「………今回は今までとは違った事をやっていこうと思う。」
双子館にひっそりと潜んでいるウェイバーはディルムッドに対してそう話しかけた。
ウェイバーに対して紅茶を入れていたディルムッドは彼に紅茶のカップを手渡しながらその問いに答える。
元々、ウェイバーは時計塔出身のため、やはり紅茶は好きであり定期的に口にしている。
そのため、ディルムッドもすっかり紅茶を入れるのが上手くなってしまったのだ。
「違ったことと言いますと？」
ウェイバーはその紅茶に口をつけながら言葉を返す。
「ああ、今までこの聖杯戦争を解決することばかりを考えていたが……やはり気晴らしは必要だ。
気を詰めているばかりでは、精神的に疲労していざというときに十分に力を発揮できない可能性がある。」
「なるほど。道理です。
ですが……どうなされるので？」
そのディルムッドの言葉に、ウェイバーは渋い顔をしながら切れの悪い言葉を返す。
「まあ、うん。ほら……気晴らしにそのアルバイトをだな。しようかと。
お前は別に僕に付き合う必要はないぞ。いつでも駆けつけられるようにしていれば自由にしていていい。」
彼がアルバイトをしようと思ったのは、日頃から世話になっているマッケンジー夫妻に
何らかのプレゼントをしようと思い立ったからである。
これは偽りの四日間だとは分かっている。意味なんて全くないのかもしれない。
だがそれでも、彼はそうしたかったのだ。
言うなれば、自己満足の類である。
それに対して、ディルムッドは思わず声を上げる。
「まさか！主君が働いている時に遊び暮らすなど我が騎士道に反します！」
思わずそのディルムッドの言葉にウェイバーはさらに渋い顔をする。
まあ、彼の行動理念からすればそう言い出す事は不思議ではないのだが。
「いざという時に活躍できるように休める時には休んでおくのも忠義だと思うが……まあいいか。
それにお前が傍にいてくれると心強い。」
「は。そう言っていただけるとは感謝の極み。
そして、アルバイトとはどういったアルバイトで？」
「うーん……。とりあえず簡単な接客業かなあ……。
いつでもすぐに辞めれるところがいい。
迷惑がかからないうちに辞めてしまえばそこが他のマスターやサーヴァントから狙われる必要はないだろ？」
「ですね。深い関係にならなければ、向こうも人質に取っても無意味と思わせるでしょう。
それが店の従業員にとっても私たちにとっても両方いいことかと。」
ごそごそと彼はチラシを取り出すと、ディルムッドに見せる。
それは冬木市にあるとある紅茶専門の喫茶店のアルバイト募集のチラシだ。
ここならば、英国じこみのウェイバーの紅茶を入れる腕を生かせる可能性も高い。
そうなれば、そうそう早々に首にされないだろう。
いざというときはすぐ辞められるようにしなければならないが、
必要ないと早く切り捨てられるのも困る。
そこが中々悩ましいところである。
そして、色々考えた結果が、この喫茶店でアルバイトをするという結論だった。
「分かりました。では……。」
「ああ、兵は拙速を尊ぶと言うだろう？
決心が鈍らないうちにこのまま行こう。」
ウェイバーは飲んでいた紅茶のカップを置くと、そのまま立ち上がった。
それに対して、ディルムッドも静かに頷いた。
―――そして、新都の紅茶専門の喫茶店の前。
そこには緊張しているウェイバーと私服を纏ったディルムッドの姿があった。
ディルムッドは黒子を封印して簡単な幻影魔術で覆い隠しているが、
それでも道行く女性たちは彼に熱い視線を向けてくる。
だが、ウェイバーもディルムッドもそれどころではない。
言うなれば、未知の戦場に飛び込むのと同じだ。
ロード・エルメロイ二世としても、時計塔での権力争いや魔術師としての研究などは経験があるが、
さすがにアルバイトというのは未経験なのである。
「………よし、行こう。」
そう言いながら、彼は喫茶店のドアを押し開ける。
からんからんと軽快なベルの音が響き渡ると同時に、青い髪をした長身で野性味のある美形の青年が、
まるで執事のような服装で彼らを出迎える。
「はーい、いらっしゃいませー……って小僧どもじゃねえか。」
「……ッ！？ランサー、クーフーリン……！？」
それは、喫茶店の制服を身にまとった第五次ランサー……クーフーリンだった。
まさかこんな所で敵サーヴァント、しかもクーフーリンと出会うなんて彼らにとっても予想外だ。
純粋な戦闘経験や実力ではやはりケルト神話屈指の英雄である彼の方が上だ。
こんな準備も何もない遭遇戦で彼に勝つのは難しい。
勝てたとしても大きく消耗してしまうだろう。
だが、そんな戦闘態勢に入った彼らを、クーフーリンは軽くひらひらと手を振って受け流す。
「ああ、やめとけやめとけ。
俺はここでアルバイトをしているだけだ。お前さんたちとここで戦うつもりはねえよ。」
「……アルバイト？サーヴァントが？」
そんな訝しげな表情をするウェイバーに対して、クーフーリンは思わず方を竦める。
「おいおいお前さんたちだってマスターとサーヴァントだろうが。
で？アルバイトに来たってことでいいんだな？
おーい店長アルバイト候補だってよー。」
そんな彼に連れられて店の奥に入っていく二人。
店長との面接は実にあっさりと終了した。
クーフーリンのお陰で女性の客足が増え、しかも人手は足りない。
そこに紅茶に詳しく、しかも一人は美形だ。
これで雇わない方がどうかしている。
そして、さっそく今日から働く事にした彼らは、店の制服を纏って奥から出てくる。
「しかし……まさか光の御子がアルバイトを行っているとは……予想外でした。」
思わず、ディルムッドはクーフーリンに対してそう話しかける。
彼にとって、クーフーリンは尊敬すべき大先輩である。
そんな彼がアルバイトをしているというのは、彼にとっても驚きだったらしい。
そんな問いかけに、クーフーリンはまたしても肩を竦める。
「俺の場合、現世を楽しむってこともあるな。
金があれば楽しめるし、こういった接客業も楽しい。
楽しめて金も稼げるんだ。やって何が悪いんだ？
まあ、そんなことはどうでもいい。ほら、さっさと仕事だ。働け。」
「……何の説明もなしで？」
そのディルムッドの言葉に、クーフーリンはにやりと微笑む。
「おいおい。幼年組じゃねんだ。わざわざ仕込みが必要なのか？
それとも、フィンの小僧が作り上げたフィアナ騎士団とやらはそんなに軟弱なのか？」
その言葉に対して、ディルムッドもクーフーリンに対してにやりと不敵な微笑みを返す。
「言ってくれますね。光の御子。
その言葉、私の実力で訂正させてみせましょう。」
「おお、やれるもんならやってみな。後輩。」
そんな風にお互いに不敵に微笑みあうクーフーリンとディルムッドに対して、
ウェイバーは、はあ、と呆れたようにため息をつく。
「台詞だけ見ると格好良いんだけどなぁ……。勝負は接客なんだよなぁ……。」
―――そして、勝負は激戦と化した。
有り体に言えば、店は大繁盛でてんてこ舞い状態になっていた。
いかに愛の黒子を封じているとはいえ、イケメンであるディルムッド。
野性味がある美形であるクーフーリン。
この二人が接客する店に女性が食いつかないはずがない。
噂が噂を呼び、店の外には凄まじい行列が出来るようになってしまった。
そしてその客たちを完璧に応対するサーヴァントの二人。
サーヴァントには魔力による維持の限界はあるが、肉体的疲労は存在しない。
ちなみにあまり知られていないことだが、ディルムッドの特技として、『接客』という物が存在する。
その特技を十二分に生かした彼の人気は、そのルックスもあって凄まじいものだ。
「それでは、お嬢様。お手をどうぞ。
お席までエスコートします。」
こんな風に美形がエスコートしてくれるのだ。
人気が出るのも当然だ。
その人気っぷりはかのクーフーリンも一目おくほどである。
「はっ！やるじゃねえか！小僧！
さっきの台詞は訂正してやってもいいぜ！」
「この程度だと思ってもらっては困ります光の御子。
我が接客の真髄をお見せいたしましょう！」
そんな彼らを、自然と紅茶を入れる係となったウェイバーは呆れた顔で見つめる。
「いや正直給仕の仕事で張り合われても困るというか……。
まあ本人たちが満足しているのならいいか……。」
と、からんからんとドアを開けてまた一人客が入ってくる。
店の外には行列が出来ており、それぞれ順番に待たせてあるのだ。
それでも、皆根気強く待っているのは流石と言わざるをえない。
だが、その入ってきた客を見て、ディルムッドは驚愕する。
「―――！イスカンダルのマスター！」
そう、それはイスカンダルのマスター、ソラウだった。
とっさにウェイバーとディルムッドは身構えるが、
だが、それを見て実体化している（恐らくは周囲の人間に対する認識誤認魔術をまとっている）イスカンダルが面倒くさそうに
手をひらひらと振る。
「ああよせよせ。余……というかこやつは純粋に店にきただけだ。
そなたたちを害するつもりはない。
それに前にも言っただろう？昼間ならばマスター同士は戦う危険性は低いと。
しかしまあ、ディルムッドがこの店でアルバイトを始めたというのをどこで嗅ぎつけてきたのやら……。
その情報収集力はさすがの余でも舌を巻くわ。」
「決まっているでしょう？これこそ愛の力よ。」
そんな風にしれっと妖艶な笑みを浮かべながら呟くソラウに対して、店の奥からウェイバーが答える。
「お、おう……。じゃあ客として来たということでいいのか？」
「さっきからそう言ってるでしょう？全く態度のなっていない店員ね。
早く席に案内なさい。」
その言葉に思わずむっとするウェイバー。
ソラウの特技には店員に対するクレームという訳のわからないものがある。
だが、その時すっと二人の間に入る人影がある。
「失礼しました。お嬢様。それではこちらの方へどうぞ。」
穏やかに微笑みながらディルムッドはソラウに対して優雅に一礼して席へとエスコートする。
「そう、それでいいのよ。
流石は私のディルムッド。女性のエスコートも弁えているとは。
貴方たちも見習いなさい。」
そんな風にディルムッドにエスコートされながら優雅に席につく彼女はまさしく女王の風格を漂わせていた。
「………。」
イスカンダルも色々言いたそうで不満を溜め込んでいる様子ではあったが、
自分のマスターであり、しかも貴婦人が喜んでいるのをとやかく言うほど彼も野暮ではない。
席に腰掛けて憮然と腕組をしているだけだ。
さすがのソラウもこの状態で告白してもけんもほろろに断られるとは理解している。
だったら、傍でディルムッドを見ていられる＆店の売上に貢献して彼の好感度を上げた方がいいと彼女は判断したのだ。
「では、ここからこれだけを注文するわ。お願いね。」
「かしこまりました。お嬢様。」
ディルムッドはあくまで仕事と言わんばかりに淡々と受け答えをするが、
ソラウの方は文字通りの意味で恋する乙女と言わんばかりにうっとりする。
そして、他のお客……女性に応対しているディルムッドを見て、彼女はうっとりとそれを見つめる。
まるで、他の女性の事は目に入っていないかのように。
「ふふ、やはりディルムッド。素敵ね。私が見込んだだけの事はあるわ。」
彼女には自負がある。
ここにいる熱っぽい視線を向けている有象無象の女性より、遥かに彼の事を愛していると。
最愛は自分であると。
故に、有象無象どもが多少色目をつかった所で動揺したりはしない。
そんなものは、自分自身の愛に自身がない者たちのすることだ。
……まあもっとも、問題はその愛が一方通行なものであり、極めて自己中心的で押し付けるもの……
つまり簡単にいうなればストーカー的な愛なわけだが。
「……それで、余はいつまでこの茶番に付き合わなければならぬのか。」
ぎし、と椅子を鳴らしてイスカンダルは抗議する。
彼にとってもこの店の雰囲気は苦手なのである。
「別にいいでしょう？
サーヴァントといえど、食事などからは魔力は補給される。
ほら、あれだけのお茶とお菓子があれば魔力の補充は多少なりともマシになるでしょう？
特に貴方は生粋の魂喰らいなのだから。」
ここが店である以上、何か注文を行わなければならない。
非常に混んでいる中、お茶一杯で長時間粘る客など嫌われて当然だ。
それゆえ、店に長時間合法的にいられる手段として、ソラウはひたすたお茶やお菓子を注文し続けるという作戦を取った。
これならば、少なくとも店側からは表立って文句は言われない。
ただ、それを行った場合、財力と胃の大きさが必要になる。主に物理的な問題で。
財力は問題ない。時計塔の魔術師の令嬢であるソラウにとってはこの程度はした金だ。
……だが問題は食べ物と飲み物の方である。
これだけの量は物理的にソラウの胃に入るわけがない。
そして、それらが行き着く果ては―――。
「まあ、つまりは余なわけだが。
いや、現世の食べ物を思う存分食べれるのだからそのでは不満はないが………やはり待遇には不満はあるぞ。余は。」
イスカンダルの周囲には簡単な幻覚魔術と認識阻害魔術がかけられている。
これならば一般人でごった返しているこの店でも不審な目では見られない、というか存在すら認識できない。
だが、同じサーヴァントのディルムッドやクーフーリン、そしてウェイバーは別である。
しかし、彼ら三人は、それぞれ異なりながらも似たような感じの視線を彼に投げかけてくる。
つまり「「「お前も苦労するな」」」という視線を、だ。
クーフーリンやディルムッドは色々と苦労をしてきたため、特にそれが強い。
それを感じながら、イスカンダルは思わず天を仰いで一言小さく呟いた。
「……茶番だな……。」
こうして、偽りの四日間の一日は過ぎていった。
こんにちわ。零です。
読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ感想などいただけるととても嬉しいです。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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