――いつかまた、だれかのてをにぎりたい。
――ぼくは、そうおもった。
―――沈む。沈む。沈む。
彼……アステリオスは、大英雄ヘラクレスと共に海に沈みながらも満足していた。
怪物と忌み嫌われた自分自身の名前を呼んでくれた人がいてくれて。
そんな彼女のために戦い抜く事ができたのだ。
だから彼、アステリオスは満足しているのだ。
唯一不安があるとすれは、それはエウリュアレや皆のことだが、あの皆なら自分が倒しきれなかった
この大英雄ヘラクレスもなんとかしてくれると信じている。
ああ、でももし、もう一度願いが叶うとするなら―――。
ぼくは、もう一度、誰かの手を握っていたい。
そんな望外の望みを彼は抱いていた。
「―――では、お嬢様が召喚する英霊はミノタウロスに決定したと？」
アインツベルンの居城
その内部では、セラがイリヤのために紅茶を淹れていた。
イリヤはセラの淹れてくれた紅茶を口に運びながらも彼女の疑問に答える。
「ええ、アハトお爺さまから召喚用の触媒も送られてきたわ。
魔法陣の準備も万端。相手が怪物ということもあって念のために呪鎖も用意したわ。」
「ですが、ミノタウロスは子供を食らう事で有名な怪物。
失礼ですが、お嬢様は……。」
大英雄ヘラクレスの触媒を手に入れ損ねた彼らアインツベルンは、純粋にスペックのみ優先して戦力である英霊を選んだ。
その結果、導き出されたのは、怪物の中でも極めて知名度の高いミノタウロスであった。
ギリシャ神話に疎い人間でも恐らくは知っているであろう彼ならば、知名度補正も加わって高い戦力だろうと判断されたのだ。
だが、当然ながらリスクも存在する。
それは彼が怪物……反英霊であることだ。
反英霊である彼らは極めて制御が難しい。否、そもそも制御するのが不可能な英霊すらいる。
そんな存在を召喚してしまっては、反逆して好き勝手に暴れまわる可能性は十分にある。
令呪もあるが、所詮は三画切り。
それを過ぎて暴れまわるようならもう手がつけられない。
それにミノタウロスは子供を生贄にしてきた事でも有名だ。
イリヤを生贄と思い込み、真っ先に貪り喰らおうとする可能性は十二分にありうる。
「ふん、私にはかの大英雄ヘラクレスですら制御できる令呪を宿している。
いかにミノタウロスが暴れまわろうがすぐに制御してみせるわ。
けど、貴女の不安も理解はできる。バーサーカー召喚の際に武装を装備して警護に当たる事を許すわ。」
「は！この命に代えましてもお嬢様はお守りいたします！」
いかにホムンクルスと言っても英霊を倒す事など不可能だ。
だが、命を賭けて盾になれば一瞬でも時間稼ぎをできる。
そして、その一瞬でイリヤが令呪でバーサーカーを制御できると信じているのだ。
彼女の令呪は他のマスターとは違い特別製で、かの大英雄ヘラクレスすら制御できるほどである。
最悪の場合、自害を命じれば確実に始末できるだろう、と彼女たちは踏んでいた。
―――そして、ついにその日はやってきた。
バーサーカー召喚の魔法陣の周辺には何十もの堅固な魔術結界に加え、
アインツベルンお得意の錬金術で作り上げたサーヴァントを縛り上げる呪鎖が幾重にも張り巡らされている。
だが、当然の事ながらこんな物はサーヴァントの前では文字通り紙切れや糸くず程度の防御力しかない。
それでもほんの少しでも動きを落とし、時間稼ぎができれば上出来である。
同様に、セラとリズもハルバードを構え、いつでも臨戦態勢に入れるように身構えている。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――！」
バーサーカー召喚の呪文が唱えられ、魔法陣から光が迸る。
その瞬間、周囲のアインツベルンが錬金術で作り上げた呪鎖が反応し、実体化した英霊に絡みつく。
それと同時に、周囲の魔術結界もさらに出力が上がる。
「■■■■―――！！」
出現したミノタウロス……アステリアスは、イリヤたちが想像していたより遥かに巨体で、筋骨隆々たる文字通りの狂戦士だった。
召喚された瞬間、いきなり呪鎖に巻きつかれ、困惑した彼は手にした巨大な斧槍を軽く振るうと、呪鎖を粉微塵にする。
それに対して、警戒していたセラは過敏に反応する。
「おのれ怪物！やはりお嬢様に牙を剥くか！
お嬢様！お下がりください！私たちが盾になっている間に令呪を―――！！」
「―――待って。」
激高してハルバードを振るおうとするセラに対して、リズは静かに静止する。
そのリズに答えるように、ミノタウロス……アステリアスは、静かに斧槍を下すと、淡々と言葉を放つ。
「ぼくは、みのたうろす、じゃない。」
「ぼくは―――あすてりおすだ。」
その言葉に、セラは思わず驚愕した。
高い狂化スキルを保有するバーサーカーに、会話できるほどの知能があるとは思わなかったからだ。
おまけに相手は怪物。
そんな存在が当然会話できるほどの知性を有しているなど彼女の予測を遥かに超えていたからだ。
イリヤも驚いたように、目をぱちくりさせる。
「へえ、話せるの貴方。」
「……う。」
イリヤの言葉に、アステリオスは静かに頷く。
狂戦士でしかも怪物となれば暴れまわるのが当然。
ここまで大人しく、しかも言う事を聞いてくれるとなればマスターとしては言うことはない。
「そう、呼び名を変えるだけで私に従ってくれるのなら別段こちらは構わないわ。
ならばアステリオス。私に従いなさい。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
私のサーヴァントとして、聖杯戦争を戦い抜くの。いいわね。」
「いりや。わかった。従う。」
淡々と大人しく従うアステリオスは、イリヤの負担を減らすべく霊体化する。
確かに魔力消費の激しいバーサーカーを聖杯の助けなしに召喚したイリヤの魔力回路には相応の負担がかかっているが、
暴れまわるでもなく、大人しく従って霊体化してくれたため、ヘラクレスほどの負担はイリヤにはかかっていない。
だが、それでもセラの不安は収まらない。
伝承にも謳われる怪物であるミノタウロスがこんなに容易くこちらの言うことを聞くはずはない。
彼女はそういう思考に囚われていた。
「お嬢様。ご用心ください。相手は怪物。
表面上はこちらに従ったフリをして油断したところを不意打ちする可能性も……。」
アステリオスが霊体化していてもこちらの言動が聞こえているのを承知の上で、セラはそうイリヤに諫言する。
これは、私はそちらに対して警戒を解いていない、というスタンスをアステリオスに知らしめるためだ。
「それを防ぐためのバーサーカー化でしょ？
まあ、思った以上に狂化が低かったのか理性は多少あるみたいだけど、
それでも裏切りを行えるほどの知性があるとは思えないわ。」
そこで、さらに口を開いたのは、イリヤではなく、今まで黙っていたリズだった。
彼女は淡々とした口調で言い放つ。
「アステリアス、悪い英霊じゃ、ない。」
「リズ！」
「いいわ。私もリズと同意見……いいえ、少し違うわね。
少なくともこちらの裏をかけるような悪智慧はなさそうだもの。
いざとなったら理性を完全に奪い取って完全に狂戦士にしてしまえばいいしね。」
「……分かりましたお嬢様。ですが、一つ懸案が。
彼は別の異質な聖杯戦争を経験してきたようなのですが、普通サーヴァントはそういう記憶は所有していないものでは…。」
そう、アステリオスは以前の極めて特殊な聖杯戦争…Fate/Grand Orderでの記憶を異常なほどはっきりと覚えている。
普通、サーヴァントが以前の聖杯戦争での記憶を完全に保持していることはありえない。
本体の座からすればサーヴァントからの情報は本を読むようなものだ。
それを完全に覚えているなど、あり得ないと言っていい。
「人類史の焼却、ね。そんな荒唐無稽な事、神代の存在でもそうそうできるものではないと思うけれど……。
英霊にとって、サーヴァントの記憶は本を読んでいるようなものなのでしょう？
私たちだって印象に起こった本ならば記憶には残る。そういうものじゃない？」
「はあ…。ですが、それにしては記憶がはっきりしすぎているというか…。
まるで、座にいる本体に直接記憶情報が刻み込まれたような…。」
「そんな規格外の事、それこそ神霊でもない限りそうそうできる事じゃないでしょう？
それこそ、聖杯を使うとか。……まあ、所詮私たちとは関係ない平行世界の話。
それで悪影響が出るというのならともかく、恐らくそのお陰でアステリオスを制御できているのだから放置しておきましょう。」
「……は。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら。」
こうして、イリヤたちとアステリオスの生活は始まった。
他の暴れまわるバーサーカーと異なり、アステリオスは会話もできるし、イリヤの体への負担の考慮しての
霊体化にも自発的に、素直に応じてくれるという非常に扱い勝手がいいバーサーカーと言えた。
そんなアステリオスに対して、セラは今だ警戒を解かなかったが、イリヤとリズは好意的に接していた。
と、そんな生活を送っていた時、ふとアステリオスはぽつりと呟く。
「いりや。えうりゅあれに、少し似てる。」
そのアステリオスの言葉に、いち早く反応したのはリズだった。
「エウリュアレ？ああ、オリオンの母親でミノス王の娘……つまりアステリオスの姉の事ですか。
神霊の方にも、エウリュアレは存在しますが、まさか神霊と知り合いとも思えませんし……。」
実は、エウリュアレという名前の人物は二人存在する。
一人は、ゴルゴン三姉妹の次女であるエレリュアレ。
そしてもう一人はアステリオスの父、ミノス王の娘であり、オリオンの母親であるエウリュアレの事だ。
当然の事ながら、彼女たちはアステリオスが神霊の方のエウリュアレと知り合いなどと知るよしもない。
血縁関係もあり、幼い頃に迷宮に閉じ込められたとはいえ顔見知りの可能性が高い、ミノス王の娘である
エウリュアレの方を連想するのは当然といえるだろう。
「ま、そんな事はどうでもいいわ。
さて、そろそろ聖杯戦争が開始される時期ね。私のために戦いなさい。いいわね？アステリオス。」
「……う。」
そのイリヤの言葉に、アステリオスは微かに頷いた。
―――そして、聖杯戦争は開始された。
セイバーを召喚した衛宮士郎。
そして、その衛宮士郎を狙うのは、イリヤとしては当然の流れだった。
「こんばんわ。お兄ちゃん。いい夜ね。」
冬木教会へと向かうセイバーと士郎、凛の前に現れたのは３ｍを超える巨体を持つ筋肉質でありながら、
どこか幼さを漂わせる容貌をした両手にハルバードを持った英霊。
そして、その足元に佇む、白銀の妖精のような風貌を持ったイリヤだった。
「初めましてね。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
それじゃ、やっちゃえバーサーカー。」
その人間離れした異質な瞳、そして頭から生えている二本の角を見て、
恐らく反英雄の類であろうと検討をつけたセイバーは雨合羽を脱ぎ捨てて剣を構えて叫ぶ。
「バーサーカー……！反英霊、怪物の類か！
マスター！下がってください！」
「■■■―――！！」
吼えたアステリオスは一気に跳躍すると、手にした斧剣を振りかざして攻撃を仕掛ける。
アステリオスの攻撃を受け止めたセイバーは大きく吹き飛ばされて、壁に叩き付けられる。
ただ攻撃を受け止めただけでこの有様だ。
「くっ……！何という怪力……！！
これほどの一撃の威力、ヴォーティガーンにも匹敵するか……！？」
ブリテン島と一体化した魔竜ヴォーティガーン。
筋力Ａ＋＋の上に怪力Ａスキルを発揮したアステリオスの攻撃は、その魔竜の通常攻撃にも匹敵しようかという威力だった。
こんな物をまともに受け止めていては、いかにセイバーであろうと持ちはしまい。
そんな攻撃がまるで暴風のように連続して襲い掛かってくるのだ。
まともに受け止めていては魔力放出を行ってるセイバーであろうが倒されかねない。
それゆえ、彼女は、アステリアスの攻撃を受け流し、逸らすように防御のあり方を変更した。
だが、それでも完全に防御できず、セイバーは腹部にモロにアステリオスのハルバードの横凪の一撃を食らってしまう。
「ぐ、ふ―――！！」
まともに一撃を食らってしまったセイバーは鎧の破片と血をまき散らしながら大きく吹き飛ばされる。
いかにセイバーの鎧が頑丈であろうと、筋力Ａ＋＋と怪力Ａスキルを発動させているアステリオスの一撃をまともに食らって
無事にすむはずはない。
否、むしろ胴体が両断されなかったのは強靭な鎧のおかげと言えよう。
「が……は……！」
鎧を砕かれ、脇腹に大きな傷を負ってしまったセイバーは、それでも剣を杖にして立ち上がろうとする。
そんなセイバーに対して、アステリオスは迷うことなく追い打ちをかけようとする。
だが。
「やめろ―――！！」
そんなセイバーを見るに見かねて、士郎はアステリオスとセイバーの間に割り込む。
当然、何の防御的魔術なども持ち合わせていない士郎では到底アステリオスの一撃を防ぐ事などできるはずはない。
しかし、士郎が飛び出してきた瞬間、ぴたり、とアステリオスはハルバードを彼の寸前で停止させる。
そして、彼は口を開き、言葉を放つ。
「―――いりや。おとうと、いじめるのよくない。」
その思いもかけぬ台詞に、その場にいる者たち全てが驚きに目を見開く。
まさか、狂化されている怪物が、そんな理性的な言動をするなどとは誰にも全く予想できなかったからだ。
イリヤもその予想外のアステリオスの言葉に、驚きに目を見開くと、やがて呆れたようにため息をつく。
「……。貴方ってば怪物のくせに変に常識的ね。
あーあ。毒気を抜かれちゃったわ。今夜はここまでにしてあげる。それじゃあね。お兄ちゃん。」
―――そして、そんな彼女たちにも最後の時が迫りつつあった。
英雄王、ギルガメッシュ。
イレギュラーである第八のサーヴァントである彼が
ちょうどイリヤと士郎が話し合おうとしている時を見計らったかのように、イリヤを狙ってアインツベルン城を急襲してきたのである。
そして、当然ホムンクルスであるセラやリズが彼に敵うはずもない。
彼女たちはそれぞれ右腕と左腕を失いながらも、それでも戦おうとする事をやめようとしない。
「魔術師どもも学ばぬな。所詮人間では、お前達の純粋さに報いられん。
では、我自ら―――ぬ？」
「おおおおおおおお！！」
ゲート・オブ・バビロンから剣を取り出し、自らセラとリズの首を切り捨てようとしたギルガメッシュだったが、
それを防ごうと、手にしたハルハードを振るいながらアステリオスによってそれを邪魔される。
「……ふん、怪物ごときが我の前に立ち塞がるか。
よかろう。怪物退治は英雄の務め。責務を果たすのも英雄の王たる我の務めか。」
突撃してくるアステリオスを不愉快そうに見ながら、ギルガメッシュは吐き捨てると、ゲート・オブ・バビロンを発動させる。
射出する宝具は、どれも怪物退治の逸話のある宝具ばかり。
それも当然だ。英雄は怪物を倒す者。怪物退治の逸話のある宝具など山ほどある。
それらの宝具の射出を手にしたハルバードで弾き返しながら、アステリオスは叫ぶ。
「ちがう！ぼくは―――えいゆうだ！えいゆうなんだ―――！！」
そのアステリオスの言葉に激高したのはギルガメッシュだった。
生まれながらにして怪物として運命づけられた彼が英雄を名乗るのは、
英雄の王を名乗るギルガメッシュにとっては許しがたい言動だったのだ。
「戯け―――！！生まれついての怪物ごときが英雄を名乗るな！！不愉快極まりないわ！！」
激高したギルガメッシュは、さらに怪物退治の逸話のある宝具を連射する。
そのあまりの数に、流石のアステリオスも全て防御はできず、次々と彼の肉体に宝具が突き刺さっていく。
「自分自身の罪から目を背け！自分自身の罰から逃げ続けるその愚かさ！
怪物でありながら英雄を名乗るその高慢さ！
その罪、英雄の王であるこの我が直々に断罪してくれよう！！」
その英雄王の言葉と共に、なおも連射される宝具の数々。
それらはさらにアステリオスの肉体に次々と突き刺さる。
彼が耐久Ａ＋＋でなかったらとうに倒れているレベルである。
「アステリオス！！」
後ろにいるイリヤの悲鳴を他所に、アステリオスは、口から血を吐き出しながら淡々と言葉を放つ。
「ぼくは、ぼくを、きょぜつしつづけなければいけない。ぼくのすべてをひていし、ぼくのすべてをなげすてる
―――それが、ぼくの、ばつだ。それが、ぼくの、あがないだ。」
アステリオスはそう呟くと、文字通り全身に宝具で突き刺された状態となりながらも英雄王へと真正面から突っ込んでいく。
耐久Ａ＋＋があるお陰で何とか怪物退治の逸話のある宝具をいくつも食らって何とか活動できているのだ。
「ふん、やはり怪物。生命力だけは一人前か。だが―――！！」
瞬間、空間が歪み、そこから鎖が飛び出し、アステリオスを幾重にも取り囲み、拘束する。
ギルガメッシュが信頼する宝具『天の鎖（エルキドゥ）』
それは、相手の神性が高ければ高いほど硬度を増すという対神宝具だ。
―――だが。
「■■■―――！！」
瞬間、アステリオスは天の鎖を千切り、粉砕した。
元々、怪物である彼には神性は存在しない。
神性がない存在に対して、天の鎖はただの頑丈な鎖でしかない。
そして、そんな頑丈なだけの鎖は、彼の持つ怪力Ａスキルの前では何の役にも立たなかった。
元々彼の母であるパーシパエーは太陽神ヘリウスと女神ペルセーイスの間の子。
その子であるアステリオスならば神性を引いていると思い込んでいた英雄王のミスだった。
最も信頼する宝具を砕かれた英雄王は、さらに激高する。
「おのれおのれおのれ！！
怪物ごときが英雄王たる我に牙を剥くか無礼者！
手打ちにしてくれよう！！」
全身串刺しにされ、血を吹き出しながら英雄王に突撃するアステリオスはイリヤに向かって叫ぶ。
「いりや、も、なまえ、よんでくれた。いりやもりずも、かいぶつだと、きらわなかった！
せらも、なんだかんだいいながら、やさしくしてくれた…！
うまれて、にどめ！うまれて、にどめに、たのしかった…！
ぼくは、うまれて、うれしかった！」
士郎に保護されているイリヤは涙を流しながら、彼の戦いを見守る。
さらに、アステリオスはイリヤを保護している士郎に向かっても叫ぶ。
「いりやを、よろし、く…！ぼくは、いりやも、だいすき、だ！」
《万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)―――！！》
このまま突撃しても英雄王にまで辿り着けないと悟ったアステリオスは、とっさに自らの宝具を発動させる。
真名発動と共に、アインツベルン城の構造が変化し、凄まじい速度で迷宮へと変化していく。
万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)
それは、かの名工タイタロスがアステリオスを閉じ込めるために作り出した迷宮だ。
これは迷宮という概念への知名度によって道筋を形成させる。
それと同時に、イリヤと士郎、それにセラとリズをいる場所を迷宮の範囲外に固定し、ギルガメッシュを迷宮の奥深く、
そして自らを迷宮の最奥へと固定する。
この迷宮を作り出したのが彼である以上、迷宮を張る時ならばある程度大ざっぱだが場所の指定はできるのだ。
迷宮外に固定した士郎とイリヤ、それにセラとリズは、自動的に迷宮外に弾き飛ばされてしまうはずである。
「アステリオ――！！」
イリヤのその言葉は、迷宮が組みあがっていく轟音によってかき消されてしまった。
それでも、恐らく最後の言葉は自らの名前であった事を彼は安堵していた。
「あのホムンクルスを逃がすために迷宮を張り我を閉じ込めたか。
なるほど。怪物にしては小賢しい智慧が回る。だが無意味だ。」
空間が歪み、ギルガメッシュの掌の上に、羅針盤のような物が落ちてくる。
その羅針盤のような物体の内部に存在する針が回転すると、ギルガメッシュを中心にして、
何十もの赤い円周上の光線を作り出し、その円周状の赤い光は迷宮の壁をすり抜けて広大な迷宮へと広がっていく。
その赤い光は、迷宮内の正確な構造、怪物たちの配置や、その強さ。
そしてアステリオスが存在する位置を感知すると、アステリオスが存在する方に赤い光と針が向く。
さらにそれだけでなく、空中に迷宮の正確な構図や、アステリオスがいる場所まで立体映像のように映し出す。
《アリアドネー・クロケ》
かつてアリアドネーが与えたその宝具の原型である。
所有者を中心に、赤い糸にも似た赤い光をアクティブソナーとして発信し、迷宮内の完全な構造や安全な経路などを指示し、
目標まで安全に到達させる宝具である。
その原型であるこの宝具は、その効力を最大限に発揮していた。
「なるほど。そこか。」
ギルガメッシュは、そう呟くと、ゲート・オブ・バビロンから空間転移の宝具を取り出すと、
アリアドネー・クロケの座標軸を入力する。
「座標軸固定。転移開始。」
瞬間、ギルガメッシュは空間跳躍を行った。
一秒のタイムラグもなく、ギルガメッシュはアステリオスの存在する迷宮の奥深くまで転移する。
そこに存在していたのは、全身宝具で串刺しにされてボロボロのアステリアスの姿。
それを見て、ギルガメッシュはせせら笑う。
「無駄だったな怪物。
貴様のしたことは全て無駄だ。無意味だ。
それを噛みしめながら疾く消え去るといい。」
「―――むだ、じゃない。」
ポタポタと全身から血を垂れ流し、唇を噛みしめながらそれでもアステリアスは叫ぶ。
「むだ、じゃない。むいみ、なんかじゃない！
ぼくの、そんざいは、むいみなんかじゃない―――！！」
「黙れ怪物。あるべき者はあるべき場所へ。怪物は怪物らしい場所へ。いるべき迷宮の闇の奥底へ逝け。」
ギルガメッシュは、手にハルペーの原型を召喚すると、それを横凪に一閃する。
空中へと飛ぶアステリアスの首。
さすがの彼といえど、首を切られたら存在する事はできない。
彼の肉体は、空中に消滅していった。
それと同時に、迷宮も崩れ出していった。
だが、そんな状況でもギルガメッシュは慌てる事なく忌々しげに呟く。
「ええい、怪物のせいでホムンクルスどもを逃がしてしまったか……。
まあいい。サーヴァントを失ったあやつらならいつでも手に入れられる。
せいぜいそれまで楽しむとしようか。」
哄笑と共に、彼は空間転移の宝具を使用して崩れ去る迷宮から脱出していった。
その慢心がいずれ己を滅ぼす事も知らずに。
一方その頃、アインツベルン城から脱出して懸命に森を走って逃げているイリヤや士郎、セラとリズたちは
轟き渡る轟音に逃げながらも思わず振り返っていた。
「―――ああ。アインツベルン城が……！」
それは、迷宮の媒体となったアインツベルン城が迷宮の崩壊に巻き込まれ、共に崩れ去っていく姿。
アステリアスが倒されても迷宮自体は残るが、その迷宮は崩壊していく運命にある。
その崩壊する迷宮に巻き込まれ、アインツベルン城も同時に崩れ去っていっているのである。
それは、アステリアスが倒されてしまったという明らかな証拠だ。
そして、英雄王が生き残ったという証拠でもある。
「さようなら。アステリオス。」
それを見ながら、走っている士郎に抱えられているイリヤはぽつりと小さく呟く。
「なるほど。英雄王。貴方のいう事は道理ではあるわ。けれど、間違えてもいる。
英雄を英雄たらしめているのは『意思』よ。
例え怪物だったとしても、反英霊であったとしても、誰かを護りたいと思うのならば、それは英雄なの。
生まれながらの半神であり生粋の英雄である貴方には理解できない事かもしれないけれど。
それを理解しようとしないのなら―――いずれ貴方は足元を掬われる事になるでしょう。」
そのイリヤの言葉は、誰にも聞きとられずに空中へと消えていった。
―――場所は変わり、第三特異点 封鎖終局四海 オケアノス。
そこには、ドレイクの黄金の鹿号（ゴールデンハインド）に乗っているエウリュアレの姿があった。
アステリオスを失った彼女は、非常に複雑な立体魔法陣を展開し、それを一心不乱に制御していた。
戦闘能力こそほとんどないとはいえ、彼女はまぎれもなく神霊であり、しかも彼女の魔力はＥＸである。
権能こそ存在せず、例え存在していても使用できないとはいえ、
魔力ＥＸの神霊がどれほどの奇跡を引き起こせるかは言わずとも明らかだろう。
「……これでよしっと。」
ふう、と彼女は一息ついて立体魔法陣を消去した。
作業が終わったのを確認したメデューサは、エウリュアレに向かって話しかける。
彼女がこれほど真剣に何かに取り組むなど、滅多にない事だからだ。
最も、それを口にしたらきついおしおきが待っているから口にはしないが。
「姉さま。どうかされたんですか？」
「なんでもないわ。神霊である私ならばこれぐらいできると思って初めてやってみたけれど、意外と何とかなるものね。」
そう、彼女は、規格外である神霊の一柱であるエウリュアレは、アステリオスの本体が存在する『座』に干渉し、
彼の本体にこのグランドオーダーでの聖杯戦争での記憶を直接刻み付けたのである。
これならば、彼がグランドオーダーでの聖杯戦争での記憶を忘れる事はない。
通常の魔術師や英霊ならばそんな芸当は不可能であるが、神霊である彼女にそんな理屈が通用するはずはない。
まさしく、規格外の神霊だからこそ許される芸当である。
「ふん、私のために戦った騎士ならば、褒美のキスを与えるというのが道理というものでしょう。
それを受け取らずに、座に帰るなんて許さないわ。
私は人が苦しむ様も破滅していく様も大好きだけれど―――私のために戦ってくれた者に褒美を与えないほど無慈悲ではないわ。」
彼女は静かな海を見つめながら、静かに一人呟いた。
「だから―――私の事を忘れるなんて許さないわよ。アステリオス。」
その彼女の呟きは、誰にも聞かれることなく空と海へと消えていった。
こんにちは。零です。
グランドオーダーの第三章でのアステリオスの活躍がカッコよかったので、
思わずSSを書いてしまいました。
ん？何でオケアノスの記憶があるのかって？
そこに魔力EXの神霊がおるじゃろ？
感想などいただけたらとても嬉しいです。
更新したばかりなので、誤字脱字は順次直していく予定です。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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