衛宮士郎は混乱していた。
いきなり心臓を貫かれるわ、紅い騎士は襲いかかってくるわ、
おまけに、そいつを撃退したのは、いきなり現れた魔槍を携えた青い騎士と来た。
これで混乱しない方がどうかしている。
「ち、ちょっと待て。聖杯戦争って何の事だよ。それに……お前は？」
呆然と、ランサーを名乗る男を見上げながら士郎は呟く。
士郎の本気で戸惑っている表情を見て、ランサーと名乗った存在は面倒臭げに舌打ちをする。
「チ。わざわざそんな事から説明しなけれりゃいけないとはな。面倒な事だ。
……俺の事はランサーと呼んでくれればいい。お前の名は。」
「え、衛宮。衛宮士郎だ。」
その言葉を口にした瞬間、左手に熱い痛みを感じる。
まるで焼き鏝を当てられたようだ。
そして、まるで焼印のように彼の手の甲に不可思議な紋章が光を放ちながら浮かび上がる。
「く―――。」
自分自身の魔力が、目の前の男にごっそりと吸われていくのが解る。
ヤバい。衛宮士郎の魔力は潤沢とは到底言えない。
魔力とは体内の生命力だ。
このままでは魔力の枯渇で倒れてしまいかねない。そう思いつつも、士郎は何とか歯を食いしばりながらそれに耐える。
「ふん。仕方ねえな。」
そう言うと、ランサーは指先で直線のみで構成された文字を士郎の額へ描き出す。
ウルズと呼ばれる野牛を象徴する『力』のルーン。
それと同時に、彼の体内の魔力の減少が緩やかに停止し、ゆっくりと魔力が回復していく。
ランサーは、このルーンの力により、士郎に魔力を注ぎ込んだのだ。
「あ、ありがとうランサー。」
「礼を言われる筋合いはねえ。
……で、その腕に浮かび上がったのが令呪だ。
サーヴァントを制する三つの絶対命令権でありマスターの命とも呼べるべきモノ。
せいぜい、大切に使うんだな。」
そういうと、ランサーは手短に自分の知っている事を説明する。
細かい事などは後で説明すればいい。
今必要なのは、現状を把握してもらう事だ。
信じようと信じまいと、彼は最早聖杯戦争のマスターなのだから。
話を進めていく内に、呆然としていた彼の顔が厳しくこわばっていく。
「―――つまり、こいつは戦争って訳だ。
聖杯と呼ばれる万能の杯を巡る、魔術師同士のな。
魔術師は、サーヴァントと呼ばれる英霊を従えてお互いに戦う。最後の一人になるまでな。」
「……何だよ。それ。」
ギリ、と無意識に士郎は奥歯を噛み締める。
そんなモノは認められられない。そんなモノを認めてはいけない。
あの十年前の大火災を生き延びた人間として、認めてはいけない。
「―――そんなふざけた事、俺は認めない。」
あまりに強く噛み締めたせいか、唇の端を噛み切り、血が伝う。
それはそんな事を平気で引き起こすヤツラへの怒りだ。
そんな士郎を見つめながら、ランサーはつまらなそうに呟く。
「認めないのならどうする。放棄するのか。」
「違う。戦わないんじゃない。戦いを止めるために戦うんだ。
……それに、皆が皆戦いを望んでいる訳じゃないと思いたい。」
そう、こんな人間を超越しているようなヤツラがお互いに戦い合えば、絶対に被害が出るに決まっている。
ならば、止めなくてはいけない。
それは、『セイギノミカタ』となると誓った士郎にとっては当然の事だ。
その士郎の決意に対して、ランサーはやれやれ、と言わんばかりに軽く肩を竦める。
「随分と矛盾しているな。まあ、しょうがねえな。
それがマスターの命令とあっちゃ従うしかない。
俺は、戦えれば別に文句はねえしな。」
もっと激しく抵抗されると思っていたが、意外とあっさりとランサーは引き下がってくれた。
コイツ、もしかしたら主の命には逆らえないとか
一度決めた約束は破れないとか、そういう類の人間なんじゃないだろうか。
まあそれはいい。けれど、一つだけ言っておかなければならない事がある。
「それと、一つだけ言っておく。」
「？」
不思議そうに首をかしげるランサーに向かって、彼は睨みつけながら強く言い放つ。
「俺は小僧じゃない。衛宮士郎だ。」
しばしの沈黙。
その後、ランサーはいきなり爆笑した。
しばらく、彼はおかしくてたまらないという感じで笑い転げる。
「は、はははは！なるほどな。マスターとしては三流だが、男としては見所がある。
なかなかいいぜ小僧。」
と、ランサーは何かを感じたのか唐突に笑いを収め、顔を引き締める。
睨みつける先には塀の向こう。
思わず士郎もそちらの方に視線を向けるが、見えるのは塀だけだ。
だが、ランサーは確実に何かの接近を感じ取っていた。
「チ。一晩に二度もサーヴァントが襲い掛かってくるとは。人気者だな、坊主。」
「行ってくる。テメエはここで大人しくしている事だな。」
そう言い遺して、彼は軽々と跳躍し、表へと飛び出していった。
その時、凛とセイバーは衛宮邸へと急いでいた。
一度は凛の手によって助けられた士郎だったが、
あの赤い騎士が目撃者が生きている事を知ったらまた襲い掛かってくるに違いない。
それに気づいた凛は、必死に走る。
ようやく衛宮邸についた、と思った瞬間。
「――――！」
上空から塀を乗り越え、青い影が凛へと襲い掛かる。
とっさに、セイバーは手にした透明な剣――風王結界に包まれた剣でそれを弾き返す。
そこに立つは、真紅の槍を構えた深青の騎士。
その闘気、その身体能力。そして、その膨大な魔力。どれを取っても、到底人間などではありえない。
軽くつり上がった彼の口元には獣の気配すら漂わせる。
何者か、など問うまでもない。
「ランサーのサーヴァント……！」
セイバーが見えない剣、風王結界を構える。
それに呼応するかのように、ゆっくりとランサーも槍の穂先をセイバーへと向けていく。
膨れ上がる闘気。ここで何かほんの少しでも変化があれば、即座に戦いの幕が切って落とされるに違いない。
そんな二人の闘気に指一本動かす事が出来ずに、セイバーのマスター、遠坂凛は思考を走らせる。
何故ここにランサーがいるのか、アーチャーはどうしたのか、そして士郎はどうしたのか。
そんな疑問が凛の内に沸き起こる。
「その通り。それが解って、なおかつサーヴァントを連れているって事は、オレの敵って事でいいんだな。」
ギシリと、大気が軋む音がする。それはさらに膨れ上がったランサーの闘気だ。
それは最早押し潰されそうなほどの重圧。
アレはアーチャーとは違う。完全にこちらを葬り去る気だ。
しかし―――。
「――――。」
深蒼の騎士の前に立ちはだかるは同じく蒼に銀の鎧を纏った剣の英霊。
そう、今の凛の目の前にはセイバーがいる。
いかに三騎士の一人、ランサーとは言えど、今のセイバーにはそうそう及びはしない。
ならば、戦うだけだ、と凛がセイバーに戦いを命じようとした瞬間。
「や……。」
「やめろ、ランサー―――！」
声も涸れろと言わんばかりの大声で、門から飛び出してきた士郎は叫んだ。
ランサーを止めるには全力で挑まなければならないと覚悟して。
その声に応えて、ランサーは、ピタリとセイバーに繰り出そうとした穂先を止める。
「正気か？敵を前にして止めろだと。
テメェがそんな有様では、倒せるモノも倒せない。敵は倒すべきモノだろうが。」
ランサーは忌々しげに振り返り、士郎に視線を向ける。
その険しい闘気混じりの視線。下手をすれば、相手に向けている切っ先をこちらに向けてきそうな勢いだ。けれど、引くわけにはいかない。
「違う、止めてくれランサー。お前が襲いかかろうとしているヤツは俺の知っている人間なんだ。」
「ちっ。知り合いだからと言って戦わないとはな。甘い話だぜ。」
このままでは令呪の使用も辞さないほどの士郎を見て、不承不承ながらも、ランサーは穂先を降ろす。
ランサーにとって敵は倒すべきモノ。それが好意を抱いている人間であろうと何ら変わりはない。
士郎の命令など理不尽以外の何者でもないのだが……。
だが、収まりがつかないのはセイバーだ。彼女はランサーが武器を下ろしたのを見て思わず激昂する。
「っつ、敵を目の前にして武器を引くとは。
私を侮っているのですかランサー。ならば、後悔させて……。」
「ふうん、なるほどね。」
それを見ながら、セイバーの声を断ち切るように、後ろにいた赤いコートを纏ったツインテールの少女が声を出す。
見間違いではない。あれは確かに――。
「そこまでよ、セイバー。貴女だって何も知らないマスターを排除するのは後味が悪いでしょう、」
それだけをセイバーに言うと、彼女は歩いてセイバーの前に出て、士郎に対してにこり、と優雅な淑女のような笑みを浮かべる。
「こんにちわ。素人のマスターさん。」
「……遠坂、凛。」
そう、それは確かに遠坂凛だった。
学園のアイドル。容姿端麗成績も抜群。男子学生の間では高値の華とも言われている女性。まぎれもなく、彼女だった。
「ええ、私の事も知ってるんだ。なら、話は早いわね。衛宮くん。
お互い魔術師なんだから、隠す必要もないけれどね。」
確かに、彼女は目の前の少女の事をセイバーと呼んだ。
サーヴァントには七種類のクラスがある。
ランサー、アーチャー、アサシン、キャスター、バーサーカー、ライダー。
そして、最優とも呼ばれるセイバーのサーヴァント。
なら、あの少女もサーヴァントなのか。
ならば、遠坂も魔術師なのか、そんな疑問が頭を過ぎり、思わず彼は叫んでしまう。
「遠坂、お前、魔術師だったのか―――！？」
思わず、そんな疑問が口から飛び出す。
それを聞いて、いかにも不機嫌そうに、凛はこちらを見返す。
「……なるほど。そういうわけね。
セイバー。しばらく剣を引いて大人しくしておいて。
私、頭に来たから腹いせに現状を思い知らせてやらないと気が済まなくなったわ。」
「マスターがそういうのでしたら。」
臨戦態勢だったセイバーもマスターの命令には逆らえないのか、ランサーと同じく不承不承剣を下に降ろす。
そんなセイバーを見届けた後で、さて、と前置きをして凛は士郎を真正面から見据えて話しかける。
「で、衛宮くんも魔術師なら、この聖杯戦争の事を知っているでしょう。」
「ああ、ランサーから聖杯を巡る戦いだと聞いている。」
「ランサーから……？まあいいわ。率直に言うと、衛宮くんは聖杯を廻る戦争の主役。
マスターに選ばれたのよ。マスターは、サーヴァントと呼ばれる英霊を使役してお互いに戦い合う。そのくらいは知っているでしょう。」
「いや、全然。ランサーに聞くまでそんな事知らなかった。」
それを聞いて、凛は頭痛をこらえるかのように額に指を当てる。
それはそうだろう。聖杯戦争の事を知らずに参加する魔術師など想定外の存在だ。はっきり言ってしまえば、能天気にもほどがあるというのだ。
これは聖杯を巡る戦争である。いわば戦争の中に一般人が紛れ込んだような物だ。
彼女は腕を組んだまましばしの間深刻に考えると、
「ああもう、どうしてこんなヤツが聖杯戦争に巻き込まれたのよ。」
などと、凛は呆れたように大きく溜息をついた。
確かに何も知らないのは事実ではあるが、こうもあからさまに言われると少し傷ついてしまう。
彼女のあからさまな行動にそんな事を士郎は思う。
そしてその後、開き直ったかのように、凛は顔を上げる。
「ま、詳しい事はこれから行く聖杯戦争の監視役に聞けばいいわ。ロクでもないヤツだけどね。」
「まさか、これから？」
今は深夜の二時だ。これから歩いていくなんて時間もかかるし、物騒でもある。
ましてや女性である彼女が出歩いていい時間ではない。だが、彼女はそんな事にはおかまいなしだ。
「当たり前でしょう。さあ、さっさといくわよ。」
そして、セイバーとランサーが睨み合いを続けるという奇妙な雰囲気の中、凛と士郎は歩き始めた。
その後、教会へと脚を運んだ士郎は聖杯戦争の監視役とされる一人の神父に出会った。
言峰 綺礼。
あの神父は異常だ。神父と言うよりも人の不幸を喜ぶ悪魔に近い―――。
「喜べ少年。君の願いはようやくかなう。」
頭を軽く振り、その言葉を打ち消す。
教会から凛とセイバー、ランサーと共に街の方へと歩いていく。
後は、凛達と別れるだけ。
彼女は、何も知らない士郎達と公平になるように聖杯戦争のルールを教えただけ。その後は、完全に敵同士になる。
彼女はいい奴だ。魔術師ならば、何も知らない士郎をあっさりと葬ればいいだけの事。けれど、不公平だからとそれをしない。
学校とは違うけれど、遠坂凛はやっぱりこういう眩しい存在なのだ。
できれば、戦いたくない、と思っていた士郎だったが。
「―――ねえ、お話は終わり？」
教会から帰る際の坂道の途中、唐突に、士郎の思考を断ち切るかのように綺麗な少女の声が響き渡った。
皆の視線が一斉にそちらへと向かう。
その先に存在していたのは圧倒的な重圧感を持つ文字通りの巨人。
そして、まるで白い妖精のように可憐な一人の少女。
冴え渡る月光の元、その巨人と少女は待ち構えていた。
「―――バーサーカー。」
ぽつり、と凛は砂を噛み締めたように苦い口調でその名を口にする。
サーヴァント、バーサーカー。
それは破壊のみに特化された狂戦士。
セイバーやランサーのように、理性を持ったモノとは違う。
理性を奪われる代償に、ただ戦闘のみに特化された文字通りの狂戦士（ベルセルク）。
それこそが、目の前にいる巨人の正体だ。
「そうよ、始めましてリン、お兄ちゃん。私は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
アインツベルンと言えばリンは解るでしょうね。」
優雅に、その白い妖精のような少女は、可憐な笑みを浮かべ、スカートの裾を持ち上げ一礼すると、詠うように言葉を紡ぐ。
「―――じゃあやっちゃえ。バーサーカー。」
巨体が飛ぶ。
信じられない。あの巨人があのように軽々と天空へと跳躍するなど。
その重圧たるや、ただそれだけで人を押し潰せそうなほどだ。
彼は、二組のサーヴァントとマスターを押し潰す勢いで迫り来る。
「下がれ。士郎。嬢ちゃん。」
ランサーとセイバーが同時に飛び出し、
セイバーはバーサーカーの大剣を受け止め、その隙を見計らってランサーが瀑布のような槍の連撃を叩き込む。
今のセイバーは純粋な筋力で言えばランクＡにも匹敵する。
例えバーサーカーと言えどもそうやすやすとは力負けしない。
彼女は、巧みにバーサーカーの削岩機のような剣を逸らし、あるいは受け止める。
そして、その態勢が崩れた所を見計らって、ランサーの魔槍がさらに叩き込まれる。
眼球、額、心臓。どれをもっても急所だ。
言葉をかわした訳でもないのに、完全に息の合った連携攻撃。
だが、それもムダな事。
セイバーの攻撃は大剣によって弾き返され、ランサーの魔槍はバーサーカーの肉体に弾き返される。
「「！！」」
否、そもそもランサーの攻撃はバーサーカーには通じていない。
耐えると言うのならば解る。
それならば連続して攻撃を仕掛ければ、打ち破れる可能性はある。
だが、弾き返すと言うのならば、そもそもその攻撃は通じていないと言う事だ。
となれば結論は一つ。バーサーカーの肉体には、何らかの概念によって守護されている。
それは概念武装と呼ばれる魔術理論に等しい。だが、二人とも激戦をくぐり抜けてきた英霊である。
その鋭い観察力は、セイバーの剣がかすった際に、バーサーカーの肉体を傷つけていた事を見抜いていた。
「ランサー。」
「ちっ。仕方ねえな。やるしかねえか、」
さすがは歴戦を潜り抜けた英霊達。
それだけで何か通じ合ったモノがあるのか、忌々しそうに一つ舌打ちをすると、ランサーは真正面から突っ込んでいく。
だが、もちろんそれはフェイクだ。
サーヴァント最速の速度を利用した緩急自在なトリッキーな動きで、バーサーカーの剣戟を翻弄する。
敏捷性で勝るランサーがバーサーカーの剣を回避・翻弄し、セイバーがその隙を見計らって攻撃を仕掛ける。
ランサーの槍ではヤツを傷つける事は出来ないが、セイバーならば出来る。
さらにそれだけではない。
「下がって、二人とも……！」
「―――Vier Stil Erschiesung……！」
戦うのはサーヴァントだけでは無い。魔術師である凛も、自らの得意魔術である宝石魔術を使って、攻撃を仕掛ける。
使用する石は、ヘマタイトの中でも花びらのような形で結晶が並ぶと「アイアンローズ」と呼ばれる宝石だ。
元々、ヘマタイトはローマ時代から戦いの神であり火星の神、マーズに深く因縁がある石。
その石に優柔な魔術師である凛が魔力を込める事により、その宝石は戦闘用の魔弾へと変貌する。
それは最早、大口径の拳銃と言うより、アンチ・マテリアルライフルの威力にも匹敵する。だが―――。
「嘘、効いていない？どんな体してるのよあのバケモノ！」
だが、それすらも無意味。凛の魔術はそもそもバーサーカーに通用すらしていない。
恐らくは、ある程度のランク以下の攻撃は全て無効化されるのだろう。
ランサーの攻撃、凛の魔術が効かないのも全てそれ故。
それでも必死に抗うサーヴァントを見て、イリヤは軽く微笑む。
「ふうん、なかなかやるじゃない。いいわ。―――狂いなさい、バーサーカー。」
巨人が吼える。
それはまさしく神代の怪物。
最強の幻想種たる竜すらをも連想させるほどの咆哮。
「な……！」
その姿を見て、マスターはおろか、二人のサーヴァントすら絶句する。
アレでなお本気を出していなかったなどと誰が信じるだろう。
凛が呻くような声で必死に言葉を振り絞る。
「嘘、今まで狂化すらしていなかったっていうの……！？」
最早バーサーカーの剣戟は近づいたモノをことごとく粉砕する削岩機だ。
いかに凌ごうが少しづつ削られていき跡形も残らない。
事実、今まで凌ぎきっていたセイバーとランサーですらバーサーカーの猛攻に少しづつ傷つき始めていく。
今は何とか耐え凌いでいるが、このままでは少しづつ削られて、やがては致命傷を負う事は確実だ。
その姿をせせら笑うかのように、イリヤは言葉を紡ぐ。
「あは。そんな貧弱なサーヴァントで私のバーサーカーに勝てるとでも思っているの。
可愛いわね。まるで無様な負け犬みたい。」
嘲笑う声。
まるで、必死に足掻く虫を見下ろすように。
少女は無様に足掻くサーヴァント二体を嘲っていた。
「―――ほざいたな。」
戦場の鴉すらも打ち払う声で、青い槍兵は言い放った。
その瞬間、ギシリと、大気が凍りつく。それはランサーが放つ闘気だ。
そのあまりの闘気に、何かを感じ取ったのか、狂戦士ですら一時動きを止める。
セイバーですらその闘気で身動きすら取れない。
「事実よ、ランサー。貴方ではバーサーカーには敵わない。」
「……舐めるなよ。ならば喰らうか。我が必滅の一撃を。」
ランサーは一気に大きく後ろへ跳躍する。百メートル以上もの距離ものバックステップ。
それを彼はただ一飛びだけで成し遂げた。
そして、彼はまるで短距離走のクラウチングスタートのように大地に伏せる。
―――本来、彼の魔槍は宝具としてのランクはＢ＋。
通常ではランクＡの宝具に敵うべくもない。
だが、一瞬のみ、彼の宝具はランクＡの宝具と同等の力を発揮する。
その後、彼は大きく力を溜め込むと、一気に爆発する。
駆ける。翔る。彼はバーサーカーへと凄まじい勢いで突進し、そのまま大きく空中へと跳躍する。
そのままの勢いで、彼は手にした槍を大きく振り被る。
彼の手にあるモノは。
影の国の魔女が作り上げた最強の魔槍である。
ゲ イ
『突き穿つ―――』
ボ ル ク
『―――死翔の槍！！』
真名を発動すると共に、凄まじい勢いで彼は手にした槍を振り下ろす。
凄まじい大気を引き裂く音と共に、膨大な魔力を秘めた真紅の槍が飛来する。
それは全てに滅びを与える魔の棘。それを防御できるモノなど何処にも存在しようはずもない。
彼はその本能で危険を察知したのか、巨人は手にした大剣で迎撃に入る。
「■■■■■■――――！」
それも無意味。
彼の魔槍は因果を捻じ曲げ、『心臓にすでに当たっている』という結果を作り出す。
その槍は、バーサーカーの剣をありえない軌道を描き、そして潜り抜け、ヤツの心臓を文字通りブチ抜く。
肉片と血の塊、それらが周囲一面にブチまけられ、地面へと突き刺さり凄まじい勢いで破片が周囲に散乱する。
彼の、ランサーの所有する槍はケルト神話の光の神、ルーが持つ《轟く五星（ブリューナグ》にも匹敵し、
北欧神話の主神、オーディンが所有する神槍《大神宣言（グングニル）》すらをも凌駕する魔槍である。
《突き穿つ死翔の槍（ゲイ・ボルク）》
それこそが、彼が所有する槍の真名だった。
その魔槍を手にする存在など、たった一人しか存在しない。
「ケルト神話の英雄……クー・フーリン。」
凛が畏怖の声を上げる。
クー・フーリン。
魔槍ゲイボルクを操るケルト神話の大英雄。それが、ランサーの正体だった。
その魔槍の力は、”必ず心臓を穿つ”事。
あの槍ならば、例えいかなる英雄と言えども確実に葬りされるだろう。
だが、確実に止めを刺したはずなのに、士郎の直感は全力で危険を告げていた。
「下がれ！ランサー――――っ！！」
「小僧？」
その言葉と共に士郎は、疾走する。
そして、ランサーに体当たりを食らわせるようにして地面に押し倒す。
だが、遅い。
轟、と何かが大気を引き裂く音を立てる。
『彼』が剣を振るった風圧だけで二人は大きく弾き飛ばされる。
それだけはない。士郎の肩の筋肉は大きくこそぎ取られる、背中も同様だ。
朦朦とした煙の中、心臓を貫かれたはずの巨人は確かに立ち尽くしていた。
誰もが信じられない、と無言の中、ただ一人イリヤと名乗った少女だけが楽しげに言葉を紡ぐ。
「やるわね。ランサー。見直したわ。まさか一回でもバーサーカーを倒すなんてね。
けれど、残念でした。そいつは１２回倒されないと滅びない体なんだから。」
「強制蘇生の重ねがけ……。それがバーサーカーの宝具！」
「正解よ。リン。ご褒美に教えてあげる。
貴方達のサーヴァントじゃ、バーサーカーには敵わないわ。
何せ、彼はギリシャ神話最強の英雄、ヘラクレスなんだから。」
ヘラクレス。
ギリシャ神話の主神、ゼウスの子にして最強の英雄。その名前を知らない者はほとんどいないだろう。
ゼウスの妻ヘラに忌み嫌われ、狂化により自らの妻や息子を葬る。
その罪を購うために、エウリュステウスの出す十二の難業を成し遂げた真の英雄。
そして、最後に己が倒したヒドラの毒により最後を迎える事となる。
それがヘラクレス。ギリシャ神話の中でも最も有名な英雄だ。
彼の宝具は、『１２の試練（ゴッドハンド）』
十二の試練を乗り越えた彼は、その祝福（呪い）として十二の命を授かった。
つまりは、彼は十二回やられないと滅びない体なのである。
おまけに、Ａクラス以下の攻撃は全て無効化するという能力もついている。
これが、バーサーカーをして最強と言わしめる一因である。
彼の傷が癒されていく。否、癒されるというよりも、それは最早、肉体の再構成に近い。
だが、その再生速度は遅い。恐らくは、ゲイボルグの呪いなのだろう。
本来、ゲイボルグによってつけられた傷は、決して回復できず、傷を受け続ける。
だが、その呪いは無意味ではない。あの再生速度ならば完全に治りきるまで時間はかかる。
バーサーカーの方も呪いを破るために、再生に全力をつくしているのか、身じろぎ一つしない。
「ち、バケモノめ。……こうなったら、やるべき事は一つだけだ。」
必死に立ち上がったランサーは、気を失った士郎を小脇に抱える。
じりじり、と少しづつバーサーカーから距離を取りながら呟く。
「何か、いい手があるのですか。ランサー。」
「決まってんだろう。逃げるんだよ――――！！」
彼は、とっさに右手に凛を抱え、左手に士郎を抱えたまま、迷う事無く身を翻して疾走する。
そのあまりの手際の良さに、セイバーだけでなくイリヤや凛ですら呆然とする。
ランサーはサーヴァント最速の英霊。いかに人二人抱えていようとその速度は今だ最速。
ましてや、彼は『生き延びる』事に特化した英霊。
この程度の逆境を脱出する術など当の昔に心得ている。
いち早く呆然から立ち直ったのはセイバーだった。
必死に、ランサーへと追いすがる。
「ま、待ちなさい、ランサー！敵に背を向けるなど騎士の誇りが……。
そもそも何故貴方は凛を抱えているのですかっ……！」
「じゃあ、テメエはそこでくたばれ―――！ったく、これだから育ちのいい騎士様ってのは……！」
「っ………！この、待ちなさいっ！！」
何だかんだと言い合いをしながら遠ざかっていくサーヴァント達。
残されたのは、未だ再生中のバーサーカーと白い少女のみ。
しばしの間呆然としていた少女は、唐突に叫びだす。
「な、何よそれ――――！！」
イリヤの絶叫が、空しく響き渡った。
《ランサー、保有技能：仕切り直しＣ。『戦闘から離脱する能力』》
こんにちは。零です。
小説を読んで下さってどうもありがとうございます。
それで、バーサーカーにゲイボルクが通じた訳ですが、
ランサーの宝具『突き穿つ死棘の槍』は宝具としてＢクラスですが、
『突き穿つ死翔の槍』の方はＢプラスのため、一時的にＡクラスに匹敵、
つまりゴッドハンドを貫けると解釈しました。
後、最後のランサーですが……まあ、ランサーは戦いよりも『生き残る事』に特化した英霊なので、
不利だと見なしたら逃げる事もあるだろうと思いましてこうしてみました。
ああっ、石を、石を投げないで。ランサーファンの方すみません。
批評、感想お待ちしております。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
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