「■■■■―――！！」
深い森の中に第五次バーサーカー………ヘラクレスの咆哮が響き渡る。
それはまさしく全てを薙ぎ払う暴風だった。
木々や岩や地面など全てを吹き飛ばしながら猛烈な勢いで疾駆する暴力の塊。
聖杯戦争の要である小聖杯鍛造を担うアインツベルンの一族。
御三家のうちの一つで今や聖杯戦争の中心とも言えるこの一族の居城である
城に威力偵察を行ったウェイバーとディルムッドは即時にこのバーサーカーに襲われる事になった。
「資料では読んだ事はあるが、まさかこれほどとはな……！！」
ウェイバーも凛から渡された第五次聖杯戦争の資料で第五次バーサーカーについては知っている。
ギリシャ神話の大英雄ヘラクレス。
大英雄を狂化するとはどういうことになるかは、彼も第四次バーサーカー…ランスロットを見て知ってはいるが、
まさかここまでの暴力の塊とは想像すらできなかった。
「くっ……！！」
そして、かのディルムッドですらその凄まじい攻撃に防戦一方の状況である。
何とか上手く双槍で凄まじい勢いで叩き付けられてくる斧剣の威力を逸らしたり受け止めているが、
双槍自体がその威力にギシギシと悲鳴を上げるほどである。
さらに、大きな問題点がある。
それは第五次バーサーカーの宝具……十二の試練（ゴッド・ハンド）である。
ヘラクレスの十二の偉業を達成した彼への祝福であり呪い。
Ｂランク以下の攻撃を無効化し、さらに十二回の蘇生の命のストックを所有する。
そして、実際の第五次バーサーカーの戦闘力は圧倒的だった。
あれでは、ちまちま必滅の黄薔薇（ゲイ・ボウ）を当てて行ってもいつ倒せるか分からない。
そして、ちまちま削ってようやく倒したと仮定しても後十一回も倒さなくてはならないのだ。
簡単にいえば、宝具の相性が悪すぎる。
ちまちま削っている間に、こちらはまともな一撃を食らえばそれでおしまいだ。
あまりに相性が悪すぎる。
そして、破魔の紅薔薇（ゲイ・ジャルグ）も必滅の黄薔薇（ゲイ・ボウ）も宝具のランクはＢ。
一応ランクＢ以下ということはランクＢである双槍は通用するだろうが、
もし万が一通用しなかったらと思うと心が冷える。
となれば、やることは一つだけだ。
「撤退だ！ランサー！」
ウェイバーは懐からルーン石を取り出してヘラクレスに投げつける。
その刻まれた文字は燃え盛る炎を象徴するケン。
ケンのルーン石は砕け散ると同時に凄まじい光を放つ。
松明の炎を象徴するケンの力を利用して、フラッシュグレネード＆目くらましとして利用したのだ。
目の前で凄まじい光が炸裂したヘラクレスはほんの一瞬だけだが目を潰されて怯む。
その隙を生かし、ディルムッドはウェイバーを抱えて高速で離脱する。
だが―――。
「―――信じられない。最速の英霊であるランサーに追い縋ってくるなんて。」
ルーン石を発動させてディルムッドの高速移動に耐えている彼は舌を噛まないように注意しながら呟く。
そう、高速移動で木々の間を跳躍しながら逃げるディルムッドに対して、バーサーカーもその巨体からは
信じられない敏捷性で同様に高速移動しながらディルムッドを追いかける。
バーサーカーの敏捷はＡ。
ディルムッドの敏捷はＡ＋。
狂化されているとはいえ、最速を誇るランサーに追いすがるほどの速度を出せるとは
流石は大英雄であるヘラクレスであるといえる。
「それならば……！大英雄であるヘラクレスに通用するかは分からないが……！！」
ウェイバーはディルムッドに抱えられて高速移動しながら、
ルーン石を取り出して魔力を注ぎ込んで発動させる。
と、彼らの姿が歪んで周囲の景色に溶け込んで欺瞞され、彼らの姿が見えにくくなる。
これは、『秘密』を意味するルーンであるペオーズを利用した光学迷彩である。
それほど程度が高くない光学迷彩ではあるが、それでも追いかけるのは難しくなる。
それでも、ヘラクレスは本能とも呼べるレベルで速度を緩める事なくこちらを追跡してくるが、
やはり視覚が頼れず、直感のみで追跡となると正確な追跡は難しい。
何とか彼らは追跡してくるバーサーカーを引きはがし、彼らは身を隠すために近くの廃屋に逃げ込む。
だが、それでも追い付かけてくるのは時間の問題だろう。
今のうちに何とかしなければならない。
―――だが。
「―――ッ！！」
廃墟に脚を踏み入れた瞬間、凄まじい速度で繰り出されるパンチがウェイバーに迫る。
だが、そのパンチはいともあっさりとディルムッドに受け止められる。
そしてディルムッドは槍を翻すと刃のない石突の方でその人影に向かって突きを叩き込む。
その石突の一撃を、人影は右にステップする事で回避すると、大きく後ろに跳躍する。
油断なく双槍を構えると、ディルムッドは人影に向かって声を放つ。
「何者だ。無礼者め。名を名乗れ。
……いや、今のルーンで強化されたパンチ……。もしや……。」
「……失礼しました。よくよく考えればあのバーサーカーがわざわざドアを開けて入ってくるはずはない。」
ゆっくりと、その人影は建物内部の影から姿を現す。
そこにいたのは、凛々しいスーツ姿の男装の麗人とも呼べる女性だった。
その彼女の姿を見て、ウェイバーは思わず驚く。
バゼット・フラガ・マクレミッツ。
魔術協会から派遣されて第五次聖杯戦争に参加した女性である、と資料で読んだ事がある。
だが、彼女は言峰によってサーヴァントであるクーフーリンを奪われ、行方不明…恐らくは死亡したと資料ではあった。
そんな彼女が生きていたとは、ウェイバーを十分驚かせる出来事だった。
「私はバゼット。魔術協会から派遣されてきたマスターです。
この森に威力偵察をしようとしてあのバーサーカーに襲われ、今避難しようとしているところです。」
ロード・エルメロイⅡ世として彼女の情報は把握してはいるが、そんな彼女が生きており、
しかも実際に目の前にするその威圧感に多少動揺を隠せないウェイバーだったが、
それでも彼女に向けて返答をする。
「あ、ああ。僕はウェイバー・ベルベット。ランサーのマスターだ。
そちらもバーサーカーから逃げているのか。」
「ええまあ。
威力偵察のつもりでこの森に入ったのですが……まさかあそこまでとは。
アレでは、私でも『倒しきれない』。」
その言葉に、ウェイバーは戦慄した。
『倒しきれない』
つまり一度はあのバーサーカーを倒した事がある、ということだ。
マスターである彼女があの怪物である第五次バーサーカーを倒す事ができるというのか？
第四次聖杯戦争を潜り抜けたウェイバーには到底信じられない事だった。
だが、そこで、ウェイバーの脳裏に一つの言葉がよぎった。
―――伝承保菌者（ゴッズホルダー）
それは神代の宝具を代々引き継いでいる家系の事だ。
彼女がその家系である事は魔術協会では有名である。
……だが、今の権力志向に染まりきってしまった魔術協会内部では、いかに権威のある伝承保菌者といえど、
彼女の入れる場所はなかったのだ。
それゆえ、彼女は封印指定の執行者としての仕事についたのだと聞く。
さすがに隠匿を常とする魔術業界では、彼女がどんな宝具を伝承しているかは知らないが、
彼女の口振りからすると攻撃系で強力な威力を持った宝具ではないか、と想像できる。
バゼットは、双槍を油断なく構えるディルムッドをじっと見て、彼をランサーだと判断し言葉を放つ。
「なるほど……。そちらはランサーですか。
今回の聖杯戦争では七騎を遥かに上回るサーヴァントが出ていると聞きましたが、
これはまた見事な……。
いえ、そちらがサーヴァントを見せたのなら、こちらもサーヴァントを見せるのが礼儀。
別段隠す必要もないでしょう。
こちらは私のサーヴァント、アヴェンジャーです。」
その瞬間、霊体化してた彼女のサーヴァントが姿を現す。
全身に入れ墨を施した野性味溢れる少年。
その彼は口元ににやりと邪悪な笑みを浮かべた。
「アヴェンジャー…！？イレギュラークラスのサーヴァントだと！？」
聖杯戦争において通常以外のイレギュラークラスが現れる事は知っている。
だが、流石に実際に出会ったのは初めてである。
そして何より彼の放つ邪悪な雰囲気。
―――これは、真っ当な英霊ではない。
関わり合いにならない方がいい存在だ、とウェイバーの直観は告げていた。
一方、バゼットの方はじっとディルムッドの方を注意深く観察していた。
そして、やがて言葉を放つ。
「……しかし、そちらのサーヴァント……、双槍、それにその軽鎧からすると恐らくはケルト系列……。
包帯に隠されてはありますが、頬のプロテクターは魔眼を封じ込めるのと同様の魔力を感じる……となると。」
彼女は一呼吸おいて、こちらのランサーの真名を言い放った。
「……ディルムッド・オディナ。
かのフィアナ騎士団の最強の戦士にして『輝く貌』の二刀二槍の戦士。
貴方の勇名は存じ上げております。」
真名を当てられても、ディルムッドは特に怯むことはなく、
むしろ見事と言わんばかりに不敵に微笑む。
「……ほう。そちらは赤枝騎士団の末裔にして伝承保菌者（ゴッズホルダー）とは……。
神代の神秘を現代まで伝承させるとは、貴女の家系も大したものだ。」
「……恐れ入ります。
かのディルムッド・オディナにそこまで言っていただけるとは感謝の至り。」
彼女が心の底から敬意を抱いている英雄■■■■■ほどではないが、
かの大英雄フィン・マックールが従えたフィアナ騎士団最強の英雄、ディルムッド・オディナ。
かつてエリンを守護したその英霊に彼女が敬意を払わない道理がない。
……そうだ。私が召喚したはずの英霊も、彼とは違ったベクトルではあったがもっと輝かしい、私が憧れた英雄ではなかったか。
今隣にいるアヴェンジャーではなく。
確か、もっと親愛なる名前だったような。
「―――おい、今はそんなことどうでもいいだろ？
あの化け物をどうにかすることが先決だろ？
そっちには何かいいアイデアないのか？」
はっ、と思索にふけっていたバゼットの思考はそのアヴェンジャーの言葉によって現実に引き戻された。
そうだ。今は目の前に迫りつつあるバーサーカー………ヘラクレスという脅威をどうにかしなければならない。
「……こちらの『切り札』はアイツには相性が悪くてな。
倒せて１回だ。そちらは何かないのかい？」
アヴェンジャーは慎重に言葉を選びながらウェイバーと交渉を開始する。
さすがに向こうもウェイバーにバゼットが伝承保菌者だという情報をすでに知っているとは予想もつくまい。
「いや……こちらの『切り札』も奴に対しては相性が悪い。
とてもじゃないが、奴は倒しきれないな。」
これは事実だ。
破魔の紅薔薇（ゲイ・ジャルグ）も必滅の黄薔薇（ゲイ・ボウ）もバーサーカー相手では相性が悪い。
いや、そもそも通用するかどうか分からない。
アヴェンジャーのその言葉と自分自身の言葉で情報分析を行ったウェイバーは至極あっさりと結論を出す。
「そうか。ならば逃げるしかないな。」
「まあ、結論はそうなるか……。
だが、アレの敏捷性は最速であるランサーに迫るほどだ。
やはり、足止めが必要になるか。」
そのウェイバーの言葉に、ディルムッドは片手で軽く魔槍をくるりと指で回すと、そのままウェイバーの前に跪く。
「その点はお任せください。我が主よ。
いかに大英雄であろうと、主が避難なさるまでの時間稼ぎならば可能でしょう。
そして、必ず主の元に帰還するとお約束致しましょう。」
そんなディルムッドを見て、アヴェンジャーは軽く肩を竦める。
「やれやれ。忠義に厚い事だ。
まあ自己満足にせよ何にせよ、自分自身が納得していればそれでいいんだろうさ。
そう、それが多分一番大事な事なんだろう。」
そのアヴェンジャーの言葉に、ディルムッドは彼を横目で睨み付ける。
「そういう貴様はどうする気だアヴェンジャー。
真っ当な英雄でもないだろう貴様は尻尾を巻いてとっとと逃げ出す気か？」
「まさか。そちらの見立て通り、こちらは真っ当な英雄様じゃないし最弱だが、これでも一応サーヴァントでな。
マスターの身ぐらいは守ってやるさ。
……ああ、確かウェイバー・ベルベットだったか？アンタに話があるんだがいいか？」
「……主に何用だ。もし万が一害を成すようなら。」
ガチャリ、と双槍を構えるディルムッドに対して、アヴェンジャーは先ほどと同様に肩を竦める。
「おいおいおっかねぇな。
こちとら最弱のサーヴァントだぜ？
何かする前にそちらに切り伏せられるのがオチさ。
本当に話したいだけだ。多分話せる機会はこれぐらいだろうしな。」
「よせディルムッド。で、ボクに一体何用だ。アヴェンジャー。」
ウェイバーが近寄ってくるのを見て、アヴェンジャーはにやり、と邪悪に微笑む。
だが、本当にウェイバーに危害を与えるつもりはないようだ。
アヴェンジャーはにやりと笑った後彼に言葉に放つ。
「いや何、そちらは知らないだろうが、こちらはそちらには恩義があってな。
顔ぐらい見ておきかったのさ。
ああ、叶うのならそちらに聖杯ぐらいくれてやりたいぐらいだぜ。」
「……何を……？」
ウェイバーにはアヴェンジャーの言葉がまるで理解できない。
疑問符を浮かべるウェイバーの顔を見て、アヴェンジャーはもう一度にやりと微笑む。
「いやいいさ。そういえばそちらには願い事はないのかい？
イレギュラーとはいえ、聖杯戦争に巻き込まれた身の上だろう？
ほら、願いぐらい言っていいんだぜ？」
「……私には、願い事など……。」
そんな風に言いながらも、彼の視線はちらりと横にいるディルムッドに注がれる。
ディルムッドともう一度戦場を駆けたい。
これは事実上もう叶っているが、できれば現実世界で一緒に戦いたい。
そしてもう一つ、それは以前の第四次聖杯戦争での無念。
そう、あの英雄王ギルガメッシュの打倒だ。
簡単にまとめると『前回の無念を晴らしたい』『ディルムッドを従えて英雄王ギルガメッシュを打倒したい』
これがウェイバーの願いだと言える。
……だが、それでもハードルが高い願いだ。
まずは聖杯戦争が起きて英雄王が召喚されていなければならない。
さらにディルムッドを従えて、英雄王を打倒する手段を有していなければならない。
……一応、英雄王を打倒する手段の模索は行っているが、
彼を打倒するならば、特殊な固有結界を作り出すか、彼自身の慢心につけこむほかない。
だが、三流魔術師と言っても過言ではない彼には固有結界など張れないし、
慢心につけこむなど不確定要素が強すぎる。
そこで今彼は悩んでいる状況である。
だが、やはり彼自身の純粋な願いとしては『ディルムッドを従えて英雄王ギルガメッシュを打倒したい』につきるだろう。
そんな彼の表情を見て、アヴェンジャーは軽く肩を竦める。
「ふうん、それがアンタの願いかい。
その願い、叶うといいな。ま、『応援』だけはしておいてやるよ。
あくまで『応援』だけだがな。
……俺は周囲を見回ってくる。」
「あ、ああ。」
困惑しているウェイバーを他所に、アヴェンジャーはつかつかと廃屋の外に出ていく。
そして遠くからやってくるバーサーカーの咆哮と木々を薙ぎ払う音を耳にしながらもにやりと邪悪に微笑む。
「ま、別段恩義などブッチぎってやってもいいんだが。」
―――そう、ウェイバーがこの世界に紛れ込む事によって、第三次と第五次聖杯戦争が混じり合ったこの世界に、
第四次聖杯戦争の大量の情報が紛れ込み、世界が大きく開ける事になった。
そして、その分だけアヴェンジャーはより未知の世界を楽しむ事ができたのだ。
その点では、ウェイバーには恩義があると言ってもいい。
「俺を楽しませてもらった分の礼ぐらいはしてやってもいいかな。
ああ、本当に感謝してるんだぜ？この閉じた世界に新しい膨大な『可能性』を齎してくれたアンタにはな。
おかげで随分と楽しませてもらった。その礼ぐらいはしてやるさ。
この世界が終わるであろうその時にはな。」
「さて、とはいうものの、聖杯の力で英雄王を倒すというのは向こうも嫌がるだろうしな。
まあ、せいぜい聖杯戦争でのディルムッドへの『縁』を繋いでやるぐらいか。
これなら『偶然』ディルムッドが召喚される可能性が高くなるはずだ。」
それは因果の逆転ならぬ、因果の固定という物である。
聖杯の奇跡によって『縁』が繋がった以上、何らかの『偶然』が連鎖的に起きて、
ウェイバーやその身近の人間が『偶然』ディルムッドを召喚する可能性が飛躍的に高まるのである。
「あとはお前さん次第さ。ウェイバー・ベルベット。
まあ、せいぜい足掻いて英雄王を打倒してみせな。
やっぱり、願いは自分の手で叶えないとな。」
そのアヴェンジャーの言葉は、誰にも聞き取れないまま空中へと消えていった。
こんにちわ。零です。
読んでいただいてありがとうございます。
というわけでFate嘘予告『王の決戦』に繋がる伏線を導入してみました。
時間軸的には、Fate/-→Zero/hollow→Fate嘘予告『王の決戦』という流れになる予定です。
よろしければ感想などいただけるととても嬉しいです。
6/20、多少加筆あり。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
戻る