私は今まで剣に対して楽しさなどは覚えた事はなかった。
そう、あの時までは。
父の失敗により領地を没収されてしまった後、私は懸命に柳生を立て直そうと努力した。
結果を言ってしまえば、私には才能があったのだろう。
将軍家の指南役として家光さまの傍に仕え、柳生新陰流を繁栄させる事には成功した。
世間から見れば羨むほどの社会的大成功を収めたと言える。
だがそれでも―――私にはついぞ剣に『楽しさ』など覚えた事はなかった。
必要だからやった。お家の繁栄のためにやった。
だが、ただの一度も剣が楽しいなど思えはしなかった。
そう、あの時までは。
武蔵を名乗るあの女との対決。
私は剣を振るう事に初めての高揚感を覚えていた。
今まで剣とはただ振るう物。
振るえば、たちまち七人を切り捨てる事のできる我が剣の冴え。
だが、それらは目の前の女性に全て受け止められ、回避されていた。
しかも、逃げ腰のままである。
こんなのは初めてだ。信じられない。
こんな事は初めてだ。ここまで本気を出せる相手は初めてだ。
待て。待ってくれ。逃げ腰でここまでというのなら。
―――真っ向からのぶつかり合いならどれほどだというのだ！
そう、彼は、生まれて初めて剣を振るう事に高揚感を覚えていたのだ。
だが、私の願いも空しく、武蔵を名乗る女はいずこかへと消え去っていった。
その虚しさ、虚無感は何者にも例えようがないほどだ。
本来捧げるべきの家光公への忠義。
柳生家と新陰流の発展に捧げられるための人生。
それら全てが夢幻のように消え去ってしまっていたのだ。
ああ、空しい。空しい。
誰か、誰でもいい。助けてくれ。
再びあの楽しさを。高揚感を味わえるのならば。
私は悪鬼羅刹にでも魂を売ってもいい―――。
『ならばその望み、叶えてしんぜよう。』
そう私に囁きかけたのは、異界から来たという妖術師だった。
『武蔵を名乗る女は再びこの地に現れる。
私の配下となるのなら、再び武蔵と戦える機会を与えよう。』
一も二もない。
もはや家光公への忠義も。
柳生家と新陰流の発展に捧げられるための人生も。
全て泡沫の夢幻へと消え去ってしまったのだから。
―――こうして剣豪英霊が一、セイバー・エンピレオは誕生した。
外道だというのだろう。
人の道を外れてしまったというのだろう。
だがそれでも私は―――あの高揚感をどうしてもまた味わいたかったのだ。
そして始まった武蔵との剣豪勝負。
あの熱、あの快楽、あの高揚感！
何が御留流か。三厳があれほど剣豪勝負を行い腕を上げていったのも道理。
他人は私を剣聖などと呼ぶが笑わせる。
剣の楽しさを知らぬ者が剣聖などとは。
私は戦った。
全身全霊。今まで積み上げてきた新陰流の奥義・秘術。
不動の心を持ちながら、同時に、自由に在れ。
無念無想の域から放たれる剣禅一如の一刀すら放った。
だがそれすらも―――武蔵には通じなかったのだ。
ならば、この身が敗れ去るのも道理。
だが楽しかった。このエンピレオと化した身でも――この上もなく楽しかったのだ。
だが、倒れる際にふと思ってしまったのだ。
聞けば、向こうのかるであのますたぁとやらは世界を、人理を侵す無数の敵と戦っているらしい。
悪鬼羅刹。神霊や仏。
そして世界中の無双の英霊、剣豪、剣士
魔神柱や人類悪ビースト！
もし、もしそれら全てと戦えるのならば。
もし、向こうの「かるであ」とやらに召喚されたのならば。
―――それら全てと戦う事が出来るかもしれない。
我が柳生新陰流がどこまでの高みに到達できるのか。
そしてその願いが天に通じたのかどうか。
「セイバー・エンピレオ。召喚に応じ参上した―――と言いたい所だが。」
カルデアの召喚式に召喚されたセイバー・エンピレオだったが、
いかに全てを捨てて一度は外道に落ちた身と言えど、そうほいほいと主変えを繰り返してしまっては武士の面目が立たない。
武士にとって面目は第一。
いかに全てを捨て去った彼とは言っても、骨身まで染みついたそれを簡単に捨て去ってしまっては
自分自身の納得がいかない。
そうこれは自分自身の納得の問題である。
「問おう。かるであのますたぁよ。貴殿は、私に何を与えてくれるのかを。」
その彼の問いかけに、他のカルデアの職員たちやサーヴァントは思わずざわめきだした。
今までこんな事を言い出したサーヴァントはあまりいなかったからだ。
彼はあの世界では血肉を持ったれっきとした人間であり、それがサーヴァント化した存在だ。
故に、あの剣豪勝負の記憶ははっきりと維持しているのである。
だが、カルデアのマスター、藤丸立夏は動じなかった。
あの剣豪勝負で剣士がどんな生き物で、彼の最後のセリフで何を求めているか知っているからである。
「そんな物―――決まってるだろ？」
にやり、と藤丸立夏は不敵に微笑んだ。
「『楽しさ』だよ。俺が貴方に与えられるのは『楽しさ』しかない。
武蔵ちゃんと戦っていた時に貴方は、とても楽しそうだった。
だから、貴方にはその刃を思う存分振るってもらう。
悪鬼羅刹。敵サーヴァントに魔神柱に、人類悪ビースト。
敵は山ほどいるんだ。試してみたくはないかい？
その剣、柳生新陰流がどこまで通用するかを。人以外の存在を斬る事ができるかどうかを。」
その言葉にエンピレオはしばし沈黙し、次の瞬間爆笑した。
「ハ……ハハハハハハ！
愉快！これは愉快！かるであのますたぁよ！
そなたは人たらしの才能があるようだ！
まるで秀吉公のようよ！
いや、これほどの仲間がいるようならば秀吉公のようにはなるまいな。
いいだろう。もはや御留流などという野暮な事は言う必要はなし。
このセイバー、柳生但馬守宗矩。これより後は、貴殿を主としてお仕え致す。
如何なる命にも従う所存」
その彼の言葉に、その場にいるカルデアの職員やマシュは一斉にほっと息をついた。
彼は氷にして鋼鉄の男。
目的へ到達するための最善、最短の手段を至極冷静に突き詰める。
味方となれば頼もしいが、敵となればあまりに恐ろしい男だ。
そんな男が味方になってくれればこれほど頼もしい事はない。
「さて、主よ。一つ頼みがあるのだが……ここに佐々木小次郎を名乗るさぁばんとはおるかな？
いや、何が剣聖よ。我が眼は節穴にすぎぬ。
あれほどの剣士がおりながらそれを見過ごすとは。
例えしみゅれーしょん？とやらの模擬戦闘でも構わん。
あれほどの剣士と立ち会えなかったのがあの世界での唯一の不満よ。」
その声に答えるように、エンピレオの前に、佐々木小次郎が実体化する。
「ふむ。どうやら向こうはこちらをご指名の模様。
我が身は偽物でしかも我流なれど、仮にも佐々木小次郎の名を冠している以上無様はさらせぬ。
勿論、断る事など論外よ。よろしいか？主殿。」
その言葉に、立夏は頷いた。
「ああ、エンピレオとの契約内容は『楽しませる事』『思う存分戦わせる事』だからな。
霊基が消滅しない限りはお互い思う存分戦っていい。
もちろん、シュミレーションの模擬戦闘だけどな。」
「「―――承知！！」」
そうして、二人は戦闘シミュレータに乗り込んで、その中で戦う事になった。
舞台は一面の草原。邪魔する者は何もなし。
二人しかいない空間で、剣を抜き放ち、空位に至った二人は不敵に微笑んだ。
『では、剣豪勝負番外編。
いざ尋常に―――勝負！！』
その立夏の言葉に、二人は疾走して刀をぶつけ合った。
―――その結末は、カルデアの職員とサーヴァントたちしか知らない。
こんにちは。零です。
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ＦＧＯの英霊剣豪七番勝負のセイバー・エンピレオの心境を書いたＳＳです。
剣豪があまりに面白くてカッコよかったので唐突に書いてみた。
反省はしていない。
英霊剣豪七番勝負のネタバレ並びにセイバー・エンピレオの真名が明らかになっております。
未プレイの方がご注意下さい。
感想などいただけたらとても嬉しいです。
更新したばかりなので、誤字脱字は順次直していく予定です。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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