旅人よ、行きて伝えよ、ラケダイモンの人々に。我等かのことばに従いてここに伏すと
「……触媒が用意できなかった、と？」
部屋内部に冷淡とも言える女性の声が響き渡る。
ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。
ケイネスの婚約者であり、ランサーの魔力負担担当でもある。
ウェイバーによってイスカンダルの触媒を奪われた彼らは、新たなる触媒を求めた。
その先は、ブラム・ヌァザレ・ソフィアリ。
ソラウの実の兄であり、降霊科学部長の後継者である。
降霊学部ということで、英霊の触媒を集めるためのには最適であり、しかもソラウの兄。
さっそく新しい触媒を注文したのだが、まさか断られるとは思わなかったのだ。
「そうではない。ケイネスの頼んだ触媒は君たちにとって相性が悪すぎる、ということだ。」
「それは？」
「考えてみるがいい。ディルムッドの逸話は、主から女性を取って己の物とした英霊だ。
そして、マスターであるケイネス。その婚約者である君、ソラウ。
さらに、ディルムッドは妖精から与えられた女性を魅了する愛の黒子があると聞く。
……これで心配しない方がどうかしてるだろう？」
そのブラムの言葉に、ソラウは眉を顰める。
「私が、サーヴァントに恋慕を抱くと？
いかに過去の英霊であろうと所詮使い魔。使い魔ごときに魅了され、操られるなど魔術師として失格です。」
「とにかく、どんなに言われようとディルムッドの触媒は渡せない。
……その代わり、別の英霊の触媒を用意した。」
ことり、とブラムは机の上に、小箱を置く。
その中には、古びた槍の破片が大事にしまわれていた。
「……これは？」
「レオニダス一世。その槍の欠片だ。
神代の人物ではないが、かのテルモピュライの戦いでの功績、その実力は折り紙付きだ。
ディルムッドのように魔槍こそ持ってはいないが、十分に強いサーヴァントだ。これを持っていけ。」
そして、ソラウから触媒を手渡され、話を聞いたケイネスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「全く、我が義兄上にも困ったものだ。
だがまあいい。神代の人物ではないが、強いサーヴァントである事は事実。
それに、もしイスカンダルが召喚されたとしても、彼の宝具ならば十分に対抗できるだろう。
後は、この私の腕の見せ所というわけだ。行くぞソラウ。冬木へな。」
―――そして、ケイネスとソラウは、冬木へとたどり着くと、早速サーヴァントの召喚儀式を行った。
こんな簡単な儀式に、ロードである彼が失敗するはずはない。
描かれた魔法陣から眩い光が迸り、そこには長身で筋肉質で兜と長槍、そして大きな盾を持った男性が存在していた。
「サーヴァント、ランサー！ スパルタ王、レオニダス！ ここに推参！」
「何というか……暑苦しいサーヴァントだな……。
だがまあいい。ランサー。私がお前のマスターであるケイネス・アーチボルトだ。」
「ふむ、先ほども名乗りましたが、私はスパスタ王、レオニダス一世。
今世はランサーのクラスで召喚されました。」
カン、とランサーは自らの槍の石突で床を一突きすると、さらに言葉を続ける。
「私はかつて王でしたが、今はあなたに仕えるサーヴァント。中々興味深い状態です。
確かにあなたはマスターですが、私は納得のいかないことは絶対に拒否します。」
そのランサーの言葉に、ケイネスの眉がぴくりと動く。
使い魔であるサーヴァントがこのような口を聞くなど、彼の機嫌を損ねるには十分だった。
だが、このような所で貴重な令呪を無駄使いする訳にはいかない。
「ふん、使い魔風情が……。だが、それは戦わないという事ではあるまいな？」
「ええ、マスターを護るために闘うのならば否はありません。
私が言っているのは無意味な非道・外道な行為です。」
「……ふん、まあいい。だが私の手には絶対命令権である令呪がある事を忘れるなよ。
で、ランサー。貴様の望みは何だ？英霊である貴様がサーヴァントにまで身を落として叶えなかった望みとは？」
英霊はそれぞれ望みがるが故に、サーヴァントにまで身を落としてまで召喚に応じ、聖杯を求め戦う。
これは聖杯戦争において基本的なルールであり、それ以外の例外など滅多にない。それがケイネスの認識だった。
もし何も望まない英霊がいるとしたのならば、そもそも召喚に応じる事自体ありえない。
「護る事、です。」
「……何だと？」
「誰かを、何かを護りたい。私が聖杯にかける願いはそれだけです。」
その真摯な言葉に、ケイネスは困惑した。
サーヴァントにはそれぞれ望みがある。
それがために、魔術師の奴隷にまで身を落とし、聖杯を手にするために闘うのだ。
その願いが自分自身のためのものでなく、他者に関する事とは困惑するほかない。
……まさか嘘をついているのか？とケイネスは思わず疑う。
「貴様自身の願いはないのか？」
「ですからそれが私自身の願いです。強いていえば自己満足とでも言えばよろしいか？
私の逸話はご存知のはずです。……私は、私たちは結局は守り切れずに玉砕した。
例え私たちの一戦がきっかけになってペルシア軍を撃退したといっても、その事実は変わらない。
……だからこそ、今度こそ守り切ったという実感がほしい。ただそれだけです。」
なるほど、とケイネスは頷いた。
生粋の魔術師である彼には理解できない概念ではあるが、
要は自分自身のために戦いたいというランサーの考えは理解した。
「ふん、私には理解できない概念だが、貴様の逸話を知っていればある程度の納得もできる。
まあいい。勝ちにいくぞランサー。」
―――そして、ケイネスとランサーは戦いを開始した。
まずぶつかるはセイバー。
最優のサーヴァントともいえるセイバー。
だが、そのセイバーに対して、ランサーは少しも怯えることはなかった。
セイバーの魔力噴射を利用した猛烈な攻撃。
それはまさしく全てを薙ぎ払い、粉砕する荒れ狂う濁流に他ならない。
だが―――。
「―――ッ！！」
それら全てをランサーは自らの槍で受け流した。
ランサーの槍は別段特殊な神秘の籠った武装ではない。
まともにセイバーのエクスカリバーの一撃を受ければ粉微塵に粉砕されてしまうだろう。
だが、彼は受け止めるのではなく、セイバーの攻撃を全て悉く受け流す事によって防御したのだ。
そして、戦いの余波で倉庫街の倉庫が破壊される中、ランサーは目ざとく積み上げられた袋を見つけた。
ランサーはそれを突き刺すと、大きく空中に向かって放り投げる。
そこから吹き出す大量の白い粉。
そう、それはランサーが巻き上げた小麦粉である。
巻き上げられた小麦粉の粉は、セイバーの風王結界の風によって巻き上げられる。
それを見て、ランサーの防御はさらに確実な物となり、セイバーの攻撃を的確に弾き返していた。
彼は空中で巻き上げた小麦粉の流れを見る事によって、風王結界の正確な刃渡りを読み切ったのだ。
「ならば―――！！」
轟、とセイバーの背中と両足から膨大な魔力が解き放たれ、まるでジェット噴射のように、
セイバーは凄まじい速度で轟音を上げながら、瞬時にランサーの懐に飛び込む。
相手が槍使いならば、懐に飛び込めばいいと判断したのだ。
「……なるほど。セイバー。確かに貴様は強い。最優のサーヴァントは伊達ではない。
純粋に能力を比べれば貴様は私を軽く凌ぐだろう。
だが、私にも貴様を凌ぐ一つの取柄がある。」
「それは―――忍耐だ。」
懐に飛び込まれたランサーは全く動じる事なく、突進して自らの懐に飛び込んできたセイバーの顎に、
自らの肘を叩き込む。
「が―――！！」
さらに、怯んだ所に、ランサーは前蹴りをセイバーの胴体に叩き込む。
これはセイバーの手甲にがっしりと防御されたが、それで十分。
その反動により、ランサーはセイバーから距離を取り、凄まじい速度の槍の連続攻撃を叩き込む。
それらの大半も、セイバーの剣の結界とも言える防御により弾き返される。
だが、そのほとんどは囮。
ランサーの狙いは、セイバーの鎧の防御が弱い部分……すなわち首部と肩部だ。
ランサーの槍は伝説に並び称されるグングニルやゲイボルグなどという魔槍とは異なる、ただの槍でしかない。
そんな槍で、セイバーのガチガチに固められた鎧を突破するには、関節部など装甲の弱い所を狙うしかない。
……しかし、それすらも囮。
ランサーの穂先は、セイバーの脇腹部の鎧の隙間に深々と突き刺さっていたのだ。
あの激しい戦いの中、セイバーの鎧の隙間を見切り、正確無比にそこに穂先を刺し込む技量。
並大抵の物ではない。
「くっ……！！」
だが、脇腹を深々と刺傷を負いながらも、セイバーは横凪の一撃をランサーに叩き込む。
その一撃は、ランサーの盾によって防がれるが、セイバーは足から魔力噴射を行いながら、
その盾に向かって蹴りを入れて大きく距離を取る。
「―――見事。」
脇腹を抑えながらセイバーは呟いた。
「私たちのように神秘に頼らず、ただ自らの肉体を鍛え上げた果てにそこまで至るとは。」
傷口はアイリスの治癒魔術によって癒されるが、それでも受けたダメージが瞬時に消える事はない。
それが深手となればなおさらだ。
そして、その状況に称賛の声を上げた人物はもう一人いた。
「……ほう。やるではないか。ランサー。
これは奴への見る目も変えねばならんか。」
幻影魔術で姿を隠蔽しているケイネスは、ランサーの戦いを見て思わず称賛の声を上げた。
今の彼は光学迷彩の幻影と気配遮断の魔術で身を隠しており、
さらに念のため、冷却の魔術で自らの周囲を冷やして、体温の排熱を誤魔化す事により、
サーモグラフィーが出来ないようにしている。
そのため、切嗣も彼を発見できずじまいだったのだ。
―――そして、続くバーサーカーと黄金のアーチャーの出現と戦い。ライダーの出現。
だがここは通常の第四次聖杯戦争と同じだ。
結果、ランサーとケイネスは撤退する事を決意する。
ただ、ディルムッドと異なり、セイバーに深手を負わせた事はケイネスのランサーへの評価を大きく上げる事となった。
火力こそ足りなくはあるが、その実力は紛れもない本物である、と。
そして、その意識はランサーに対する態度への柔らかさに出る事になった。
「数学はいい…計算が正しかった時の満ち足りた気分」
聖杯戦争のほんの僅かな休みの時。
そこには本屋で購入した数学の本を熱心に解いているランサーの姿があった。
「なるほど……。数学はこのように進化していたのか……。
だがだからこそ、学ぶ価値も解く価値もあるというもの。」
筋肉質で長身のランサーが必死になって机にかじりついているのはある意味滑稽でもある。
そんな黙々とペンを走らせるランサーに対して、ケイネスは思わず何をしているのかと様子を伺いに来る。
「む、ランサー。何をしているのだ？計算問題？サーヴァントである貴様がか？」
「ふん、貸してみろ。全く英霊である貴様がこの程度も解けんとはな。」
そう言いながらケイネスはすらすらと計算問題を解いていく。
当然ながら、ランサーにも理解しやすいように、どこをどう計算すればいいのかきちんと教えている。
高慢で鼻のつく所はあるが、彼は極めて優秀な講師であり、しかも解りやすいと時計塔でも評判だったのである。
「素晴らしい！このような複雑な計算を解くことができるとは……貴方が天才か！」
「ふん、ランサー。私はこのような計算、５つの頃にはもう解いていたぞ。
時計塔に誇るロード。ロード・エルメロイを侮っては困るな。」
「何と……！！我がマスターがここまでの天才だったとは……！
世が世ならば何としても我が国の宮廷魔術師として迎えたいほどですぞ！」
脳筋と根っからの研究者であるケイネス。
お互い全く対極的な二人であったが、意外と和気あいあいとしている二人を見て、ソラウは呆れたようにそれを見ていた。
―――そして、舞台は聖杯問答に入る。
征服王、英雄王、騎士王、そして防衛王たるランサーも加わりそれぞれの王道を言い放つ。
「貴様は臣下を救うばかりで導く事をしなかった。
王の欲のカタチを示す事もなく、道を見失った臣下を捨て置き、ただ一人ですまし顔のまま、
小奇麗な理想とやらを思い焦がれていただけよ。
故に、貴様は生粋の王ではない。己のためではなく、人のための王という偶像に縛られていただけの小娘にすぎん。」
だが、そのイスカンダルの言葉に対して、ランサーは反論した。
「いいや、征服王。騎士王の信念は間違ってはいない。
誰かを、何かを護りたい。その信念は誰にも、何にも穢されはしない。
例えそれが自分自身が倒れる道であったとしても……きっと誰かがその意思を繋いでくれるはずだ。」
凛、としたランサーのその言葉に、反論できる者はこの場にはいなかった。
「器が小さい？馬鹿馬鹿しい？結構。
言いたいのなら好きなように言えばいい。私は私自身を最後まで貫き通す。
全ての財宝を手にした英雄王だろうが、広大な大地を支配した征服王だろうが、
星の聖剣を手にした騎士王だろうが、私は引かぬ。
それが―――スパルタの戦士だ！！」
「ふん、至弱が鍛え果てたうえに、至強に挑むか。
よかろう。防衛王よ。貴様の意地をこの我に見せてみせよ。」
そして、現れる百の貌のアサシン。
展開されるイスカンダルの王の軍勢。
王の軍勢は百の貌のアサシンを容易く蹴散らす。
だが、その王の軍勢の前でたった一人で立ち塞がる存在がいた。
それは、ランサーである。
「私の前で覇道を謳ったな。征服王。」
目の前には見渡すばかりの大軍。そして後ろには守るべき存在。
―――ああ、『これ』だ。やはり、こうでなくてはいけない。
「なるほど。ならば、貴様の前に私が立ち塞がるのも道理というものか。」
ザッ！とランサーは自らの槍の石突を砂漠に突き立てる。
空間が歪む。イスカンダルの固有結界すらをも歪ませるほどの魔力が解き放たれようとしているのだ。
そして、ランサーは無数の騎兵たちが迫りくる中、自らの宝具の真名を解放した。
「ディス！イズ！スパルタァアアアア！！
《炎門の守護者（テルモピュライ・エノモタイア》！！」
―――瞬間、世界が変化した。
ズズズ、と地鳴りが鳴り響き、イスカンダルたちが生み出した固有結界であるはずの砂漠が盛り上がる。
そして、凄まじく分厚い石壁が地面からせり出す。
その分厚い石壁はランサーの左右両方から現れ、凄まじい勢いで天空へとせり出していく。
石壁は百メートルもの高さを誇り、おまけにその石壁自体が炎を纏っているのだ。
これを力づくで突破するとなれば、それこそ対城宝具並みの威力が必要となるだろう。
ザッザッ、という足音を立てながら、ランサーの後ろからランサーと同様に、筋骨隆々たる槍と盾で武装した重装歩兵たちが姿を現す。
その数、およそ300。
イスカンダルの王の軍勢に比べれば微々たる数だ。
だが彼らは、歴史に名高いテルモピュライの戦いで激しく散っていった真の戦士たちである。
そんな彼らは、王の軍勢と向き合っても全く怯む事なく、一糸乱れぬ見事な動きで盾と槍を構え、ファランクスを形成する。
「来るがいい征服王。貴様の覇道を見せてみるがいい！！
貴様が覇道を謳うというのなら、私はそれを防ぐ防壁となろう。
何度でも、何度でも、何度でもだ！！
スパルタを……舐めるなぁあああああ！！」
「怯むな！押しつぶせ！！」
15ｍほどの狭路ではイスカンダルお得意の騎兵突撃は十分な威力は発揮できない。
ならばと、歩兵部隊が一斉に突撃してくる。
凄まじい激突音。
突撃してきた歩兵部隊に対して、ランサーのファランクス陣形は盾を前にしてそれらの重圧を受け止めたのだ。
あまりの重圧に、ザザザと流石に３００の英霊たちも推されてしまう。
だが、次の瞬間、ぴたり、と彼らの脚が止まる。
「押し返せぇええええ！！」
一斉に盾を上に跳ね上げると、槍で一斉に歩兵部隊に攻撃を仕掛ける
彼のスキル、殿（しんがり）の矜持Ａは、防衛戦、撤退戦など不利な状況であればあるほどに力を発揮するユニークスキルだ。
そして、宝具《炎門の守護者（テルモピュライ・エノモタイア》はレオニダスと共に敵の攻撃を耐え抜き、その分だけ強烈な反撃を加える。
その一撃は、例えイスカンダルの英霊部隊であろうと例外ではない。
王の軍勢の一撃を耐えきった彼らの攻撃力は普段よりさらに倍加されているのだ。
バタバタと英霊たちが薙ぎ払われていくのに対して、イスカンダルは次なる指示を出す。
「ぬうっ……！余の軍勢たちがこうも容易く……。
弓だ！弓で攻撃するのだ！！」
ランサーたちはしゃがみこんで盾で無数の矢を防御する。
「いやあ我が王よ！以前の戦いを思い出しますな！」
「うむ！全く！これこそ戦の本懐よ！」
ハハハハ！と矢の雨の中で哄笑するスパルタ兵に対して、さすがのイスカンダルも顔色を変える。
再び今度も重装歩兵たちが突撃してきたが、彼らは見事な連携攻撃を見せて次々と王の軍勢の英霊たちを切り伏せていく。
幾多の攻撃を耐えた《炎門の守護者（テルモピュライ・エノモタイア》の300の英霊たちの攻撃力は、
例え王の軍勢の英霊であろうと一撃で切り伏せる威力を誇っているのだ。
しかも、お互い背中をカバーし合いながら見事な連携攻撃を叩き込み、英霊たちを葬り去っていく。
「これがかのテルモピュライの戦いの英霊たちか……。流石よな……。」
「ライダー！まずい！『アレ』は……アンタの宝具とは相性が悪すぎる！
アイツは……まさしくアンタの、いや『王の軍勢』の天敵だ！！」
テルモピュライの戦い。
それはレオニダス一世を英雄にした伝説の戦いである。
ギリシアを制覇せんと２０万のペルシア軍が迫りくる中、レオニダス一世はたった３００（もしくは７０００）の軍勢でペルシア軍と戦う事を決意。
狭い地形を利用したファランクス陣形はまさに無敵であり、ペルシア軍の重圧をものともせずに押し返した。
結果、レオニダス一世はペルシア軍に倒される事になったが、彼が時間を稼いだ結果、
ギリシア軍はサラミスの海戦の準備が整い、海上の決戦ではペルシア軍に歴史的大勝利を収めることができたのだ。
……もう終わってしまった存在、英霊には過去の因果、運命という物が存在する。
幸運スキルが高ければそれを覆す事も十分に可能であるが、運命というのは思いのほか強い。
下手をすればイスカンダルがペルシア軍のような敗北を期す可能性すらあるのだ。
その大きな要因としては、ウェイバーの魔力量だ。
大英雄であるイスカンダルは燃費が非常に悪い生粋の魂喰いだ。
そんな存在を貧弱な魔力回路しか持っていないウェイバーが制御する事に無理があるのだ。
そんな中、ランサーの得意な持久戦に持ち込まれてしまっては、
まさしくこちらが史実のペルシア軍のように戦術では勝っても、最終的に敗北する事になりかねない。
「ライダー！退くぞ！ここで退く事は恥じゃない！」
「あのような少数の兵で余の軍団と渡り合うとは……。
恐るべきはレオニダス一世。恐るべきはスパルタか。
だが……実に見事である！機会があれば余の配下にしたいものだ！さらばだ！」
そう言いながら、ライダーは戦車でウェイバーと共にこの場を去って言った。
「ふん、神秘に頼る事なしにそこまで鍛え上げたその意思は認めよう。
だが防衛王よ。その防衛は我にとっては紙切れ同然だぞ？
いかに堤防を作ろうと、自然の猛威には叶わぬ。それが道理だ。
まあ、せいぜいあがいてみるがいい。それを我は酒の肴としよう。」
そして、哄笑しながら英雄王もその場を立ち去っていった。
「ランサー。私は……。」
《セイバー。ランサーと戦え。》
「―――ッ！！」
唐突に響き渡る切嗣の念波。
「マスターよ！城の中へ！」
「なるほど。貴様がセイバーを足止めしている間に敵マスターを討て、と。
実に正しい判断だ。」
ランサーはサーヴァント同士の戦いからマスターを避難させるために城の中に入れと言ったのだが、
ケイネスは敵マスターを倒せという意味と理解したらしい。
城の中に逃げ込んだアイリスを追いかけ、ケイネスは城の中へと踏み込んだ。
―――だが、それがアイリスを囮にした切嗣の罠であることは彼は気がつかなかった。
しかし、ランサーは熟練の戦士の本能として、嫌な予感を覚えていた。
セイバーから適当な所で逃げ出すと、マスターを追って城の中へと張り込んだ。
彼がマスターを発見したのは、ちょうどケイネスが月霊髄液を使用して切嗣を追い詰めるシーン。
瞬間、ランサーの直観が最大級の危険を発していた。
ランサーには直観スキルはないが、熟練の戦士としての勘は何者にも及ばない。
「いかん！！マスター！魔力を弱めろ！」
「ッ！？ランサー！？」
そのランサーの言葉に従い、ケイネスは魔力を弱める。
魔弾を目の前にして、防御魔術の魔力を弱めるなど正気の沙汰ではない。
だが、こと『守る』という事に関してだけは、ケイネスはランサーを信用しているのだ。
全力だったケイネスの魔力が五割ほどに落ちたのを見て、切嗣は大きく舌打ちをする。
だが、いまさらやめる事はできない。
彼は、ケイネスに向かって起源弾を発射した。
それに対して、ランサーは起源弾に向かって自らの槍を凄まじい勢いで投擲する。
普通に考えれば音速で飛行する弾丸に投槍が当たるはずなどない。
当たると考える方がおかしい。
だが、その理屈を覆してこその英霊。
ランサーの槍は、音速で飛行する起源弾を両断した。
だが、それでも完全に弾く事ができず、起源弾の先端は方向を逸らしながらもケイネスの月霊髄液に突き刺さってしまう。
「があああああああああ！！」
瞬間、ケイネスは悲鳴を上げる。
起源弾の効果により、ケイネスの魔術回路がショートしてしまったのだ。
だが、その効果は十分ではない。
魔術回路の破損は五割、魔術刻印の破損は四割ほど。
だが、それでも凄まじいダメージであることは変わりない。
ケイネスは全身から血を流し、口から血反吐を吐いて倒れこんでしまった。
―――だが、ケイネスはそれでも諦めなかった。
その状態でも、なお聖杯を求め戦う事を決意したのだ。
魔術回路が半分破損し、体も上手く動かないとはいえ、今だ彼はまだ魔術は使える。
だが、結末は変わらない。
ソラウを人質に取られ、ケイネスは自己強制証文を使い、その代償としてランサーを自害させる。
だが―――。
「……ッ！？」
ソラウとケイネスを狙った舞弥のフルオートの弾丸は、全て弾き返されていた。
そこに立っていたのは、自害したはずのランサーだった。
彼は自害した瞬間、霊体化を行う事によってどうなるか観察していたのだ。
そして、事態は彼の危惧していた結果になってしまったのである。
「まさか……！」
「そうか、戦闘続行スキル……！
それほどの高いスキルならばその状態でもなお戦い続ける事が出来るのか……！！」
霊核を失ってなお、マスターを護るために戦うランサーの姿を見て、
流石の切嗣やセイバーも驚きの声を上げる。
ランサー、レオニダス一世は戦闘続行スキルＡという極めて高い戦闘続行スキルを有している。
そのスキルは、かのクーフーリンと同レベルだ。
ここまでのレベルとなると、霊核を破壊されて、心臓を失ってなおしばらくは現界し、戦い続けることができるのだ。
「来るがいい……！セイバー！そしてセイバーのマスター！！
私は護る……。護り続ける！誰が何といおうともだ！
例え、私が倒れようとも……私の意思が誰かに受け継がれると信じて！！」
ランサーは、手短な鉄棒を手にすると、舞弥に向かって投げつけて彼女の手にしていた銃を破壊する。
そして、同様に切嗣にも鉄棒を投げつけて彼の銃を破壊する。
「行け！我がマスター！生き延びろ！いかな恥を背負うと、生き延びれば後で濯ぐ事もできよう！」
「ランサー……！私は、私は……！！す、すまない……！」
「行くのだ！頼むから行ってくれ！
私に……最後まで守り切ったという証をくれ！」
ケイネスは、涙を流しながら上手く動かない体を引きずってソラウを抱きかかえ、廃工場の近くの川へとダイブした。
下手に道を歩いて逃げるよりも、こちらの方が追跡が難しいと踏んだのだ。
しかも、この夜では、川を流れる人を狙撃する事は難しいだろうし、そもそも狙撃用の銃は全てランサーによって破壊されている。
後は、生き延びられるのは彼らの運次第だ。
そして、彼らを護るように、消えかけのランサーはセイバーたちの前に立ち塞がった。
「ランサー。これ以上の戦いはもう……。」
「『モーロン・ラベ（来たりて取れ）』それだけだセイバー。」
消えかけの体で、ランサーは槍を手にしながらセイバーを手招きする。
戦闘続行スキルも完全ではない。もはや霊核を失った彼は消滅を待つばかりだ。
だが、それでもなお、彼は戦う事を辞めはしなかった。
そして、そんな状況で、最優のセイバーに敵うはずもない。
いともあっさりと、ランサーの左腕は切断され、大盾は地に落ち、彼も地面に膝をつく。
だが、それでも、彼は不敵に微笑んでいた。
「―――！？」
不審感を抱いたセイバーは瞬時に彼を切り捨てようとするが、
だが、一瞬ランサーの方が早かった。
「うおおおおおおおおお！！」
ランサーはクラウチンクスタートの体勢から駆け出すと、槍を振りかざし、それを全身全霊の力を持って投げつける。
目標は当然―――セイバーのマスターである衛宮切嗣だ。
ランサーの肉体は、セイバーの一撃によって両断される。
だがそれでも、投擲された槍は止められない。
音速を超える凄まじい速度で切嗣に飛翔する槍は、彼の頬を深々と削って彼の背後の壁へと突き刺さる。
それを見て、ランサーの表情は満足げに微笑みながらも消滅していった。
―――しばらく後。
川を流れ、あの場を逃げ出したケイネスとソラウは何とか岸辺へとたどり着いていた。
追っ手の気配はない。何とか上手く逃げ切れたのだろう。
サーヴァントを失ってはもはや聖杯戦争から離脱するほかない。
だが、今や教会の人間ですら頼りにはできない。
何とか上手く逃げ切るしかない。
そして、冬木での大火災後、第四次聖杯戦争は終わった。
あの大火災が聖杯戦争によるものだとはケイネスもソラウも気づいていたが、
今の彼らにはそれどころではなかった。
何とか上手く生き残れた彼ら二人は、これからどうするか相談することにした。
「ソラウ。私は死んだ事にする。魔術刻印なども全てアーチボルト家の次代へと譲ろうと思う。
先祖代々譲り受けたエルメロイの魔術刻印、それを４割も失っておいてのうのうと生きているのでは周りに言い訳が立つまい。
何とか上手く魔術刻印をエルメロイの次代に引き渡し、適当に死体をでっち上げるさ。」
だが、失ったのが４割でも幸運な方である。
もしランサーの忠告が遅れていて、魔術回路を全開にしていたら８割は魔術刻印は破壊されていたのかもしれない。
そして、魔術回路は完全に破壊され、立つことすらできなくなっていたのだろうから。
「私はエルメロイの名も全て捨て、ただのケイネスとして何処かでもう一度自分自身を見直してみようと思う。
……ソラウ。君は帰れ。君の兄上も悪いようにはしないだろう。」
魔術師との結婚は、政略結婚が基本である。
ケイネスも、ソラウにいい所を見せたいがためにこんな戦いに身を投じたが、結果はご覧のありさまである。
こんな男は見捨てられても仕方ない、と彼は判断していた。
ケイネスと異なり、左腕は失ったが彼女の魔術回路は全く正常だ。
ならば、魔術師の間でも高い『価値』がある。
新しく結婚の話もいくらでもあるだろう。だが、ソラウは首を横に振った。
「ケイネス。私には正直何もなかった。
貴方と婚約するのも、ソフィアリ家の権力闘争にも何も興味は持てなかった。
けど……ランサーを見て思ったの。
誰かを、何かを護るために、私は戦えるのだろうかって。
だから……私は、私が大切だと思える物を見つけるまで、貴方の傍にいてあげるわ。
私にも誰か守るべき大切な存在ができるのかどうか、それまではね。」
そのソラウの言葉に、ケイネスは思わず苦笑いした。
「そうか。なら好きにするがいい。」
全てを失いボロボロの二人。
だが二人の表情は奇妙に晴れやかなものがあった。
ディス・イズ・スパルタァアアアアアアアア！！
こんにちわ。零です。
Goでレオニダス１世を見てfate300を書きたくなりました。反省はしていない。
《炎門の守護者（テルモピュライ・エノモタイア》に岩壁まで召喚する能力はない？
コマけぇことはいいんだよ！の精神でお願いします。（土下座）
感想などいただけたらとても嬉しいです。
更新したばかりなので、誤字脱字は順次直していく予定です。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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