「―――結論から言うと、私でもラーマの呪いを完全に解呪するのは不可能よ。」
そのメディアの言葉に、その場にいる皆が絶望の表情を浮かべた。
イ・プルーリバス・ウナムを攻略し、人類史を修復しようと戦っている彼らに新しく入ったサーヴァント。
ヴィシュヌ第五のアヴァターラ、ラーマ。
彼は自らの妻、シータと「共に喜びを分かち合う事はできない」という『離別の呪い』によって出会う事はできない。
神話大戦中はほんの一目だけ会う事もできたが、それだけだ。
そして、そんな彼の境遇を聞いて、元々お人好しが多い英霊たちが協力しないはずもなかった。
だが―――それでも彼の呪いを解く事はできなかったのだ。
「……貴女の宝具、ルールブレイカーでもダメなのか？」
「英霊のスキルとして固定化された物は、例えルールブレイカーでも解除できないわ。
聖杯であろうとも解除できないでしょうね。
私の魔術でも、その呪いを完全に解呪する事は不可能よ。」
そのメディアの言葉に、英霊たちは一斉に唸り声を上げる。
神霊ヘカテーから直接指導を受けた神代の魔術師であるメディアでも解呪不可能となれば、
他の魔術師では恐らく手も足もでまい。
そこで声を上げたのは、獅子頭に両肩に巨大な電球を備えた筋骨隆々たる巨人。
発明王、エジソンである。
「むう、私の発明品、霊界通信機ならばもしや、とも思ったのだがな……。
流石に神代の呪い、そのような抜け穴を許すほど甘くないか。」
エジソンは実際に史実でも霊界通信機を作成している。
当然、オカルトかぶれと物笑いの種になったのだが、ことそれが英霊となってサーヴァントとなったのなら話は別だ。
彼の開発した霊界通信機はその逸話の通り『座』に存在する他の英霊たちと直接交信する事が可能である。
最も、制限は当然存在し、誰とでもむやみやたらと交信する事はできない。
交信するのは強い『縁』がなくてはならない。
当然、シータとラーマならばそれだけの縁が存在するため、呪いをすり抜ける事も可能かと作ってみたのだが、
やはりそんな抜け道を許すほど神代の呪いは甘くはなかった。
「では……やはり、呪いを解く手段はない、と？」
「……いえ、無い訳ではないわ。
この呪いを完全に解くためには聖杯以上の……それこそ神霊クラスの力が必要になるわ。
―――だけど、打つ手がない訳ではない。
そう、神霊クラスの力が必要なら、神霊自身の力を用いればいい。」
そのメディアの言葉に、ラーマは驚愕の表情を浮かべる。
「―――まさか！？」
「そう、ヴィシュヌ神の『権能』を使用して、呪いを極限にまで弱体化させます。
いかに神代の呪いであろうと、インド三大神の権能の力ならば完全に消し去る事は出来なくとも極限まで弱めて一目会う程度ならば可能になるでしょう。」
メディアの言葉に対して、ラーマは思わず叫びを上げる。
「無茶だ！ヴィシュヌが余のために権能を使用するはずがない！
否！そもそもこの物理法則が安定した世界で権能を使用すればヴィシュヌといえどただではすまない！
そんなリスクをヴィシュヌが侵すとは思えん！」
いかに神霊と言えど、物理法則が安定している現代において権能を使用する事はできない。
もし使用した場合、多大な反動が神霊自身に襲い掛かる。
下手をすれば神霊自身の崩壊にすら繋がりかねないのである。
故に、この現代世界において神霊が権能を振るう事はあり得ない。否、使用できないのである。
そのラーマの正論に、メディアは頷く。
「そうね。この物質界に直接権能で干渉すればそうなるでしょうね。
だけどそれは物質界に干渉すればの話。
今回は、ラーマ、貴方の『魂』に直接権能で干渉を行い、魂に刻まれた呪いを弱体化させる。
貴方とヴィシュヌの魂の繋がり『縁』を通して、さらに物質界を介しないアストラルサイドを通しての権能使用ならば世界からの排除は行われないわ。」
権能を使用した場合、多大な負荷が襲い掛かるのは、この物質界、現実世界の物理法則が安定しているからである。
安定した堅固な物理法則に無理矢理介入するならば、多大な負荷がかかって当然。
だが、精神界、アストラルサイドならばそもそも物理法則自体が存在しない。
物質界を通さずに、アストラルサイドから『縁』を通してラーマの魂に直接介入するならば、
権能を使用しても多大な負荷はかからないはずである。
そして、ラーマはヴィシュヌが転生したともされるアヴァターラ。
他の英霊と比べ、ヴィシュヌに対して非常に強い『縁』があるため、それを通しての介入は行いやすいはずである。
「それは……理論的にはそうかもしれないが……。
だが、ただ願うだけで言う事を聞いてくれるほど神霊は甘くはないぞ。」
「無論、それなりの代償……いえ、この場合は捧げものというべきかしら、は行うつもりよ。
それは、膨大な魔力よ。
幸い、ここカルデアでは膨大な電力を魔力へと変換する装置が存在する。
何十体ものサーヴァントを現界させていられるのは、その膨大な魔力ゆえね。
他のサーヴァントたちに霊体化を行ってもらい、最下層の何十基もの核融合炉の出力を最大にする。
その際に発生した膨大な電力を魔力へと変換し、それを直接ラーマへと注ぎ込みます。
そして、その流れ込む魔力を利用し、ラーマの魂と『縁』が繋がっているヴィシュヌとアクセスし、
ほんの一瞬、いえ、0.00001秒のみヴィシュヌの権能を使用する事により、ラーマの呪いを極端に低下させる。
これが今作戦にプランよ。だけど―――。」
そこで、メディアは眉を潜めて言葉を続ける。
「だけど懸念もある。
ここまでの強大な呪いですもの。極限まで低下させた場合、最終防衛装置が発動するでしょう。
そして、それは恐らく、貴方の過去において最大の脅威を形作り、貴方を阻止するでしょう。
それを突破しない限り、貴方はシータと出会う事はできない。」
その言葉にラーマの脳裏に思い浮かぶのは、生前戦った強敵たちだ。
自らがこの世界に生まれた理由とも言える強敵たち。
それは―――。
「……ラーヴァナ。インドラジット。」
「そう、いかに神核を所有していないとはいえ、人間ではなく英霊と化した今の貴方は極めて高い神性を所有している。
その神性の高さでは、恐らくラーヴァナを完全に倒す事はできないでしょう。」
魔王ラーヴァナ。
それは、かつてラーマが敵対した最大の強敵である。
彼は苦行と10個ある首のうち9個をブラフマーに捧げ「普通の人間以外には倒されない」というブラフマーの加護を受け、
散々に暴れまわった文字通りの魔王である。
そして、そんな彼を倒すために、人間としてヴィシュヌが化身したのが、このラーマである。
だが、今のラーマはサーヴァントとして昇華される際にＡ＋という高い神性が付与されてしまった。
神核は得ていないとはいえ、この高い神性では到底ラーヴァナを倒す事は今の彼には叶うまい。
ましてやラクシャーサ族最強の戦士たるインドラを打ち倒した存在、インドラジット、メーガラータがいては、
かつての戦友たちが存在しないラーマでは彼らに打ち勝つ事はできないだろう。
「皮肉なものだな。サーヴァントになったゆえに、ラーヴァナが倒せなくなるとは。」
思わず苦笑いを浮かべるラーマに対して、メディアはさらに言葉を続ける。
「だが打つ手もあるわ。
ラーヴァナの加護がそういう内容ならば、神秘の薄く、神性の全く存在しない、
神の血や加護を受けていない近代の英霊たちで対抗すればいい。
つまりは―――。」
『そう―――。』
「つまりは―――。」
「我々の出番という訳だ！ライトニング！！」
そう叫んだのは三騎のサーヴァント。
それは、一人を除き人間離れしたカタチをしていた。
一騎は、まるでフルプレートアーマーのような巨大な鎧そのものであり、単眼を赤く輝かせながら蒸気を吐き出す存在……簡単にいうとロボットそのもの。
一騎は、筋骨隆々たる巨人にして、獅子の頭を持ち、両肩に巨大な電球を装備した存在。
「蒸気王チャールズ・バベッジ。発明王エジソン。雷電王ニコラ・テスラ。
彼ら三人は神秘も薄く、神とは全く関わり合いのない純人間よ。
しかもそれぞれ特殊な能力や高い戦闘能力も所有している。彼ら三騎ならばラーヴァナとインドラジッドにも対抗できるはずよ。」
そのメディアの言葉に応じ、彼ら三人は言葉を放つ。
『愛し合う男女が出会えなくて苦しむのを見過ごすのは、正義ではないと判断する。
ましてあ英国紳士たる我がそのような苦難を見過ごす事はできぬ。
この蒸気王、チャールズ・バベッジ。微力ならば君の力となろう。』
「うむ、ラーマ君には第五章で恩義があるからな。
ここでその恩義を返しておくのも悪くない。
さらに！ラーマ君とシータ嬢が話しているとなれば！我が霊界通信機もカルデア内でバカ売れ間違いなし！
うむ！いい話だ！誰も損しない実にいい話だ！そのためならばこのエジソン、全力を持って事に当たらせてもらおう！
そこのミスター・すっとんきょうはともかく！私は頼りになるぞ！」」
「はははははははは！
雷帝インドラすら倒したとされる魔王の腹心、インドラジッド！いや、メーガラータ！
それを倒したとなれば！つまり！私の実力はかの雷帝インドラを超えるとはっきりと証明できるという訳だ！
人類神話ここに在り！実に燃える話ではないか！
そこの凡骨はともかく！私は頼りになるぞ！任せておきたまえ！」
そのお互いの言葉にかちん、と来たのか、エジソンとニコラはお互いにらみ合う。
「やるのかね？」
「あん？笑わせるな凡骨！
大体貴様のその筋肉の分際で筋力Ｅとは笑わせる！殴られてもこれっぽっちも痛くないわ！
殴られたって止めないぞエジソン！」
「これはステータスの混乱のせいだと言っているだろうが！
貴様こそ大体科学者のくせにキャスターではなくアーチャークラスとは恥を知れ！
ピンボール頭に押し付けてやろうか！？」
その言葉をきっかけにエジソンとニコラはお互い殴り合い＆雷撃の飛ばしあいが始まったが、
正直いつもの事なのでカルデアの人間も全てスルーしている。
そんな状況を見て、ラーマは思わず呆然と呟く。
「う、うむ……。何というか……。凄いな。近代の人間は。」
「そうね。私もそう思うわ……ごほん。それはともかく。
マスターに聞きたい事があるわ。恐らくは、今回成功したとしても二人が会えるのはほんの数秒のみ。
しかも、次回会えるとは限らない。多大な労力、多大な電力に魔力。
それらを消費してなお、彼らが会えるのはほんの一瞬のみ。
それでも―――それを行うだけの価値があると？」
じっ、と真剣な表情をしてメディアはカルデアに残った最後のマスターの瞳を見つめる。
彼らには人類史を、人類を救うという大きな目標がある。
ここでそれだけの膨大な資材、エネルギーの損失はその目的に大きな損失となるかもしれない。
それに対して、彼はためらうことなく断言した。
「―――あるに決まってるだろ！そんなもん！！」
その彼の叫びに、周囲の英霊たちから一斉に歓声が上がった。
『―――然り！』
「そうだ少年！よく吼えた！このエジソン、感服したぞ！」
「凡骨と意見が合うのは癇に障るが……流石は我がマスター！
それでこそこの天才である私を従えるに相応しい器よ！」
やんややんやとマスターの判断に歓声の声を上げる中、メディアは冷静に言葉を放つ。
「よし、ならば開始ね。
技術班に伝えてカルデアの炉心を最大出力にするように指示。
ラーマと私とエレナ以外のサーヴァントは全て霊体化を行う事。
後はインド系のサーヴァントを連れてきて。
ヴィシュヌに対しての『祭壇』を構築するのよ。」
応！！とその場にいる皆がそれぞれの仕事に取り掛かる。
まず連れて来られたのはインドのサーアントであるアルジェナである。
アルジェナはラーマと同様にヴィシュヌの化身であるクリシュナとは親友同士である。
それゆえ、ヴィシュヌ派の祭祀のやり方には詳しいのである。
……何故かカルナも呼ばれて一色触発状態になりかけたが、流石にそれどころではない、という事でお互いギスギスした雰囲気の状態で、
何とかヴィシュヌへの嘆願準備は整った。
「よし、これで大丈夫……なはず。
それでは行くわよラーマ。エレナ。
エレナは私の術式のバックアップをお願い。
ラーマはヴィシュヌへの嘆願を行ってちょうだい。」
「よくってよ。流石に神代の魔術は苦手だけれど……何とかしてみせるわ。
何しろ魂の故郷であるインドの大英雄の力になれるなんて光栄な事この上ない！
全力を持って事に当たらせてもらうわ。」
そのエレナの言葉に頷くと、メディアは詠唱を開始する。
「―――行くわよ！核融合炉出力臨界！電力を魔力返還！
高速神言詠唱開始！遥か時の彼方に消え去りし神霊よ！世界の維持の守護神よ！
我らの嘆願を聞き届けたまえ！！」
「魔力収束開始！術式を安定させるわ！
『シュリー ラーマ ジャヤ ラーマ ジャヤ ジャヤ ラーマ！！
（ラーマに栄光あれ。ラーマに勝利あれ。）』」
エレナはメディアの術式を自らの魔術で安定させながら、同時にマルチタスクでヴィシュヌへの祈祷を行い、
ラーマのヴィシュヌへの嘆願のバックアップを行う。
神代の魔術は苦手な近代魔術師とはいえ、ここまでの芸当ができるとは、流石に天才魔術師という他ない。
そして、彼らのバックアップを受けながらラーマは叫ぶ。
「―――我にヴィシュヌの加護を！
ヴィシュヌよ！汝の化身が訴えん！我が魂を縛りし呪いを汝が権能にて断ち切り給え！
『オーム・ナモー・ヴィシュナヴェー・プラバヴィシュナヴェー！！
（聖音オームで示される至高神ヴィシュヌに帰依いたします）』」
その瞬間、ラーマの周辺に立体積層魔法陣が現れ、凄まじい光に包まれる。
それはまさしく文字通りの小型の太陽の光そのものだとも言えた。
念のため魔術によって光量は大幅にカットしてあるが、まともに見たら確実に失明するほどの光量である。
だが、それはヴィシュヌがラーマの魂へと権能を振るっているのが漏れ出ている『余波』にすぎない。
いかにラーマがヴィシュヌの化身とはいえ、自らの魂に直接権能を行使されているというのは、
人間でいえば麻酔もなしに直接心臓を引きずり出されて手術されているのにも等しい。
分体であるサーヴァントの身で、神霊の権能を行使を受けるなど、瞬時に消滅してもおかしくないほどの過負荷である。
「ぐっ……。これほどとは……。だが！これしきシータと再び会える事に比べればぁああ！！」
その魂が消滅しそうなほどの過負荷に対して、ラーマはただ己の意志力のみで耐える。
神代の魔術師であり、実際に神霊が権能を振るう所を眼にした事のあるメディアには、
ヴィシュヌの権能がアストラルサイドと『縁』を通してラーマの魂内部に存在する離別の呪いを極限まで低下させているのが確認できた。
「これが……神霊の権能……！？これほど凄まじい物とは……！？」
「まだよ！気を緩めないで！
確かに権能で呪いは極限まで弱まったけどここからが本番よ！
バベッジ！エジソン！ニコラ！これより貴方達三騎を霊体化したままラーマの魂中心部、離別の呪いの中心部へと転送します！
―――行きなさい！！」
『『『応ッ！！！』』』
霊体化したバベッジ、エジソン、ニコラの三騎は霊体化したままメディアの言葉に応じる。
そして、メディアは魔術により三騎をラーマの魂内部へとサイコダイブさせた。
ラーマの精神世界内部、魂の最奥。
そこにはかつてラーマが見た事がある巨大な館が存在していた。
ラーマの精神体と、霊体化した三騎も、同様に実体化を果たす。
そこは、精神世界内部とは思えないほどの現実と同様の存在感がある異質な場所だった。
それは、ここが離別の呪いの中心部、呪いの最終防衛装置が発動しているからに他ならない。
『ここは……？』
「ああ、余はこの場所を知っている。よく知っている。
何せ余の宿敵の根拠地とも言える場所なのだからな。
―――行こう。何としても余の記憶、余の恐怖心から生み出された存在を打ち倒さなければならぬ。」
そう言いながらも、ラーマはその館内部へとコツコツと足音と響かせながら入りこむ。
そのラーマの真剣な表情に、普段ならば口喧嘩や殴り合いに発展するニコラやエジソンすらも押し黙って歩みを進める。
「―――来たか。ラーマ。久しぶりだな。」
「やはり貴様か。魔王ラーヴァナ。」
「ああ、確かに本体の余はすでに貴様に滅ぼされた。
ここに存在しているのは離別の呪いの最終防衛機構として、貴様の生前の恐怖によって再現されただけの存在に過ぎぬ。
だがな。いかに再現であろうがここを通すわけにはいかぬ。
もしも、万が一でも貴様を倒したとなれば余が現世に現れる事ができるやもしれぬ。
そうなれば、再びラクシャーサ族の復興のためにたたかってくれよう、」
そう言いながら、10対の腕にそれぞれの武器を持ち王座から立ち上がろうとするラーヴァナあったが、
ふと唐突に彼らの背後に対して声をかける。、
「待つがいい。メーガラータ。
背後から闇討ちするなど我らラクシャーサ族の名に恥じる。
それにな。余は貴様を信頼している。
儀式を邪魔できぬ今の貴様ならば、真正面からでも十分こやつらを打ち倒せるとな。
正面から正々堂々と打破できるのに好んで後ろから切りかかる真似をせずとも良かろう。」
『―――全く父上はお甘い。ですがいいでしょう。
そんな貴方だからこそ、俺も力になろうと思ったのですから。』
「なっ―――ッ！？」
ラーマたちの何もないはずの背後から声が響き渡り、すう、とまるで空間からにじみ出るように一人の男性が姿を現す。
２ｍを超える長身で四本の腕にそれぞれ武器と縄を持った異形の存在。
それが通常の人間でありうるはずがない。
ラーヴァナと同じくラクシャーサ族であるに違いない。
「すでにラーマは知っていようが紹介はさせてもらおう。
これが余の自慢の息子、かの雷帝インドラを打ち倒したラクシャーサ族最強の存在。
インドラジット。メーガラータである。
こやつがいる限り、余に敗北はない。それは、貴様がよく知っているであろう。ラーマ。」
「……ああ、インドラジットの恐ろしさは誰よりもよく余が知っているとも。
だがな。ラーヴァナ。かつてとは違うが、かつてと同じように、余には力強い友人が、戦友がいる。
それは―――。」
「は――――ははははははははははははは！！
良い！いやはやかつての神代の残滓と出会えるとは良し！
しかも、それがかつて雷帝インドラを打ち破った存在となればな！
では名乗らせていただこう！私はニコラ・テスラ。天才だ！
そして君を打ち倒し、この地上に人類神話を打ち立てる存在でもある！以後お見知りおき願おう！！」
そのニコラの高慢極まりない自己紹介を聞いて、インドラジットは思わず怒りを顔に浮かべる。
「驕ったな人類。貴様らひ弱で脆弱で神々の加護がなければ生存すらできない存在がよくそこまで大口を叩ける。
いいだろう。このインドラジット、メーガラータ。
インドラを打ち倒した異名にかけて、貴様のような愚か者を殲滅してくれる。
父上、よろしいですな？」
「良かろう。貴様がいる限り我がラクシャーサに敗北はない。
任せたぞ。我が息子よ。」
そのラーヴァナの言葉と共に、インドラジットとニコラの二人はその部屋から姿を消す。
恐らくは、彼らだけの戦闘場へと転移されたのだろう。
いかに物質世界そのままに見えても、そこは精神世界、しかもこの城自体がラーヴァナの精神そのものとも言える場所である。
それを考えればこれくらい当然だろう。
―――そして数秒後。
そこにはどことも知らぬがらんとした広大な部屋に転移させられてきたテスラの姿があった。
いや、それだけではない。
彼の目の前には、ボロボロの傷だらけのエジソンの姿があったのだ。
ボロボロのエジソンは、テスラに向けて思わず手を差し伸べ助けを求める。
「ぬう……。私も貴様同様に転移されてきた際にインドラジットにやられたようでな……。
すまぬが、助けてくれぬか？テスラ。」
「なるほど。よく解った。では助けよう―――とでも言うと思ったか！？戯けが！！」
瞬間、ニコラは最大級の雷撃をエジソンに叩き込んだ。
「『あの』エジソンが！あのエジソンが私に対して助けなど求めてくるはずがなかろうが！！
例え消えかけていても！ヤツならば己の高慢を貫き通す！それがヤツだ！発明王エジソンだ！
姿を現せインドラジット！神代の存在がこのような小細工をするとは恥を知れ！！」
テスラの雷撃を受け、そのエジソンに見えた存在はすう、と姿を消す。
やはり彼の推測通り、インドラジットが己の幻力によって作り出したエジソンの幻影だったらしい。
世界すらをも騙し、散々ラーマやその仲間を苦しめたその幻力は今だ衰えないらしい。
《後悔するぞ人間。今ので何も知らぬ苦しまぬうちにやられておけばよかったとな。》
空間から声が響き渡ると同時に、テスラの背中が切り裂かれ血が噴き出す。
それは一度や二度ではない。何度も何度も彼の肉体は切り裂かれていく。
インドラジットはブラフマーの加護を受けた大魔術により、世界自体を誤魔化し、完全な光格迷彩ステルス状態へと自分自身を移行できる。
それは人間の魔術探知程度では決して探知できない極めて高度なレベルの幻術だ。
これを探知するにはインドラジットと同レベルの神代の魔術を極めたものでないと、姿を捉えることすら困難だ。
だが、そんな状態にも関わらずテスラはにやり、と不敵に微笑んだ。
「なるほど。確かに完全だ。完璧なステルスだ。
いやはやこれほどとは恐れいった。
だが―――知れ！天才は……人類の英知は、創造神の加護すらも上回るとな！」
瞬間、テスラの金属の籠手がバチバチと音を立てて帯電する。
そして、その非常に細かい雷撃……というよりは静電気、非常に細かい雷撃の網は部屋内部を埋め尽くす。
当然、静電気なので攻撃能力などまるでない。ただ多少皮膚がバチバチする程度の事だ。
《………？》
インドラジットの不可思議そうな感情が伝わってくる。
こんな静電気程度では攻撃にすらならないし、防御にもならない。
部屋全体の空気自体がバチバチと音を立てて帯電しているがそれだけだ。
そんな物に一切構わず、今度は遠距離から弓矢で確実に仕留めるために距離を取ろうと、インドラジットは後ろに下がろうとする。
「そ、こ、だぁああああっ！！」
インドラジットが動いた瞬間、テスラはインドラジットの存在する正確な位置に対して大電流を叩き込む。
まさか自らの正確な位置を把握されているとは思わないインドラジットは、その電流の攻撃をまともに食らってしまう。
《な―――に！？》
まさか神代の存在でも魔術師でもない存在に、自らの隠形が破られるとは全く考えていなかったインドラジットの驚愕の気配が伝わってくる。
まぐれだ、偶然だ、と結論を出したインドラジットは、今度は近距離戦でテスラに攻撃を仕掛けようとするが、
動いた瞬間に、大電流の一撃を再度叩き込まれる。
これは偶然などではありえない。
そこで、インドラジットは、部屋中の空間に張り巡らされた一面の静電気が己に纏わりついているのに気が付いた。
《そうか―――！大気中の電気か！これで俺の動きと位置を正確に把握しているのか！》
そう、大気中に漂う一面の細かい電気。それは目に見えるか見えないかほどの極めて細い電流で作り上げられた『結界』である。
この電流で造られた網を周囲に張り巡らせる事によって侵入者を探知する結界を作り上げたのだ。
いかにインドラジッドが世界を騙すほど完璧な幻影で身を隠そうと、自らが動く時の大気の動きまでは誤魔化せない。
テスラはそれを正確に読み取って位置を把握し、攻撃を仕掛けたのだ。
「何、この前の魔神柱を縛り付けた電磁檻の応用でな。
やはり私は天才という訳だな！いやはや自分の天才さが恐ろしい！！」
自らの絶大な自身を誇る隠形をこのような小細工で破られたインドラジットの怒りはここに頂点を迎えた。
怒り狂った彼はブラフマー神から与えられた神霊すら捕縛する無敵の宝具を発動させる。
《梵天よ、敵を縛れ（ナーガ・パーシャ）！！》
それはナーガ族が変化した無数のパーシャ（投げ縄）である。
ナーガ族が変化したその投げ縄は神霊すらをも束縛し、そこらの金属など比べものにならない柔軟性と強度を両立している。
かつてラーマたちも散々苦しめられたブラフマー神から与えられた彼の宝具である。
歪んだ空間と彼自身の腕から射出されたその投げ縄は瞬時にテスラを束縛する。
「はははははははは！甘い！甘いなぁ！インドラジット！
確かに貴様の能力は強力だ！神々を翻弄したというのも頷ける！
だがしかし―――詰めが！甘い！
ただ束縛しただけで―――この天才を止められると思うな！」
パーシャに縛り付けられながらも、バチバチとテスラの金属製の籠手が帯電を開始する。
それを見て、彼の意図を察したインドラジットは驚愕の声を上げる。
「なっ！？貴様！バカな！それでは貴様自身もダメージが……！！」
「元より承知！戦闘者ではない、学者である私が貴様らのような百戦錬磨の兵たちに勝つためには多少の事は覚悟の上！
《人類神話・雷電降臨（システム・ケラウノス）》！！」
テスラは縛り付けられながらも自らの宝具、ＥＸの対城宝具である《人類神話・雷電降臨（システム・ケラウノス）》を発動させたのだ。
通常は、敵に向けて指向性を持たせて発動させる大電流。
だが、縛り付けられた状態で放たれた電流は、テスラの肉体にも流れ込み、彼自身にもダメージを与える。
だがそれだけではない。ナーガの縄を伝わってニコラの発した大電流がインドラジットへと襲い掛かったのである。
だが、これでは威力が弱いためインドラジットを倒すには至らない。
しかし、電流によりインドラジットは身動きを取る事が出来ない。
それだけで、テスラにとっては十分すぎた。
「電磁磁力操作！磁力壁構築！高速移動開始！！」
テスラは、瞬時に宝具の発動を取りやめると、大気中の磁力を操作しインドラジットと自分自身の間に、二枚の磁力の壁を作り上げる。
それは、テスラとインドラジットを繋ぐ『道』にも見えた。
そして彼は自らの肉体に磁力を纏わせると、凄まじい速度で一気にインドラジットの距離を詰める。
これは、リニアモーターカーと同様の原理である。
磁界を発生させ、自らも磁力を発生させる事によりN極とS極の引き合う力と、N極どうし・S極どうしの反発する力により凄まじい推進力を得たのである。
「き、貴様……ッ！！」
ぴたり、と自らの金属製の籠手を今だ痺れて身動きの取れないインドラジットの胸部に当てたテスラは、にやり、と不敵に微笑む。
「さて、ここで問題である。
電流で攻撃する際においての最大の絶縁体とは何か。それは『空気』である。
空気の壁は、電流の力を大きく削いでしまうのだ。
だがこの状態、つまりは零距離放電……いや接射というべきか、でシステム・ケラウノスを発動させたらどうなると思う？」
「き、貴様ぁああああ！！」
「食らうがいい！全電力全開放！オープンフルブースト！！
《人類神話・雷電降臨（システム・ケラウノス）》！！」
零距離接射状態で《人類神話・雷電降臨（システム・ケラウノス）》の全力攻撃を食らってはいかに神代の存在と言えどただですむはずがない。
インドラジットの肉体は凄まじい電流によって焼き尽くされ、体液は全て蒸発し、首から下は完全に粉砕される。
肉体をほぼ完全に粉砕され、じゅうじゅうと焼き焦げた首だけになってしまったインドラジットは、
それでも消滅しかけながらも口を開いて言葉を放つ。
「神代を乗り越え、世界法則を安定させて、繁栄の果てに何を見るつもりだ人類……。
貴様らの果ては星を食いつぶす無残な滅亡しかありえないのだぞ……。」
その言葉に、テスラは静かに眼を閉じながらも言葉を続ける。
「……私はかつて悲惨で無残な戦いを眼にした。第二次世界大戦。
それは人類が起こした愚行であり悲劇だ。だがしかし、私は信じている。信仰している。
人類はその愚行や悲劇すら乗り越えると。何度滅亡が襲い掛かろうともそれを跳ね除けられる、と。
それが神話だ。人類神話だ。私たち人類が作り上げる神話である。
消えるがいい神代の残滓よ。貴様らは時の果てでただ見守っているだけでいいのだ。」
「よかろう……。ならばやってみるがいい。せいぜい見ていてやろう。
貴様ら人類の行き着く果てとやらをな……。」
「さらばだ。インドラジット。いやメーガラータ。
神を乗り越えんと戦った貴様の気概、私が受け継ごう。
そして見守っているがいい。人類神話を。」
そして、テスラは消滅し、塵になったインドラジットに対して無意識のうちに敬礼をしていた。
無言の敬礼であった。そこには彼に対する敬意が存在していた―――。
「さて、それでは戦おうか。ラーマ。かつての神話の再現と行こうではないか。」
悠然と王座から立ち上がり、武器を構えるラーヴァナに対してラーマはゆっくりと首を振る。
「いいや、かつての再現にはならないな。ラーヴァナ。」
そのラーマの言葉に、ラーヴァナは不思議そうに首を傾げる。
「ほう？それはすでに私に敗北する、と思っているとそう言う事か？」
「否。何故ならば―――私には、かつてと違う戦友、仲間がいるからだ！エジソン卿！！」
そのラーマの言葉に、獅子頭の筋骨隆々たる異形の偉丈夫は叫ぶ。
「応ッ！！今や世界に魔王など不要！闇を恐れる時代はすでに終わった！
貴様も時代の流れの果てに消え去るがいい！『ワールド・フェイス・ドミネーション』！！」
エジソンが為した三大発明による幻想支配。
闇を照らし、消え去るはずの音を記録し、現実をありのままに映し出す装置を発明したエジソンによって、世界の隠秘は存在しないものになった。
正確には「存在するのだが、それをエジソンが奪還した」という形になる。
隠されていた、秘められていたからこそ力を発揮したものを無造作に暴き立て、エネルギーでは計れない何かを零に固定する。民衆たちの神秘への信仰を零に貶める、「世界信仰強奪」――対民宝具。
それは魔王ラーヴァナにも確実に聞いていた。だが―――。
「ぬうっ！たかが近代の人間ごときが余の神秘を剥奪しようというのか……。
笑止！笑止笑止！！たかがそのような物で―――我の力を全て奪い去れると思うなよ！！」
確かに対民宝具であるワールド・フェイス・ドミネーションによってラーヴァナの力が奪い取られ、削ぎ落されている。
だが、それでもラーヴァナの力をそぎ落とせたのはごく一部にしかすぎない。
いかにラーヴァナが巨大な存在であり神秘の塊である事がよく解る。
「ならば―――行くぞ！バベッジ卿！！」
『承知！！』
だがラーヴァナの力が弱まったのは事実。
この機を逃さないと言わんばかりに、ラーマとバベッジは手にした剣でラーヴァナに対して切りかかる。
「笑わせるな愚か者どもめ！
サルンガを失い、ブラフマーストラを無理矢理剣に改造し、最適ではないセイバークラスで現界した貴様と！
戦闘経験がない機械人形ごときが我を打ち倒すだと！？
そんな事、無理に決まっているだろうがァ！！」
だが、それらの攻撃は全てラーヴァナに容易く迎撃されていた。
２０本の腕を持つラーヴァナは彼らの攻撃を防御してなお他の腕での連続攻撃が可能なのだ。
戦闘経験のないバベッジではその連続攻撃に耐える事は難しい。
ラーマの攻撃はいともあっさりとその高い神性が幸いして再生している。
これでは打つ手なしか、と普通ならそう考える所だが、彼らは違った。
『ラーヴァナよ。貴殿の事は神話で伝え聞いている。
二十の腕を持っている強大な魔王とな。
確かに、いかにラーマの援護を受けているとは言え、腕が二本しかない私では、純粋に手数の数で私は不利だろう。
ならば！こちらも純粋に手数を増やせばいいだけの事！』
「応！！我が大量生産スキルと概念改良スキル、そしてバベッジ殿の道具開発スキルによって作り出された物を見るがいい！」
瞬間、バベッジの背後の空間が歪み、そこから無数の金属の骨組みと金属のパーツと歯車が射出される。
それらは金属音を立てながらバベッジの背後に次々と合体していき、最後に装甲が覆いかぶさる。
『多重増腕用複合思考機能発動開始。
多重増腕起動問題なし。これより、戦闘を開始する。』
「腕を―――増やしただと！？」
そう、バベッジの背後には、ラーヴァナを連想させる二十の腕が追加されていたのだ。
それら二十の腕には、それぞれ武器が構えられており、バベッジの思考により何の障害もなくスムーズに動いていた。
普通の人間ならば二つの腕を動かすだけでいっぱいいっぱいであり、一気に二十の腕を動かすなどできようはずもない。
だが、バベッジは予め増腕用に、複合思考出来る蒸気機関を体内に内蔵しておいたので、
何の問題もなくスムーズに多腕を動かす事ができるのである。
『然り。純粋に数が足りないのならば、それを補えばいいだけの事！
確かに私に戦闘経験は足りぬが、貴様の攻撃を食い止める事ならできよう！』
その状況に流石のラーヴァナも驚いた声を上げる。
「お、お前本当に人間なのかよ！？あのナラシンハみたいな獅子頭の人間といいどうなってるんだよ近代！！」
まるで楽器のように響き渡る金属音と火花。
それは文字通り息もつかせぬほどの無数の連続攻撃だ。
２０の腕で連続攻撃を仕掛けてくるラーヴァナに対し、バベッジは同様に武器を持った２０の腕でそれを迎え撃っていた。
当然、完全に迎撃する事はできないが、バベッジは追加装甲を装備する事によってその攻撃に耐えていた。
そのあまりの堅さに、流石のラーヴァナも思わず舌打ちする。
「チィ、流石に鋼鉄の塊。堅いな。だがそれだけでは……。」
そして、それを黙って見ているラーマではない。
バベッジがラーヴァナを食い止めている隙に魔力をチャージし、自らの宝具を発動させる。
剣に改造したブラフマーストラを空に放り投げると、剣は空中で猛烈な回転を行い、まるでチャクラムのような円状の巨大な刃へと変わる。
「食らえ！ブラフマーストラ！」
そのチャクラムのような巨大な戦輪の刃は、猛烈な回転を行いながら、大気を引き裂く凄まじい勢いで容易くラーヴァナの首を両断する。
だが、空中に飛ばされたラーヴァナの首は哄笑する。
切断面からあふれ出た血は瞬時に融合し、斬り飛ばされたラーヴァナの首は瞬時に引き寄せられて元に戻る。
これが神々すら恐れたラーヴァナの宝具、『羅刹王（ラクサーシャラージャ）』 である。
この宝具は、神々や幻想種など神秘が高い存在に対して倒されないという創造神ブラフマーからの加護によって得られた超再生能力である。
特に神秘が強ければ強いほど、神格が強ければ強いほど再生能力は向上し、神核を持つ純粋な神霊に対してはどんな傷を負っても瞬時に再生できるほどである。
ただし、この宝具は、彼が格下と侮っていた人間に対しては効果を失ってしまう。
それゆえ、ヴィシュヌは純粋な人間に転生してラーヴァナを討たなければならなかったのである。
神核こそないものの、英霊となり高い神性を所有してしまったラーマでは、ラーヴァナを倒す事ができない理由がここにある。
「はは、はははははははは！
無駄だ！無駄無駄無駄無駄ァ！！
今の貴様では！我を倒しきれないと分かっているだろうがァ！
この程度、すぐにでも完全再生を―――何ィ！？」
ラーヴァナの首を断ち切ったブラフマーストラは猛烈な回転を行ったままぐるりと空中で反転し、再度ラーヴァナを両断する。
しかもそれは一度や二度ではない。
両断→再生→両断→再生→両断
ブラフマーストラは空中で反転を繰り返し、何度も何度も何度もラーヴァナの肉体の両断を繰り返す。
いかに驚異的な再生能力を誇るラーヴァナでもこう何度も肉体を両断されては身動きが取れず、再生に集中するほかない。
「き、貴様ァ！まさか我の動きを封じるために！？」
「そうだ！今の余では貴様を倒しきれぬ！
だが、再生に集中させる事により貴様の動きを封じる事ぐらいならばできる！
いかに魔王である貴様だろうが！これだけの傷を再生している間は身動きはとれまい！」
「き、さ、まぁああああああ！」
肉体を再生させながらも身動きの取れないラーヴァナはラーマに対して絶叫する。
だが、その絶叫を意に介さず、ラーマはバベッジに対して叫ぶ。
「今だ！バベッジ卿！」
「ミスターバベッジ！頼みますぞ！今こそ！科学者の意地をここに！」
その二人の叫びに対して、バベッジは応じて言葉を返す。
『感謝するぞラーマ殿！発明王エジソン！そして、魔王を倒すは我が一撃！
特と味わうがいい。数千年人類が脈々と積み上げてきた知識と技術の重みと言う物を！
我が空想、我が理想、我が夢想――『絢爛なりし灰燼世界』（ディメンジョン・オブ・スチーム）！』
瞬間、彼の背後に存在していた２０の腕はそれぞれのパーツに分解され、背後の空間に吸い込まれていく。
そして、再び空間が歪むと同時に、今度は彼愛用の巨大な掘削機が射出され、さらに巨大な１０ｍを超える金属フレームが射出される。
いつも所有している回転する掘削機の部分が頭部になり、その取っ手に１０ｍを超える巨大な金属フレームが合体し、Ｔ字のハンマーのカタチになる。
そして、その金属フレームに次々に分解された元腕部の装甲やパーツや歯車が合体していき、１０ｍを超える巨大なハンマーへとカタチを作り出していく。
『ディファレンスエンジン、オーバーロード開始！闇より生まれし者、闇へと還れるがいい！』
バベッジはそのまま巨大なハンマーと自らの腕を合体させると、全身から蒸気を噴出させ、
１０ｍ超はある巨大な鋼鉄のハンマーをそのまま凄まじい勢いでラーヴァナへと叩き付ける。
ブラフマーストラによって肉体を両断→再生の無限ループを行っているラーヴァナにそれを回避する事はできなかった。
「が、がぁああああああああ！！」
これだけ巨大な物体を振りかざして振り下ろすのは、それだけで凄まじい力が必要となる。
その力を引き出すために、バベッジは全身のディファレンスエンジンをオーバーロードさせて文字通りの全身全霊の一撃をラーヴァナへと叩き込んだのだ。
ラーマのブラフマーストラの攻撃により、再生に集中させられ身動きの取れないラーヴァナにそれを回避できる手段などなかった。
骨と肉が押し潰される轟音と共に、ラーヴァナの肉体はほぼ全て完全に押し潰されていた。
残っている部分は頭部と僅かな胸部ぐらいなものである。
もしこれが高い神性や神核を所有している存在ならば、このような傷でも彼は再生可能だっただろう。
だが、今彼にこの攻撃を叩き込んだのは、サーヴァント化しているとはいえ、近代の人間、しかも神秘も神性とも縁遠い存在である。
これではもはや再生は不可能である。
ごぶり、と口から血の塊を吐き出してラーヴァナは呟く。
「く、くくく。魔王であるこの身が、神秘の薄い人間……うん、人間だよな……と、神秘の薄い鋼鉄の塊に押し潰されるとはな。
これも人間を侮った我の不覚か。まあいい。
行け。行っちまえよラーマ。せいぜい生前の繰り返しをせぬ事だ。
彼女には、シータには、憂い顔よりも笑顔の方がよく似合う。そんな単純な事も、攫って十年たってようやく解るとはな。」
「……ラーヴァナ。」
そのラーヴァナの苦笑いにも似た表情を見て、ラーマは悲痛な表情を浮かべる。
確かにシータを攫って散々戦った敵ではあったが、彼に対する憎悪はなかった。
ラーマはラーヴァナへの憎悪のために戦ったのではない。あくまでシータを取り戻すために戦っただけなのだ。
「フン。全く、三界を手に入れようが、神々を打ち倒そうが、女性一人笑顔に出来ぬとは。
魔王である我も大した事はないな。
まあ結局の所、人妻に横恋慕してもいい事など何もないという事か。
笑えよ数学者。魔王なんて所詮道化にすぎん。せいぜい笑ってお前たちの大好きなハッピーエンドとやらを迎えればいいさ。」
『―――笑う物か。私とて家庭を持っていた身。
人妻に横恋慕するその思考は理解できぬが―――それでも、彼女の笑顔を汚したくないというその恋には敬意を表する。』
そのバベッジの言葉に、だがラーヴァナは何とも言えぬ困惑した表情を浮かべてしまう。
「お、おう……。結婚してたのかお前……。何というかやっぱり凄いな近代。
まあいい。せいぜい笑ってハッピーエンドを迎えればいいさ。
全く―――魔王（オレ）を倒してもバッドエンドなんて笑い話にもなりゃしない。」
苦笑いと共にそれだけ呟くと、ラーヴァナの肉体は塵に還って消え去っていった。
その瞬間、ラーヴァナが作り出していたであろう館は、少しづつ消滅を初めていた。
『館が―――崩れる！？』
「呪いの最終防衛装置であるラーヴァナが倒された事によって呪いが一時的に解けたのだ！
気をつけろバベッジ卿！エジソン！テスラ！我々の魂と意識が現実世界に引き戻されるぞ！！」
そのラーマの言葉通り、館が崩れ去る前に、彼らの魂と意識は瞬時に現実世界のカルデアに引き戻されていた。
彼らの意識が戻った瞬間、カルデアに存在しているエジソンが作った霊界通信機が起動し、ノイズが走る。
そのノイズに交じる微かな声に、ラーマは通信機に飛びつく。
「ラー……。聞こえ……。聞こえ……。」
「シータ！シータ聞こえるか！
……会いたかった、会いたかった。本当に、本当に会いたかったんだ。
僕は、君がいれば、それだけで良かった……！！」
そのラーマの叫びに答えるように、少しづつだがノイズ交じりの声がはっきりとラーマにも聞き取れるようになってくる。
「ラー……ラーマ……。ほんの少しだけでも会えて……。私、それ……けで幸せなの。
大好きよ。……本当に、本当に、大好きなの。」
最後に、ほんの一瞬だけモニターに涙を流しながら微笑むシータの顔が一瞬だけ映し出される。
そして、それを最後に完全にぷつん、と霊界通信機は沈黙する。
その瞬間、ラーマは人目も憚らずに号泣を始める。
号泣を続けるラーマに対して、メディアは申し訳なさそうに声をかける。
「……呪いは完全に解けたわけではないわ。
あくまで呪いを一時的に極限まで弱めただけ。
その通信機で一日に数分間対面できるかどうかでしょうね。
……申し訳ないけど、現状ではこれ以上打てる手が存在しないわ。
申し訳ないのだけれど。」
そのメディアの言葉に、ラーマは涙を流しながら首を振る。
「いいや、十分だ。十分すぎる。
今までの会えないつらさに比べれば……声だけだろうと、ましてや一日に数分程度であろうと顔を見れるかもしれん。
それだけでも十分すぎる。」
その言葉と共に、ラーマは涙を拭うと、燦然と立ち上がりマスターに礼を言う。
「ありがとうマスター。そして皆。礼を言う。余のためにここまで尽力してくれるとは。
このコサラの王ラーマ。人理復元のため……いや、マスターと皆のために全力を尽くす事をここに誓う。
共に戦おう！皆！！」
そのラーマの声に、その場にいた者たちは応ッ！と一斉に声を上げた。
それを見たラーマの表情は、決意に満ちた晴れやかな表情であった。
こんにちは。零です。
第五章をクリアして、なんとしてもラーマとシータと一目会わせたいと思って思わず書いてみました。
バベッジたちが出る理由？俺がバベジン好きだから仕方ないね。
感想などいただけたらとても嬉しいです。
更新したばかりなので、誤字脱字は順次直していく予定です。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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