闇に包まれた部屋の中、一人の女性が優雅にワイングラスを片手に目の前の水晶球を眺めていた。
その水晶球には、使い魔の目を通してアサシンたちが戦っている場面がリアルタイムで映し出されている。
そして、ゴルゴンと化したアサシンが倒される場面を見て、ソラウはつまらなそうに呟いた。
「……残念だわ。せっかく使えそうな駒だったのにこんなに速く自滅するなんて。」
彼女とソラウは、お互い大事なもののためには手段を選ばないという点でシンパシーを感じていた。
それに、あのアサシンの隠密能力は威張り腐っているだけの王様より遥かに
諜報活動など様々な場面で役に立つ彼女にとっては非常に使いやすいサーヴァントだった。
もし彼女が自分のサーヴァントになれば戦略の幅が大きく広がっただろうに。
本当に残念でならない。
「ま、仕方ないわね。手持ちの駒で勝ち抜く手を考えなくては。」
だが、いかにシンパシーを感じていると言っても、
ソラウの中ではアサシンは「使い勝手のよさそうな手駒」でしかない。
どんな外道も迷いなく命じ、使えなければ切り捨てる。
その程度の存在でしかないのだ。
いや、彼女にとってはランサー以外全て「道具」でしかない。
と、彼女のいる地下の魔術要塞へと入り込んでくる存在を彼女を感じ取る。
戦場から帰還したライダーだろう。
この魔術要塞は、何十もの結界や魔術障壁、さらには半霊体の悪霊で霊的・物理的にガードされている。
いかにサーヴァントといえど、霊体で通り抜けるのは不可能だし、実体化して力づくで通り抜けようとするのも非常に梃子摺るはずである。
ここを容易く通り抜けるのなど、それこそアサシンでもなければ不可能である。
ライダーは非常に不機嫌そうな顔で、ドアをバン！と乱暴に開けるとつかつかとソラウの元へと歩み寄る。
「怖いわね。どうしたのかしらライダー。随分と不機嫌だけれど。」
ソラウのその言葉には答えず、ライダーは握り締めた拳を振り下ろすと、拳を机に叩きつける。
サーヴァントの拳を叩きつけられた机は木っ端微塵に砕け散る。
「……一つ聞くぞ女。アサシンを差し向けたのは貴様の差し金か？」
怒気を孕んだそのライダーの答えに、平然とソラウは答える。
「何を言ってるのライダー。
アサシンは他のマスターのサーヴァントでしょう？
ほかのマスターのサーヴァントなんて操作できるはずない。
それくらい貴方にも分かっているでしょう？」
のうのうと彼女は嘘をしれっとついてライダーへと答える。
そんな彼女を睨み付けながら、ライダーが言葉を放つ。
「……いかに余が貴婦人に敬意を払うといっても限度があるぞ女。
自らが女性である事を利用する女を、余は貴婦人とは認めぬ。」
「話はそれかしら？ライダー。お互い忙しいのだから時間の無駄はよしましょう。」
ぴきり、と空気自体がひび割れたような緊張感が走る。
この二人は価値観が違いすぎる。
お互い、どうしても相容れる事ができない。
それを再認識した瞬間であった。
ライダーは無言のままフン、と鼻を鳴らしてドガドガと不機嫌そうにその場を立ち去っていく。
そんなライダーを見もせずに、ソラウは床に転がった水晶球を拾い上げると、そこに移ったランサーの横顔をうっとりと眺めていた。
その表情には、どこか狂的なものを感じさせるものがあった。
「……アサシンが、やられた。か。」
アサシンのマスター、言峰綺礼は、教会の近くで佇み、無表情のまま呟いた。
元より、隠密行動を主にするアサシンにとって、マスターと共に行動するなど全くメリットがない。
ゆえに、彼は教会へと存在し、そこからアサシンへと指示を出していた。
綺礼は、令呪の存在していた自らの手の甲を見つめる。
サーヴァントを喪失したマスターの令呪は、御三家を除き、マスターから失われるのが通常である。
それは、言峰であろうと例外ではない。
彼もアサシンが不安定な存在だとは知っていたが、まさかあそこまで急速に怪物化が進行するとは予想外だった。
もし上手く令呪を使用すれば、怪物化の進行を抑えられたり、ゴルゴン化したアサシンを止めたりできたのかもしれないが、
何故か自分でもよく解らないが、彼はそれをする気にはなれなかった。
サーヴァントを失ったマスターは、事実上無力な存在となる。
だが、いくら何でも狙い済ましたようにすぐさま襲い掛かってくるような目ざといマスターは、
セイバーのマスター、衛宮切嗣ぐらいであろう。
ヤツと会えるというのなら、むしろ好都合と言えるぐらいである。
そして、彼の内面では奇妙な感情が渦巻いていた。
己の姉を復活させようとしながら、その願いを叶えられず怪物へと落ちた無残なアサシンの姿。
それを見て、彼の胸には同情でも哀れみでもなく、別の何とも言いようがない感情。
普通のマスターならば、己のサーヴァントがやられたのなら絶望したり悲嘆したり混乱するのが普通だ。
だが、今彼が感じている感情はその感情とは全く異なっていた。
しかし、それを綺礼は無意識に自分の奥へと封じ込めていた。
そして、彼の元に、教会の方面から強力な魔力が感知できた。
「これは……まさかサーヴァント！？」
本当に衛宮が襲い掛かってきたのか、僅かな希望を胸に、言峰は教会へと猛烈なスピードで駆け出した。
―――冬木教会内部。
そこには、綺礼の父である言峰璃正神父が存在していた。
八極拳の達人であり、実戦経験こそないものの、八極拳の腕前ならば息子を凌駕する彼の本能は、教会へと侵入した異様な気配を感じ取っていた。
そして、そんな彼の元に何かが弾丸のように襲い掛かる。
彼は反射的に拳でそれを叩き落とす。
床に転がったのは、明らかに魔術で作成された自然界には存在しない異様な『蟲』だった。
「ぬ……！！蟲使いの魔術師……マキリか！」
そして、続いて彼へと襲い掛かる無数の羽音。
璃正神父は、迫り来る魔蟲に対して教会の床がめり込むほどの震脚を踏み込み、
凄まじい勢いの崩拳を叩き込む。
代行者で息子である綺礼と異なり。璃正には魔術師なととは戦った経験はないが
、
その八極拳の腕前は、今だ綺礼より確実に上である。
まともに崩拳を食らった数匹の魔蟲は、強靭な外骨格を持っているにも関わらず
木っ端微塵に砕け散り、同時に放たれた衝撃波により、
その周囲の魔蟲もパンパンとまるで風船のように砕け散っていく。
戦闘経験がないとはいえ、自己鍛錬のために積み上げられた八極拳の威力は並大抵のものではない。
「出てくるがいい、マキリの老人。
中立である聖堂教会のこの儂に攻撃を仕掛けるとはいい度胸だ。」
その言葉と同時、教会の壁からじわじわと黒い蟲の塊が姿を現し、
それが一つの老人の姿へと変貌し、姿を現す。
御三家の一つ、マキリ・ゾォルゲン、もとい、間桐臓硯である。
「カカカカッ、中立？
遠坂の小僧に肩入れしておいて中立とは片腹痛いわ。
その程度の小細工が見抜けぬワシと思ってか。
だが、儂も貴様ら教会の狗は苦手でのう。念には念を入れさせてもらおうかのう。やれ、雁夜。」
「グ……ググ……。
わ、わかってる……。だが、これが終わったらきっちりと約束は果たしてもらうぞ……。」
その言葉と共に闇から姿を表したのは、まるで幽鬼ともいえるほどのやせ衰えた男だった。
その顔は、体内に存在する蟲の影響により一部が麻痺し、まさしく悪鬼と言えるほど歪んでいる。
バーサーカーのマスター、間桐雁夜である。
そして、その隣には、漆黒のフルプレートアーマーに身を固めた鎧騎士の姿。
正体不明のバーサーカーのサーヴァントである。
「―――ッ！！バーサーカー……だと！！」
ガシャン、という音と共に、凄まじい速度でバーサーカーは璃正に向かって無造作に横凪に手刀を振るう。
「ぐ……ぬ！！」
人間とサーヴァントでは基本的な性能が異なる。
百戦錬磨の英霊として昇華された存在に人間ごときが対抗できるはずはない。
だが、八極拳の達人である璃正は、とっさにバーサーカーの動きを見切り、
何とか寸前でバーサーカーの手刀を回避する。
だが、寸前で回避したはずなのに、璃正の胸元はざっくりと真一文字に深く切り裂かれる。
サーヴァントの攻撃を一撃のみとはいえ、回避したのは、流石に八極拳の達人といえるだろう。
だが、無理な回避行動のために、僅かに隙ができたのを見逃すバーサーカーではない。
大きく踏み込むと、今度はバーサーカーは璃正の胸元に鋭い貫手を叩き込む。
「ご……ふ！」
ずん、という鈍い音と共に、バーサーカーの貫手は、璃正の分厚い胸を軽々と刺し貫く。
深々と二の腕まで突き刺さったバーサーカーの腕。
これではどう見ても助かりようはない。がはっ、と口から血の塊を吐き、璃正の体からがくり、と力が抜けていく。
無念、の思いと共に彼の思考は闇へと沈んでいった。
それを見て、臓硯はカカカ、と哄笑する。
「ふむ、よくやったぞ雁夜。
ワシにとっては教会の狗どもは天敵じゃからのう。
速めに排除しておくに限るわ。
どうやらこの男の息子もこちらに来ているようじゃが……バーサーカーがいれば相手にもなるまい。」
ずるり、とバーサーカーが璃正の胸から手を引き抜くと、どさり、と力なく彼の体は床に倒れる。
そして、臓現が手にした杖で、璃正の右腕のカソックの裾をまくると、そこには肘から手首にかけてびっしりと文様が刻まれていた。
―――令呪。
サーヴァントを制御できる令呪が彼の腕に大量に刻み込まれていたのである。
「カカカ、やはり令呪を溜め込んでおったか。
元々令呪は我らマキリが作り出した物。
その魔力を辿る事など容易いわ。
厄介なアサシンさえいなくなれば躊躇う道理もないわ。
約束通り奪い取るがいい雁夜。さすれば貴様の望みが叶う可能性も上がろうぞ。」
これは、かつての過去の聖杯戦争で脱落したマスターたちが使い残した予備令呪である。
監督役の委託令呪は聖言によって保護されている。
通常ならば、監督役の同意なしにこれを魔術によって奪い去ることは不可能だ。
だが、ここに存在するのは、その令呪を作り上げた当の本人、マキリ・ゾォルケンである。
彼ならば、何らかの手段によって令呪を奪い取る事も不可能ではない。
「わ、分かっている。これさえあれば俺は……俺は……」
バーサーカーは制御するのに極めて困難なサーヴァントだ。
膨大な魔力を消費する上に、こちらの言うことを聞かずに暴走する事もある。
だが、これだけの大量の令呪があれば、制御する事も可能になる。
そうすれば―――を救い出す、そして時臣を倒せる可能性も上がる。
そう思うと、彼の胸にどす黒いものが渦巻く。
ゆっくりと、雁夜が璃正に手を伸ばそうとすると、教会の窓を突き破って数本の黒鍵が飛来し、雁夜や臓硯へと襲い掛かる。
「―――ッ！！バーサーカー！！」
と、その雁夜の言葉にバーサーカーは飛来してくる黒鍵の一本を受け止めると、それを横凪に振るい、飛来した他の黒鍵をなぎ払う。
それと同時に、漆黒のカソックを纏った男が窓から飛び込んでくる。
―――言峰綺礼。
彼はそのまま疾走し、臓硯や雁夜へと襲いかかろうとする。
だが、その前には、黒鍵を手にもったバーサーカーが存在する。
さすがの言峰といえど、バーサーカーを正面から相手して勝てるはずもない。
言峰は急制動をかけ、横っ飛びでバーサーカーから距離を取る。
「カカカ、言峰の小僧か。少し遅かったようじゃのう。
ふむ……しかしあの堅物からこのような男が生まれるとは……面白い。
バーサーカーで駆逐するには面白みが足りぬ、か。
雁夜よ。貴様が相手をしてやれ。」
「ガ……ああああっ！！」
その言葉と同時に、雁夜の腕からぎちぎちと音を立てながら、鋭いブレードが飛び出す。
これが雁夜の切り札である「甲刃虫」である。
この虫は、術者の腕や足などに寄生する事により、その部分を極めて鋭利な武器へと変化させる。
チタン合金すら両断する甲刃虫のブレードの切れ味は生身の人間を容易く両断する。
そのブレードをぶんぶんと大振りで振り回しながら、雁夜は言峰へと接近する。
その有様は剣術や体術など欠片も習っていない素人そのものだ。
いかに鋭い刃を持とうとも、それを振りかざすのが体術の経験がまるでない素人なら話にならない。
そして、いかに昆虫の外骨格で体を覆おうとも、そんな物は綺麗にとっては全く意味がない。
ぶんぶんと、甲刃蟲のブレードを大降りに振り回す雁夜に対して、華麗に言峰はフットワークでそれを回避していく。
このような素人、彼ならば一瞬で倒す事ができる。
ましてや彼を倒せばマスターを失ったバーサーカーも倒れるのだ。
倒さない道理などどこにもない。
……だが、そんな無様な雁夜を見て、言峰の胸に一つの感情が生まれていた。
―――ああ。哀れだ。
何という哀れな人間。何という愚かな人間。
自身の矛盾に気づかずに醜くあがく人間。
それを、無意識ながらもっと見ていたいと言峰は思っていたのだ。
それはひとつの事を意味していた。
言峰は雁夜を見て『快楽』を覚えているという事を。
それを見て、臓硯はにんまりと邪悪な笑みを浮かべる。
「どうじゃ？言峰の小僧？雁夜を見て何か感じぬか？
ワシはこう見えても鼻が利いてのう。
お主からはワシと同じ外道の匂いがするぞ。悪徳を喜びとする外道のにおいがのう。」
「―――ッ！！」
その言葉に対して、言峰は思わず黒鍵を取り出し、それを臓硯へと投げつける。
だが、それは臓硯をすり抜け、教会の壁へと突き刺さる。
幻覚か何かの魔術なのだろう、
この程度で驚いていては到底代行者などできない。
「やれやれ。まだまだ自身の外道ぶりに照れを残しているのか。
外道同士この余興を楽しもうかとも思ったが……。
せっかく同胞を見つけたと思うたのにまだまだ若造よのう。
もうよい、雁夜。貴様ではムリじゃ。バーサーカーで駆逐するがいい。」
その言葉に、さすがに雁夜も自分では代行者を倒すのがムリだと悟った彼は、バーサーカーを制御する。
黒鍵を手にしたバーサーカーは獲物を目の前に舌なめずりするようにゆっくりと言峰へと近づいていく。
だが、次の瞬間、教会の壁を吹き飛ばして無数の宝具が横殴りにバーサーカーへと襲い掛かる。
「――――ッ！！？」
とっさに、バーサーカーは上空へと跳躍して宝具を回避する。
いかにバーサーカーが相手の宝具を自分の物にできるといえど、
このような不意打ちを受けてしまっては射出される宝具を手にする事は難しい。
それゆえ襲い掛かる宝具を回避したところは、やはり狂気に囚われていてもよほど戦闘慣れした英霊である事が伺える。
そして、今だ粉塵巻き上がる破壊された教会の壁から姿を現したのが、黄金の存在。
―――英雄王ギルガメッシュ。
その威容は、アサシン……ゴルゴンの怪物を倒した後での魔力の消費など全く感じさせはしない。
「き……貴様ッ！？アーチャー！？」
さすがにこの場に時臣のサーヴァントが現れるのは予想外だったのか、
臓硯ですら驚いた声を出す。
ましてや、何故彼が言峰を助けるような行動に出るのか、全く理解できない。
「……まさかお主が教会の狗に肩入れしようとはのう。
どういう風の吹き回しじゃ？」
「黙れ薄汚い虫けらごときが。
こやつは雑種の分際でなかなか我を楽しませてくれる道化よ。
我の楽しみを貴様ごときに奪われてなるものかよ。」
それを聞いてなお、臓硯はにやりと邪悪な笑みを浮かべる。
「くくく……じゃがのう。
こちらのバーサーカーは貴様に対して優位に立てるサーヴァント。
それは以前の戦いで知っておろう。」
「優位に立てる？笑わせるな虫けらが。
たかが狂犬ごときが王であるこの我の優位に立つなどとは、
その妄言、滅びをもって償うがいい。」
「ぬぅ―――！！やれ！雁夜！！」
さすがの臓硯が焦りを持って雁夜に命じる。
彼にとってもこの正体不明のアーチャーは脅威である。
幸い、雁夜のバーサーカーはこのアーチャーに対して優位に立てるサーヴァント。
五分五分とはいかずとも勝機はある。
ましてや、この場から撤退するだけなら十分すぎるほどだ。
以前と同様に、アーチャーは再び宝具をバーサーカーへと射出する。
そして、さらに以前と同様に、バーサーカーは迫り来る剣を掴む……が、
いかなる宝具を己の物と出来るはずのバーサーカーがその剣を掴んだ瞬間、
バーサーカーの手から放たれる漆黒の光を、剣自体がそれを拒むように凄まじい雷撃を柄から放つ。
「―――！！」
あらゆる宝具も己のものにできるはずの己の能力を拒否され、
流石のバーサーカーにも驚きの色が現れる。
とっさに、バーサーカーは真横に跳躍し、手にした黒鍵で飛来した宝具を撃ち落すが、
流石に黒鍵程度では宝具には対抗できず、黒鍵は木っ端微塵に砕け散る。
それを見て、アーチャー……ギルガメッシュはにやり、と邪悪に満ちた笑みを浮かべた。
「くくく、やはりな。
教えてやろう狂犬。その剣はな、『選定の剣』の原型である原罪(メロダック)
太陽剣グラムや勝利すべき黄金の剣の原型の剣よ。
選定の剣は、王になるべき者を選ぶ王たる象徴。
その他の下賤な者は振るう事も持つ事もできぬ。
例えそれは貴様であろうと例外ではない。
それを持つ事ができないという事は、つまり、『貴様は王にはなれない』『王になる資格がない』という事だ。」
《オ……オオオオオオオオオッ！！》
『王にはなれない』『王の資格がない』
その言葉を聞いた瞬間に、バーサーカーは猛り狂い、凄まじい怒号を発する。
まるで過去の嫌な記憶を刺激されたように猛り狂うバーサーカーはそのまま猛烈な速度でアーチャーへと突進する。
それを迎撃するアーチャーの宝具は、選定の剣である太陽剣グラム。
所有者に滅びをもたらす魔剣の代表格である呪いの剣、ティルヴィング。
選定の剣の原型である原罪（メロダック）
血を見るまでは決して鞘に収まらない魔剣ダーインスレイヴなど、
選ばれた者にした手にできない選定の剣や、
手にした者に滅びをもたらす代表的な魔剣で迎撃態勢に入る。
これらの宝具は、いかにバーサーカーが相手の宝具を己のものに出来るといっても早々簡単にできるものではない。
それを見て、臓硯が不利を悟ったのか、雁夜に対して叫ぶ。
「ぬぅ―――！！いかん！雁夜！退け！」
いかにダメ元で半分道楽で聖杯戦争に参戦しているとはいえ、
こんな所で無意味にバーサーカーを使い潰すわけにはいかない。
バーサーカーがいれば、この聖杯戦争のシステムの狂いも何らかの原因を掴む事ができるかもしれない。
雁夜も、自らの目的のためにこんな所でバーサーカーを失うわけにはいかない。
「戻れ！バーサーカー！！」
その瞬間、雁夜の令呪が起動し、怒り狂ってアーチャーへと突撃するバーサーカーを強制的に霊体化させる。
それと同時に、アーチャーの所有者に害を与える魔剣や選定の剣などの宝具の群れが
一瞬前までバーサーカーが存在していた場所を引き裂き、教会の壁を木っ端微塵にする。
それを見て不利を悟ったのか、臓硯の肉体がぐずり、と崩れてそこから大量の魔蟲が発生し、ぶぶぶ、という羽音と共に教会の内部を覆い尽くす。
「フン、虫けらごときが―――！！」
それを見てアーチャーはせせら笑うと同時に、ゲートオブバビロンからまるで太陽のように輝く、炎によって刃が構築された剣
……レーヴァテインの原型を出すと、それを握り横凪に一閃させる。
そこから放たれた猛烈な熱波と火炎は瞬時にして視界を覆っていた魔蟲を焼き尽くす。
だが、その隙を狙っていたのだろう。
すでに臓硯と雁夜、そしてバーサーカーの存在は綺麗に消え去っていた。
「……チ、やはり陰湿な蟲だけの事はある。
逃げ足だけは速い、か。」
忌々しげに舌打ちをしたアーチャーは、レーヴァテインの原型をゲートオブバビロンにしまう。
「……アーチャー。
何故私を助けるようなマネをする？」
「なに、我は貴様に興味がある。
ヒトの業こそが我にとって最高の快楽だ。
そんな面白い存在を蟲どもなどに食い潰されるなど王である我が許しはせん。それだけの話だ。」
「―――っ！！」
そのアーチャーの言葉にあわせるように、綺礼の腕に再び以前感じたような焼け付くような熱が感じられる。
予感を感じつつも、カソックの袖をめくると、そこにはやはり予期したとおり令呪が刻み込まれていた。
……運命、逃れられない運命。
綺礼の呆然とした頭にそんな言葉が反響する。
「さて……お前はどうする？言峰。
貴様の師からすでに聖杯戦争から撤退せよ、との命令が出ているはずだが、それに大人しく従うか？」
「……遥か昔から、私は一つの事を探求し続けてきた。
だが、予感がある。その答えを知った時、私は破滅への道を進む事になるだろう、と。」
そういいながら、彼は父親である璃正の亡骸へと近づく。
教会に飛び込んだ地点で、璃正の亡骸は彼の視界へと入っていた。
璃正が最後に残していた血文字によって、委託令呪は綺礼の腕へと移されていく。
彼は最後まで聖杯戦争の監督役である事の誇りを捨てずに、自らの息子である綺礼が正しく受け継いでくれるであろう、と信じてこれを残したのだ。
自らの息子が令呪を宿したのも、師である時臣を裏切ろうとする可能性も考慮せずに。
それを感じて、綺礼の胸から何か感じてはいけない感情が噴出してくる。
半ば本能的にそれを押さえつけながら、綺礼はさらに言葉を続ける。
だが、これが『喜び』『楽しみ』である事を、綺礼は漠然とながら感じ取っていた。
「だが、私は脚を止める事はできない。
結局、私は問い続けるしかできない。」
その言葉を聴いて、アーチャーは思わず笑い声を出す。
「やはりお前は面白い男だな言峰よ。
あのつまらぬ男よりもよほど見所がある。」
「……ならばアーチャーよ。
私のサーヴァントとして契約を結ばぬか？
私ならば、師よりも貴様を楽しませる事ができると思うが？
それに……貴様の知らぬ事も教えてやろう。」
そして、言峰は師が秘密にしていた事を打明ける。
彼が英雄王に払っている敬意は本物であるが、
恐らく、最後の最後で時臣は令呪を使用してアーチャーに自害を命じるであろうという事を。
「ほう……。時臣め。
忠臣でありながら我の寝首をかこうとはなかなか良い度胸だ。
だが、我は王として不忠を許さぬ。」
ぎらり、とアーチャーの紅い双眸に不吉な光が宿る。
「よかろう、言峰。
貴様の口車にのってやろう。
まだ堅物ではあるが、将来は我を存分に楽しませてくれるかもしれぬしな。」
そういうと、アーチャーは邪悪な笑みを浮かべた。
……こうして、運命で結ばれたマスターとサーヴァントは生まれ出ることになった。
そして、場所は遠坂邸へと移る。
すでに、言峰は遠坂と聖堂教会の繋がりを怪しまれないように聖杯戦争の舞台である冬木から離れるように時臣から指示がでている。
璃正が亡くなった事を隠して、言峰は弟子として師匠に最後のあいさつと銘打って遠坂邸へと入り込んで、時臣と対面していた。
彼は、言峰にもし自分が何かあった時に後見人として凛の面倒を見てくれるようになどの願い事をしていた。
「今までご苦労だったね言峰。
これは私個人としての君への贈り物だ。
魔術師見習いを卒業したことを意味するアソット剣だ。」
「……ありがとうございます。わが師よ。」
「何、礼には及ばない。これで私も後顧の憂いなく戦いに望むことができる。」
そう言って、時臣は言峰に無防備すぎる背中を見せる。
そして、それを見逃す言峰ではなかった。
彼は、手にしたアソット剣を構えると、時臣の背中へ向かって疾走する。
「――――！！」
だが、予期していたのは言峰が肉を貫く感覚ではなく、
刃がぶつかり合うカン高い金属音だった。
時臣はまるで言峰が襲い掛かってくるのを予期したように、
振り向きざまに仕込み杖を抜き放ち、その刃でアソット剣を迎撃したのだ。
「ほう……。流石ですな。私の不意打ちを受けてなお対応できるとは。」
ギリギリ、とアソット剣と仕込み杖の刃が火花を散らす中、言峰は言葉を放つ。
「ふん。笑わせるな。魔術師の世界では、弟子が師匠に逆らう事も稀ではない。
弟子が裏切るための準備もしておかずに魔術師とは名乗れないさ。」
その言葉に対して、言峰はアソット剣を投げ捨てると、
震脚と共に時臣へと大きく踏み込み、衝捶（突き）からの頂心肘（肘打ち）を時臣へと叩き込む。
これは、武壇八極拳・六大開式の猛虎硬爬山と呼ばれる技である。
だが、確かに命中したはずの突きも肘打ちも、まるで柳に風、毛布に拳を叩き込んだように、威力が全て受け流される。
「ぬ……！私の剄が受け流されるとは……！そうか、化剄か！！」
化剄とは、相手の攻撃力を吸収し受け流す、あるいは威力のベクトルをコントロールする技術である。
これを使用する事により、命中する瞬間に剄の方向性をそらせる事により、ダメージを無効化することができる。
「ふん、武術を使用できるのが貴様一人だと思っていたのか？
元々、我ら遠坂の家系は、武術による無の境地によって根源に到達しようとしていた家。
その人間がこの程度の芸当の一つできずしてどうするか。」
その言葉と共に、時臣は炎の纏った仕込み杖の刃を横凪に振るう。
それを回避するために、言峰は大きく後ろに下がる。
お互い中国拳法の知識がある以上、浸透剄や大技を出す事はできない。
下手に大技を出した瞬間、化剄などによって受け流され、その隙を疲れる可能性が非常に高いからだ。
ならば、地力で押し切るといわんばかりに、時臣は言峰に対して炎の纏った刃で連続突きを叩き込む。
ケプラー繊維はその性質上、斬撃や高熱にも耐える事ができる。
だが、時臣の刃はそんな事を問題にしないように、言峰の神父服の裾を切り裂いていく。
上手く急所は避けているが、いかに魔術師と戦ってきた歴戦の代行者とはいえ、このまま持久戦になれば言峰が不利になるのは明らかである。
「……流石は理論・小達人（セオリカス・アデプタス・マイナー）に至った魔術師。
魔法使いの弟子の末裔だけの事はある。」
理論・小達人（セオリカス・アデプタス・マイナー）とは、魔術師の位階であり、５＝６ 小達人（アデプタス・マイナー）のうち、
もう少しで６＝５ 大達人（アデプタス・メジャー）に到達できるほどの位階である。
ここまでに至った魔術師は、魔術協会の中でも畏敬の目を持って見られる事になる。
魔術師としては天才のケイネスでさえも、ようやく５＝６ 小達人（アデプタス・マイナー）に到達できた程度なのだ。
純粋な魔術師としては、今回の聖杯戦争の中でも間違いなく屈指の腕前を誇るだろう。
魔術師としての腕前は、今だ外陣である２＝９ 理論者（セオリカス）である言峰では到底太刀打ちできるレベルではない。
流石は、９＝２魔術師（メイガス）に至った『魔法使い』に習った魔法使いの弟子の末裔といえる。
そんな事を頭の片隅で考えている言峰だが、ざしゅっと、脇腹が時臣の刃によって切り裂かれる。
同時に、その傷口は炎によって焼かれてしまう。
だが、言峰は、一瞬だけ止まったその刃の横腹に己の拳を叩きつけ、刃を真ん中から粉々にする。
仕込み杖の剣は、隠密性は高いが、その分、強度に問題性がある。
その欠点を突いたのである。
「ぬ……！だが、その程度では……！！」
そういいつつ時臣は己の服の中へと手を突っ込み、その内部にある宝石を手に取る。
本来、遠坂の魔術はこの宝石魔術が基本にして秘奥だ。
これを使用すれば、いかに代行者といえどこちらに負けはない、と時臣が考えた瞬間、予想外の声が木霊する。
「そこまでだ道化。」
その言葉と同時に、時臣の背中に、独自の波打った刃を持った光り輝く短剣が深々と突き刺さる。
「が……は……！？」
その瞬間、時臣の肉体内部の魔力回路に充電されていた魔力が一瞬にして霧散する。
この刃は、破魔の刃『クリス・ナイフ』に代表される『魔力を打ち消す力を持つ』破魔の刃の原型である。
破魔の力をもつこの刃の前では、いかなる魔力も打ち消されてしまう。
そして、その刃が魔術師に突き刺されば、体内の魔力を全て打ち消すという能力を持っている。
いかに魔術師と言えど、ガソリンとも言える魔力がなければ魔術を使用する事はできない。
破魔の刃『クリス・ナイフ』やキャスターの所有していた宝具『ルールブレイカー』に代表される
こうした波打った刃を持つ剣は、魔力を打ち消したり、魔術的な契約を解除するといった特殊能力を持っている事が多い。
それを行ったのは、いつの間にか実体化したアーチャー……ギルガメッシュだった。
そして、次の瞬間、『歌うように切り裂く』といわれるほどの切れ味を持つ、スクレップの原型によって時臣の両腕が切り落とされる。
宝石魔術は、宝石自体に魔力が込められているため、体内に魔力がなくなろうとも、起動さえできれば魔術を使うことができる。
だが、さすがにそれを使用するための腕がなくなってしまっては使う事はできない。
「あ……ああああああああああっ！！」
そんな時臣を見ながら、床に落ちたアソット剣を拾い上げ、ゆっくりと彼の元へと近寄ってくる言峰。
その時、唐突に時臣の脳裏にある一文が浮かんだ。
すなわち―――ギルガメッシュは暴君である、と。
それは、自らに忠誠に誓う忠臣であろうが例外ではない。
……やはり、英雄王は、人間に御せる存在ではなかった。
その思考と共に、彼の思考は闇へと落ちていった。
こんにちわ。零です。
読んでいただきどうもありがとうございました。
今回気づいたらウェイバーとランサーの出番が全くありませんでした。
あるぇー？おっかしいなあ……。
二人の活躍を楽しみにしていた方は申し訳ありません。
後、バーサーカーの戦いでナチュラルにストームブリンガーと書きそうになってしまいました。
バーサーカーにストームブリンガー……。(((((((( ；ﾟДﾟ))))))))ｶﾞｸｶﾞｸﾌﾞﾙﾌﾞﾙ
よろしければ感想などいただけるととても嬉しいです。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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