け足しである。

今回のアンブロシウスは普段よりもかなりの重武装である。
まず目を引く点としては、アンブロシウスのそれぞれの翼の下に大型増加燃料タンクが装備されていることである。
両端のとがった円柱形状のこのタンク内にはアンブロシウスの燃料であるスペース・ミードが大量に内臓されているのである。
アンブロシウスはデウス・マキナの中でも極めて強力な戦闘能力、高機動力を兼ね備えているが、
その代償とでもいうべきか、燃費が極めて悪い。

ただ飛行しているだけならまだしも、戦闘状態になればさらに燃費は悪くなり、
下手をすれば戦闘中に燃料切れで機体が動かせなくなる可能性すらありえる。

それを解消すべく開発されたのがこの増設燃料タンクである。
だが、翼の下につけるということが前提となっているので、これは戦闘機形態のアンブロシウスにしか装備できないのと
やはり多少機動性が落ちてしまうのが欠点といえば欠点だ。
それでも戦闘機と同じように切り離すことも可能なので大きな問題ではない。

さらに機体下部には数発の特殊な試作型の爆弾であるIGSW弾とさらに強大な破壊力を秘めた「新型爆弾」の搭載が始められる。

と、その時、ぴくん、と何かを感じとったようにボイドが反応する。
ボイドは周囲の海域を警戒するために、魔翼機バイアクヘーを召喚し、魔力レーダーによって周囲を警戒している。
ボイドの魔翼機はほかの戦闘に特化された機体と異なり、機体の下にレドームは装備された早期警戒管制機とも呼べる存在であり、
範囲・正確さたるや軍艦のレーダーや潜水艦のソナーですら遥かに及ばない。

「ラバン博士。どうやらこの海域に……。」

「うむ、ボイドくんも感じ取ったか。私もだ。
これは少しまずいかもしれんな。
艦長!ホルバーグ准将!至急この海域から離脱を!全速力でだ!」

その博士の叫びに一瞬ぴくりと驚いたカルコサの艦長とボルバーク准将だったが、彼らはラバン博士のことを完全に信頼している。
何故、ということなく、了解!!と叫びを返す。
そして、彼らの指令により、この海域から即座に離脱しようとした瞬間、異変は起こった。

「艦長!護衛の潜水艦のバッジヴ・ソナーに異変が!
これは……人!?人型の物体が……か、数えられないほど無数に!!」

そして、次の瞬間、あたり一面の水域がその人型に覆われる。
それは、海を埋め尽くさんばかりの深きものどもの群れ群れ群れ。
恐らくは潜水艦などのレーダーをできるかぎり避けるために、海底ぎりぎりを泳いで近付き、一気に浮上してきたのだろう。
ラバン博士やハヅキの優れた知覚、そしてボイドの魔翼機バイアクヘーの魔力レーダーのみがそれを感知したのだが、 それでも遅すぎたといえるだろう。

このあまりの深きものの多さにぽつりとラバン博士は呟く。

「これはいかんか……。よし、フェランくんたちはアンブロシウスと整備員たちのガードを。私は彼らを殲滅する。行くぞ、レディ!」

「イエス!ダディ!」

その言葉と共に、魔翼機バイアクヘーへと変形したハヅキの脊に乗り、ラバン博士は彼らの駆逐へと向かった。

「吹きすさべ!険悪にして窮極の風よ!」

ラバン博士が腕をひと振りするたびに荒れ狂う猛烈なハスターの魔風。
それらは深きものを纏めて十……いや三十は輪切りにする。
ハスターの魔風とバイアクヘーの衝撃波を使用しながら、彼は深きものへと戦いを挑む。

一方、カルコサ守護艦隊の旗艦である駆逐艦ハミルトン。
その内部にいるホルバーグ准将が大声で司令を出す。

「撃て撃て撃てっ!!カルコサに指一本触れさせるなっ!」

駆逐艦ハミルトンに装備されたMk45 5インチ単装砲、そしてハープーン対艦ミサイル、
連装短魚雷発射管2基、ファランクスCIWSの全砲門が火を放つ。
元々ハープーンなどのミサイルは対艦ミサイルであって無数の人型の物体に対して使用されるものではない。
だが、今はそれどころではない。
やらなければ、こちらがやられる。
相手が物量で押しつぶそうとするのなら、こちらは強力な火力で殲滅しなければ物量に飲み込まれてしまうだけだ。
ミサイルや砲弾、ファランクスによる弾幕、そして魚雷により海中、海面の深きものどもを殲滅していく。

むろん、空母であるカルコサも武装は装備されている。
54口径5インチ砲20門、4連装40mm機関砲30門、20mm機関砲80門全てが無数の弾丸を撃ちだし、海面の無数の深きものどもを殲滅していく。
さらには本来は防空用のミサイルランチャーからもミサイルが発射され、
艦載近距離防空システムバルカンファランクス、20mmガトリング砲から凄まじい勢いで弾丸が放たれ、
空母カルコサの近くに浮上してきた深きものを悉く吹き飛ばし、爆裂し、破壊し、焼き尽くし、風穴を開け、ただの肉片へと変える。

だが、その圧倒的な火力ですら、海面を埋め尽くす深きものどもを殲滅することはできない。
彼らは海を埋め尽くすほどの死人をだしながら、
それでも海中を潜ってカルコサへと近づき、そのまま爪を使って次々とカルコサへとよじ登ってくる。
ここまで近寄られてはバルカンファランクスも役には立たない。
となれば、最早人間と深きものどもとの肉弾戦しかない。
カルコサの甲板に立つフェランは、深きものどもを睨みつけながら整備士たちに話しかける。

「整備士たちは後方に下がっていてくれ。
やつらとの戦いは俺達の仕事だ。
貴方たちは整備に専念してくれ。」

フェランの言葉は全くもって正論だ。
何の知識もない人間がCCDと戦うのは危険が大きすぎる。
だが――――。

「バカヤロウ!後方なんてねえよ!
IGSW弾や新型爆弾が暴発すればカルコサごと俺達も吹き飛ばされるぞ!
野郎ども!ありったけの資材をもってこい!
アンブロシウスの周囲にバリケードを作るんだ!魚野郎どもに、整備士の意地をみせてやれ!!」

おー!と整備士たちは答えると、まずは巨大コンテナやコンテナなど様々なあり合わせの資材などを使用してアンブロシウスの周囲にハリケードを作っていく。
そして、ある整備士たちはドリルやハンマー、溶接アークやレンジなど武器になりそうなものを片っ端から集めて他の整備士たちに渡し、
ある整備士はガラス瓶にガソリンを詰め、即席の火炎瓶を作る。

その言葉に思わずフェランたちも苦笑いを浮かべるが、次の瞬間、真剣な顔になっててきぱきと指示を飛ばす。

「俺達四人が最前線で敵を蹴散らす。
兵士達は取りこぼした敵の掃討を。
ブレインは整備士たちのガードに回ってくれ。行くぞ!」

「「「応!!!」」」

《イア! イア! ハスター!ハスター クフアヤク ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム! アイ! アイ! ハスター!》

その呪文に呼応して、それぞれ四人が呼び出した形状の異なる魔翼機バイアクヘーが海面を駆ける。

魔術とは、同じ魔術によってもそれを使うものの能力、素質などにより効果が異なる。
つまりは、同じ魔翼機召喚においても、それぞれ能力や形状が異なるのである。

ある魔翼機は翼と機体の先端が鋭い刃状に研ぎ澄まされており、その刃と衝撃波で深き者どもを吹き飛ばし、両断する。
またある魔翼機は機体の下部にまるで戦闘機のM61バルカンのような機関銃が存在し、
そこから魔力で構築された魔力弾による毎分 4,000 発の無数の弾幕で深き者どもを撃ち貫く。
そして、ある魔翼機は同じように機体の下部に高出力レーザー砲のような砲台が備え付けられており、
そこから強力な魔力によるレーザーで同様に深き者どもを薙ぎ払う。
最後の魔翼機は、上空から三機の魔翼機に敵の陣形の弱いところ、突破するところなどを的確に指示・電子支援を行い、
幻覚作用をもたらすチャフや、対象の知覚を狂わせる魔力を放つジャミングを行うことで敵を撹乱し、他の魔翼機を支援していく。

それぞれ四機の魔翼機は超音速によるソニックブームと固定兵装により海面・海中の深き者どもを全滅していく。
だが、それでも海面一面を覆い尽くす深きものたちを完全には殲滅できない。
彼らは次々と空母カルコサの甲板へとよじ登ってくる。
さすがに鋭い爪を持つ彼らといえど、戦艦や空母、潜水艦など強靭な装甲を引き裂けるほどの力はない。
ゆえに、彼らは甲板から内部へと侵入し、内部から船を破壊する手段をとったのである。

だが、一匹の深きものが甲板に顔を出した瞬間、彼の顔が見事に吹き飛ばされる。
それをなしたのは、一人の青年、アンドルー・フェランだ。
彼のハスターの魔力の込められた拳は、鋼すらも破壊し、ヒヒイロガネすらへこませる事すら可能である。
それに比べれば、いかに鱗に覆われていようとも、深きものどもの肉体など、豆腐程度でしかない。
軽やかなフットワークで彼らの攻撃を撹乱し、左フックを彼らのテンプルに叩き込み、
頭蓋を破壊し、右ストレートを顔面に叩き込み、顔自体を吹き飛ばす。

そして、彼の死角をかばうようにして、魔槍《ハスターの落とし子》を構えるネイランド・コラム。
コラムは見事な槍さばきで、深き者どもの心臓を急所を的確に貫き通し、切りはらい、なぎ払う。
槍で最も恐ろしいのは、突きよりも薙ぎ払いである。
その通り、コラムのハスターの落とし子が一薙ぎされるだけで、数体の深きものたちの胴体が瞬時に上半身と下半身に泣き別れる。
だが、一匹の深きものの胴体を貫き、抜こうとしたその瞬間、コラムに対して他の深きものが襲いかかる。

「シャギャアアアアアッ!!」

深きものの奇声。
だが、彼の爪が、コラムに触れた瞬間、コラムの姿はすうとかき消える。

「………!!?」

そして、次の瞬間、深きものの胴体が真横に切り裂かれ、上半身と下半身に分かれる。
それをなしたのは、後ろから現れたコラムの魔槍、ハスターの落とし子だ。
得意の幻影魔術によって、自分自身の幻影を作り上げたのである。

彼らは前衛で直接敵と肉弾戦を行う役目。
そして、後方からの援護を行うのは、エイベル・キーンとクレイボーン・ボイドだ。

「「イア、イア、ハスターーーっ!!」」

二人のハスターへの祈祷がシンクロする。
エイベルの手にしたベレッタをベースにした魔銃《彼方より来りて饗宴を開くもの》が銃身から黄色い光を放ちながら連続で弾丸が発射する。
その弾丸は通常ではありえないほど奇妙に物理法則を無視したジクザグやいきなり90度曲った機動を取りながら、
深きものどもの頭部に、胴体に、眼球に正確に、確実に撃ち込まれていく。
そして、肉体に撃ちこまれた弾丸は、深きものどもの体内で爆裂し、彼らを肉体の内部から破裂させる。

今までのエイベルならば、ただ弾丸を爆裂させることしかできなかったが、
彼も魔術師としての修行を積んで、弾丸を自らの意思で制御できるようになったのだ。
(もっとも、九郎の魔銃イタクァに比べれば威力・命中精度とも各段に下なのだが)
さらに連続して放たれる弾丸は、エイベルの意思に従い、確実に深きものの肉体を破壊していく。


対してボイドの方は、レンのガラスを機動させ、並行世界への干渉による未来予知により敵の攻撃を予測し、
的確な回避指示を出しながら、ハスターの魔風による衝撃波で深きものどもを粉微塵に吹き飛ばす。
ちなみに、過度の負担を避けるため、できるかぎり使用を避けてはいるのだが、この乱戦では仕方ないだろう。
二人はお互いに皮肉を叩きながら、背中を合わせてお互いをガードしながら、攻撃やフェランたちの支援に入る。

確かにボイドから見ればエイベルは単細胞で正義の味方きどりの甘っちょろい人間でしかない。
だが、それがいい。
絶対的なCCDとの絶望的な闘争、ともすれば砕け散りそうな誇りと決意。
その戦いの中、彼の甘さと理想は確かに足かせになることもあった。
だが、それ以上に、この狂い果てた世界でなお正しくあろうとする姿に、皆が力づけられていたのだ。
魔術改造され、人から外れたこの身にとっては、人間でありつづけようとする彼の姿は眩しく見えた。

それはエイベルも同じだ。
エイベルから見ればボイドは理論ばかりで慎重すぎておまけに性格もひねくれている。
だが、大祖父から受け継がれた邪神や奉仕眷属、神話についての膨大な知識と情報から生み出される対策は極めて頼りになる。
そう、彼こそはまさしく大祖父の後継者といえる存在なのだ。
さらには並行世界や異世界、異次元すらも覗くことができる義眼、レンのガラスという危険極まりないアーティファクトを使いこなし、
魔術師としての実力も下手をすればフェランすらを凌ぐほどだ。
お互いによくぶつかり合うし、性格的な相性は最悪だが、二人ともお互いの存在を求めあっているのだ

「はっ!なかなかやるじゃないか……正義の味方!」

「そっちもな!知識の後継者!」

そう言葉を掛け合いながら、お互いの背中を合わせて二人はにやりと不敵に微笑む。

「フェラン!後ろだ!」

ボイドの鋭い声。彼の義眼であるレンのガラスによる並行世界を覗きこむことによる未来予知。
だが、その攻撃はフェランの発動させた防御結界《旧き印》によって防御される。

彼ら一人一人の力では強大な力を誇るCCDには到底対抗することはできない。
それゆえ、彼らは四人での連携攻撃を徹底的にラバン博士やアーミティッジ博士によって教育された。
フェランとコラムが前衛に出て敵を攻撃し、エイベルとボイドが後衛で遠距離攻撃の支援を行う。
そして、フェランが敵からの攻撃を旧き印で防御し(もっとも、彼が最前線なので自分に使用することがもっぱらだが)
コラムが幻影魔術で敵からの攻撃をそらしたり、当りにくくさせる。
さらに援護としてボイドのレンのガラスによる未来予知により彼らを支援する。
(エイベルは魔銃による援護しかできないが、逆にいうと、この四人のなかでもっとも人間だともいえる)

その彼らの連携と戦いを見て、衝撃波で深きものどもを吹き飛ばしているバイアクヘーモードのハヅキはぽつりと呟く。

「うん、まあ一応及第点といった所だね。
まだ改良の余地はあるけど、一応単位はあげていいんじゃないかな。」

そして、同じくハスターの魔風で深きものどもを切り裂くラバン博士も口元に笑みを浮かべて呟く。

「うむ、実に頼もしい。彼らのような人材が増えれば、人類の力はさらに増すことになるだろう。
教育者冥利につきるというものだ。」


だが、それでも深きものどもは大量にすぎた。
いかに彼らであろうとも限界はある。
カルコサの甲板へとよじ登った彼らはフェランたちに駆逐され、かなり数を減らしながらも、さらにアンブロシウスへと迫りくる。

「ここが正念場だぞ!絶対に後ろに通すな!撃ちまくれ!」

「物量に飲み込まれるなよ!逆に飲み込んでやれ!押し返せ!!」

しかし、その撃ち漏らした深きものたちを迎撃するのは空母カルコサに配備された兵士たちである。
重火器やアサルトライフルなどで次々と迫りくる深きものたちを撃ち倒し、焼夷手榴弾や火炎放射器を焼き尽くす。
以前の戦いでふかきものたちは炎に弱いという弱点が判明したので、火炎放射器を念のため多めに用意したのだが、
それでも海を埋め尽くす勢いの彼らに対しては足りないといわざるをえない。
それに空母は弾薬庫や燃料である重油が大量に積み込まれている。
これらが誘爆したら、空母ごと沈んでしまうので、あまり多用もできない。
現在は圧倒的な物量を跳ね返すために、圧倒的な火力で対抗している状態だが、いつ拮抗状態が崩れるかはわからない。


それでもなお撃ち漏らし、こちらに迫りくる深きものを、半数の整備士たちはバリケードを盾にしながら、防御線を構築して防戦する。
バリケードを乗り越えてこようとする深きものを工作用のドリルや即席の火炎瓶、そしてレンジやハンマーなどでとにかく叩きのめす。
またもやハリゲードを乗り越えようとした深きものの脳天をハンマーでたたき割りながら、一人の整備士が叫ぶ。

「IGSW弾の搭載はまだなのか!急がせろ!バリケードが突破されるぞ!」

残り半分の整備士は必死になってアンブロシウスに取りつきながら作業を行う。
今は新型爆弾の搭載は完了し、残るはIGSW弾の搭載だけなのだが、それに手こずっている状況である。
それに深きものの強靭な生命力と固い鱗は、重火器や火炎放射器ならまだしも、
ただの人間がハンマーやレンジで殴った程度で死ぬほどやわではない。
ましてや、整備士たちは戦闘訓練などまったく受けていない素人である。
士気こそ高いものの、錬度などないも同然である。
さきほどハンマーで頭を殴られた深きものも、目から緑色の体液を流しながら、爪を振りかざして、整備士に襲いかかる。
だが、その深きものに対して、凛とした叫び声が響き渡る。

《イハ=ントレイの深淵、その住民みなにより、
キシュの印、それに従う者みなにより、
イヘエの扉、それを用いるものみなにより
来たるべき者みなにより……
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん!!》

その瞬間、クトゥルーの魔水で支配された海面が盛り上がり、数本の高圧の水槍へと変貌して、
その水槍は、海面から甲板で爪を振りかざした深きものの頭部を吹き飛ばし、胴体部を串刺しにする。

それをなしたのは、手に古びた書を持つ青年、ホーヴァス・ブレイン。
ブレインは手にした魔導書《ダゴンへの祈り》を発動させ、高圧の水槍を作り出し、深きものたちへの迎撃に移る。
水槍は曲がりくねりながら、深きものたちを串刺しにしていく。
だが、それを見て、全ての深きものたちはブレインを憎悪をこめた瞳で睨みつける。

―――裏切り者。

裏切り者裏切り者裏切り者。
裏切り者裏切り者裏切り者。
裏切り者裏切り者裏切り者。
裏切り者は殲滅しろ!!

彼らの瞳は一様にそう叫んでいた。
アンブロシウスやラバン博士に向けられる殺気を叩きつけられて、思わず怯えるブレイン。
正直、ブレインは怯え、混乱の極みにあったといってもいい。
彼の体の内部から、とてつもない罪悪感が彼自身を押しつぶそうとしているのだ。
クトゥルーの魔水は、彼に強力な影響を及ぼし、深い失意と絶望と混乱をもたらしていた。
仲間の手伝いをしたいと思う反面、アンブロシウスの作業を妨害させ、彼らの元へと駆け付けたくなる衝動が累積的に高まっていく。

《ホーヴァス・ウェイト!ホーヴァス・ウェイト!》

クトゥルーの魔水に覆われた海から、何かが彼の肉体へと強く語りかけてくるのが感じられる。
それは彼の肉体・魂の根源的なものだ。到底抗えはしない。
それでも何とかブレインはそれに耐え抜いていた。

そして、誰も気づいていなかった。ブレインの腕にある小さな鱗。
魔術を使用するたびに鱗の部分が広がっていることに。
今や、鱗は腕のみならず胸部分まで広がっている。
それは当のブレインにも感じられていなかった。

そんな激しい戦いの中、ふと深きものを殲滅している魔翼機を駆るラバン博士を見て、ブレインは本能的に抗えない衝動が沸き起こる。 いけない、いけない、いけない。
アレを……あのラバン博士をクトゥルーの元へ、わが主の元へと近づけれてはならない!
服の下に隠れて見えないが、最早彼の肉体は半分以上が鱗に覆われている。 その姿は到底人間とはいえない。
「ダゴンへの祈り」をもつ手も、魚じみたひれのある腕へと変貌しているのだ。

どうしようもない衝動に駆られた彼は、再びダゴンへの祈りを機動させる。 術式は水槍。
目標は……ラバン・シュリュズベリイ博士。
この混乱の中では、流石の博士も自らに魔術と殺気が向けられているのは感知できない。
というか、すでに深きものどもの殺気は彼に向けられているのだから、そこにひとつぐらい混じった所でわかるはずもない。
魔力反応も、これだけ派手に魔術を使っている以上、同様だ。

ブレイン……いや、ホーヴァス・ウェイトは慎重に狙いを定める。
狙いは、ラバン博士の頭部。
いかに人類最高峰の魔術師といえど、頭を吹き飛ばされては死ぬしかない。
そして、次の魔術で心臓を吹き飛ばす。

じっくりとラバン博士の隙を狙う彼の視界に、ふと深きものの一匹が目に入る。
その深きものの手には、どこから手に入れたのか、耐水性の小型の爆弾が存在していた。
(もっとも、クトゥルー教団の規模からすれば不思議ではないが)
彼は誰にも気づかれないようにこっそりとアンブロシウスへと近づいている。
恐らく狙いはIGSW弾だろう。
もし、あの爆弾でIGSW弾が暴発すれば、アンブロシウスごと空母も吹き飛ばされるだろう。
そうなれば、クトゥルー教団の勝利は決定的だ。

……放っておけばいい。 今の彼は人間ではない。ラバン博士たちを滅ぼすことが己の運命だ。 放っておけば、彼らは殲滅される。
そして、輝かしいクトゥルーの治世が訪れるのだ。

けれど―――それは本当に正しいことなのか?

正しい正しくないいあいあくとぅるー私は人間だ
私は人間人間人間は生贄生贄生贄■せ■せ■■■
違う違わないあいあいふぐるうなふ私は人間だ人
ヒトヒトヒトいあいあくとぅるー人間人間人間人

人間である自分とそうでない自分。
それらがせめぎ合う中、ブレインが思うのは仲間として過ごした彼らの思い出。
厳しいが生徒のことを思いやるラバン博士。
クールで感情に乏しいが、それでも魅力的なハヅキ。
リーダーとして新入りのブレインの事を気遣ってくれたフェラン。
正義感が強く、ムードメーカーで力づけてくれたエイベル。
皮肉家だが、心は情熱家で様々な知識をフォローしてくれたボイド。
そして、同じような新入りの立場故に、もっとも心遣いをしてくれたコラム。
彼らを、見捨ててもいいのだろうか?

「ああ――――。」

一息ついて、ブレインは己の結論を出した。

「彼らを見捨てるのって……やっぱり後味悪いよな。」

―――ほほを涙が伝う。
例えこの体はヒトでなくとも、それでも人間のために戦うことは許されるのだろうか?
それだけを思うと、ブレインは甲板を蹴って、爆弾をもった深きものの前に立ちふさがる。
……まるで、正義の味方のように。

「まて!深きものども!私達の希望にそれ以上近づくな!」

そんな体の半分を鱗に包まれながら敢然と立ちふさがるブレインを見て、
深きものは憎しみのこもった目で睨む。

「グググ……!コノ裏切り者メ……!死ぬガイイ!!」

「くっ……!ダゴンへの祈りよ!その力を示せ!」

振われる深きものの鉤爪。
体が重い。彼の体が、裏切り者の自分を罰しようとしているのだろう。
それならそれでも構わない。
だが、アンブロシウスだけは何としても―――!

クトゥルーの魔水による水槍が、深きものの頭部と胴体を吹き飛ばす。
そして、彼の手にした爆弾は甲板から水面へと落ちて海で爆発した。
だが、それと同時に、鉤爪はブレインの首の頸動脈を切り裂いていた。

「ブレインくん!」

「「「「ブレイン!!?」」」」

噴き出す赤い血と、濁った緑色の血。
それらは混じり合いながらさらに勢いよく噴き出していく。

これはもはや致命傷だ。どんな魔術でも救いようはない。
深きものの生命力で、何とか保っている状態である。

そう、ブレインこそは、深きものの血を受け継いだ深きものの混血の人間だったのだ。
深きものの血を受け継ぐものは、どんなに薄くとも深きものへの変貌は免れない。
だが、それでもなお彼は人間として戦ったのだ。
駆けつけてきたフェランたちやラバン博士。
一応、首に布を巻いてみるがそれも無駄なこと。
痛ましい顔でこちらを見てくる彼らに対して、苦しい息の下でブレインは何とか言葉を紡ぐ。

「せ……先生。ラバン先生……。私、私は人間ですよね?」

彼の肉体、首から下はもはや人間のものではない。
完全に鱗に覆われた深きものへと肉体は変貌している。
だが、それでもラバン博士は強く頷いた。

「ああ、君は人間だ。まぎれもなく本当の人間だとも、胸を張りたまえブレイン君!
君は君にしか成しえない事をやりとげたのだ!」

「ああ―――よかった。」

ラバン博士の一言で、彼は心から安心した。俺は化け物なんかじゃない。
人間として人として死んでいくことができる。
例えその体が闇の存在だとしても、気高き意思さえあれば、それは人間なのだ。
―――瞼の奥に眩い光が見える。
さあ、例えよろめいても、道に迷ったとしても、あの眩い方向に歩いていこう―――。

満足げに微笑みを浮かべるブレインの亡骸に対して、ラバン博士は静かに目を閉じさせてやる。
彼は、彼自身の人間の尊厳を守りぬいたのだ。
残る四人も皆、ブレインに対して敬礼を行う。
そこには無言ならがも、確かな友情と信頼があった。
そして、凛とした整備士たちの言葉がラバン博士に向けられる。

「アンブロシウス、整備完了!完璧です!」

「ようし!よくやった!シュリュズベリイ博士!整備終了!」

誇らしげな整備士たちと整備長の言葉が響き渡る。
そこに存在したのは、完璧に整備され、追加武装を施されて敢然と輝くアンブロシウスの姿だった。

「うむ、よくやってくれた、整備長。礼をいう。」

「うん、人間にしては頑張った方だよね。ありがと。」

その二人の言葉に、サングラスをかけた整備長は満足げな笑みを浮かべる。

「頼んだぜ、シュリュズベリイ博士。
あのCCDのクソ野郎どもに人類の誇りと意地を見せてやってくれ。」

こくりとラバン博士は頷くと、アンブロシウスを超次元的にしまいこむ。
アンブロシウスは魔術文字と術式と光へと変化し、ハヅキへと吸い込まれていく。
それを見ながら、ぽつりと決意に満ちた声でラバン博士は呟く。

「……皆、ブレイン君を頼む。」

「いかれるのですか、博士。」

そのフェランの言葉に、当然と言わんばかりに強くラバン博士は頷く。

「ああ、これ以上ブレイン君のような犠牲者を出す訳にはいかぬ。
それは、彼の意思を無駄にする事になるからな。
……それに、私の弟子を奪ってくれた彼らに、容赦などする気は微塵もない。」

「了解しました。博士、グッドラック!!」

そのフェランの言葉に応じて、エイベル・キーン、クレイボーン・ボイド、ネイランド・コラムの四人が
ラバン博士に対して見事な敬礼を行う。
ラバン博士はその敬礼を背中で受けて、ただ静かな怒りをこめてクトゥルーへと視線をむける

「ゆくぞ!レディ!」

「オーケイ!ダディ!」

次の瞬間、ハヅキは魔翼機バイアクヘーへと変貌し、魔翼機は全力で最大推力で空を駆ける。
上昇する。戦闘上昇。遥かクトゥルーが存在する高空へと、バイアクヘーはそれを目指して駆けあがっていく。
天駆ける鋼鉄と魔の翼。魔翼機。バイアクヘー。
――――飛翔する。






その海域は、巨大な鋼鉄の塊で覆い尽くされていた。
大海原を埋め尽くす鋼の群れ。
それはヒトが生み出した巨大な戦闘艦だ。
空母31隻。巡洋艦54隻。駆逐艦、護衛艦の総計は900隻以上。
あわせて1000隻にもわたる大艦隊。
ルルイエの浮上が正しく人類滅亡を意味する事を悟った世界各国が持てる海軍力を全て南太平洋に投入した結果である。
そして、連合艦隊は、クトゥルーが存在するルルイエの魔海へと侵入していく。
だが、次の瞬間、凄まじい大津波が彼らを襲う。
それは次々と巨大極まりない超古代都市ルルイエの一部が次々と浮かび上がっている余波にすぎない。

「航空戦闘機発進準備!急げ!」

邪神の挨拶に耐えきった空母の甲板から次々と戦闘機が発進する。
蒼穹に無数の飛行機雲の軌跡を描き、数百機の様々な戦闘機が、
旧式や新型、あるいは極秘裏に作成された物や試作品にいたるまで無数の戦闘機がクトゥルーに牙をむく
同時に、艦隊から数百のミサイルが数千の砲弾がクトゥルー向かって降り注ぐ。
数千トン単位のミサイルが邪神の巨体に吸い込まれるように飛んでいき、突き刺さり爆炎をあげる。
だが、それはクトゥルーに対してほとんどダメージを与えることはできなかった。

そして、次にクトゥルーの反撃が始まった。
クトゥルーの肉体から生えた無数の触腕。その先端にある巨大な龍頭が、腐食性の涎をまき散らしながら牙をむく。
その巨大さは駆逐艦ですら子魚のようなものだ。
超音速で伸びてくる龍頭は駆逐艦を次々とバキバキと食らい尽くしていく。

同じく無数のミサイルや機関銃を叩き込んでいく戦闘機の群れ。
だが、彼らも超音速で迫りくるクトゥルーの触手によって蠅のようにあっけなく叩き落されていく。

激戦は空だけではなく、海の中も同様だ。
ルルイエの海は世界各国の潜水艦によって埋め尽くされていた。
潜水艦隊は同様にクトゥルーに向かって数千もの魚雷を一斉発射した。
だが、それが届くことはない。

「こ……これは!」

魚雷は海中に潜む異形の姿によって阻まれる。
その巨大さ、魚雷でも傷つかぬ強靭さは深きものでは到底ありえない。
それは、海中から、凄まじい勢いで海面へと姿を現す。
その全長はおよそ300メートル。
それはまぎれもなく異界の怪物。それが水平線を埋め尽くしながらこちらに向かってくるのである。
ダゴンとヒュドラ。忌まわしき眷属たち。

水平線は汚濁にぎらつく無数の異界の影で粘ついていた。
津波となって押し寄せるそれは数百数千もの巨大な魚影。
小神とはいえまぎれもなく神。
いかに巨大な火力であろうと、倒す所か傷つけることすら難しい。
それが水平線を埋め尽くすほどの無数。
まさしくカタチをもった絶望そのものだった。

抵抗らしい抵抗すらできずに連合艦隊は壊滅へと近づいていく。


「かくなるうえは……!」

連合艦隊の艦長たちは決断した。
軍艦に積み込まれた大量の核ミサイル。
それをダゴンとヒュドラの群れに叩き込もうというのだ。
数百もの核爆発。
無論連合艦隊も壊滅し、地球環境にも深刻な被害を与えるだろう。
だが、いかなる犠牲を払おうと、太平洋を劫火の海にかえようと、クトゥルーだけは破壊しなければならない。
だが、その瞬間、軍艦のレーダー担当の人間は叫ぶ。

「これは……。艦長!この空域に超々高速度で進入してくる機影が!
これは……まさか!!」

そして、彼等は唱える。
聖句を謳う。鋼を、刃金を、禍風に挑む翼を呼ぶ――世界最強の聖句を謡う!

《我は勝利を誓う刃金―――!》

凛とした聖句が、邪悪と汚濁に満ちた魔海の空間を切り裂く。

《我は禍風に挑む翼―――!》

腐敗の瘴気に覆い尽くされた大気を、鋼鉄と魔の融合した翼が引き裂く。

《無窮の空を超え、霊子(アユティル)の空を渡り、翔けよ、刃金の翼!》

人類最強たる鋼鉄の猛禽、禍風に抗い続ける気高き翼を召喚する―――!!

《舞い降りよ―――アンブロシウス!!》

その瞬間、空の時空がねじ曲がった。
蒼い鋼で構築された巨大極まりない戦闘機。
アンブロシウス、モード・エーテルライダー。
超々音速で空を駆ける50mの鋼鉄の猛禽の機体の下部には超大型のミサイルが数発、そして最終兵器である《新型爆弾》が搭載されている。
そして、両翼には、大量のスペースミードが内臓された増設燃料タンクが装備されている。
アンブロシウスは一気にダゴンやヒュドラの群れに対する距離を詰めると、交戦態勢へと突入する。

「さあ、行くぞ、反撃の時間だ!レディ!IGSW弾、投下用意!」

「イエス!ダディ!!今まで我慢した分、一気にいくよ!」

瞬間、アンブロシウスの下部に備え付けられていた超大型の空対地ミサイルが火を噴き、発射される。
放たれた弾道ミサイルは何か青白い粉のような物体を撒き散らしながらダゴンとヒュドラの大群のど真ん中へと落ちていく。
秒速2000m以上で拡散されたその粉末は、ダゴンやヒュドラの群れの頭上で燃料の蒸気雲へと変貌する。

しかも、これはただの爆薬ではない。
霊的な存在を物質化させるイブン・ガズイの粉。
この粉薬は燃料と共に水平方向に拡散し、ラバン博士の魔力により着火される。

瞬間。直径数十キロにもわたる凄まじい衝撃波が水平と下方向……半円状に発生する。
しかもこれはただの衝撃波ではない。
イブン・ガズイの力による極めて強力なハスターの魔風の衝撃波なのである。
そのクトゥルーの宿敵であるハスターの魔力が込められた衝撃波は、容易くダゴンとヒュドラを肉片も残らず塵へと粉砕する。
海ごと、海魔の三分の一が消滅した。
水平面を埋め尽くす海魔の群れに、大きな穴がぽっかりとあく。

IGSW弾―――イブン・ガズイ・ショック・ウェーブ弾。
これは覇道財閥とアーミティッジ博士が協力して作り上げた極めて特殊な燃料気化爆弾である。
通常の燃料気化爆弾で使用される爆薬だけではなく、霊的要素を物質化させる神秘的なイブン・ガズイの粉薬が爆薬の中に多量に混ぜられている。
これこれをハスターの神気で『着火』させる事により、極めて広範囲の強力なハスターの魔風による衝撃波を発生させることができるのである。
特に衝撃波は水平方向と下方向に対してむかうよう指向性を持たせてあり、
平方向と下部に向かって数十キロに及ぶ範囲で強力な衝撃波を発生させる。

しかも、この衝撃波はただの衝撃波ではなく、ハスターの魔風が込められた強力な衝撃波なのである。
ハスターの神力が込められた猛烈にして激烈な衝撃波はあらゆる物体を例外なく素粒子へと打ち砕く。
その威力たるや数十キロの範囲内のダゴンを一掃するほどである。
(現在ではまだ存在しないが)デモンベインのクトゥグァ神獣弾の威力とほぼ互角といえよう。

「続けてゆくぞ!」

「イエス!ダディ!!」

続けて放たれるIGSW弾。
その数十キロに渡るクトゥルーの天敵であるハスターの魔風による衝撃波は
水平線を埋め尽くす海魔の軍勢……ダゴンとヒュドラの群れを悉く無へと還していく。

「あ……あの戦闘機はいったい?」

生き残った兵士たちは目の前で展開された大逆転劇にただ呆然としていた。
あの圧倒的で絶望的で絶対的な破滅の宿命をいとも容易く蹴散らした一騎の戦闘機。
まるで夢のような光景だった。
アンブロシウスによりほとんどのダゴンとヒュドラは蹴散らされたが、それでもまだ僅かながら生き残りは存在する。
いきなりの攻撃に右往左往している海魔の生き残りの横っ面に、何十ものミサイルが炸裂する。

「……かろうじて間に合ったようだな。」

そう呟いたのは、今やデルタグリーンの旗艦をも呼べる駆逐艦ハミルトン号の艦長、ホルバーグ准将だった。
ハミルトン号の後ろに存在するのは、残りのアメリカ合衆国の軍艦と、膨大な数の覇道財閥の私設軍艦だった。
彼は援軍を率いて、この海域へとやってきたのである。

「こちらアメリカ合衆国海軍所属、ホルバーグ准将。
覇道財閥の援軍を連れてきた。戦いに加わらせてもらおう。」

援軍から放たれる無数の戦闘機と同じく無数のミサイル。
戦場は再び、硝煙と血と鋼鉄と肉が入り混じる地獄の戦場の様相を呈してきた。

その様子を遠見の魔術でクトゥルーの心臓部から見ている存在があった。
言うまでもなく、アンドラダ神父である。
彼の鬼械神オトゥームは下半身がクトゥルーの巨大な心臓と融合している。
こうすることで鬼械神とルルイエ異本を通してクトゥルーの制御をより確実に行っているのである。
ダゴンとヒュドラの群れを容易く蹴散らすアンブロシウスの姿を見て、神父は忌々しげに呟く。

「きたか。ラバン・シュリュズベリイ!
ならば、クトゥルー守護の要であるオトゥームも出なければなるまい。
ゆくぞ!ルルイエ異本!」

そのアンドラダ神父の言葉に応じるように、そばにたっているオットアイの薄布を体にまとってぽうと立っている少女……魔導書、ルルイエ異本の精霊が言葉を放つ。
放たれるとてつもない神気と瘴気。

いあ、 る・いえー  くとぅるふ  ふくだん  いあ  げるーほぉ  おとぅうむ  ら ら
《我  召  喚  鬼  械  神  鬼  歹  老  海  的  魚  的  武  士 》

『我はクトゥルーの騎士。
神々の剣となり、盾となりて神を守護せし者なり。
深き水底より来たれ!狂乱の黒き悪霊よ!
現れいでよ!鬼械神オトゥームよ!!』

その詠唱に呼応して、ギン!とオトゥームの単眼のモノアイに忌まわしい赤い光が宿る。
オトゥームが再び再起動を行ったのである。
アンドラダ神父とルルイエ異本は光となってオトゥームへと吸い込まれ、ここに三位一体は形成された。
クトゥルーの心臓と一体化していた下半身が動き出し、肉のちぎれる音と共に巨大すぎる心臓から下半身が引き抜かれる。
あふれ出す大量の血。それは心臓の下の一面の血の海へと流れ出すが、その傷もすぐに塞がってしまう。
その姿は四本の腕をもったケンタウロス型の鎧騎士。
異形でありながらも、美しさとアンブロシウスとほぼ互角な強大な力を誇るデウス・マキナ、オトゥーム。
そのオトゥームは血の海の海面に平然と立つと、そのまま四本の脚で外へと駆け出していった。


場面は再び移る。
空を駆ける鋼鉄の偽神、鬼械神アンブロシウス。
すでにアンブロシウスの速度は超音速すら超え、マッハ23……第一宇宙速度にまで到達している。
いくたびかダゴンやヒュドラが散発的にアンブロシウスの行く手を遮ったこともあったが、マッハ23すらも超える速度のアンブロシウスを止められるはずもない。
逆にマッハ23以上から放たれる凄まじい衝撃波によってダゴンの忌まわしい肉体を粉砕させられていく。

だが、そんなアンブロシウスに対して、クトゥルーの魔水に覆われた水面から凄まじい勢いの水のレーザー……超々高圧のウォーターカッターが放たれる。
幾条ものそのウォーターカッターをアンブロシウスは華麗に回避していく。

「これは……鬼械神オトゥーム!アンドラダ神父か!」

次の瞬間、50mもの巨大な水柱があがる。
その水柱の中から現れたのは、ケンタウロス型の鋼鉄の四本腕の鎧騎士。 鬼械神オトゥーム。
クトゥルーを守護する騎士が、その本来の役目を果たそうとしているのだ。

海面から何十もの水で構築された板が飛び出してくる。
それはただの海水ではない。
旧支配者クトゥルーの神気が宿った魔水なのだ。
その魔水で構築された板……いや、『道』は空中のまるでクモの巣のよう縦横無尽に貼り廻される。
そう、これはクトゥルーの魔水で構築された天空を走るための道なのだ。 空中を走るために作られた水の道。
これこそ、空を飛ぶ術を持たないオトゥームが天を舞うアンブロシウスに対抗するために編み出した術である。
この道を凄まじい速度で四本足で疾走するオトゥームはもはや疾走というよりは飛行に等しい。

瞬時に、疾走して音速に到達したオトゥームは、水でできた道を疾走しながら、同じく魔水で構築された大剣を振りかざしてアンブロシウスに襲いかかる。

「正義正義正義正義悪は許さない悪は許さない許さない許さないふんぐるい
殲滅殲滅殲滅断罪断罪断罪罪人には罰を与えよふぐるうなふ罰を与えよ
罰を与えよ与えよ与えよ与えよ罰罰罰るるいえ与えよ与えよ罰罰罰罰罰罰
正義正義正義ああ死してなお夢みるものよ正義正義正義ふんぐるい正義
我に力を与えよ断罪断罪断罪いあくとぅるー断罪断罪断罪断罪断罪断罪罪
フングルイムグルウナフ殲滅殲滅殲滅殲滅人類は悪そのも殲滅殲滅殲滅
許さない許さない許さない許さない許さない許さないるるいえ許さない殲滅
許さない許さない許さない人類は悪許さない許さない許さない許さない殲滅
人類は悪人類は悪人類は悪いあいあ人類は悪人類は悪人類は悪人類は悪
断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪
断罪断罪断罪ふんぐるい罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪
断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪
断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪
正義正義正義正義正義正るるいえ義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義
正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義いあいあ正義正義正義正義
      
      ――――罪人には、断罪の刃を!!         」

今のオトゥームはクトゥルーの中枢ユニットとして、クトゥルーの莫大な神気が注ぎ込まれているのだ。
水の道から下に飛び降りたオトゥームはちょうど下を飛行しているアンブロシウスに対して大剣をふるう。
それを容易く回避したアンブロシウスだが、そのコクピットにいるラバン博士は忌々しげに舌打ちをする。

「クトゥルーの神気をまともにくらって完全に発狂しているようだな。
人間をやめるか。妖術師め。
だが……悪いが、君と遊んでいる余裕はないのでな!」

「るるいえ!るるいえ!るるいえふたぐん!」

そのアンドラダ神父の詠唱に呼応して、オトゥームの周囲の水面が盛り上がり、数十の数百メートルもの高さの水の柱が生まれる。
その水の柱は巨大な水龍へと変貌し、うねくりながらアンブロシウスに対して牙をむき出し襲いかかる。
何十トンものクトゥルーの魔水によって構築された水龍は、超々高圧で相手を引き裂き、押しつぶす。
その威力は超々水圧のウォーターカッターすらをも凌ぐ。
並の鬼械神ならばた易く粉砕できるほどの威力である。
これほどの魔術を乱発できるのも、クトゥルー中枢ユニットとして無限の魔力の供給を得ているからである。
だが、その代償は術者の正気。
アンドラダ神父はさらに正気を削りながら魔術を使用する。

水龍は牙をむき出してアンブロシウスへと襲いかかる。
回避回避回避。
アンブロシウスはまるでダンスを踊っているかのように巧みに牙を回避し続ける。
だが、さすがに完全には回避しきれず、アンブロシウスの真正面から水龍が襲いかかる。
しかし、アンブロシウスは回避せず、真正面から水龍の顎へと飛び込んでいく。
一見自殺行為だがそうではない。
アンブロシウス特攻形態。

破壊槌と化したアンブロシウス飛行形態の突撃。
超速で振り下ろされる巨大質量の塊。超高密度の魔素の塊。
触れる物すべてを跡形もなく粉砕する必壊の一撃。

その突撃は、水龍の顎のみならず頭部を完全に吹き飛ばす。
頭部を失った水龍は膨大なただの水へと変貌し、海面に崩れ落ちる。
そして、突き抜けたアンブロシウスは反転し、再び空高く舞い上がると水面に立つオトゥームへと狙いを定める。

「IGSW弾、投下!!」

最後の一発のIGSW弾が海面を疾走するオトゥームに向かって叩き込まれる。
元々、IGSW弾はアンブロシウス一機で無数のクトゥルー眷属邪神群を殲滅するために作成された特殊な燃料気化爆弾である。
破壊力こそ莫大であるものの、一対一の戦いであるデウスマキナ同士の戦いでは、はっきり言って使い勝手はかなり悪い。
たった一台の戦車に対して燃料気化爆弾を叩き込むようなものである。
水平方向数十キロに及ぶ範囲で強力なハスターの魔風による衝撃波を発生させ、
オトゥームがクトゥルーの魔水で作り出した水竜を粉微塵に吹き飛ばす。
当然、オトゥームも無事ではいられない。

「ぬがぁああああああああああああああああっ!!」

すさまじいハスターの魔風による衝撃波が数十キロに渡る全ての物体を塵へと返す。
オトゥームは見るも無残な状況だ。
全身の表面装甲が衝撃波によって吹き飛ばされ、破損部分から放電する機械の内臓が飛び出し、
四本の腕のうち、二本は砕け散って水銀の血が滂沱と流れる。

だが、これはオトゥームをほめるべきであろう。
ダゴンやヒュドラですら素粒子へと打ち砕くハスターの魔風を受けてなお生き残っているのだから。
並の鬼械神ならダゴン同様に塵へと還っているところだ。
だが、さすがに受けたダメージは大きい。
オトゥームの破損部分から水銀の血にまみれた金属的な触手が大量にあふれだした。
不気味に蠢き、破損箇所を覆い、あっとというまに修復していく。
極めて強力な自己修復機能。これもクトゥルーの魔力である。
だが、それにはやはり時間がかかる。
そして、ラバン博士もこれ以上オトゥームと遊んでやる気などない。
一刻も早くクトゥルーを止めねば人類が滅んでしまうのだから。
最後に、ラバン博士はアンドラダ神父に向かって言葉を放つ。

「ひとつだけ言っておこう。
君は正義を成しているのではない。
ただ正義という言葉に取りつかれて狂っているだけだ。
そんなモノでは―――本当の正義は成しえない。」

そして、次の瞬間、アンブロシウスは機体をルルイエの海域へと向けると、全速力でクラスター・フーンを発動させ、疾走する。

「ま、まて……!!」

そうはさせじと、アンドラダ神父はオトゥームの再生能力にさらに魔力を注ぎ込む。
クトゥルーの制御権を支配している今のオトゥームはクトゥルーからの莫大な神気を直接供給されている。
その膨大な神気はオトゥームに無限の再生能力と性能向上をもたらす。

だが、今のオトゥームは明らかにおかしい。
傷口からまるで溢れ出るように無秩序に装甲やバネや配管などデウスマキナの内部構造やクトゥルーの神の肉が飛び出し、
それがさらに砕け散り、崩壊し、オトゥーム自体を自壊させていく。
それをさらに再び暴走した再生が行われ、破壊→再生→破壊の無秩序なロンドが行われる。
明らかに再生能力が暴走しているのだ。
最早、オトゥームは凛としたケンタウロスの騎士ではなく、ただの肉と機械の塊へと変わりつつある。

「あ……あああああああああああああ!
ああ、汝、死して横たわりながら夢見るものよ!
汝の僕が呼びかけるのを聞きたまえ!
ああ、強壮なるクトゥルーよ、わが声を聞きたまえ!
力を!力を!力を与えよ!」

《いいや、君の出番は終わりだよ。アンドラダ神父》

その瞬間、オトゥームのコックピットの異様な部分から異様な声が響き渡った。
螺子、配線、導管、装甲、歯車、バネは無数にオトゥームの傷口から湧き出していく。

そして、不浄な角度から奇怪な機械の部品が降り注ぐオトゥームのコクピット内の異常な角度から一人の黒人の神父……ナイ神父の姿がまるでティンダロスの猟犬のように姿を現す。
呆然としているアンドラダ神父を嘲笑いならば、ナイ神父は姿を変化させる。
妖艶な肢体を黒い薄布で纏ったメガネをかけた美女へと変貌した。
その女性は全宇宙を嘲笑しながら、さらに言葉を紡ぐ。

《そう、君はただクトゥルーを復活させるための舞台装置、ただの道化にすぎない。
役目を終えた役者は、さっさと舞台から降りてもらわないとねえ》

そのメガネをかけた女性の顔は次々と姿を変貌していく。 顔のない円錐形の頭部をもつ、黒い無定形の原形質状の巨大な塊
艶然とほほ笑み、手に黒い扇を持った太った女性に似た怪物
中心の首状の部分を取り巻くような赤味を帯びた黄金色のしなやかな巻きひげが生えた、きらきらと輝く円柱
三重冠を戴き、ハイエナの体と禿鷲の翼を持つ黒い無貌のスフィンクス
そして―――暗闇に燃える赤い三つの瞳。

その瞬間、アンドラダ神父は目の前の存在が、自らに力を与えた存在が何なのか悟った。
狂える盲目白痴の神の強壮なる使者。
千の異形をもち人類を嘲笑し、弄ぶ邪神。
百万の愛でられしものの父、月に吠ゆるもの、盲目にして無貌のもの。

―――混沌!混沌!混沌!

《それでは、さようならだ。アンドラダ神父。せいぜい、良い悪夢を。盲目暗愚の我が主の中でね。》

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

私は。ただ。正義のために――――。
その思考を最後に、アンドラダ神父の肉体と魂は、無数の機械と神の肉にゆっくりと侵食され、食らい尽くされていった。




その海域はもはや完全に狂い果てた異界だった。
軽く全長数十kmを超えるであろう巨大すぎる塔。非ユークリット幾何学によって構築されたその塔の表面には
びっしりと恐ろしい象形文字と慄然たる模様が刻み込まれ、さらにはぬらぬらとした緑色の泥に覆われていた。
その塔こそがルルイエの中心、旧支配者クトゥルーが眠るクトゥルーの墓標である。
さらにその周囲にはまるでストーンヘンジのように、同じような何学的に狂った角度と暗緑色の巨石、
非ユークリット幾何学のこれもとてつもない巨大な石柱が顔をのぞかせていた。
さらに海面よりせり出してくる無数の柱。
それが飛び出してくるたびに、艦も海魔も空中に吹き飛ばされ、海面に叩きつけられ藻屑となる。
それらの柱は、クトゥルーを中心に円形に取り囲むように存在していた。

狂える海底都市ルルイエ。
それがゆっくりと海底から浮上してきているのだ。
大陸規模の巨大さをもつルルイエに人類の常識など通用するはずもない、
この巨大な塔もルルイエの最も高い建造部分のほんの先端が海面に少し顔を出しただけにすぎない。

もし、大陸規模のルルイエが完全に浮上したら、海岸がとてつもない規模の大津波に襲われ、
そこから発生される莫大な瘴気によって、 人類などほんの数日で死滅してしまうのは確実だ。

タコに似た頭部、イカのような触腕を無数に生やした顔、
巨大な鉤爪のある手足、ぬらぬらした鱗に覆われた山のように大きなゴム状の身体、
背にはコウモリのような細い翼を持ち、肉体には無数の禍々しい瞳を宿した存在。
だが、それは一定ではない。時に巨大すぎる蛸のようになり、時に多数の首を備える多頭龍へと変貌したりする。
旧支配者クトゥルー。
かつて地球を支配した強大なる旧支配者、まぎれもなく神そのものである。
現在のクトゥルーは完全に制御を失った状態だ。

無差別に手身近な存在を貪り食らい、己の肉を増殖させていく。
それは最早癌細胞に等しい。
地球という星を食らい尽し、汚染し尽くす異物そのものである。
遥かなる太古の昔には、人類を遥かに凌ぐ異界科学を所有する南極を根拠地とする《古のもの》たちの活躍によってその侵攻は防がれた。
だが、今は彼らもほとんど存在しない。
ましてや人類などクトゥルーの敵になどなりはしない。
ただの貪り食われるだけの餌でしかないのだ。
しかし、ぴたりとまるで危険を感知したようにクトゥルーは動きを止める
と、その表面に存在する無数の瞳を一定の方向へと向ける。

その瞳の先には、とてつもない速度でこの海域に突っ込んでくる50mを超える超巨大な戦闘機が存在した。

アレこそが―――正しく自分の宿敵の力を秘めた機体だと本能的に悟っているのだ。
偽物の神、鋼鉄でできた偽神。デウス・マキナ、アンブロシウス。
戦闘機形態のアンブロシウスは極超音速すら超える第一宇宙速度……マッハ23以上の速度でクトゥルーが存在する海域へと飛翔する。
人類の誇りと尊厳をかけて、禍風に挑む誇り高き翼はクトゥルーへと迫りくる。

「さあ、いくぞ!アンブロシウス!反撃の時間だ!
レディ!ドロップタンク、パージ!」

アンブロシウスの燃料であるスペースミードが蓄えられた増槽。
その内部のスペースミードを全て本体へと流し込んだ後、迷いなく、ラバン博士はアンブロシウスから増槽を切り離す。

クトゥルーの触腕、竜の首にも似たその器官が牙をむく。
無数の竜頭。
それは腐食性の涎を垂らしながら、超音速でアンブロシウスに襲いかかる。
その牙の鋭さたるや、鬼械神の装甲のオリハルコンすら容易く引き裂き、噛みちぎる。
それが無数に襲いかかってくるのだ。
一本一本を相手にしていたら、次の竜頭に噛み殺されてしまう。
先ほどの水龍と同じように、アンブロシウスはまるでダンスを踊っているかのように、華麗にクトゥルーの触腕を回避してひたすら前進する。

回避回避回避回避回避回避。
ただひたすらに回避し続けるアンブロシウス。

流石にクトゥルーも当たらない事に業を煮やしたのか、凄まじい咆哮をあげる。

「まずいよダディ!クトゥルーが撃ってくるよ!」

そのハヅキの叫びに呼応するように、音を超え、物理を超え、霊域を超えて、魂を破壊してくるような凄まじい破滅の咆哮。
凄まじい巨体が脈動してのたうちまわっている。
あふれ出る膨大な邪神の神気。
わななく触手が、竜の首がいっせいに超音速で向かいくるアンブロシウスにむけられる。
喉の奥で沸き滾る猛烈なエネルギー。
闇の空を白く染め上げる閃光閃光閃光閃光閃光。
無数の竜頭から放たれた猛烈な破壊の業火と閃光。
闇夜に無数の太陽が生まれた。邪神の吐息が空をなぎ払う。

凄まじい神気の閃光が、アンブロシウスの機体のスレスレをかすめていく。
それだけではない。
無数に蠢くクトゥルーの触腕。その先端にある龍の首が強酸性の涎をまき散らしながら、牙をむいて超音速でアンブロシウスに襲いかかる。
かわせどかわせど、触腕は縦横無尽に押し寄せる。
その一本一本がアンブロシウスを一撃で粉微塵にできるほどの巨体とパワーを秘めている。
ほんのわずかの隙間をかい潜り、海面すれすれをアンブロシウスは飛翔する。
極超音速……いや、第一宇宙速度により発生する衝撃波により、アンブロシウスの飛翔した後には大きな水柱をあげながら、さらに前進する。

マッハ23以上の速度から放たれるアンブロシウスの衝撃波によってクトゥルーの触腕も破壊されたりはするが、これではきりがない。
エーテルランチャーも装備されてはいるが、さすがに威力不足と言わざるをえない。
そして、IGSW弾は全て使い切り、賢者の鎌といった強力な武装も人型に変形しないと使えないが、それを許すほどクトゥルーは甘くない。

……だが、最後の。本当に最後の切り札がアンブロシウスには存在する。
それはアンブロシウスの下部に残った一発の超大型の爆弾。
アメリカ合衆国が開発した新型爆弾。
もちろん、それはただの爆弾ではない。 原子爆弾を呼び水として、核融合を引き起こし、原爆以上の破壊力を引き出す人類最強の兵器。

すなわち―――水素爆弾、水爆である。

核の中でも最強の破壊力を誇るまさしく人類最強の兵器。
アメリカで開発されたそれは、デルタグリーンからホルバーグ准将を通してラバン博士のアンブロシウスへと組み込まれたのである。

だが―――。

「でもどうするの?ダディ。
いくら戦略級の水素爆弾といっても、たった一発じゃルルイエは……。」

そう、いかに強力な、戦略級の水素爆弾とてたった一発で大陸規模のルルイエを沈め、クトゥルーを滅ぼすことは難しい。
しかしそれでも、ラバン博士はコクピットの中で不敵にほほ笑んだ。

「なに、手はあるさ。レディ、水爆をアンブロシウスの真下に換装したまえ。」

次の瞬間、水爆の表面に光が宿り、それが魔術文字へと変換されて、別の存在へと組みかえられていく。
数千、数億もの魔術文字はいったん数十への円へと膨れ上がり、その光は爆弾とはまた別のカタチへと変貌していく。
それは、錬金術。
物質の構成を変換し、異界の存在へと組み替えていく魔導技術である。
ラバン博士ほどの魔術師になれば、これほどの巨大な物体の構成を変化できる錬金術が使えても不思議ではあるまい。

―――それは巨大な、巨大すぎる砲(カノン)だった。
デウスマキナの全長およそ2倍ほどの100mとほぼ同じ、否、それすらを凌ぐ巨大で無骨で細長い砲台。
今や水爆の表面は完全に姿を変え、超巨大な砲台へと姿を変えていた。
カノンにはびっしりと古代の文字であるナアカル語が刻み込まれ、中央部分には巨大なハスターの象徴である『黄色の印』が刻まれている。
その巨大なカノン……否、アトミックバズーカともいえるその砲台は、戦闘機形態のアンブロシウスの下部へと装着されていた。

これはカノンの形こそしているが、実際は超強力な異界の変換機である。

砲台の内部に存在する水爆の核融合の膨大すぎる破壊力をそのままハスターへ捧げ、
その代償として核融合の力をさらに上乗せされたハスターの力を引き出し、収束し、圧縮し、撃ち出す変換機なのである。

その巨大なカノンを下に吊下げながら、アンブロシウスは機首を上に向けて、急速なピッチアップを行う。
―――ハイレートクライム
アンブロシウスは急激なズーム上昇を行い、垂直に近い角度で上昇する。

まるで空に打ち上げられたロケットのように、天空へと機首を向けて、第一宇宙速度で疾駆する。
その速度にはいかに超音速が出せるクトゥルーの触腕といえど追いつきはしない。
まるでクトゥルーの触腕を引き連れるように、垂直に天高く飛翔するアンブロシウス。
と、いきなりアンブロシウスは下に吊下げた巨大なカノンを切り離すと、自らは先ほどと反対に急下降する。

超速度で切り離された全長100mを超す超巨大カノンはそのまま勢いで空へと飛んでいくが、やはりその凄まじい重量と推進力がないため、当然重力に縛られて落下する。

そして、そのカノンの遥か下、クトゥルーの真上に急降下したアンブロシウスが存在する。
アンブロシウスは瞬時に戦闘機形態から、鬼械神形態へと変形する。
その人型に変形したアンブロシウスに向かって、凄まじい勢いで落下してくる巨大なカノン。
だが、そのカノンは、アンブロシウスにぶつかる瞬間、下から吹き上げたハスターの魔風により、一瞬だが落下速度がゼロになる。
その瞬間、巨大なカノンは人型のアンブロシウスの右肩へと重々しい重量音を立てて、合体する。
アンブロシウスの右肩の装甲が光を放ち、カノンの表面装甲と融合すると同時に、カノンと右肩から延びたアームがお互い合体しあう。
そして、カノン内部の魔術回路や回線も、完全に人型のアンブロシウスと融合する。
デウス・マキナの全長の2倍、おおよそ100m以上ある大型のカノン
……アトミックバズーカのトリガーを右手で握り、左の二つの腕でカノンをしっかりとホールドしたアンブロシウスはその砲身をクトゥルーへと向ける。

――――発射態勢。
極超音速の速度で飛行しながら、カノンの砲身がクトゥルーへと向けられ、標準がセットされる。


水素爆弾は、原子爆弾を起爆薬代わりに用い、この核分裂反応で発生する放射線と超高温、
超高圧を利用して、水素の同位体の重水素やリチウムの核融合反応を誘発し莫大なエネルギーを放出させる。
そして、その砲台内部で発生した、メガトン級の膨大な破壊力をもった核融合と放射能は全て砲台の内部でハスターの供物として捧げられ、
その代償として莫大なハスターの魔力へと変換される。
核融合の威力(といっても大部分はハスターに捧げられているが)とそれすらを遥かに凌ぐ破壊力をもったハスターの魔力は、
砲台内部で融合、収束、圧縮され、さらに砲身によって加速され威力を増大させる。

「ようやくこの時が来たのだ。多くの人々の死が無駄ではなかった事の証のために!
人類の尊厳のために!―――ルルイエよ!私は帰ってきた!!」

砲台内部に黄色い光が宿り、それは莫大な光の流れへと変貌する。
それと同時に、ラバン博士はハスターへの詠唱呪文を唱える。

「イア!イア!ハスター! ハスター クフアヤク ブルグトン
ブルクトム ブグトラグルン ブルグトム……!!」

「アイ!アイ!ハスタ―――――――――――――ッ!!!」

――――その詠唱と共に、膨大な魔力の奔流が、砲台から発射された。
それはまさしく闇夜を切り裂く恒星そのもの。

もはやレーザーというよりも膨大な黄色い光の奔流とでもいうべきその光は、
闇夜を切り裂きながら凄まじい勢いでクトゥルーへと迫りくる。
閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光。
閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光。
閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光閃光。
それはもはや太陽にも等しい破滅の光。
クトゥルーの吐息すらも上回る核融合の力を上乗せされたハスターの神気の閃光である。

そう、クトゥルーの吐息が小型の太陽ならば。
核融合の力を媒体として増幅・上乗せされたこのハスターの吐息はまさしく正しく正真正銘、超新星爆発そのものである。

《――――――!!!》

クトゥルーも本能で危険を探知したのか、無数の触腕を振りかざし、超音速でアンブロシウスへと攻撃をしかける。
迫りくる無数の龍頭は、鋭い牙に覆われた口を開き、強酸性の唾を吐き散らしながら超音速で牙をむくが、
悉く全てがアンブロシウスから放たれた膨大なハスターの魔力の破滅の閃光に触れただけで虚無へと戻される。

《■■■■■――――!!》

さらなる危険を察知したクトゥルーは、こちらも邪神の吐息を放つが、そんなものは、核融合の力を得たハスターの吐息に比べれば、大河と支流ほどの差がある。
クトゥルーの吐息すら飲み込みながら迫りくるハスターの膨大な魔力の奔流
クトゥルーの宿敵であるハスターの膨大な魔力が籠ったその光はクトゥルーの肉体へと命中し、その肉体の大部分を吹き飛ばす。
形容しようもない凄まじい轟音と爆音。そして全てを白く染める閃光。

《――――――――――――――!!!!》

クトゥルーの叫びがアンブロシウスを除く周囲のあらゆる存在を全て悉く狂死させる。
物理的兵器では邪神にダメージを与えることすら難しい。
だが、同じ邪神の力、それも敵対する邪神の力なら話は別である。
膨大なハスターの力は、マテリアルサイド・アストラルサイドから同時にクトゥルーに多大なダメージを与える。
今のクトゥルーは上半身が完全に吹き飛ばされ、下半身の肉体も僅かに残っているだけである。
いかに不死の邪神とはいえ、肉体の大部分を吹き飛ばされるほどのダメージを受けてはたまらない。

さらに、クトゥルーを吹き飛ばしたハスターの魔力の奔流は、その背後にあるルルイエの中心部であるクトゥルーの墓標へと命中する。
その黄色い光は、ルルイエの中心へと命中した後、膨大な魔力文字へと変貌し、ルルイエ一帯……否、南太平洋のほぼ全て、大陸規模のルルイエ上空を覆い尽くしていく。
そして、その魔力文字と光は、ルルイエ上空、南太平洋ほぼ全てを覆い尽くす超々巨大な積層型立体魔法陣へと姿を変える、
大陸規模のルルイエ全体の上空を覆い尽くす超々巨大な積層型立体魔法陣。
ハスターの強大な神気によって構築されたその超々々巨大積層型立体結界は、ルルイエを浮上させている原動力であるクトゥルーの神気を対消滅させ、打ち消し、封印を施す。

浮上する力を失ったルルイエは、再び深海へと再沈下を開始する。

「沈め……呪わしき都市よ。静かに……眠れ……。深き海の底へと。」

《ォ……ォオオオオォォォォオオオオオ……ッ!!!》

その巨大な肉体の大部分を吹き飛ばされたクトゥルーはのこった触手をのたうちまわらせながら、ゆっくりと海へと沈んでいく。

やがて、その無意味さを悟ったのか、クトゥルーは巨大な旧き印が刻まれた開かれている自らの墓標の扉へと向い、その扉の中へとゆっくりと姿を消した。
鈍い音が木霊し、クトゥルーの墓標の扉が再び堅く閉ざされ、主を失ったルルイエ全体がゆっくりと元の海中へと沈んでいった。





それに最初に気づいたのはボイドだった。
深きものどもとの戦いを終え、空母カルコサの甲板上でアンブロシウスの活躍を見守っていた彼は叫んだ。

「見ろ!ルルイエが……ルルイエが海中に沈んでいくぞ!」

ズズズズと音を立てながら、全長数十キロにも及ぶ巨大な石造の柱……ルルイエの一部がゆっくりと海へと沈んでいくのが彼らの目にもはっきりと分った。
今でもルルイエ全土の上空を覆い尽くす積層型立体魔法陣。
それがルルイエを浮上する原動力であるクトゥルーの魔力を対消滅させて、封印を施しているのだ。
それを見て、エイベルやコラム、カルコサにいる人間、そして太平洋連合艦隊の人間が歓喜の絶叫をあげる。

「やった!やったぞ!僕達の……人類の勝利だ!」

「ラバン博士だ!ラバン博士がやってくれたんだ!私たちは、いや、人類は助かったぞ!!」

それは空母カルコサだけでなく、世界各地の戦艦や空母の乗務員たちも同じだ。
思わず叫び出す者、感極まって泣き出す者、拳を空に突き上げる者、お互いに抱き合って叫び合う者。
それぞれ人種も戦う理由も国籍も何もかもがバラバラだ。
だが、今は、今だけは皆の気持ちは一つだった。
そう、我々は旧支配者に勝利したのだから。

戦闘機形態へと変形し、朝日を切り裂き、水平面へと飛翔したアンブロシウスに対して、大歓声が上がる。

「やはり……あなたはさすがです。ラバン・シュリュズベリイ博士。」

万感の思いを込めて、フェランはそう呟いた。





クトゥルーを封じたアンブロシウスは、しばらくルルイエ上空を飛行していたが、ルルイエが完全に海中へと沈んだのを確認した後で、
錬金術によって作られた超巨大なカノンを切り離す。
そのカノンは少しづつ塵へと還っていきながら海へと落下していく。
放射線や放射線物質すらも完全にハスターへの供物に捧げたため、放射能の心配もない完全に無害である。
魔術で作られた物質は、魔力がなくなれば塵になるのが道理だ。
そして、鬼械神形態から戦闘機形態へと再び変形したアンブロシウスは、巡航速度へと移行し、朝焼けの中を飛翔する。

「やったね!ダディ!クトゥルーの再封印を確認!」

そのハヅキの言葉に大きくラバン博士は頷く。

「うむ、さすがのクトゥルーといえども、あれだけのダメージを負っては回復に時間がかかる。 これでしばらくは蘇ってはこれまい。」

そんなアンブロシウスを祝福するように、夜明けの朝日がアンブロシウスを包み込む。
その美しさに、その力強さにコクピット内にいるハヅキは目を細める。

「見て、ダディ。夜明けだよ……。」

「うむ、私の虚ろな眼窩にも、この朝日の美しさが、世界の美しさがはっきりと見えるぞ。
この美しい地球を、邪悪の手に渡すわけにはいかん。
さあ、レディ。次の戦場へと赴こう。誇りを持ち、胸を張ってな。」

そう、戦いはこれで終わりではない。
まだまだ復活を企むクトゥルー眷属邪神群は山ほど存在するのだ。
だが、人類は決して無力ではない。
悪と戦う意思が、魔を断つ意思が存在する限りは。
そのラバン博士の言葉に、ハヅキは力強く頷く。

「イエス!ダディ!!」

朝焼けの中、アンブロシウスは水平線に向かって飛翔していった。
次なる戦いの準備のために。





「あはははははははは!!!」

その戦いの全てを見ていた黒い衣を纏った妖艶な女性は笑っていた。
その笑みにこめられているのは、粋な賞賛と……愚かにあがく人間たちへの嘲笑。

「お美事!実に!実にお美事だねえ!ラバン・シュリュズベリイ博士!
まあ、クトゥルー復活の手順はこんなところか。
アンドラダ神父『程度』で、あんな『お粗末な方法』で復活できるのなら、大導師殿やアンチクロスの力ならば確実にできるだろうねえ。」

そう、これも彼女にとってはただの実験にすぎない。
「はたして、人間の力でクトゥルーは復活できるか」ということの。
できなければ困るのだ。
白き王と黒き王を作り出すためには、クトゥルー復活計画はなくてはならないのだから。
実験自体は成功したといえる。
アンドラダ神父程度の魔術師の粗悪な手段でもできたのだがら、黒き王やアンチクロスなら確実だろう。
だが、流石に、クトゥルーが再封印されてしまうとは予想外の事だったが。

「しかし、まさか人の身でクトゥルーを再封印するとはね……。
うん、君の力は少し強大すぎるようだ。
君がいては白き王が高みに至れないかもしれない。少し厄介だねえ……。」

彼女の目的はアザトースの庭の解放。
そのためには「連中」の神器を破壊しなければならない。
そして、そのためには神器を操れる白き王と黒き王を育て上げ、彼らを神器が操れるまでの高みに上げなければならないのだ。
魔術師としての高みに到り、神器を操れるようになるまでには、ギリギリのところまで追い詰めないと成長はできない。
だが、ラバン博士がいてはアンチクロス程度なら撃破されてしまう。
下手をすれば黒き王……マスターテリオンとすら互角に戦えるかもしれないのだ。
それでは、彼らの成長が妨げられてしまう。
考えた彼女は、いい事を思いついたように指を鳴らす。

「うん、そうだ。こうしよう。
君も別の無限螺旋に封印して閉じ込めてあげよう。
永遠にクトゥルーと戦い続けるという螺旋にね。
そうすれば、白き王と黒き王の戦いには絶対に干渉できないからね。
永遠に、クトゥルーと遊び続けているがいいさ。
我が嘲笑すべき盲目暗愚たる主が解放されるまでね。」

そして、女性の肉体が解け、周囲を闇が覆い尽くす。
もし、そこに誰かいたのなら、はっきりと見えただろう。
闇の中、深紅に燃え盛る三眼の瞳が―――。

―――そして、機神飛翔デモンベインへ。



ルルイエよ!私は帰ってきた!(挨拶)
こんにちは、零です。
ここまで小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回でデモンベイン小説はラストです。
もともと、クトゥルーにアトミックバズーカを叩き込むシーンを書きたかったからこの小説を書き始めたんですが、書けて大変満足しました。
元ネタを考えると人型に変形してハスターランチャー……もといアトミックバズーカをたたき込んだほうがよかったのでしょうが、
戦闘機形態の方がカッコよくない?という感じで今回の形になりました。
カウボーイビバップのソードフィッシュUのプラズマカノンを連想していただければ。

3月24日:追記、ちょっと修正してみて、人型に変形してアトミックバズーカを撃ち込むシーンにしてみました。
やはり元ネタを考えたらこちらの方がいいかな、と思いまして。
何か意見がありましたらお気軽にどうぞ。


どうもありがとうございました。
ここまで読んでいただいた皆さんに最大限の感謝を。
よろしければ感想などをいただければとても嬉しいです。


それではここまで読んでくださりありがとうございます。
またお気軽にお立ち寄りください。
感想もお待ちしております。

・これは全てフィクション、創作の小説であり、
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等など現実世界とは何も関係がありません。
 


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