「―――これはどういう事だ。余に説明してもらおうか。」

 あのすぐ後、マスターの異変を感じて駆けつけたライダーが戦車を駆って地下の魔術要塞へと
 駆けつけたが、そこにはすでに令呪を手に宿したソラウの姿と力なくベッドに横たわるケイネスの姿だった。
 そのケイネスは首があらん方向へと向いている。
 恐らくは、婚約者であるこのソラウがやったに違いない。

 「ああ。征服王。意外と速かったですね。もう少し遅いと思っていましたが。
 さすがライダーのクラス。これから共に戦う存在としては頼もしい限りです。」

 その言葉に、ライダーはさらに敵意をむき出しにしながら静かにソラウに向かって問いかける。

 「……待て女。余はどういう事かと聞いておるのだ。
 貴様は、身動きの取れない自らの婚約者を裏切ったというのか。」

 「?何を言っているのですか征服王。
 弱い存在から全てを奪い取り、蹂躙し、踏み潰し、征服しつくす。
 それでこその征服王の二つ名でしょう?
 私は貴方のやり方と同じことをやったまでの事。
 魔術回路を失ったケイネスでは聖杯戦争は勝ち抜けない。
 ならば、私がマスターになったほうが勝率は格段に高まる。
 実に当然の帰結にすぎないわ。」

 うっすらと口元に邪悪な笑みを浮かべてそう言い放つソラウに対して、
 ライダーはますます額にしわを寄せて、怒りをこめながら静かに返す。

 「勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の征服”だ、
 ……貴様のやっている事は征服ではない。ただの弱者に対する蹂躙でしかない。」

 その怒りに満ちたライダーをあざ笑うように、さらに邪悪な笑みを浮かべてソラウは言葉を続ける。

 「ならばどうするのですか征服王。
 このままアーチャーやセイバーやランサーにやられっぱなしで貴方は満足だと?
 私がいなくなれば、彼らに対する逆襲できるチャンスはなくなって空しく『座』へと帰還するだけ。
 私がマスターになれば、ケイネスのときよりも自由な戦術を許可する事を約束します。
 唯一つ、ランサーを手にいれる事さえ約束すれば。
 どうです?貴方にとっては実にいい条件だと思うけれど。」

 実に忌々しいことだが、彼女の言葉は実に正確だ。
 その征服王のしかめ面を見て内面を読み取ったのか、ソラウはさらにやんわりとライダーを説得にかかる。

 「確かに、私にはケイネスほどの天才的な魔術の才能はないわ。
 基礎的な魔術の教育しか受けてはいない。
 けれど、私には魔術の名門ソフィアリ家の娘として受け継いだ優秀な魔術回路がある。
 さらにケイネスの残してくれた強力な魔術礼装がある。
 そして、何より私にはケイネスと違い『油断』がない。『高慢』がない。相手を侮ったりはしない。
 どう?ライダー。私はマスターとして不足かしら?」

 その妖艶な笑みを浮かべるソラウに対して、ライダーはしかめ面をしながら硬い言葉を投げかける。

 「……己の婚約者を裏切るような真似をするような女は信用できんな。」

 「それは心配ないわ。ライダー。
 信用なんてしなければいいだけの話だもの。
 お互いにお互いを利用しあえばいいだけよ。
 私はランサーを手にいれたい。貴方は戦ってアーチャーを倒し、セイバーを屈服させ、自分の肉体を手にいれたい。
 ほら、私たちの目標はある意味一致しているわ。
 私はランサーさえ手にいれられればそれでいい。貴方が何をしようが全て容認するわ。それでは不満?」

 「………。」

 黙り込んだライダーの態度を容認を受け取ったのか、彼女はますます口元を歪めて邪悪な笑みを作る。

 「さてと、それではまず貴方の失った力の補充をしなければならないわね。
 あれだけのダメージを負ったのですもの。
 回復に必要とされる魔力は膨大なものにはるはず。」

 「どうする気だ?」

 「それはとても簡単な事ですよライダー。
 失ったのなら補充すればいい。足りないのなら補えばいい。
 魔力が足りないのならば、他所から奪い取ればいい。
 それだけの話です。」

 その言葉の真意に気づき、ライダーは怒鳴る。

 「まさか……貴様、無辜の民を!!」

 「……?とても征服王とは思えない言葉ですね。
 戦争で犠牲が出るのは当然の事でしょう?
 ペルシャ王国でも中央アジアでも貴方がさんざんやってきた事ではないですか。
 何を今更人道を説くのですか?とても征服王とは思えませんね。
 まさか、戦争を起こしておいて「自分は無辜の民を犠牲にしたことは一度もない」とでも言う気?
 大丈夫です。問題はありません。貴方が犠牲にしてきた人に比べればほんの少しだけですから。」

 「外道め……!!」

 その言葉に、ライダーはギリ、と歯噛みをして思わず自らの剣に手をかける。
 相手が女性でなければ、マスターなしで現界できるのならとっくの昔に無礼うちにしている所だ。
 イスカンダルは女性に対して常に敬意を払っており、敵であるダレイオス三世の母と妃を捕えても、
 彼女たちに非常に敬意をもって接したとされる。
 さらに、天敵は母親といえるぐらい母親思いである。
 そのため、いかな邪悪であろうと女性に手をあげることは彼の矜持に反するのだ。

 「さて、それではケイネスの残してくれた遺産を活用しましょうか。
 ええ、実に有意義にね。」

 そして、彼女はさらに邪悪で妖艶な笑みを浮かべた。




 ―――其の頃、セイバーとアイリスフィール、そして舞弥はアインツベルン城への帰路を急いで森の中を歩いていた。
 切嗣は同行しておらず単独行動を取っており、アイリスフィールの護衛のためにセイバーと舞弥が付き添いを行っている。
 アーチャーとライダーとの激戦、さらに二度のエクスカリバーの使用と、今のセイバーはかなり魔力を消耗してしまっている。
 こんな所を敵に襲われてしまってはひとたまりもない。
 そのため、彼女たちは根拠地であり、安全地帯であるアインツベルン城へと急いでいるのだが、それを見逃すほど、聖杯戦争は甘くはなかった。

 「……ッ!下がって下さい!マイヤ!アイリスフィール!!」

 その瞬間、木々の間から高速で飛来した釘剣をセイバーは叩き落す。
 だが、その攻撃は明らかに足止めを狙ったものだ。
 セイバーが風王結界に包まれたエクスカリバーを構え、
 アイリスフィールたちをかばうように前に出るのと同時に、木々の中から一人の神父服の男性が姿を現す。
 ―――言峰綺礼
 切嗣のデータによれば、恐らくアサシンのマスターである可能性が高い男だ。
 彼は重々しく口を開いて彼女たちに言葉を投げかける。


 「……ふむ。ヤツがいるとも思ったが。
 まあいい。―――女。意外に思うかもしれんが、私はお前たちを倒す目的でここにいるわけではない。
 衛宮切嗣。ヤツの居場所を聞きたいだけだ。答えてはくれないだろうか。」

 その瞬間、舞弥とアイリスフィールは悟った。
 こいつと切嗣を絶対に会わせてはいけない、と。
 それは理屈ではなく、女性の直感ともいえるものだった。
 さらに、切嗣が言峰のデータを読んだ時の異常な反応。
 この二人を会わしてしまっては何が起こるかわからない。
 それは、切嗣を愛する彼女たちには到底容認できるものではなかった。

 「ええ。貴方の事は知っています。言峰。
 ですから……貴方を切嗣の元に行かせるわけにはいきません!」

 その瞬間、アイリスフィールは自らの手から『何か』を放つ。
 暗闇の中でのほんの微かな魔力の煌きと共に言峰に迫り来る「それ」は研ぎ澄まされた鋼糸……
 否、錬金術によって構築された単分子ワイヤーである。
 この糸は錬金術によって単分子ワイヤーになっており、さらに擬似的な生命が与えられ。
 自動的に敵魔術師の魔力反応を追跡し、どこまでも追いかける機能が装備されている。
 木々や岩や木の葉などあらゆる物を両断する単分子ワイヤーは通常目には見えないが、微かな魔力の煌きにより、言峰はそれを視認する事ができた。

 「……アサシン。貴様はセイバーの相手をしろ。
 私は聞かねばならんことがある。」

 迫り来るワイヤーを魔力の煌きと、両断される木の葉により軌道を読み回避しながら、言峰はアサシンに指令を与える。
 その瞬間、漆黒宮殿を発動させて姿を隠していたアサシンが姿を現し、セイバーへと襲い掛かる。

 それに対して、アイリスフィールもセイバーに対して迎撃の指示を出す。

 「セイバー!敵サーヴァントを打ち倒しなさい!
 ここは私たちで何とかします!」

 「し……しかし……!!」

 「セイバー。私は護られるだけの女ではなくてよ。
 戦場に立った以上、戦う覚悟はすでに出来ています。
 ましてやここには舞弥さんもいる。私一人ではない。
 ……繰り返し命じますセイバー。
 敵サーヴァントを迎撃しなさい。これは命令です。」

 恐らくはあのサーヴァントはアイリスから自分を引き剥がすつもりだろうというのはセイバーもアイリスも舞弥も共通の認識だ。
 だが、恐らくあのサーヴァントの得意技は完全に気配を絶っていた事から見て、隠れてのマスターでの闇討ちだろう。
  ならば、逆にセイバーが引き付けておいた方が闇討ちをされる可能性は低いと、彼女たちはそう判断した。

 「分かりました、アイリスフィール、マイヤ。武運を。」

 次の瞬間、セイバーとアサシンはお互いに戦いながらその場を離脱していく。

 アイリスフィールが放った単分子ワイヤーは、言峰の魔力を感知し、
 あらゆる物を両断しながら言峰へと襲い掛かる。
 だが、そこは幾多の魔術師を狩ってきた熟練の代行者。
 彼は手短な樹に拳の一撃を加えると、大量の木の葉が凄まじい勢いで周囲の空間に舞い落ちる。
 そして、その舞い降りる木の葉が両断される機動を読み取り、ワイヤーを回避していくと同時に、瞬時に言峰はアイリスフィールの攻撃を分析する。
 あのワイヤーはアイリスフィールの手によって動かされているわけではない。
 恐らくは錬金術によって何らかの追尾機構を施されているのだろう。
 ならば、そのキーは何か?
 体温?それならばセイバーやあの女も巻き込む可能性が出てくる。
 視覚・味覚・嗅覚はワイヤーという地点で却下だ。
 ならば、言峰自身の魔力を追尾している可能性が最も高い。

 彼はそう分析すると、瞬時に自らの神父服から黒鍵の柄を数本取り出し、魔力によって黒鍵の剣を構築する。
 黒鍵は、聖堂教会の代行者にとっては代表的な武器だが、その扱いにくさから愛用する人間は少ない。
 舞弥が放つサブマシンガンの銃弾を回避しながら彼は、その数本の黒鍵を適当な方向に投擲し、投擲された黒鍵はあちこちの地面に突き刺さる。

 言峰の魔力により構築された黒鍵と、言峰自身を区別できるほど、単分子ワイヤーは高精度な追尾機能はついていない。
 目標を見失ったワイヤーは言峰の周囲の黒鍵に襲い掛かり、次々に黒鍵を両断していく。
 ようは、ミサイルに対するチャフ・フレアと同様の欺瞞である。
 相手が自動追尾機能を持っているのならば、それをかく乱すればいい。当然のことである。
 その隙を見計らって、言峰はアイリスフィールへと疾走する。

 だが、それを黙って見ている彼女たちではない。
 その瞬間を狙って、狙い済ましたのように舞弥のサブマシンガンの弾丸が、言峰へと襲い掛かる。
 弾丸を、言峰は防弾コートである己の神父服でガードするが、それでも一瞬だけ彼の動きが鈍る。
 その瞬間を狙い、単分子ワイヤーへの魔力供給を遮断し、
 アイリスの腕は瞬時に極めて複雑な動きを見せ、瞬時にして針金細工の『虎』を作り出す。

 針金で構築された『虎』は牙をむき出しながら、言峰へと襲い掛かる。
 
 「な……っ!!」

 アイリスフィールはその瞬間絶句した。

 肘での攻撃が針金細工の虎に命中した瞬間、針金で出来た虎が瞬時に砕け散ったのだ。
 裡門頂肘。八極拳が得意とする肘による攻撃法である。
 年代を積んだ武器が概念武装になるように。
 厳しい訓練を積んだ拳士の拳はそれだけで一つの神秘であり、他の神秘を打倒できるのである。

 ましてや、言峰は、体内で気を練り、それを打撃と共に撃ち込むすなわち『発勁』と魔術による自己強化を併用している。
 その前には、多少の神秘など容易く打ち破られるのである。
 言峰はアイリスフィールをかばうようにしてナイフを構えて前に出た舞弥に大して『六大開・頂肘』に一瞬にして無力化する。
 そして、八極拳の基本的なパンチともいえる、『冲捶』を凄まじい震脚と共にアイリスフィールへと繰り出す。

 とっさに、アイリスは自らの前方の空間に針金を縦横にはりめぐさせ、おおよそ2mの『盾』を作り出す。

 「ぬ……ッ!!」

 その針金で構築された『盾』は言峰の冲捶を受け止めるとまるでゴムのように限界まで大きくたわむ。
 これが堅固なだけの盾なら瞬時に打ち破られていただろう。
 だが、強靭な針金によって構築された盾は、極めて柔軟でしかも強靭であり単純な物理的攻撃でこれを打ち破るのは難しい。
 盾は限界までたわみ、言峰の攻撃を受け止めると、そのままその反動で言峰を大きく弾き飛ばす。

 「そこ……っ!!」

 アイリスが自らの腕を思いっきり引き上げると同時に、言峰の立っている地面の下から凄まじい勢いで、
 錬金術によって強靭な針金が寄り合わさって作られた『ワイヤー』が飛び出し、彼の両足に絡みつく。

 確かに、そのまま地面の中にワイヤーを伝わらせただけでは言峰に確実に気づかれてしまうだろう。
 故に、彼女は針金を言峰に気づかれないようにこっそりと数十本地面に差込み、
 地中内部でその針金をより合わせ、強靭なワイヤーを作り出したのである。
 その針金を寄り合わせたワイヤーはよほどの事ではない限りどうこうできない代物であった……はずだった。

 「……ふん。」

 だが、言峰は八極拳の震脚の要領で凄まじい勢いで脚を踏み鳴らす。
 震脚の威力に耐え切れず、その強靭極まりないはずのワイヤーは瞬時にぶちりぶちりと寸断されてしまう。
 万策尽きて絶望する女性二人に対して、言峰は問いかける。

 「……女。お前たちは誰の意思で戦った?
 切嗣の命令か。それとも……まさか自分の意思だとでもいうのか?」

 その答えは、彼女たちの瞳が雄弁に語っていた。
 『何としてもお前と切嗣とは会わせない』『決してここは通さない』と。
 それを見て、言峰は猛烈な疑念に襲われる。
 それはつまり……切嗣は『誰かに肯定される』『誰かに理解される』ということだ。
 切嗣は誰からも理解されない人間、孤独な人間のはずだ。
 そうでなければ、言峰の求める答えは得られない。

 「……あり得ない……あり得ない!」

 その動揺に、言峰はまるで逃げるようにその場を駆け出していった。




 ―――その頃、セイバーとアサシンは激戦を繰り広げていた。
 通常ならば、アサシンが正面からセイバーに戦いを仕掛けるなど無謀以外の何物でもない。
 だが、今のセイバーはアーチャーやライダーとの激戦を潜り抜け、しかも膨大な魔力が必要とされるエクスカリバーを二発も放っている。

 それにより、今のセイバーはかなり戦力が落ちている。
 さらに、それに加え、アサシンは早々に己の切り札である宝具を解放していた。
 
 「くす。さすがにあれほどの戦いをくぐりぬいた貴女では魔力の消費が激しいようですねセイバー。」

 「く……っ!!」

 石化の魔眼、キュベレイ。
 魔眼の中でも強力な階位に位置する『宝石』ランクの魔眼である。
 その威力は、対魔力の低い相手ならば睨んだだけで即座に石化が始まるほどである。
 対魔力Aであるセイバーは石化はしないが、「重圧」をかける事により今のセイバーは全ての能力のランクが一つ落ちている。
 ましてや今のセイバーはアーチャーのヴィマーナとの戦い、ライダーの王の軍勢との激戦を潜り抜け、
 さらには奥の手であるエクスカリバーを二連続で放っている。
 これだけ消耗している状況で、さらにアサシンと戦うなど正気の沙汰ではない。

 アサシンが投擲される釘剣を、セイバーはエクスカリバーで叩き落す。
 さらに、木々の間を蜘蛛のように張り付いて跳躍するアサシンに対して、セイバーは魔力噴射により高く跳躍し、アサシンを叩き落しに入る。
 だが、当然その程度で捕えられるアサシンではない。
 アサシンはセイバーの得意である近距離戦闘を避け、徹底的な中距離攻撃で対抗する。
 これでは基本的に遠距離攻撃がない(風王鉄槌は一度のみ)なセイバーでは苦戦は免れ得ない。

 「さすがはセイバーのサーヴァント。
 これだけ不利な状況でここまでやれるとは。
 それでは、これではどうですか?」

 ジャラと、釘剣の鎖が近くの高さ3mはある岩に巻き付き、怪力スキルを使用してそれを『砲弾』としてセイバーに対して撃ちだす。

 「くっ!!」

 次々と砲弾として撃ち出される岩に対してセイバーは回避したりエクスカリバーで岩を両断する。
 一見は、アサシンが圧倒的に有利に見えるが実はそうでもない。

 「……やはり長期戦はこちらが不利、ですか。」

 もはやアサシンの肩は完全に蛇の鱗に覆われつくされ、その侵食は胸へと広がりを見せようとしていた。
 ライダーの戦いの時もそうだったが、今のメデューサはアサシンとして召喚されたので英雄と怪物の間でゆり動く極めて不安定な状態である。
 怪力スキルや魔眼を使用すればするほど、怪物へと属性が引きづられていくのだ。
 アサシンの当初の方針では魔眼を使用し、石化した所で釘剣で砕くという短期決戦プランだったのだが、
 まさかセイバーの対魔力がランサー以上だとは予想していなかったのだ。
 ランサーといい、セイバーといい対魔力が強力な相手とばかり戦うなど、彼女は密かに己の不運を呪った。

 「……む。」

 そこで、彼女は言峰からの撤退しろという念話を受け取る。
 ならば、最早戦う理由はない。
 少しでもゴルゴン化を抑えたい彼女にとってみては、
 今回も前回の戦いもこれだけやって全く結果が出ないとは腹ただしい限りだが、仕方あるまい。運が悪かったと諦めるしかない。

 「今宵はここまでですね。セイバー。
 せいぜい、無事であった事を喜びなさい。それでは。」

 それだけを言うと、アサシンは己の宝具である自己封印・漆黒宮殿を発動させて姿を消した。



 ―――それから数日後の深夜。
 一人のサラリーマンが深夜残業を終えて道へと急いでいた。
 と、そんな彼に対して、細い路地から姿を現した女性が声をかけてくる。

   「……すみません。少し道を尋ねたいのですがよろしいでしょうか?」

 その女性は、ライダーのマスターであるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだったが、
 今までの清楚なイメージがある白を中心とした服とは全く異なっていた。
 胸元と両肩が大きく開かれた黒を中心とした服を纏い、
 さらに横の太ももの部分に大きくスリットが入っているズボンをまとっている彼女のイメージは、
 まさしくおとぎ話に出てくる邪悪な魔女の雰囲気を纏っていた。
 これは、ソフィアリ家に伝わる魔術礼装であり、彼女の魔術制御を補佐する役割がある。
 基本的な魔術しか教わっていない彼女がケイネスほどの天才が作り上げた魔術礼装を使用するには、
 こういう魔術制御を補正する礼装が必要なのである。
 ……もっとも、それが男性を誘惑するために使用されるとは、ソフィアリ家も想像していなかっただろうが。
 しかも、彼女はわざと両腕を組み合わせてさらに胸を強調し、下から誘惑するように覗き込んでくる。
 その彼女に思わず鼻の下を伸ばしたサラリーマンは、道を教えるぐらいならいいか、と細い路地裏へと足を踏み込む。
 しかし彼は気づかなかった。すでにそこには人払いの結界が張られていた事に。
 路地裏に脚を踏み込んだ彼に対して、水銀で構築された鞭がしゅん、と彼の胴体を束縛する。

 「が、がぁあああああっ……!!」

 月霊髄液によって作られた水銀の鞭はその男性の胴体部に撒きつき、動きを封じると
 たちまち物凄い勢いで精気や魂といった彼の全てを奪いつくしていく。
 全てを奪われ、瞬時のうちにミイラとなった彼はぽい、と地面に投げ捨てられる。
 これでおよそ十数人目。
 サーヴァントは基本的に霊体であり、そのため精神と魂を食事にする。
 イスカンダルは大英雄であり、おまけに宝具である神威の戦車も傷つけられ、
 切り札である王の軍勢もセイバーのエクスカリバーとランサーによって半数以上を失った。
 それを回復させるためには膨大な魔力が必要とされる。
 そのために、人間の魂と精気と精神を根こそぎ吸い取ってイスカンダルに供給しているのである。

 「くす。これだけ魔力の補給ができればとりあえずは十分でしょう。」

 ミイラ化した男性を見下しながらソラウは邪悪な笑みを浮かべる。
 これだけやれば他のマスターから狙われやすいし、聖堂教会からのペナルティを食らうことも考えられる。
 さらに魔術の隠匿的に考えてセカンドオーナーである時臣も黙ってはいまい。
 だが、そんなことはどうでもいいことだ。
 そう、彼女の目的はランサーを手に入れることであり、ほかのサーヴァントやマスターの事はどうでもいいことだ。
 無駄に戦う必要などどこにもない。
 と、そんな風に考えている彼女の耳にかつん、かつんという杖をついてこちらへと歩いてくる音が近づいてくる。

 この周囲は邪魔をされないように、人払いの結界とケイネスの遺産である魔術礼装による幻覚によって偽装されている。
 それを突破したとなると、相手は魔術師、しかもマスターである可能性が高い。
 だが、この彼女が所有しているやはりケイネスの遺産である魔力検知器の魔力反応からすると、敵サーヴァントは連れていないようだ。
 と、なれば自らの腕に自信のあるマスターか、サーヴァントの制御が難しいマスターか、あるいは両方である。
 そして、現れたのはスーツ姿で大きなルビーがある杖をつく壮年の紳士。
 アーチャーのマスター。遠坂時臣。

 「……まさか、な。外道を行う魔術師がいるとは思っていたが、
 まさか名門たるソフィアリ家の末裔とは。恥を知りたまえ。」

 その敵意と怒りに満ちた言葉に、ソラウは妖艶に微笑む。

 「あら、サーヴァントを連れずにマスターだけで戦いを挑むなど。
 さすが魔法使いの弟子ですね。」

 「黙れ。それは貴様も同じだろう。
 サーヴァントも連れずにこのような外道を行うなど、
 サーヴァントが極端に消耗しているか、サーヴァントが外道な行為を許さないか、
 あるいはその両方だろう。」

 「その言葉はそのまま返しますわ。アーチャーのマスター。
 やはり、あれほどのサーヴァントはなかなか扱いづらいようね。」

 そう艶然と微笑むソラウに、無言で時臣は杖を構える。
 時臣のサーヴァント、ギルガメッシュは極めて扱いにくいサーヴァントであり、
 命令など到底受け付けるものではない。
 ならば、むしろ一人で戦う方がやりやすいというものだ。
 魔法使いの弟子であり、武術によって根源に至ろうとした遠坂家の当主がこの程度でひるむわけには行かない。
 正義を気取るつもりなど毛頭ないが、冬木のセカンドオーナーである以上、魔術師の法を破る外道を許すわけにはいかない。

 「セカンド・オーナーである遠坂の名において貴様を許すわけにはいかん。
 行くぞ!外道!!」

 時臣は仕込み杖を抜き放ち、魔術文様がびっしりと刻まれた刃を振るいながら、
 ソラウへと襲い掛かる。
 遠坂家は元々、武術による無の境地により根源に至ろうとしていた一族であり、
 祖先が培った優れた武術は、時臣にも伝わっている。
 時臣は今時珍しいほどの典型的な魔術師だ。
 根源に至るためならばどんな事をしても良しとする。
 だが、それはあくまで秘匿されなければならない。
 このような目立つ事を許すわけにはいかない。ましてセカンドオーナーである時臣には決して許すことはできない。
 正義のためなどではなく、魔術師の誇りのために彼は怒っているのだ。

 「確かに、私には基礎的な魔術しか使用できない。
 けど、ね。私には一流の魔術回路と、アーチボルト家の魔術礼装がある。
 文字通りの付け焼刃だけど……それで十分。起動せよ。月霊髄液。」

 その瞬間、月霊髄液が反応し、時臣を捕えようと再び水銀の鞭が伸びる。
 ケイネスが月霊髄液を操作できたのはその膨大な魔力だけではなく、
 『水』と『風』の二重属性をもつ『流体操作』の術式を最も得意としていたからである。
 魔術師の名門であるソフィアリ家の末裔であるソラウは、魔術刻印こそないものの優秀な魔術回路を有しているので、
 魔力的には全く問題ない。
 問題は、月霊髄液の魔術制御である。
 この月霊髄液の魔術制御は流体操作の術式を得意としていない、基礎的な魔術しか学んでいない彼女にはかなり難しい。
 通常の攻撃魔術ならば一度放てばおしまいだが、月霊髄液は常に制御して手綱を取っていなければならないのだ。

 それを補助するのが、彼女の今纏っているソフィアリ家に伝わる魔術礼装である。
 この魔術礼装は、彼女の魔術の使役を補佐し、本来基礎的な魔術を使ったことのない
 彼女でも、月霊髄液の使用を可能としている。
 だが、今だ月霊髄液の使用に慣れていない上に魔術師の位階では初心者に外陣に位置する
 3=8 実践者(プラクティカス)に位置する彼女は、その機能をフルに使いこなすことはできない。
 せいぜい20〜30%使用できる程度である。

 そのため、いかにソフィアリ家の魔術礼装の補正があるとはいえ、未だ月霊髄液の制御に慣れていない彼女では、
 全てを両断する超高圧カッターである『刃』の使用はできない。
 だが、膨大な魔力を必要とする月霊髄液を使用できるのは、ひとえに名門であるソフィアリ家から受け継ぐ優秀な魔術回路のおかげである。

 シュン!と空を切って月霊髄液の水銀で構築された『鞭』が時臣へと迫り来る。
 これは超高圧カッターとは異なり、相手を捕えるだけの力しか持っていないが、
 捕えた相手の精気を根こそぎ奪い取ったり、相手の骨を粉々に砕く程度の力は持っている。

 だが、仮にも魔法使いの弟子である遠坂がその程度の魔術に敗北できようはずもない。
 空を切って迫り来る水銀の鞭を、時臣は仕込み杖を抜き払って瞬時に切り裂く。
 自立防御モードであれば、この水銀は超剛性の防御幕へと変貌し、よほど強力な攻撃でない限り防御が可能だ。
 だが、今の攻撃モードに入っている月霊髄液はそこまでの超剛性は存在しない。
 なおも迫り来る水銀の触手を、猛烈な勢いで時臣は瞬時に切り裂いていく。
 遠坂の一族は通常の魔術師とは異なり、武術により根源に至ろうとしていた一族。
 この程度の武術の心得があるのが当然である。

 「なるほど。さすがはトオサカの家系。魔術を使用せずにここまでやるとは。
 ならば、これならどう?」

 次の瞬間、彼女の周囲の空間が歪み、そこから半透明の体中が捻じ曲がった猟犬が牙をむき出して襲い掛かる。
 これは彼女の根拠地である魔術要塞を護るエーテルで構築された肉体に、悪霊を憑依させた人工妖精の一種である。
 ケイネスは、自らの倉庫街の地下の魔術要塞に悪霊や魑魅魍魎を猟犬代わりに放ち、要塞を護っている。
 その悪霊たちにエーテルで構築された仮初の肉体を与えたのが、この存在である。
 ソフィアリ家は、時計塔の降霊科学部長を歴代輩出しているほどの名門であり、その魔術系統上、霊的な存在を操る術に長けている。
 その血を受け継ぐ彼女ならば、これぐらいの芸当は容易い。 
 このエーテルで構築された猟犬たちには物理的な攻撃は通用しない。
 その悪霊の猟犬たちを見て、時臣はニヤリと不敵に微笑む。

 「教えてやろう。ソフィアリ家の末裔よ。
 我が炎には……浄化の属性があるという事をな!!」

 次の瞬間、彼の仕込み杖に内臓されているルビーが光を放ち、その刃から青白い炎が巻き起こる。
 これは通常の火炎魔術ではない。
 炎に存在する属性の一つ『浄化する』事に特化された聖なる炎『聖炎』である。
 この邪悪を浄化する事に特化された『聖炎』は、あらゆる魔を焼き払い浄化する。
 時臣が刃を一振りすると、青白い聖炎は、襲い掛かる悪霊たちを迎撃する。
 その炎に包まれた悪霊はエーテルで構築された半霊体の肉体と共に、ひとたまりもなく浄化される。
 ソラウの魔術師としてのレベルは3=8 実践者(プラクティカス)。
 それに比べ、時臣の魔術師のレベルは、5=6 小達人(アデプタス・マイナー)
 しかもアテプタス・マイナーの最高位に位置する実践・小達人(プラクティカス・アデプタス・マイナー)である。
 同様のアテプタス・マイナーであるケイネスならばいい勝負ができただろうが、
 純粋な魔術勝負では外陣の実践者程度が到底敵う相手ではない。

 それと同時に、時臣は地面を疾走し、ソラウに対して刃を振り落とす。
 ギン!という鈍い音が響き渡る。
 月霊髄液の自動防衛システムが起動し、堅固な水銀の防御壁を構築したのだ。
 時臣の操る仕込み杖の刃の部分は、月霊髄液の強靭な防御壁によって欠けてしまっていた。
 本来、仕込み杖というのは強度が本物の剣よりも脆いという欠点を持つ。
 それをカバーするために、強化の魔術やなにやらを駆けているのだが、
 神秘はより強い神秘によって無効化される。
 天才といわれたケイネスが作り上げた傑作である月霊髄液はそうそうの神秘では貫くことが出来ない。
 近接戦闘を挑む時臣に対抗するように、ソラウが操る月霊髄液は無数の鞭を構築し、それぞれが連携して時臣に攻撃を仕掛ける。
 一本ならば大したことはない攻撃だが、こうも連続でこられるとさすがに一本の仕込み杖の刃だけでは対応できない。

 瞬時に、彼は自らの得意魔術である炎の魔術を使用し、炎による攻性防御結界を構築して無数の水銀の鞭を防御する。
 ……だが、その瞬間、ソラウは邪悪に微笑んだ。

 「くす。やはり火炎で防御したわね。トキオミ。
 それが貴方にとっては自らの首を絞めることになるわ。」

 猛烈な火炎にさらされる事により、月霊髄液の水銀はたちまち気化して周囲に飛散する。  水銀は極めて沸点が低い。
 通常の室温でも水銀は蒸発するほどである。
 ましてや熟練の魔術師である時臣の魔術による豪炎は凄まじい高温を持つ。
 そんな炎に包まれた水銀は、瞬時のうちに気化して周囲に飛散する。
 水銀がどれだけ害であるかは語るまでもないだろう。
 ましてや、それが魔術的に強化された水銀であるならば、どれだけの被害がでるかなど誰にも分からない。

 「ぐ……ぬ!気化水銀か!いかん!周りに被害が……!!」

 セカンド・オーナーである自らの手によって魔術被害が拡大したなどとなれば、
 冗談などではすまされない。
 何とか、時臣は猛烈な気流制御と質量制御の魔術の併用により、気化水銀を一区画に封じ込め、
 気化した水銀を周囲に飛び散らせないようにする。
   同時にそのエリアに時臣の魔力がこめられ、魔石と化した水晶を外から放り込む。
 その時臣の魔力が込められた水晶は大気中の気化した水銀を自らの中へと吸い込んでいく。
 水晶には強い『浄化』の属性があり、時臣はこの魔石に気化水銀を封印し、ゆっくりと時間をかけて水銀を浄化するつもりなのだ。
 だが、そんな躍起になっている時臣を、ソラウはくすりと嘲り笑う。

 「くす。いいざまね。魔法使いの弟子の末裔。
 おまけに月霊髄液は魔術的に強化された水銀よ。
 そんなものを普通の人間が吸い込んだらどうなるかしら?
 せいぜい、そこで大人しく被害を最小限にするために魔力を消費していなさい。」

 彼女はケイネスが残した遺産である幻覚魔術による光学迷彩を使用してその場から姿を消した。

 「外道が……!!」

 時臣のその怨嗟の声は誰にも聞かれることなく空中へと消えていった。



 「……どう?お爺さんたち。体は大丈夫。」

 「いや、心配ないよ。いやいや、あんなに眠り続けるなんてもう年かねえ。」

 一方、マッケンジー家では、ウェイバーやランサー、そしてマッケンジー老夫婦が食事を取っていた。
 キャスターを打倒した事により、老夫婦にかけられた眠りの魔術はすでに解除され、老夫婦は通常に戻っている事にウェイバーは安堵した。
 神代の魔術師であるキャスターの魔術は現代の薄れた神秘では対抗などできようはずがない。
 最悪の場合、キャスターを倒しても魔術が解けずに眠り続ける事も想定していたが、何とかなったようだ。
 と、そんな時、食卓でつけっぱなしになっているTVからニュースが飛び込んでくる。

 『―――さて、次のニュースです。
 最近起こっている奇怪な人間のミイラ化事件ですが、
 およそ二十件以上に及ぶことが確認されました。
 何らかのウィルスによる可能性も―――』

 それを聞いた瞬間、ランサーとウェイバーの目つきが変わる。
 人間がミイラ化するなどそんな事が容易く、しかも大量に起きるなど普通ではない。
 恐らくは、サーヴァントの魔力の補充を行った魔術師だろう。
 サーヴァントにとって人間の魂は栄養である。
 それだけの魂を補充すれば、大きな魔力消費を行っても大部分は回復できるだろう。
 ランサーとウェイバーは二人で目を合わせて小さく頷いた。

 ――−深夜。
 マッケンジー家を抜け出してきたウェイバーとランサーは、まず最初にミイラ化された男性が発見された路地裏へとやってきた。
 ここはすでに完全に調べつくされ、野次馬も誰一人としていない。

 「主よ。ですが、もうすでに調べつくされた後で何も残っていないのでは?」
 
 「まあ、普通ならな。
 けど、相手が魔術師なら、普通の人間が見過ごした魔術痕跡物や魔術の痕跡などを見つけられる可能性も高い。
 ダメなら他の場所を探してみよう。」

 だが、そういいつつもウェイバーの魔術師としての感覚は、ここに人払いの結界が張られていた事を感知していた。
 彼は地面にしゃがみこみ、詳しく周囲のアスファルトを調べ始める。
 と、彼はすぐに地面に残るほんの僅かな水銀の痕跡を見つけた。
 しかも、それは魔術的に強化された水銀である事は、魔術師として大して能力のないウェイバーでもはっきり感じ取れた。
 と、なれば答えは一つしかない。
 ……月霊髄液。
 彼の一応の師であったケイネスの水銀で構築された戦闘用ゴーレムとでもいえる代物。
 あれを回想しただけで肝が冷える思いだが……となると、あの天才であるケイネスがこれを行ったということなのだろうか?
 いや、ありえない。
 魔術とは隠匿するもの。  このような大事になるまで魔術による事件を起こしてしまっては、魔術協会から間違いなく刺客が差し向けられてくる。
 あのケイネスがそれを知らないはずがないし、そもそもこのような真似をするとは到底思えない。
 疑問に囚われてつつあるウェイバーの視界を一つの微弱な魔力反応を発する物体を発見する。  通常の人間……いや、普通の魔術師でも見逃しそうなほどの魔力反応。
 それは現場に転がっている小石ほどのオガム文字が刻まれている水晶球から発生されていた。

 これは幻覚魔術により覆われており、普通の人間から見れば ただの普通の小石に見えるが、
 魔術師であるウェイバーはそれを確実に捉えていた。

 「!!主よ!これは……!!」

 「……!近寄るな!ランサー!何らかの魔術礼装だ!」

 まあ、現代の神秘でサーヴァントを傷つけるのは難しいとはいえ用心するに越したことはない。
 と、地面に転がっていた小石ほどの水晶球が魔術師の魔力に反応して光を放つ。
 瞬時に警戒していつでも戦闘に入れるように身構える彼らだが、その光はやがて輪郭を構築し、一人の女性の姿を構築した。

 「……ッ!これは……立体映像!?幻覚魔術の応用か。」

 これは恐らく幻覚系の魔術による立体映像だろう、とウェイバーは分析した。
 となると、あの水晶球は立体映像を映し出すプロジェクターだろう、と彼は検討をつけた。
 彼らは知らないが、これも幻覚系の礼装を保有していたケイネスの遺産である。
 その幻覚の女性は艶然と微笑むと、彼ら二人に対して言葉を投げかける。
 
 《くす。始めましてね。ランサーのマスター。
 そして……ランサー、ディルムッド・オディナ。
 私の名は、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。  ライダーのマスターにしてディルムッドのマスターになる運命の女よ。》

 その意味不明な言葉に二人は絶句した。
 この女は何を言っているのだろう。
 そもそもライダーのマスターはケイネスだったはずだ。
 ならば、ケイネスはこの女が倒したというのだろうか?
 ライダーのマスターがランサーを欲しがるというのはより戦力増強を図るためだろうか?
 疑問ばかりが頭を中を駆け巡る中、ウェイバーは反論を試みる。

 「お前は何を言っているんだ!ランサーのマスターは僕だ!」

 《いいえ。貴方にランサーのマスターになる資格などない。
 本来なら、ランサーのマスターになっていたのはもういなくなった私の元婚約者であるケイネスだったはず。
 ならば、本来のランサーの所有者は私。
 貴方のような三流の魔術師などではランサーは似合わない。
 高貴で名門の魔術師であり、ランサーを心から愛する私こそがランサーのマスターよ。》

 ライダーのマスターであったケイネスがいなくなったことや、
 この女がケイネスの元婚約者であったこと、
 新たなるライダーのマスターになったことなど、重要な情報が得られたが、聞き捨てならない事を彼女は口にした。

 「……何?今、何て言った?」

 《ええ、私、ソラウはランサーを……ディルムッド・オディナを心の底から愛してる。
 世界中の誰よりも深く、ディルムッドの妻であるグラーニャよりもさらにさらに愛してる。
 そう、私こそが、誰よりもディルムッドを愛しているのよ。》

 ……どうかしている。
 その言葉にウェイバーの背筋に寒気が走る。
 この女性のいうことは何一つとして筋が通っていない。
 ただ愛という妄執に囚われ、それをランサーに押し付けているだけだ。
 一瞬、ランサーのスキルである愛の黒子のせいかとも思ったが、
 あれは封印してあるはずであり、その威力は大分落ちている。
 到底、ここまでの妄執に囚われるきっかけになりうるとは思えない。

   「……戯言を。」

 そのソラウの夢見る乙女のうっとりとした視線を受けながら、ランサーは冷徹に彼女の言葉を切り捨てる。

 「ライダーのマスターである貴様に対して俺が従わなければならない理由がどこにある。
 ましてや恋愛だと?愛してるだと?戯言も大概に……しろ!!」

 己の騎士の誇りと忠節を侮辱されたと感じたのか、
 ランサーは怒りをこめた言葉を投げつけると同時に、必滅の黄薔薇で、その水晶球を打ち砕く。
 プロジェクターとなっている水晶球を打ち砕かれたことを知っても、
 なおかかわらず、ソラウは妖艶で邪悪な笑みを浮かべるが、
 その立体映像は水晶球を壊されたことにより一気に乱れる。
 
 『それでこそ……必ず……貴方を……手に……』

 その言葉と共に、彼女の幻覚は完全に消滅した。
 新たなる妄執に囚われた敵の出現に、二人はさらに戦意を高めていた。
 



 こんにちわ。零です。
 とりあえず一気に書き上げましたー。
 まだ完成したばかりで見直しなどはしていませんが。
 しかし、何か時臣が正義の味方っぽくなったのが予想外。
 そしてソラウがヤンデレ&邪悪少女化。
 どうしてこうなった……!!(仕様です。)
 あと、いい加減ライダーはいつブチ切れてもおかしくないレベル。

 よろしければ感想などいただけるととても嬉しいです。

 なお、これらの小説は全てフィクションであり
 実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
 また登場する人物は全て18歳以上です。



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