二筋の剣閃が宙を走る。
それはまさしく閃光であり流星であった。
ぶつかり合う剣閃。飛び散る火花。
足元を狙った一撃は回避され、胴体部を狙った横薙ぎは防御され、
頭部を狙った一撃は敵の剣によって軌道を逸らされる。
その激烈な戦いを繰り広げているのは、西洋鎧と大剣を持った精悍な青年。
そしてもう一人は日本の甲冑、具足を装備し、日本刀を持った老人だ。
だが、その剣の冴えは到底老いを感じさせない。
むしろ全てを切り裂かんと言った剣気は達人中の達人の他ならない。
そう、それは円卓の騎士の一人でありその中でも最強のうちの一人と言われるランスロット卿。
そしてもう一人は、柳生新陰流を発展させた、氷の理性ですべてを見据える合理性の鬼。
氷にして鋼鉄の男。剣術無双と称えられた人物、柳生但馬守宗矩である。
宗矩が構えるは、燕飛と呼ばれる柳生新陰流の構え。
「懸待表裏は一隅を守らず。敵に随って転変し、一重の手段を施す」と言われるように
攻防一体となり、敵の様子に従ってそれぞれに転変する事を主とした構えだ。
その攻防一体の構えにより、宗矩はランスロットの攻撃を凌ぎきっていた。
その剣の冴えは、かのガヴェインですら思わず感心の声を上げるほどだ。
剣の結界とも言えるお互いの間合いに入り込んでいるのだ。
素人が見れば鋼と鋼がぶつかり合う華麗な剣舞に見える。
何故この二人が戦っているか。それは１０分ほど前に遡る。
「―――え？カルデアの他のサーヴァントと模擬戦をやりたいって？」
召喚されてしばらくして、ようやくカルデアに慣れてきたところに彼、セイバーのサーヴァントである宗矩は立夏にそう言った。
剣豪ではセイバー・エンピレオとして敵側についた彼だったが、
カルデアにサーヴァントとして召喚された彼は、こちらの味方になったという事は間違いない。
しかし、その身に宿った剣士としての魂までは消えるはずはない。
すなわち、自分の剣がどこまで通じるか試してみたい。
強い剣士、剣豪たちと戦ってみたいという根源的欲求である。
だが同じ味方であるカルデアのサーヴァントに襲い掛かる訳にはいかない。
次の特異点の戦いもまだである。
そこで彼が考え付いた妥協案が『模擬戦』である。
実際、武闘派サーヴァントがお互いに模擬戦闘を行う事はカルデアでは珍しくない。
戦いに楽しみを見いだすバトルジャンキー的なサーヴァントや、
自分の腕を試す、自分の腕を磨くために戦いを仕掛けるサーヴァントは多い。
古今東西の武術、剣術、槍術など様々な達人たちが揃っているこの状況で、
腕に覚えのあるサーヴァントがお互いにぶつかり合うのは必然と言えるかもしれない。
彼らはカルデアの刃であり、引いては人類守護の刃だ。
そして、彼らが腕を磨けば、それは人理を護る事に貢献する。
シュミレーターを使用した模擬訓練や模擬戦闘は自然と奨励されるようになった。
それゆえ、宗矩の要望も実にすんなりと受け入れられる事になった。
そして、立夏に相手が誰がいいか、と問われた後で宗矩はしばらく考えた後でこう答えた。
「それでは、円卓の騎士とやらの中でも屈指の強者、らんすろっと卿にお手合わせ願いたい。」
そして、ランスロットの許可を得た宗矩は、お互いに模擬戦闘を行う事で確認を取った。
シミュレータでの再現空間は余計な物がない闘技場が選ばれた。
誰もいない静かで広い闘技場は、物悲しさを感じさせるが、今の二人はお互いしか眼に入らないのでそれを気にする必要はなかった。
二人は、闘技場の中央に立ち、自らの剣であるアロンタイトと、柳生の宝刀とも言える大天狗正家を抜き放つ。
大天狗正家。それは、石舟斎が天狗と剣術し、宗矩が家康と一緒に関が原で戦った刀と伝わっている刀である。
当然神秘も十分に含まれているが、流石に星内部で作られた聖剣、アロンタイトとは神秘のスケールが異なってしまう。
そして魔力でそれぞれ鎧と甲冑を編み、油断なく剣を構えるランスロットに対して、宗矩は抜刀術の構えを取る。
その構えだけでお互い相手の力量が分かる。分かってしまう。
つまりは、お互い決して油断のできない『敵』である、という事が。
「では―――参る。」
その言葉と共に、瞬時に宗矩は刀を収めた抜刀術の構えのままランスロットに突撃する。
速い！否、速すぎる！！
彼の速度は敏捷Ａ＋＋。
その速度は、恐らく剣速、抜刀術の速さから来ていると思われる。
西洋の剣はその形の性質上、抜刀術という概念が存在しない。
故に、いかに無窮の武錬を誇るランスロットでも、その対応に、０、０１秒ほど遅れてしまう。
その遅れは剣士同士の戦いにとっては致命的だ。
だが―――。
だが、ランスロットは宗矩の刀をアロンタイトの柄頭で受け止めたのだ。
アロンタイトは『決して破壊されない』という特性を持つ神造兵装。
それは例え柄頭の部分であろうと例外ではない。
響き渡る堅い金属音。
その違和感と、ぴしり、という嫌な音を耳にした宗矩はとっさに手首を柔らかくして衝撃を受け流す。
そう、ランスロットのアロンタイトは柄頭で受け止めたにも関わらず傷一つついていない。
むしろ宗矩の刀の刃の方が欠けてしまうほどだ。
下手をすればそのまま刃が折れてしまっていたかもしれない。
いかにあの大剣が全て金属製であろうとこれは異常である。
彼の渾身で繰り出した刃の一撃ならば例え金属製でも多少の傷はつくはずである。
何やら異国の魔術にでも守られているのか？
そう推測しつつも、返す刀で、宗矩はランスロットの頭部を唐竹割りにしようと刃を振るう。
ランスロットは、鞘に入ったままのアロンタイトで宗矩の刀を受け止める。
その一撃に、鞘は真ん中から大きく切り裂かれる。
いかにアロンタイトといえど、鞘は普通の布の鞘に入れられている。
金属製の鞘など重いし錆びやすいし、音は大きいしなどでメリットは少ない。
それでも19世紀のヨーロッパでは全て金属製の鞘が主流となっていたが、
エクスカリバーのようなアヴァロンと対になっていなければ、例え神造兵装といえども鞘は普通なのが基本だ。
宗矩の刃を受け止めたランスロットは、そのまま力任せに剣を大きく振るい、宗矩を弾き飛ばす。
さらに素振りの要領で剣を大きく振るうと、千切れかけだったアロンタイトの鞘が完全に千切れ、
宗矩へと猛烈な勢いへ襲い掛かる。
その飛来した千切れた鞘を愛刀で弾き飛ばす宗矩だが、その隙を見逃すランスロットではない。
一瞬にも満たない隙をつき、瞬時に間合いを詰めて宗矩にアロンタイトの一撃を叩き込む。
その一撃を愛刀で受け止める宗矩。
宗矩は筋力Ｂ、ランスロットも筋力Ｂ。
鍔競り合いでは互角である……が、やはり武器の差は大きい。
みしり、と大天狗正家が嫌な音を立てる。
よくよく見ると、大天狗正家の刃の欠けた部分から罅が刃に走っているのが確認できた。
とっさに彼は大天狗正家から力を抜き、上手くランスロットのアロンタイトを受け流す。
そして、片腕を開けると、とっさにランスロットの顔に裏拳を叩き込もうとする。
柳生新陰流は剣術のみではない。
柔術も積極的に取り入れており、、後の講道館柔道の源流となる起倒流や、柳生心眼流・小栗流などの柔術諸流派を生みだしている。
そして柔術とは極めたり投げ飛ばしたりするだけではない。
打撃技も含まれているのである。
ランスロットもそれに動じず、腕の籠手でその裏拳を受け止める。
だがそれで終わる宗矩ではない。
大天狗正家から手を放し、ランスロットのその片腕を絡め取り、関節を極めようとする。
いかにランスロットが堅固な鎧に身を固めていようが関節技は防げない。
それに気づいたランスロットはそうはさせじ、とその腕を払い、宗矩に向かって肘の一撃を叩き込む。
当然、ランスロットにも実戦で鍛え上げられた格闘戦の経験はある。
だが、素手での組み打ち合いは向こうの方が上だ、と直観的に感じたのだ。
だが、とっさに宗矩は後方に飛びのく事により肘打ちのダメージを最小限に止めていた。
宗矩はランスロットと距離が取れたのを幸いに自らの愛刀である大天狗正家を拾い上げる。
そして、刃をじっと見つめるが、その刃にはやはり刃こぼれがあり、微かに罅が入っていた。
「ふむ。我が愛刀、大天狗正家の刃が欠けるとは。
それに比べ、そちらは傷一つついておらぬ。これは流石に異様だ。
……見たところ、そちらの剣の特性は『決して壊れぬ事』だと思うが如何に？」
その攻撃によって自らの刀にダメージも与えていただけでなく、
宗矩の冷静さはそれと代償にランスロットの剣、アロンタイトの特性を見抜いていた。
カルデアに来たばかりの宗矩はランスロットの逸話やその特性など知る由もない。
故に実戦で彼の強さを見抜いていたのだ。
その彼の言葉にランスロットは頷く。
「その通りです。ご老体。
我が剣『無毀なる湖光（アロンタイト）』は湖の妖精から与えられた神造兵装。
かのアーサー王のエクスカリバーと同じ姉妹剣であり、地球そのものが作り出した武具。
その特性は『決して壊れない』事にあります。
ご老体のカタナもかなりの神秘を秘めているようですが……
地球そのものが生み出した存在とヒトが生み出した存在ではその根本的なスケールが異なる。」
ふむん、と宗矩は納得がいったように頷く。
大天狗正家は柳生の宝刀と呼ばれる刀で、鎌倉末期に作られた刀であり、石舟斎が天狗と剣術した時に
用いた刀と言われている。
長い時を得て、神秘を蓄えた品物はそれ自身が強い神秘になる。
両儀式がかつて持っていた九字兼定は、あの蒼崎橙子の結界すら両断できるほどだ。
だが、それでもいかんぜん相手が星自身が作り出した剣と比べるのは相手が悪すぎる。
しかし、宗矩は飄々と軽く肩を竦めて答える。
「なるほど。御大層な事だ。
だがしかし、そのような大層な物がなくとも、三寸斬り込めば人は死ぬ。
そうではないか？いや、我らが身は「さぁばんと」という物ではあるが。」
その宗矩の言葉を聞いた瞬間、ランスロットの顔から表情が消えた。
そしてアロンタイトを油断なく構え直す。
彼の中で宗矩は『恐るべき、敵だ』と判断したからである。
「……確かに、貴殿のおっしゃる通りです。ご老体。
神造兵装でなくとも、斬られれば人は死ぬ。至極当然の理由です。
ですが、今の私はマスターを護る一本の剣。そう簡単には折れません。」
そして、ランスロットから放たれる猛烈な闘気。
これは彼が完全に本気になったという証明だ。
だが、常人ならば気絶するであろうその闘気を受けて、宗矩は不敵に微笑む。
「なるほど。美事だ。心技体全てが完璧に合一しておる。
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練とは、伊達ではなかったか。
だからこそ、面白い。
それほどの腕前の持ち主に、我が新陰流がどこまで通じるか。腕が鳴るという物。
―――柳生新陰流、柳生但馬守宗矩。」
「承知した。―――円卓の騎士が１、湖の騎士、ランスロット。いざ！尋常に！」
「「―――勝負！！」」
瞬間、二騎の剣士の英霊が大地を駆けた。
疾走しながらも、ランスロットのアロンタイトに魔力が充填され、眩いばかりの碧い光が刀身に宿る。
それこそは、ランスロットの宝具。
『決して壊れない』という特性を持つアロンタイトに膨大な魔力を注ぎこみ、斬撃の瞬間に解放し、破壊力を集中、炸裂させる。
そう、これこそが―――。
「《縛鎖全断・過重湖光（アロンタイト・オーバーロード）》！！」
その瞬間、碧い光を纏ったアロンタイトの渾身の一撃が宗矩に襲い掛かった。
縛鎖全断・過重湖光（アロンタイト・オーバーロード）
それはアロンタイトに膨大な魔力を注ぎ込み、斬撃の瞬間に解放し、破壊力を集中、炸裂させるという対人に特化した宝具である。
いかに高い対魔力を誇るサーヴァントでも、体内から魔力を炸裂されれば対魔力もクソもない。
それは結界なども同様である。
故に、ランスロットはこの戦い方を好んだ。
これならば、宗矩の甲冑も問題なく打ち砕く事ができる。
だが、碧い光をたたえたその刃の向かう先は、宗矩の肉体ではない。
向かう先は、宗矩の手にした刀、大天狗正家である。
大天狗正家の銀色の刃と、アロンタイトの碧色の光を湛えた刃がぶつかり合う。
迸る碧い魔力の奔流。
カン高い金属音と共に、いともあっけなく大天狗正家は砕け散った。
―――武器破壊。
それがランスロットが狙った一手である。
大天狗正家に罅が入っていた事はランスロットも手ごたえで感じ取っていた。
そして、実戦において相手の弱い所を狙うのは反則でも何でもない。
実に真っ当な戦術である。
だが、宗矩は何の迷いもなく、自らの脇差を抜き放つとそれをランスロットの首筋に突き立てようとする。
ランスロットも宗矩の胴体部に向かってアロンタイトを叩き込もうとする。
そして、両者は刃がお互いに届く寸前でぴたり、と動きを止めた。
僅かでも動けばお互い首か胴体が両断されるであろうその状況に、その二人は不敵に微笑んでいた。
「……してやられましたな。まさか自らの主武器を囮にするとは。
こちらが宝具を繰り出し、武器を破壊したその隙を見計らってサブウェポンで首を切りに来るとは、流石としか言いようがない。
……しかし、何故こちらがそちらの武器を狙ってくると？」
「『決して壊れぬ』のならばその特性を利用した攻撃を仕掛けてくるのが道理。
ましてや、こちらの刀に罅が入っているのなら、そこを突くのもまた道理。
そこまでは読む事ができた。ならばそれを逆手に取るのが戦術よ。」
「なるほど……。つまり貴殿はそこまで読み切って自分の愛刀を餌にして私の一撃を凌ぎ、
そしてその隙を突いたのか。」
「然り。貴殿がいかに優れた剣士であろうが、渾身の一撃を繰り出した瞬間は必ずや隙ができる。
大天狗正家を餌に、貴殿の渾身の一撃を繰り出させ、その隙を狙ったのだが…いやはや。
これ以上やってしまっては模擬勝負ではなく、真剣勝負になってしまう。
どうかな？騎士殿。ここは引き分けという事では。」
武器を失った宗矩だが、それでもまだ脇差が残っており十分に戦える。
それに何より宗矩は今だ己の宝具を見せてはいない。
ランスロットは宗矩の刀こそ破壊したが、すでに己の宝具を見せてしまっている。
素人目には互角に見えるが切り札をすでに見せていないのと、すでに見せてしまったのでは、
これほどの高レベルの剣士の戦いではそれが大きな差になる。
だがこれはあくまで模擬戦闘である。
そこまでやる必要はない。
宗矩もこれほどの相手と戦った事によって十分に己の欲求を満たす事ができた。
故に、ここが引き時だと判断したのである。
「何をおっしゃる。愛刀こそ失ったが、ご老体は今だ自らの宝具すら見せてはおらぬ。
限りなくこちらの負けに近くはあるが……そちらがそうおっしゃるのならそうしよう。
しかし、模擬戦闘だというのご老体の愛刀を破壊してしまったのは我が身の不徳。
そちらがそうおっしゃるのならば、そういたしましょう。」
そして、二人はお互いに剣を引いた。
愛刀を破壊されたにも関わらず、宗矩の口元には思わず笑みが浮かんでいた。
西洋剣術は、ただ力まかせに剣を振り回すだけだと思っていたが中々どうして。
そこには明確な理があり、独自の運用方法がある。
ここまで『楽しめる』とは嬉しい誤算という物だ。
ここカルデアにはまだまだ様々な歴史の古今東西の強者たちが存在する。
まだまだ十分に楽しめそうだ。
宗矩は、そう心の中でほくそ笑んでいた。
その後、当座の代用としてランスロットがエミヤに頭を下げて大天狗正家を投影したり、
この世界の本物の大天狗正家と投影された大天狗正家をすり替えるなどの騒ぎがあったが、
それはまた別の話である。
こんにちは。零です。
。
ＦＧＯの宗矩とランスロットとのの戦いを書いたＳＳです。
剣豪があまりに面白くてカッコよかったので唐突に書いてみた。
反省はしていない。
英霊剣豪七番勝負のネタバレ並びにセイバー・エンピレオの真名が明らかになっております。
未プレイの方がご注意下さい。
感想などいただけたらとても嬉しいです。
更新したばかりなので、誤字脱字は順次直していく予定です。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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