「はっ、はあ……！！」
夜の街の中、間桐桜は懸命に走っていた。
そして、そんな彼女を追って、数匹の人型の『獣』としか呼べないような存在が駆ける。
桜からはその正体がわかるはずもない。
だが、どちらにせよ彼女にとって敵である事は間違いはないだろう。
ライダーも異変を感じてこちらに駆けつけてくれてはいるが、それでもしばらくは時間がかかる。
それまでは、自分の身は自分で守らなくてはいけない。
瞬間、桜は自身の魔術回路を発動させる。
今の桜は、ライダーから魔術の修行をしてもらい、自分の魔術特性である虚数についての魔術行使が可能になっている。
しかしまだ虚数属性の魔術師としての下地は出来ておらず
自身の深層意識（イド）を剥き出しにし、最も暗い負の面を表に出さなければならない。
それは、自分の負の部分に飲み込まれてしまう危険性があるということである。
だが、それでも彼女は、自分の左腕に虚数を纏わせ、弓掛と弓、そして矢を生成し、
それを獣たちに向けて射出する。
士郎のように百発百中とはいかないが、それでも桜も弓道部で鍛えた腕前がある。
走りながら獣に対して虚数の矢を当てていくのは流石と言えるだろう。
公園まで逃げ切れば、隠れる場所はたくさんある。
公園は開けている場所で、もし万が一そこに誘い込まれ、大量の獣で待ち伏せされればアウトだが、
知性が感じられない獣ならば、その心配はあるまい、と桜は考えていた。
―――そして、その考えは見事に裏切られる事になった。
「「「AAAAAAAAAAAAAAAAAAA！！！」」」
そう、誘い込まれた公園内部には、無数の獣で覆い尽くされていたのだ。
―――待ち伏せされた。
まさかこんな獣たちに知性があるとは。
桜は唇を噛み締めた。
これだけの数を相手にできるほど桜は戦闘に特化していない。というか戦闘は素人そのものだ。
公園を覆い尽くす無数の獣たちはそんな桜をせせら笑う。
……と、その内の一匹が何かの異変に気づく。
だが、それは手遅れだった。
瞬間、漆黒の旋風が群れの中心部にジャンブで飛び込んで来て、獣たちを薙ぎ払う。
「……っ！？一体何が……！？」
次の瞬間、桜は目を見張った。
そこに燦然と佇んでいたのは、漆黒の鎧に身を包んだ黒騎士だったからだ。
黒騎士は、無造作に傍の街灯に手をやると、そのまま引き抜き、凄まじい勢いで振り回す。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA！！」
その凄まじい勢いで振り回される街灯は、まさしく巨大なミキサーそのものだ。
獣たちを引き千切り、粉砕し、粉微塵にする。
その暴風に、獣たちは近寄る事すらできない。
それはまさしく、狂戦士（バーサーカー）の戦いそのものである。
そんな暴風に、獣ごときが太刀打ちできるはずもない。
ほんの数秒で、公園内にいた獣たちは一匹残らず粉微塵と化していた。
獣たちを全て駆逐したバーサーカーは、興味なさそうに街灯を地面に投げ捨てる。
ずん、と重々しい音と共に地面にめり込む街灯。
そして、次の瞬間、バーサーカーは桜には目もくれず別方面へと跳躍してその場を去っていく。
と、彼女の目にがさり、と草むらからフードを被った人影がよたよたと必死に走り去っていくのが目に入る。
それを見て、桜は呆然と呟く。
「雁夜……おじさん……？」
―――公園から少し離れた街の裏路地。
あの公園から急いで離脱した雁夜は、フードをかぶったままどん、と壁に肩をつけて、そのままずるずると地面にへたりこむ。
元々、にわか仕立ての魔術師である彼が魔術を行使するためには凄まじい苦痛が発生する。
それがさらに大英雄をバーサーカーにしているのだ。
ただでさえ燃費を食う大英雄をさらに狂戦士化している状態では凄まじい大量の魔力を必要とされる。
だが、そんな凄まじい苦痛に苛まれながらも、彼は安堵のため息をついた。
「っはぁ……。良かった……。」
ぽろり、と彼の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「良かった……。桜があんな立派になって……まともに育ってくれたみたいで……。
良かった……。本当に良かった……。
俺のやった事は無駄で意味がなかったけど……桜を救ってくれた奴がいてくれて、本当に……。」
ぽろぽろと彼の瞳からただひたすらに涙が流れ続ける。
この世界での彼は、桜を観察して何かあったらまた命懸けで救おうと思っていたのだが、
衛宮邸で、士郎と一緒に楽しそうに笑っている桜を使い魔の目で遠目に観察して、
あの無表情だった桜が楽しげに笑っている、それだけで満足していたのだ。
今回も、桜がピンチだからという理由で参戦したが、本来彼自身は桜の前に姿を表す気はなかった。
とりあえずこの場から立ち去ろうとずるずると体を動かそうとする彼の耳に、とある声が響き渡る。
「―――やれ。凛。両手両足を撃ち抜いて、奴のサーヴァントを奪い取れ。」
「はい、お父様。」
その瞬間、暗闇から魔力で構築された銃弾、無数のガンドが雁屋に向かって襲い掛かる。
とっさに、雁屋は腕部に潜む甲殻蟲を発動。
甲殻蟲は瞬時に巨大な外骨格の盾を構築。無数のガンドを弾き返す。
「ぐっ……があっ……！？その声、まさか……！？」
魔術による苦痛に顔をしかめながら、雁夜は声のした方を振り向く。
―――遠坂時臣。
そこには、彼の忌まわしい宿敵とも言える存在が、娘である凛を従えて立っていた。
「時臣ィ……！！」
ぎり、と雁夜は歯噛みをして、雁夜の腕からぎちぎちと音を立てながら、鋭いブレードが飛び出す。
これが雁夜の切り札である「甲刃虫」である。
この虫は、術者の腕や足などに寄生する事により、その部分を極めて鋭利な武器へと変化させる。
チタン合金すら両断する甲刃虫のブレードの切れ味は生身の人間を容易く両断する。
だが、それを見て、時臣は冷笑する。
「無駄だ。その程度の大道芸で落伍者が私に勝てると思うのか？
凛、手早く礼呪とサーヴァントを奪い取れ。最悪の場合は数秒でいい。時間を稼げ。」
「はい、お父様。」
凛は、何の表情も見せずに時臣の命令に淡々と頷く。
それを見て、雁夜は思わず唇を噛み締めるが、そこで彼は違和感を感じる。
そう、雁夜はランスロットを実体化させているのに対して、
時臣はサーヴァントを実体化させていないのだ。
しかも、あの魔術師としての誇りを十二分に持ち合わせているであろう彼が雁夜に対して、
いきなりの不意打ちの攻撃を仕掛ける。
さらに「サーヴァントを奪う」という言葉を照らし合わせると、雁夜の頭に一つの考えが浮かび上がる。
「切羽詰まってるのは、そっちの方なんじゃないか。時臣。」
雁夜は時臣に対して引き攣る頬でにやり、と笑いかける。
「……なんだと？」
その言葉に対して、時臣はすっと真顔になる。
この状態は時臣にとって有利なはずだ。
蟲は時臣の操る火に対して極めて弱い。
おまけに、あの黄金のサーヴァントはランスロットに対して相性は悪いが、
それでも物量でゴリ押しはできるはずである。
……だが、それも『サーヴァントがいる』という前提条件の元である。
「だってそうだろう？お前、自分のサーヴァントはどうした？
あの黄金のサーヴァントならば、こちらを真正面から叩き潰すことは十分可能なはずだ。
多少、こちらのバーサーカーと相性が悪くてもな。
それなのに、サーヴァントを引き連れず、完全に魔女となった凛ちゃんを引き連れ、
俺のサーヴァントを奪い取ろうとする。
……答えは一つだ。お前、自分のサーヴァントがいないな？」
「………。」
無言で、時臣はステッキに仕込まれていた仕込み刀を引き抜く。
その態度こそが、雁夜の問いかけの何よりの答えだった。
第四次聖杯戦争の最後、ギルガメッシュに見切られた時臣だったが、その因果はこの世界でも続いていた。
時臣の本音を知った英雄王は、この世界では彼に協力する事をよしとしなかったのだ。
それゆえ、彼は戦力となるサーヴァントを求めていたのである。
瞬間、凛が先手必勝と言わんばかりにバーサーカーに向けて宝石を放つ。
当然、倒せるとは思っていない。これはあくまでも足止めである。
そのため、時臣は、凛に高純度であり、魔力も大量に秘めている宝石を凛に託している。
「バーサーカー！凛ちゃんの命を奪うな！手加減しろ！」
雁夜は礼呪を使用してランスロットに命じる。
手加減などいう言葉を知らないバーサーカーは、礼呪で命じないと瞬時に凛の命を奪うからだ。
対して、雁夜は甲刃虫のブレードを振りかざしながら時臣に斬りかかる。
「ああああああああああ！！」
しかし、雁夜の剣の腕前は素人そのものである。
そんな大雑把な攻撃が、かつて武術の無の領域で根源に至ろうとしていた遠坂の後継者に通じるはずもない。
祖先には及ばないものの、時臣も十二分に武術の鍛錬を積んでおり、剣もそれなりの腕前なのである。
「バカめ！」
時臣は、瞬時にステッキに仕込まれていた剣を抜き放ち、雁夜の蟲の刃を弾き返す。
そして、返す刀で横凪に剣を切り払う。
その刃は雁夜の胸を横一文字に切り裂き、血が吹き出す。
「……消えろ。」
そして、続いて時臣はステッキに仕込まれているルビーを発動させ、
剣から豪炎を噴出させ、それをそのまま雁夜に叩きつける。
蟲は炎に弱い。
これで雁夜の肉体は焼け焦げたはずである。
だが、体中を火炎に包まれながら、それでも雁夜は火炎を突っ切って時臣へと突進する。
「―――なっ！？」
これに驚いたのは時臣である。
今までの経験から、これで容易く雁夜を倒せると思い込んでいたのである。
だが、雁夜は凛のガンドを防いだ甲殻蟲を展開。
再度外骨格の盾を作って時臣の火炎を防いだのである。
いかに豪炎といえど、外骨格の装甲を一瞬で焼き尽くすほどの火力ではない。
さすがに豪炎を突っ切ってきたので、体のあちこちが焼け焦げているが、
それは対した問題ではない。
焦った時臣は、突っ込んでくる雁夜に対して、突きを繰り出す。
その渾身の突きは、雁夜の肩に深々と突き刺さって貫通する。
にやり、と笑う時臣だったが、次の瞬間その笑みが凍りつく。
「なっ……！抜けない！？貴様、まさか！？」
そう、雁夜は肩に甲殻蟲を展開し、外骨格を展開する事により剣を抜けなくさせたのである。
雁夜はそんな時臣に関わらず肩に深々と剣を刺し貫かれたまま、時臣へと突撃する。
「ああああああああああああああああああ！！」
バキン、と時臣のステッキに仕込まれた剣が折れる音。
そして、雁屋は肩に折れた剣を突き刺したまま、今度は拳に甲殻蟲を展開し、
拳に外骨格を展開してナックルガード代わりにすると、そのまま時臣の顔を殴り飛ばす。
「ぐっ……！？ば、バカな！こ、こんな事が！？」
顔面を殴られ、口から血を吹き出しながら叫ぶ時臣に構わず、
雁夜はそのまま時臣を蹴り飛ばし、倒れた時臣に馬乗りになり、マウントポジションを取る。
そして、この体勢でやるべきことは一つだけだ。
雁夜は、拳に甲殻蟲を展開しながら、拳をギリ、と強く握り締める。
「ま、待て雁夜！貴様恥ずかしくないのか！？
こんな粗野で下品な戦い方が魔術師の戦い方など……！」
―――最後まで時臣の言葉を聞かず、雁夜はマウントポジションのまま、時臣の顔面をさらに殴りつけた。
当然、拳に甲殻蟲の外骨格のナックルガードを展開したまま、である。
殴る。
殴る。殴る。
殴る。殴る。殴る。
時臣の口から血と砕けた歯が吐き出され、頬骨と鼻の骨が砕かれ、眼球が飛び出す。
だが、それでも雁夜はただひたすら時臣の顔面を殴り続けた。
ぷるぷると顔面を砕かれつつ震える時臣は、震える指で懐から宝石を取り出し指の間に挟み込む。
瞬間、彼の両腕が燃え上がった。
そのまま、豪炎を纏った手刀を、両方から雁夜の脇腹へと突き刺した。
時臣の豪炎を纏った手刀は、まるでバターのように雁夜の脇腹に手首まで深々と突き刺さる。
がは、と雁夜は口から黒く濁った血を吐き出す。
時臣はさらにずぶずぶと彼の肉体内部に手刀を差し込んでいく。
普通の人間なら確実に致命傷だ。
―――だが、雁夜は一瞬だけ動きを止めた後、手刀が深々と突き刺さっており、
内蔵を豪炎に焼かれているのにも関わらず、再度時臣の顔面を殴り出す。
殴る。
殴る。殴る。
殴る。殴る。殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
もはや時臣は悲鳴を上げることすらできない。
肉に硬い物が叩きつけられる音。骨が砕け散る音。
飛び散る砕けた歯と血潮。
やがて、時臣の体が震えだし、手刀の炎が消える。
そして、ずぶりと時臣の手刀が雁夜の体から引き抜かれ、力なく地面に落ちる。
―――時臣の顔面と頭部は完全に叩き潰されていた。
脳や頭蓋骨ですら最早跡形もない。
完全にぐしゃぐしゃになるまで徹底的に叩き潰したのだ。
「は………ははは………。ざまあみろ。やってやった。やってやったぜ……。」
そして、バーサーカーの方も瞬時にケリはついていた。
それはそうだ。生身の人間にサーヴァントを足止めしておけという方がどうかしている。
凛は無力化され、地面に横たわっていた。
と、時臣を失った瞬間、凛の表情が変化する。
目の前で父親が顔を失うほど殴られていたのに眉一つ動かさない冷酷な魔女である彼女は消え去り、
ごく普通の少女である『遠坂凛』が姿を表す。
可能性の一つである、彼女を冷血な魔女であると固定していたファクターである時臣がいなくなり、
普通の凛へと戻った彼女は呆然とした目で、雁夜を見る。
恐らくは、時臣の死体も彼女の瞳には写っていないに違いない。
「あ……？雁夜おじさん……？
あのね、あのね、私言ってない言葉があったんだ……。
子供の頃、私を助けてくれてありがとう……。
それが、私ずっと言いたくて……。」
そして、次の瞬間、もはや可能性ですらなくなった凛は、すうっと消え去っていく。
だが、あの言葉は彼女の本音だったに違いない。
もはやランスロットを実体化させる魔力すらない雁夜は、
それでも凛の言葉に満足した笑みを浮かべる。
「―――ああ、よかった。
俺は……桜ちゃんも凛ちゃんを守る事が出来たんだな。
魔女と化した凛ちゃんを救う事は出来なかったが……普通の「遠坂凛」ならば、あいつが守ってくれるだろう。
そして、桜ちゃんをあそこまで真っ当にしてくれたあいつならば、きっとこれからも二人を守ってくれるはずだ。」
―――頼んだぞ。衛宮士郎。
一度たりとも会った事のない人間に託すのも業腹だが、彼女たちを守ってくれ。
その思考を最後に、雁夜の意識は消え去っていった。
こんにちわ。零です。
読んでいただいてありがとうございます。
今回はウェイバーとランサーが出番がなくて申し訳ありません。
唐突にアイデアが思いついたので、思わず書いてみました。
よろしければ感想などいただけるととても嬉しいです。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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