―――第五次聖杯戦争の後。
衛宮士郎の勝利により、全ての決着がついたかに見えた冬木市だったが、今だその元凶は蠢いていた。
それは聖杯戦争の要、メインプログラムたる大聖杯。
そして、その大聖杯を作り上げたマキリの魔術師たる間桐臓硯。
これらが残っている限り、冬木市の聖杯戦争は続く事は必定だ。
「この世全ての悪」に汚染され、本来の機能を完全に失い、膨大な被害を齎す聖杯を解体すべく
魔術師の総本山である時計塔から一人の男が冬木へと派遣された。
かつて第四回聖杯戦争に参加した男。
新なるエルメロイ、アーチボルトを持ち直した男とされる男、ロード・エルメロイ二世である。
「……全く、再びこの地に来る事になるとはな。」
空港から数人の部下……というか生徒を引き連れ、
冬木の地を踏んだエルメロイ二世はかつて征服王を召喚した聖遺物を収めたペンダンドをいじりながらそうぼやいた。
彼がこの地に脚を踏み入れたのは十年前。
まだ自分が天才であると疑わなかった魔術師見習い、ウェイバー・ベルベットとして、ライダーのマスターとして第四次聖杯戦争に参加した時以来である。
ライダーが倒され、何とか生き延びた彼だったが、その冬木市は謎の大火で焼き尽くされ、事実上第四回聖杯戦争は勝者無しで終了した。
その後、ランサーのマスターであったケイネス・エルメロイ・アーチボルトの死により、
没落寸前のアーチボルト家を持ち直していた彼だったが、たった十年で第五次聖杯戦争が再発。
しかもその勝利者が時計塔に来た時は流石に驚いたものだった。（あのトウサカ家の娘だというのも驚いたが）
ふとした気まぐれか、彼はその遠坂凛の後継人となり、聖杯戦争へと詳しい報告を受けた。
だが、その報告を総合すると、聖杯戦争への要がいまだ存続している事は確実だ。彼はそれを探し、破壊するために来たのだ。
「プロフェッサー。これからどうしますか？」
そんな風に考え込んでいるエルメロイ二世に、一人の弟子が声をかける。
「ふん、細かい所は後で何とでもなる。まずは肝心要を押さえないとな。
目指すべきは流洞寺。彼女の報告を総合するとこの地の地脈はその場所だ。
ならば、その地に何らかの仕掛けがしてあるのは間違いないだろう。行くぞ。」
そうして、彼と数人の弟子は聖杯戦争の要、大聖杯の地への入り口を見つけた。
魔術に長けた彼らからすれば、洞窟の擬装など感知するのはいとも容易い。
一応上にある流洞寺の住人は、協会から国に働きかけて、この地から一時避難をさせている。
魔術による被害人が出ると、そこから魔術師という存在がばれるかもしれないからだ。
そして、細長い洞窟を過ぎた果て、彼らはとてつもない大空洞に突き当たった。
彼らの目の前に存在するのは、とてつもない魔力量と極めて精緻にして精密を極めた超巨大な魔術回路。
こここそが、聖杯戦争の要、大聖杯である。
だが、そんな彼らを迎えたのは、鎖のついた釘剣と、顔を半分マスクを被った黒い人影。
「――――！！？ライダーか！？」
それに反応できたのは、かつて聖杯戦争に参加したマスターとしての知識。
何とか身をそらして、釘剣を回避しようとするが、それでも完全に回避しきれず、肩口に釘剣が突き刺される。
他の弟子も同じような感じだ。傷を負った彼らは戦力としては完全に失格だ。
膨大な魔力が荒れ狂うこの大聖杯内では彼らの魔力探知も全くといっていいほど働かない。
そんな風に無効化された彼らをあざ笑うかのように、暗闇から一人の老人がすう、と姿を現す。
間桐 臓硯。
五百年近くを生きるマキリを統べる魔術師。それこそが、彼の正体だった。
「カカカ……！！時計塔から派遣されてきたからどのような凄腕かと思いきや……。
このような並の魔術師しかこぬとはな。よほど時計塔も人材不足と見える。」
「く……。マキリの魔術師か……！！なるほど。マキリ・ゾォルケン。
聖杯戦争を解体するとなれば、貴様が出張ってくるのは当然だったな。」
「ほう、ワシを知っているか、博識よのう。」
それは第四回に参加していたからさ、とは彼も言わなかった。
どうやら、彼は第四回のライダーのマスターの顔を覚えていないようだった。
ならば、それをぜいぜい利用させてもらおう。
ちなみに今の彼は本体を桜の心臓ではなく、自らの体へと戻している。
やはり他人の体に存在すると、魔術にブレが出るからだ。
「ふん、そんなに聖杯戦争を続けたいのか。もうこの聖杯は完全に汚染されている。
奇跡に至ることもできないというのに。」
そんな彼の思惑にも関わらず、臓硯は悲鳴のような声で絶叫する。
「そうよ……！このワシがどれほど絶望した貴様らに解るか！！
第一次から第五次まで、一度たりとも聖杯を手にできず！！
あげく聖杯が汚染されており、莫大な被害を齎す可能性があるから、聖杯戦争を解体するじゃと！！？
させぬ！！聖杯戦争の解体などさせぬ！！させるものかよ！！
このワシが、マキリたるこのワシが断じて認めぬ！！
これからが第六次聖杯戦争の幕開けじゃ！！
さあアサシン！まずはその戯けから方をつけよ！！」
じり、とライダーが釘剣を油断なく構えて彼らの脳天を撃ち抜こうとする。
サーヴァントを倒せるのは基本的にサーヴァントのみ。
ましてやどうしようもないほど平凡な魔術師であるエルメロイ二世に対抗できるはずなどない。
だが、それでもエルメロイは胸にかけてあるぺンダントをいじりながら不敵に微笑んだ。
そのペンダントの中に入っているのは、共に第四次聖杯戦争を戦いぬいたサーヴァントを召喚した一枚の布切れ。
そして、己の手に浮かび上がった聖痕、すなわち令呪。
そう、これは聖杯戦争だ。だったら、スタンダードなやり方でやってやろうじゃないか。
密かに、ウェイパーは肩から滴る自らの血を指先に擦り付け、地面に不可思議な文様を描き出す。
「……む？何をする気じゃ？」
不思議そうに眉を潜める臓硯に対して、ニヤリと不敵に笑いながら、エルメロイ二世は床に文様を描ききる。
それは魔法陣。交霊魔術、いや、かつてサーヴァント召喚の際に用いられた魔法陣だ。
そして、彼はさらに瞳を閉じて暗黒の大空洞を切り裂くほどの堂々とした声で宣言する。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「な……！！貴様、まさか……！！」
臓硯の驚愕にも関わらず、エルメロイはさらに詠唱を続ける。
乱舞するエーテルの嵐。それはかつて彼が第四次聖杯戦争で味わった感覚そのものだ。
薄暗い大空洞を切り裂くほどの膨大で眩い光。
それはまるで闇夜を切り裂く星星のようだ。
彼は、いつかの同じような感触を味わいながら、さらに詠唱を続ける。
手にするは、かの大英雄、征服王イスカンダルが聖遺物が治められたペンダント。
「誓いを此処に。
我は常世全ての善と成る者、
我は常世全ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――！」
「ライダー！」
必死になってわめく臓硯。
そして、ライダーの手から打ち出される釘剣。
威力たるや大口径の弾丸に等しい。当たれば魔術師といえど致命的だ。
だが―――。
「――――！！」
ガシン、とその釘剣は取るに足らぬとでも言わんげに、地面に叩き落された。
まず目に入ったのは燃え立つように光る双眸の鋭さ。
そして。その巨漢の圧倒的な存在感。
その筋骨隆々たる体躯から香るむつけき体臭までも嗅ぎ取るに至って彼はかつてのように認識した。
そう、こいつは幽霊とか使い魔とかそういう屁理屈と抜きにして、本当に『でかい』男なのだと。
「―――問うぞ、貴様が、余のマスターか。」
涙で前が霞んで見えない。
そうこの声だ。かつて共に戦場を駆け抜けた偉大なる王。
まだ未熟だったウェイバーに様々な事を教えてくれた存在。
「……ああ、そうだ。久しぶりだな。イスカンダル。」
「ふむ？……ああ、あの時の小僧か、ふむ、背は随分と伸びたようだがな。全く、随分と老けたものだ。
……何だ、この程度で泣いておるようでは内面はあまり変わってないと見えるな。」
溢れ出る滂沱。それは最早抑えられるモノではない。
そう、目の前に存在するのは、第四回聖杯戦争でライダーのクラスを当てられ、ウェイバーと共に戦った偉大なる王。
――ー征服王、イスカンダル。
その名前を彼は知っている。かつて己のサーヴァントとして戦い、ギルガメッシュに倒されてしまった彼の名前を。
通常、サーヴァントは召喚された際、以前の記憶を保っているのは稀だ。
だが、この征服王にはそんな小さい世界の法則など通用しはしない。
彼は、比類なきほど『でかい男』なのだから。
そんな風に感涙にむせび泣いているウェイバーの頭を、ぽん、と一つ撫でてやると、イスカンダルは大聖杯へと向き直る。
「ふん、つもる話は後回しだな。
……何じゃ、聖杯とはこのような不純なロクでもないモノだったのか。
小さい！小さいのう！！
このようなチンケなものにかける願いなどないわ！
余の大望にこのような穢れ果てたモノなど不要！！否、有害にしかすぎぬ！！」
すらり、と彼は腰に存在する宝剣を鞘から抜き放つと、空間を一閃する。
猛烈な轟音と振動が大聖杯全てを揺り動かす。
彼の切り裂いた空間から途方もなく強大な力を秘めた何かが飛び出したのだ。
それは古風な二頭たての『戦車』だった。
戦車を引っ張るのは軍馬ではなく、逞しくも美しい牡牛。
一歩踏み出すだけで雷撃が蜘蛛の巣状に発生し、轟々たる雷鳴で大気を揺さぶる。
これほどの雷撃は、雷神そのものでなければ到底発生できるものではない。
それも道理。この戦車はかつてゴルディアス王が、ギリシャの神の王たるゼウス神に捧げたものなのだから。
『神威の車輪』の威力たるや、もはや完全に対軍宝具のクラスである。
それも見て、必死になって臓硯は喚きだす。
「ラ、ライダー！ヤツを食い止めよ！！何としてでも大聖杯を護るのじゃ！！」
「………！！」
それは無理な注文だ。いかにメデューサの宝具「騎英の手綱(ベルレフォーン)」が強力でもあのイスカンダルに真正面から勝てるだろうか。
それでも、彼女は自らの宝具である、騎英の手綱の発動に入ろうか迷う。
それは僅かな迷い、だが、致命的な迷い。
その間。弟子たちに早く逃げろを指示を出し逃げたのを確認すると、エルメロイニ生，いや、ウェイパーに戻った彼は、まるでかつての少年のように生き生きと叫ぶ。
「ライダー！思いっきりやっちまえ！あいつ等ごと大聖杯をブッ壊せ！！」
「よかろう。あのような汚れ果てた聖杯など、我が世界征服の大望には不要！
では行くぞ！！知るがいい、虫けらどもよ！！
勝利して滅ぼさず、征服して辱めぬ！これこそが真の征服よ！
知るがよい！征服王の凱歌を！！」
稲妻が唸りを上げる戦車に跨った二人は、戦車を大聖杯へと走らせる。
ライダーが雄叫びを上げながら手綱を操る。
膨大な雷撃を身に纏いながら突撃するその戦車は最早神の鉄槌。
神罰そのものに他ならない。ライダーは真名は叫びながら、その真実の力を解放する。
ゴルディアス・ホイール
《神 威 の 車 輪――――！！》
ベル
《騎英の……！！！》
騎英の手綱(ベルレフォーン)を発動させようとするメデューサ。
だが、その宝具が発動する前に、メデューサは神威の戦車に巻き込まれ、
この世界から消滅する。
そして、そのまま大聖杯に突っ込んでいく雷撃の塊。
それはまさしく神なる雷。
有り余るその破壊力で、大空洞を崩壊させ、大聖杯を粉微塵に破壊しながら、天井を突き抜けていく。
「ワ、ワシの悲願が……！！不老不死が！！この世全ての悪の根絶がーーーー！！！」
崩壊する瓦礫の中、錯乱状態で叫び続ける臓硯。
だが、その声もやがて瓦礫に押しつぶされて消えていった。
これが、大聖杯を作り上げたマキリ・ゾォルケンの最後だった。
大聖杯ごと大空洞を破壊した神威の戦車はそのまま下から上に流れる雷のように上空に舞い上がると、くるりと反転して、ゆっくりと地上に降りる。
だが、最早征服王の体は少しづつ透けつつある。
大聖杯が破壊された以上、もはやサーヴァントは現界できない。
それを承知で、彼はマスターに従い穢れた聖杯を破壊してくれたのだ。
その事実に、ウェイバーは地面に額をつけながら号泣する。
「ごめん、ごめん、イスカンダル。
ボクはいつだってお前に助けられてばかりで。
何一つ、お前の役に立てなかった。」
そんな彼の肩を優しく力強く包み込む物がある。
ふと、ウェイバーが涙を流しながら顔を上げると、それは最早消えかけのイスカンダルの掌だった。
彼はウェイバーに対して優しく穏やかな表情でウェイバーの不安を笑い飛ばす。
「は、いいか。小僧。お前はこの征服王たるイスカンダルのマスターなのだぞ。
胸を張れ、誇りを持て。
お前は、余と共に戦場を潜り抜けた勇者なのだからな。
いつだって、運命を変えるのは生きている人間の役割なのだ。
ではな、ウェイバー・ベルベット。我がマスターよ。
貴様の活躍を、余は楽しみにしているぞ。」
にやり、と不敵に微笑むと、イスカンダルの体はさらさらと消え去っていった。
「……ああ、じゃあな。イスカンダル。」
綺麗な朝焼けの中、彼はいつまでも、イスカンダルの消えた虚空を見つめけていた。
……その後、大聖杯は破壊されたが、今だ完全に聖杯戦争が解体されたわけではない。
エルメロイ二世は、弟子を使ってその作業に勤しんでいたが、ふと気晴らしにこの冬木の海岸へと出てみた。
海を見ていると、ふとイスカンダルの言葉が思い出される。
「西へ、ひたすら西へ。通りがかった国は全て落としていく。そうしてマケドニアに凱旋し、故国の皆に余の復活を祝賀させるのだ。」
……今度、マケドニアに行くのも悪くないかもしれない。
そんな風に思っていると、一人の弟子が駆け寄ってくる。
また次の仕事らしい。職場に戻るときにその弟子が問いかけてくる。
「ですが、大聖杯を解体して本当によかったのですか？プロフェッサー。
いくら泥に汚染されているからといっても、使いようによっては根源に到達できたかも……。」
魔術師にとっての正義とは根源に到達する事である。
そのためになら、一般人にばれないのならどんな事をしてもよい。
それこそが魔術師の魔術師たる由縁である。
いかに汚染されているとはいえ、あの膨大な魔力を保有する大聖杯なら何かの役にたつかもしれない。
普通の魔術師の考えならそれが同然である。
だが、エルメロイ二世は、そんな弟子に対して、額にデコピンをみまう。
「〜〜〜〜〜！！」
痛さに身もだえする弟子に向って、つまらなさそうに海を見ながらエルメロイ二世は答える。
「馬鹿。いいか。願いなんて物は誰かや何かに叶えてもらうものじゃない。
それは自分自身の手で、血を流しながら勝ち取る物だ。
根源だって同じだ。聖杯などに頼らず、己の手で根源に到達する。
それでこそ、魔術師はその人生に価値が見出せるんだ。」
そう、かつての聖杯戦争。
聖杯に対して世界征服を願うのではなく、己自身の手で世界征服を成し遂げようとしたあの偉大な男のように。
―――なあ、そうだろう？イスカンダル？
彼の小さな呟きは、誰にも聞き取られずに静かに空へと消えていった。
ここまで読んで下さって、どうもありがとうございます。
思わずFate/Zeroを読んでいて嘘予告を書いてしまいました。
とりあえず、豪快なイスカンダル最高、という勢いのみでこれを書いてしまいました。
ウェイバー＝エルメロイ二世というのはほぼ確定事項みたいですし。
しかもエルメロイ二世は聖杯戦争を解体するとマテに書いてあったので唐突にアイデアがひらめいたのがこの作品です。
よろしければ感想などをいただけると嬉しいです。
それでは。
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