「……本気か？」
夜の闇の中、神威の車輪の乗って空を駆けながらイスカンダルは傍らにいるソラウに問いかけた。
「ええ、衛宮切嗣を叩くわ。
彼は危険すぎる。放置しておいてはこちらが倒される可能性もある。
だから、弱体化している今の内に潰す。」
唐突とも言えるその提案に、イスカンダルは思わず眉を顰める。
彼女が情報収集した結果、切嗣は何らかの呪いによって汚染され、
魔術回路などもかつての彼とは比べ物にならないほど能力が衰えているらしい。
「……また随分と唐突だな。ケイネスは賛同しているのか？」
「『賛同してくれるはず』よ。あの男の危険性はケイネスも分かっているはずだもの。
何せ私たちは……私たちは……ええと、よく覚えていないけど、とにかくひどい事されたんだから。
情報によれば、彼は何らかの強い呪いを受けて能力が極端に落ちていると聞く。
叩くのなら、弱体化している今をおいて他ないわ。」
それでも眉を顰めるイスカンダルを見て、ソラウは微笑む。
「心配はいらないわ。私は弱い。故に私に慢心や油断や奢りなどない。
それにケイネスから護身用に与えられたこれもある。
―――起動しなさい。月霊髄液。」
その言葉と共に、神威の車輪に乗せられていた壺から、水銀の塊が蠢きながら姿を表す。
「ケイネスが使用している月霊髄液のスペアよ。
索敵能力や攻撃能力は劣っているけれど……私が扱いやすいようにカスタマイズされているわ。
対起源弾用に、魔術回路を瞬時にシャットアウトして私の魔術回路と切り放つように工夫されている。
これならば、彼の起源弾も恐れるに足りないわ。」
「……止むを得まい。とりあえず衛宮邸の監視から始めるとするか。」
その言葉と共に、イスカンダルは神威の車輪の方向を衛宮邸に向けた、
夜中、一人の男性がこつこつと足音を立てながら、道を歩いていた。
衛宮切嗣。
イスカンダルやソラウが狙う標的である。
どうやら買い物を頼まれたらしいが……そんな彼がのこのことたった一人で外を出歩いているなど怪しすぎる。
（夜中に一人で買い物？狙われる危険性もあるというのに？
……奴め。こちらを誘っておるか。だが……。）
物陰に隠れて彼を監視していたイスカンダルはそう考え込みながら、ソラウをちらりと見る。
表面上こそ冷静だが、にやりと不敵に微笑んでいる彼女はどう見てもやる気満々だ。
（この状態では止める事は難しい、か。
やれやれ。誘っておるということは、向こうにもこちらに対抗する手段があるということ。
気合を入れていかねばならんな。）
実戦経験の全くないソラウでは気づかないだろうが、実戦経験の豊富なイスカンダルは、
これが見え見えの誘いであることは気づいていた。
だが、今の彼女を止めることは難しい。
下手に止めてしまっては一人で暴走する可能性すらある。
いかに気に入らないマスターといえど、イスカンダルは女性に敬意を払い続けた英霊である。
よほどの事でない限り、こちらから向こうを見限るつもりはない。
神威の車輪を持ち、機動力に優れた彼ならば戦場から離脱するのも容易い。
一当てして威力偵察を行うのも一興か、とイスカンダルは前向きに考えることにした。
そして、切嗣はどんどんと屋敷とは違う方向へと歩いていく。
あの方向は教会近くの墓場だろう。
確かに石の墓標が大量にある墓場ならば多少はサーヴァントの機動力を落とせる……かもしれない。
墓地の真ん中でぴたり、と止まった彼は振り向きもせずに言葉を放つ。
「……そろそろ出てきたらどうだ？」
その言葉に、最早隠れる必要もない、と判断したソラウは、月霊髄液を鎧として身に纏いながら姿を表す。
本来ならば、何も言わず姿を現さず、いきなり月霊髄液で攻撃するのが最善なのだが、
実戦経験のない彼女ではそこまで考えは及ばない。
「ようやく出てきたわね。衛宮切嗣。ええ、私はケイネスとは違う。
一騎討ちとか誅伐などどうでもいい。油断も獲物を前に舌なめずりもしない。
ここで迅速で最速で―――貴方を始末する！」
その言葉と共に、彼女は月霊髄液を発動させ、水銀の刃を切嗣に対して刃を飛ばす。
問題は、彼女が実戦を全く経験したことがないということだが、
あれだけ弱った切嗣ならイスカンタルの戦闘経験、そして月霊髄液の実力ならばスペック差で叩き潰せると判断したのである。
―――だが。
闇夜から漆黒の影が弾丸をも凌駕する勢いで飛び出す。
そして、その黒い影は、切嗣に迫る鋼鉄すら容易く引き裂く水銀の刃の全てを切り捨てた。
「な―――！？」
「チ！！」
イスカンダルは黒い影がソラウに向かって駆け出したのと同時に神威の車輪を発進させ、
ソラウを小脇に抱えてかっさらう。
その瞬間、今までソラウが立っていた空間が横凪に黒い光を放つ何かに切り裂かれる。
ほんの一瞬タイミングがずれていたらソラウは完全に両断されていただろう。
神威の車輪で空を駆け、急速離脱しながらも、イスカンダルは相手の正体を見極める。
それは闇夜に紛れそうなほどの全てが黒で塗装された禍々しい鎧を身につけた騎士だった。
「ふむ。初戦が征服王とはな……。良い。実にいいな。
ああ、前に貴様にされたことを忘れそうだぞ。衛宮切嗣。」
その禍々しい女性騎士の姿を見たイスカンダルは、驚きの声を上げる。
「セイバー……！？いや、貴様まさか！？」
そう、その姿自体は見覚えのセイバー……アーサー王であったが、普段の彼女とは全く異なる禍々しい姿に、
かのイスカンダルですら驚きの声を上げる。
そして、その声に答えるように、黒い鎧を身にまとったセイバーは機械的な無機質な声を放つ。
「そうだ。私はアーサー王であってアーサー王ではない。
貴様らから受けた屈辱を晴らすべく顕現した憎悪の化身だ。」
チャキッ、と黒化したセイバーは、同様に黒い光を放つエクスカリバーの切っ先をイスカンダルに向ける。
「貴様らは覚えてはいないだろうが、
あの第四次聖杯戦争での聖杯問答、貴様らに言葉で打ちのめされた屈辱、私は忘れん。
故に、その屈辱は我が刃で晴らす。」
その言葉に、神威の車輪を空中で反転させて、再びセイバーに向けて突撃しながらイスカンダルは叫ぶ。
「何を望む……セイバー！貴様の王道は何だ！」
「―――蹂躙だ。」
その時、始めてセイバーは笑みを浮かべた。
普段の彼女の清廉さとは全くかけ離れた、禍々しい歪んだ笑みを。
「私は屈辱は許さん。決して忘れん。
踏み潰し、叩き潰し、焼き払い、力と恐怖で支配する。
まつろわぬ者には屈辱と滅亡を、従う者には恐怖と服従を。
力で全てを踏みにじり、支配する。それが私の王道だ。」
その言葉と共に、突撃してきた神威の車輪を回避し、
すれ違いざまに横に装備されているブレードに対してエクスカリバーの一撃を叩きこむ。
神威の車輪が放つ雷撃を浴びてダメージを受けているはずだが、その程度ではセイバーは小動ぎもしない。
黒化した影響により、黒い鎧と魔力の余波によって彼女の防御力は格段に向上している。
いかにゼウスの神牛による雷撃といえど、余波程度では彼女に大きなダメージは与えられない。
「堕ちたな……！セイバー！貴様自身の本来の王道を捨てて私怨に走り外道に成り果てるか！」
「黙れ。……ああ、そうだな。イスカンダル。
貴様は確か臨終の間際にこう言ったそうだな。
『強きものが後を継げ』と。
それは強者が正義、ということだろう？」
「故に、我が刃でそれを証明する。貴様を蹂躙することによってな！」
「ほざけ！」
そう言いながら、イスカンダルはさらに神威の車輪による一撃離脱戦法での攻撃を再開する。
だが―――。
「―――チ！まるで要塞だな……！！」
セイバーは、致命的な突撃のみ直感スキルで回避し、余波の雷撃などは防御力に任せて無視。
すれ違いさまに少しづつ神威の車輪自体に攻撃を叩き込んで少しづつ戦車自体を破壊する作戦に出たのだ。
「ライダー！下ろしなさい！マスターである切嗣を直接狙えば……！」
「ソラウよ。冷静になってアレを見よ。」
切嗣の傍に立っているのは、いつの間にか追いついてきたのか針金細工の鷹を構えるアイリスフィールの姿。
そして、銃を構える切嗣の姿だ。
姿こそ見せないが、情報によればさらに舞弥とかいう女性も護衛として存在しているという。
実戦経験のない彼女が、実戦経験豊富な敵二人と、
高度な魔術を使いこなすアインツベルンの魔術師を敵に回して勝てるとは思えない。
だが腑に落ちない部分はある。
確か切嗣は呪いに侵され、魔術回路は八割がた使えないはず。
それが何故サーヴァントを使役することができるのか？
その疑問は、傍にいるアイリスフィールを見てソラウは答えを直感した。
「そうか………！私たちと同じ、アイリスフィールを魔力供給源にしているのか！」
そう、ソラウとケイネスと同じく、切嗣がマスターとして、アイリスフィールが魔力供給源として存在しているのだ。
これは魔力回路がほとんど使えない切嗣が編み出した苦肉の策である。
「魔力切れは狙えんか……。ならば……！」
再度神威の車輪による突撃を行いながら呟くイスカンダルに対して、
再度戦車にエクスカリバーを叩きつけながらセイバーは不敵に微笑む。
「ほう。王の軍勢を出すか。それもよかろう。
だがな。私の剣は王の軍勢にとっては天敵だぞ？」
にやり、とセイバーは不敵に微笑む。
確かに、セイバーのエクスカリバーは元々大軍を薙ぎ払うのに最も適している。
横凪に薙ぎ払えば、強力な防御手段のない彼らはいかに英霊であろうとも多大なダメージを負うだろう。
大軍に対して有利に働くエクスカリバーは王の軍勢にとってはまさしく天敵だ。
このままジリ貧のまま戦車を少しづつ壊されて戦力が削がれるのは避けたい。
「チ！こうなれば……！」
イスカンダルは神威の車輪を反転させると叫びを上げた。
「撤退だマスター！不確定要素が多すぎる！」
そう言い放つと、イスカンダルは高速でセイバーたちに背を向けて撤退を始めた。
「フン、馬鹿め。逃がすとでも思ってるのか？」
そう呟き、セイバーはエクスカリバーに魔力を注ぐ。
これで高高度に逃げたら叩き落として下さいとでも言わんばかりのエクスカリバーのいい的だ。
だが、イスカンダルは、地面すれすれを高速で神威の車輪で逃げている。
あれでは、ここでエクスカリバーを放ったら周囲の被害が甚大になってしまう。
だが………。
「フン。その程度の事で私が躊躇するとでも思ったのか？愚かな。」
セイバーは鼻先でせせら笑うと、エクスカリバーを解き放とうとする。
………だが。
「そこまでだ。セイバー。」
止めに入ったのは意外にも切嗣だった。
勝つのに手段を選ばない彼からすれば当然止めないだろうと踏んでいたセイバーからすればこれは意外だった。
「………まあよかろう。これで征服王から受けた屈辱は多少なりと晴らされた。
今回はこれで良しとしておこう。」
そう言いながらセイバーは剣を鞘に収める。
そして、最早用はないと言わんばかりに霊体化しようとするが、ふと何かを思い出したように言葉を放つ。
「………切嗣。黒化した私を使役するのなら、アイリスフィールに気をつけるといい。
貴様には色々とあるが、今回の事で私をいい気分にさせてくれた分の忠告だ。」
「？それは……？」
切嗣は問いかけてくるが、セイバーは有無を言わさず霊体化する。
それゆえに見ることはなかった。
アイリスフィールの顔が、にやりと邪悪に微笑むのを。
「……アイリス？」
以前アンリ・マユはアイリスフィールの人格を纏って切嗣へと接触した事がある。
あらゆる可能性があるこの世界では、その可能性も内包される。
つまり、黒セイバーを使えば使うほど、それに引きずられてアイリスはアンリ・マユへと近づいていくのだ。
もっとも、当の本人ですらそれは知らないのだが。
「はっ、いえ。何でもないわ。
それより、帰りましょうか。切嗣。イリヤや士郎が待つ我が家へ。」
「……ああ。」
こんにちわ。零です。
読んでいただいてありがとうございます。
唐突にアイデアが思いついたので一気に書き上げた。反省はしていない。
……ウェイバーとディルムッドのシーンがなくて申し訳ありません。orz
よろしければ感想などいただけるととても嬉しいです。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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