―――ネストオブギースの演習場。
その演習場のあちこちには、積み上げられた土嚢と、
そして、装備を持たないＸ−２９の姿があった。
傍目から見れば何も変化がないＸ−２９だが、
よくよく見ればその跳躍ユニットの前進翼の鋭さがさらに増したように見えるのが解る。
そして、管制ユニット内で待機しているアルムの元に、ブリジッドの通信が入ってくる。
「いいですか。今回の改修は跳躍ユニットの前進翼のエッジ部分にスーパーカーボンを導入してみました。
これにより、戦車級や小型種を両断できるほどの切断力が付与されました。
ですが、多少空力特性が変化したかもしれません。
慎重に出力を上げていってください。」
今回のＸ−２９の改修部分は、跳躍ユニットの前進翼のエッジにスーパーカーボンブレードを取り付けてみたのが大きな変更点である。
以前の戦いで、乱戦の際にＸ−２９の前進翼がブレード代わりになって小型種を切り裂いたデータから彼女が思いついた発想である。
機体自体にブレードを装備しているのは、８２年に配備されたトーネードＡＤＶが両腕部分にブレードを装備しているが、
さすがに跳躍ユニットの翼部分をブレードに換装するというのは初めての試みである。
だが、これにより空力特性にどんな影響が出るかはブリジッド自身にも今一予測できない。
彼女の予測では、大した影響はないという推測は出ていたが、実際のテストを行ってみないと何が起こるかわからない。
だから、慎重に慎重を期した上で実験を行わなければならないというのが持論である。
ネスト・オブ・ギースの演習場には、戦車級の代わりとして、土を積めた土嚢の山があちこちに置かれている。
これを前進翼のブレードで切り裂く事ができるか、また前進翼のブレードが空力特性にどんな影響を与えるか、
それを調べるのが今回の実験である。
「はいはい、了解っ……と！」
そんなブリジッドの言葉を尻目に、アルムはいきなり跳躍ユニットの出力を上げる。
轟、と跳躍ユニットが唸りを上げ、Ｘ−２９は高速で前方へと噴射跳躍する。
それを見て、ブリジッドは慌ててアルムに向かって叫ぶ。
「ちょ……！慎重に出力を上げてくださいと言ったはずでしょう！
墜落したりしたらどうするのですか！？」
「なあに、細かい事は気にするな。この程度耐えられなきゃ実戦では到底使えないさ。」
そう嘯きながら、戦車級を模した土嚢の山に近づくと、
土嚢の横をすり抜けると同時に、跳躍ユニットの前進翼のブレードが土嚢を切り裂く。
そして、さらに噴射地表面滑走により次の土嚢の山へと近づくと、
噴射跳躍によって、土嚢を飛び越えると同時に、さらに前進翼のブレードによって土嚢の山を切り裂いていく。
「なるほど。こいつぁ悪くないな。」
衛士にとって厄介なのは大型種も当然だが、小型種の戦車級も恐るべき存在である。
無数の戦車級に群がられ、戦術機ごと貪り食われた例は数知れない。
そんな衛士の立場からすれば、戦車級排除の手段があればありがたいに越した事はない。
そんなＸ−２９を見ながら、ブリジッドは安心したようにため息をつく。
「……少し心配でしたが機動性や空力特性に問題はないようですね。」
機体に異変がないようだと判断して、ほっとした顔を見せたブリジッドは、
また表情を引き締めてアルムへと通信を入れる。
「あまり遊ばないで下さい。
今回の推進剤の代金はグラナンから出ると言っても、
あまり度をすぎるとそちらに直接請求しますよ。」
「了解了解っと。」
その後、しばらく機動実験を行ったＸ−２９は順調に飛行実験を行いハンガーへと戻ってきた。
ハンガーへと入ったＸ−２９をガントリーに固定すると、
アームが自動的にＸ−２９の跳躍ユニットを取り外す。
「Ｘ−２９の跳躍ユニットの取り外しをお願いしますー！
スーパーカーボンで補強された手袋を着用して、
跳躍ユニットと前進翼の整備を重点的に行ってくださーい！
何か異変があったら即座に私に報告をー！」
Ｘ−２９の前進翼の淵にスーパーカーボンブレードを導入したことによって、
小型種を切り裂けるようにしたのはいいが、
それは下手をすると整備兵たちにも傷を負わせてしまう可能性もあるということだ。
それを防ぐために整備兵たちに導入されたのが、
同様にスーパーカーボンによって補強された手袋である。
これがあれば整備兵たちが怪我を負う可能性も下げられる。
てきぱきと整備兵たちに指示を出すブリジッドの元に、
オールドギースが声をかけてくる。
「忙しい所悪いがなお嬢ちゃん。
グラナンの方からお嬢ちゃんに届け物だ。
Ｘ−２９の補充パーツだけじゃなく他にも色々あるが、
暇な時にでもチェックしておいてくれ。それじゃあな。」
そういうと、彼は忙しそうに足早に立ち去っていく。
それを見て、彼女はＸ−２９のチェックを他の整備兵に任せると、
その他の整備兵たちと部品のチェックなどに入る。
そんな中目に付くのは、コンテナから出された追加装甲だ。
下部に巨大スパイク、そして側面にブレードが装備されていることから、
東ドイツで使用されている追加装甲シェルツァンだろう。
だが、通常のシェルツァンと違うのは、中央部に巨大な戦槍……パイルバンカーが追加されている事である。
「……何だこれ。」
と、その時、ちょうどＸ−２９から降りてきた強化装備のままのアルムが
それを見つけて、彼女に声をかけてくる。
「東ドイツで使用されているＤＳ−３多目的追加装甲シェルツァンに我々グラナンが手を加えた試作型の追加装甲です。
追加装甲下部の大型スパイクと側面の近接用ブレードはそのままですが、
追加装甲中央部に、パイルバンカーを装備させました。
このパイルバンカーならば、突撃級の外殻や要塞級ですら容易く撃ち抜く事が可能になっています。
まあ、兵器開発部が半分趣味で作ったようなものなのですが……どうしますか？
Ｘ−２９に装備してみますか？」
その彼女の言葉に、アルムは軽く肩を竦める。
「……俺はパスな。
機動性を重視した準第三世代であるＸ−２９がこんなクソ重いもの持ってどうするんだよ。
せっかくの機動性がガタ落ちだろうが。
そんなに実戦データが欲しいのなら、ラリーにでも渡してみろよ。
あいつはガチガチのスタンダードの突撃前衛だからな。
攻撃手段が増えるのはありがたいだろうさ。」
その言葉に、ブリジッドも軽く頷く。
「まあ、そうでしょうね。
技術開発部が半分興味本位で作ったようなものですから。
機密というものでもありませんし。
ですが、彼の操っているのは、ドグラムのＦ−１５Ａ先行量産型。
それがグラナンの装備を持つというのも……。」
「ならじいさんに任せればいい。
じいさんがそいつを買い取って、ラリーに売りつけたという形にすれば、
企業とは一切無関係という形になるからな。
で、コイツの名前はどうするんだ？一応名前が無いと不便だからな。」
彼女は顎に手を当てて少し考えこむと、再び言葉を続ける。
「そうですね……シェルツェン・セカンドでは芸がありませんし……。
では……『ベルゼルガ』というのはどうでしょうか？
傭兵部隊ならハッタリが効いて仰々しい方がいいでしょう？」」
ベルゼルガ……ベルセルクとは北欧神話の狂戦士の事だ。
獣の毛皮を被って、獣の獰猛さを身に付けた彼らはまさしく獣のように動くものに襲い掛かる狂戦士。
それがベルセルクたちである。
それを聞いたアルムは呆れたように軽く肩を竦める。
「……どこをどうしたら名前がシェルツェンからベルセルガにすっとぶんだよ。
何の関係もないだろうが。
まあ、そっちがよければ別にいいんだろうけどな。
ラリーには一応こちらから話を通しておくから、後はあいつに聞いておいてくれ。それじゃあな。」
それだけを言うと、アルムは彼女に背を向けてひらひらと手を振りながらその場を立ち去っていく。
強化装備から普通の服へと着替え、ネストオブギースのさらに地下へと向かう。
「よう、ラリー。またここかよ。」
ネスト・オブ・ギースの地下では、月面基地などのノウハウによって作り出された、
地下の巨大な野菜栽培場が存在する。
人工の光源を使用し、コンピューターで室温を管理、培養液や二酸化炭素を吹き付ける事により、
農薬を使用しない水耕栽培によって培養しているのである。
最前線の基地の周囲では光線級のレーザーを防ぐために重金属雲を発生させる事が多い。
そのため、基地周辺の土壌では重金属汚染が進んでいる事がほとんどである。
そんな中で食料を育てる事は到底できようはずもない。
そこで思い浮かんだのが、基地内での食料作成である。
合成食料があるとはいえ、自分の基地内で食糧生産ができればそれに越したことは無い、と
そこで、宇宙開発の際に、閉鎖生態系での生存のために行われた人工生態系のデータを流用し
作られたのがこの人工の野菜栽培場である。
量を確保するために、通常の土壌を使用した栽培ではなく、
水耕栽培によって出来る限り大量に培養しているが、それでも到底基地内の人間全ての野菜をまかなえるなどできようはずもない。
しかし、一部分とは言え、野菜を自分たちでまかなえるというのは大きい。
ここを管理しているのは、難民たちの中でも農業に従事していた人たちを雇い入れ、
彼らを中心にして、農業の心得がある整備兵や衛士、農業に興味のある変り種の衛士などでまかなわれている。
本来忙しい衛士や整備兵たちがこのような事をするべきではないのだが、
心理学の分野で園芸療法と呼ばれる療法があるように、
元農業に従事していた者たちは、野菜を育てる事によって精神的安定が得られるというデータが得られたので、
さらに利点としては、同時に基地内部の空気浄化の役割も果たしている事だ。
山をくり貫いて作られたこの基地では、空気の循環のために、強制換気装置が各部に取り付けられている。
だが、それだけでなく、これらの植物が二酸化炭素を吸収し、酸素を供給するという空気浄化装置になっているのだ。
ラリーは、その片隅を借りてミニトマトなどの自作の野菜作りをしているのだ。
アルムの声に、野菜の世話をしていたラリーは振り向いて答える。
「ああ、土いじりもなかなか楽しいもんだぞ。
まあ、気晴らしにはちょうどいいさ。で、何か用か。」
それを聞いて、アルムは先ほどの話をラリーに伝える。
「ふうん、追加装甲にパイルバンカーねえ……。
まあ、別に試してみるのも悪くないが。
攻撃手段が増えるのは悪くないからな。後は使いようか。」
そういいながら、汚れた手を拭きながら彼はベルゼルガの置かれているハンガーへと足を向けた。
これら野菜の自家栽培は、決してバカにできるものではなく、
ＢＥＴＡ戦の悪化から兵站が悪くなってくる現状、一日中豆だけの食事なども極まれにだが出てくるのである。
もちろん、そんなようにならないように、基地指令のディートリッヒとオールドギースは
懸命に補給安定に駆けずり回っているが、そこは嫌われ者の傭兵部隊の悲しさといえるだろう。
そんな非常用に、自分の作った野菜を食べるために、ラリーのように自分で野菜を作る人間も少なくないのである。
「……そうだ。確かお前野菜農園が趣味だったよな。
なあ、お前の栽培してるミニトマトとキャロット俺に売らないか？高く買い取るぜ。」
「うるせえ、誰がやるか。
オールドギースから家庭菜園キット仕入れてモヤシでも作ってろ。」
そんな風に談笑しながら、二人は野菜栽培室から出て行った。
その一方、Ｘ−２９のチェックを終えたブリジッドは、グラナンから届いていた私的な荷物を
片手に自分の部屋へと向かっていた。
「私宛の荷物をハンガーに持ってくるのもどうかと……。
まあ、別にいいのですが。
お、今週の戦術機ジャーナルですねこれは。」
アメリカ軍が発行している戦術機の広報軍事ジャーナルである。
アメリカ軍は自身のプロパガンダと戦術機の優位性を示すために、
こういった広報雑誌を定期的に発行している。
もちろん、事実とはかなりかけ離れたパイアスや意図的に変えられた部分があるだろうが、
戦術機についての最新の情報が載っている事も珍しくない。
戦術機の開発部門に属している彼女としては決して見逃せない雑誌である。
我慢しきれずに、歩きながらぺらり、とあるページをめくった瞬間、ぴたり、と彼女の動きが止まる。
わなわなと震える彼女は、いきなり全力で走り出して、アメリカへの長距離電話へと駆け込み、
グラナンの上司へと電話をかける。
「どーゆーことですかーっ！！」
開口一番、彼女は電話に出た上司にそう怒鳴りつける。
「私の許可も取らずにＸ−２９と私の写真をアメリカ陸軍の衛士募集のポスターに
使用するとはどういう事ですか！」
そう、戦術機ジャーナルに掲載されていたのは、
Ｘ−２９と例のアイドル風の衣装を纏ったブリジッドだったのだ。
しかも、それがアメリカ陸軍の正式な衛士募集のポスターに採用されていたのだ。
「……一応使用許可はとったはずだが？
それにあんな撮影をしておいて使われないとでも思ったわけはなかろう？」
「ま、まさかアメリカ陸軍のポスターに使われるとは思わなかったのです！
せいぜい、グラナンの広報程度に使われるものかと……！！」
一会社であるグラナンの広報に使用されるのと、
アメリカ陸軍の正式な衛士募集のポスターに使用されるのでは、全く異なる。
これでは彼女の顔はアメリカ全土に知れ渡ったようなものである。
「まあ落ち着け。
……貴様も知っての通り、Ｘ−２９はアメリカの先導技術実験機計画(ATDP)のために作成された機体だ。
いかにアメリカ本土では収集できない実戦データを収集するためとはいえ、
その貴重な機体を傭兵部隊に与えるとなれば、当然の事ながら米国陸軍などの根強い反発がある。
つまりだ、だ。米国陸軍などの顔も立ててやる必要もあるわけだ。分かるな？」
「そ……それは分かっていますが……。」
実際、最新鋭中の最新鋭機とも言えるＸ−２９を傭兵部隊にぽんと貸し出すなど、
アメリカ陸軍などから非常に強い反発の声があった。
それは機密漏れの点やプライドの点などから言っても同然なのだが、
アメリカ国内では実戦データが取れないのもまた事実であるのであるので、
アメリカの影響力が強い傭兵部隊に貸し出すという事でしぶしぶ納得したのだ。
「準第三世代戦術機の良好な実戦データを得られつつある事で
米国陸軍などはかなりの理解は示してはいる。
だが、それでもさらなるガス抜きと餌は必要なのだ。
実際、お前とＸ−２９のポスターを見て、アメリカ陸軍の衛士の応募人数は倍に膨れ上がったそうだぞ？
陸軍は大喜びだそうだ。」
戦術機開発といえど政治には無関心ではいられない。
もし上手く行っていないのなら、あればあれやこれやと口を出してくるのは確実だが、
これだけの良好なデータを得られて計画が上手く行っている上に、
ポスターによって向こうに大きな貢献を果たしているのなら、
向こうもほくほく顔で余計なちょっかいは出してこないだろう。
理屈は解るが……やはり感情では納得できない。
余談だが、Ｘ−２９はそのスマートでヒロイックな機体形状で戦術機関係者から
非常に人気がある機体であったのだが、それは一般人から見ても同様だったらしい。
カッコいいデザインの戦術機とアイドルの衣装をした美人な女性が並べばそれは衛士になる人間も増えようというものだ。
「ああ、それと、ウチの広報部に『あの女性は誰だ』という問い合わせが山のように来ているのだが。
よければまた他のポスターに……。」
ぴきき、と彼女の額に青筋が浮かぶ。
その言葉を最後まで言わせずに、彼女は電話を思いっきりガシャンと叩き付けた。
「―――鷹瀬少尉。入ります。」
ディートリッヒの部屋に入ってきたのは、
ギリシャの訓練基地での訓練を終えて、正式に衛士となった鷹瀬だった。
「うむ、ご苦労だったな。訓練結果は見せてもらった。
なかなかいい成績だったようだな。
射撃能力も新入りとしてはまあまあだ。
これで対Ｇ耐性が強ければドッグファイターになれたかもしれんが……まあいい。」
「……は。」
無表情で、彼女は指令の言葉にそう返す。
その無表情からは彼女が何を考えているかは解らない。
「鷹瀬。貴様にはギース９としてワイルドギース中隊に入ってもらう。
機体はＡ−１０だ。せいぜい活躍してもらうぞ。
今はちょっとこちらがバタバタしているからな。
ひと段落ついた後でワイルドギースに入ってもらおう。いいな。」
「は、了解しました。」
「よし、退出してよし。ご苦労だったな。
機体の搬入などはオールドギース爺さんに聞いてくれ。」
その言葉に、鷹瀬は無表情のまま敬礼して、そのまま退出する。
そして、彼女が退出した後、ディートリッヒ指令は、独り言のように呟く。
「……さて、あいつはどうだった？リディア中尉？」
その言葉に、隣の部屋で待機していたリディアががちゃりとドアを開けてこちらに入ってくる。
彼は隣の部屋に直感に優れるというリディアを置いて、
監視カメラから鷹瀬の様子を伺わせたのである。
「……人を嘘発見器代わりに使わないでいただきたいのですが。
私は人より少し『直感』があるだけです。
人の嘘を見抜くなんて力はありませんよ。対諜報の専用の人間を連れてきたらいかがですか？」
「何、私は貴様の『直感』を高く買っているのでな。
使える物なら何でも使う。それが傭兵部隊というものだ。そうだろう？」
実際の所、この基地指令が、彼女の正確な能力を掴んでいるかどうかは、
リーディング能力を持っている彼女ですら解らないのだ。
リーディング能力と言っても完璧ではない。
人間の表面思考しか読み取れないし、表面思考など常に変化しているものだ。
しかも、その読み取った思考が本当に、確実に相手の考えている事であるかなど誰にも解らない。
もしかしたらこちらのバイアスで違う風に読み取っている事すらあるのだ。
曖昧模糊としたリーディングなどに頼るよりも人間が開発した共有認識であり、
しかもきちんとお互いの意思確認と意思疎通が可能な『言葉』の方が
人間相手ならばきちんと意思疎通が図れる、というのが彼女の認識である。
（もっとも、その言葉の通じないＢＥＴＡのために彼女のような存在が作られたのだが。）
まあ、恐らくは『心を読める能力があろうがなかろうがどっちでもいい』というのが彼の認識だろう。
『他人の過去などどうでもいい』『腕さえあればそれでいい』『使える物は何でも使う』というのは、
この傭兵部隊に共通する空気のようなものだ。
……そして、そんな傭兵部隊に対して、彼女が居心地の良さを感じているのも確かなのである。
「……とりあえず、傭兵部隊や私たちに対して悪意や害意、敵意は感じられませんでした。
悪人でも善人でもない。感じ的には普通の人間ですね。
例え諜報員であるとしても、破壊工作のために潜り込んできたのではないでしょう。
何らかの情報を探るために潜り込んできた可能性が高いです。
……ま、彼女が本当に諜報員であれば、の話ですが。」
「貴様の『直感』では彼女が諜報員であるかは解らないのか？」
「だから何度も言っているでしょう。
あくまで『直感』です。そんな人の心を全て明らかにできるような能力なんて持っていませんよ。」
もちろんそれは嘘だ。
だが、この程度の嘘、傭兵部隊では日常茶飯事である。
それを聞いて、指令はふむ、と顎に手を当てて考えこむ。
「……ふむ。まあいい。ご苦労だったな。下がっていいぞ。」
その言葉に、軽く肩を竦めてリディアは退出していった。
―――そして、それから数日後。
ネスト・オブ・ギースのあるハンガーでは、ソ連から持ち込まれた珍しい戦術機が存在していた。
ＭＩＧ−２１ＲＦ。
ＭＩＧ−２１バラライカを偵察用に改造した期待である。
様々な振動・音紋観測用機材を搭載し、通信機能・航続力を強化した偵察用の戦術機である。
そのＭＩＧ−２１には、両肩に見た事のない複合センサーポットが装備され、
さらに、両腕にもセンサーらしきものが装備されている。
あんなセンサーポッドなど見るのは初めてだが、恐らくはソ連が独自に開発した何らかのセンサーなのだろう、と傭兵たちは考えていた。
そんな極めて珍しい機体が搬入されているのを見て、アルムたち傭兵は驚きの声を上げる。
「おいおい。何だありゃ？」
「さあね。何でもＭＩＧ−２１に新型の複合センサーポッドを搭載してるんだとさ。
さしずめピーピングミグって所か。
どうもその新型複合センサーポッドの試験運用だとさ。
全く、ソ連でやりゃいいものを、こっちに持ってくるなよな……。」
恐らく今回は、ソ連と国連の方から持ち込まれたこのＭＩＧ−２１ＲＦによって偵察任務を行えとでもねじ込まれたのだろう。）
トライ・マーセナリーズは各国と国連が共同で出資を行うといういわば小型の国連と言っても過言ではない。
だが、その分様々な厄介事を押し付けられる事も多い。
例えば本国では何らかの事情があってできない実験を行うために
様々な厄介事を押し付けられるなどだ。
今までは最大の出資国であるアメリカと国連からの厄介事が多かったのだが、
現在ではソ連からの厄介事を押し付けられる事が増えている。
恐らく、リディアが傭兵部隊に入った時期からと無関係ではあるまい。
「見たところ、副座型っぽいな。
……どうせまたあの魔女かソ連絡みか。係わり合いにならないのが無難だな。
誰か知らないが、あんなジャジャ馬につき合わされる方は災難だな。」
そう言ってアルムは皮肉っぽく微笑んだ。
誰が付き合わされるが知らないが、あんな我侭なジャジャ馬に付き合わされるほうはいい面の皮だ。
そして、その言葉が自分に返ってくるとは思わなかった。
「はあ！？リディアと一緒にＭＩＧ−２１ＲＦに乗って偵察任務ですか！？」
しばらく後、基地指令の部屋に呼び出されたアルムは指令の命令を受けて
素っ頓狂な声を上げた。
その命令とは、先ほど搬入されたみＭＩＧ−２１ＲＦを使用して、
ＢＥＴＡ支配領域へと単独偵察任務に当たれという命令である。
ＢＥＴＡ支配領域に単独で偵察任務に当たるなど無謀もいい所だ。
「そうだ。現在ＢＥＴＡ群は謎の停滞状況に陥っている。
そこで国連からの戦略偵察活動の要望が入ってな。
まあ、大口スポンサーからの強い要望とあれば仕方ない。
それにソ連だけではなく、国連からもねじ込まれている以上こちらも断るわけにはいかん。
向こうも貴様に対して報酬は弾むとの事だ。悪くはない話だと思うが？」」
トライ・マーセナリーズは元々、ＢＥＴＡの侵攻に対応するべく、国家に縛られない即時適応部隊として
各国が出資金を出し合って結成された部隊である。
そして、出資金に応じて様々に口出しできるという、言うなれば小型の国連と言ってもいい組織になっている。
そのため、各国が様々な口出しや、研究や実験、そして陰謀などをねじ込んでくる事も日常茶飯事である。
特に最近はソ連とアメリカが色々とねじ込んでくる事が多い。
リディアを傭兵としてねじ込んだり、さらに彼女を中心として様々な実験や作戦行動を許可せざるを得ないのも、その辺の状況による。
トライ・マーセナリーズは国には捕らわれない傭兵部隊と言っても、
そのスポンサーはやはり欧州連合や国連、そしてアメリカにソ連が主だ。
そして当然、そのスポンサーの要望には答えなくてはいけない。
それを考えれば、国には捕らわれないなどという事は所詮建前である事は誰から見ても明白である。
個人的に言わせれば、停滞しているＢＥＴＡなど一気呵成に叩き潰してしまえばいいと思うが、
それは所詮一介の衛士としての思考でしかない事はアルム自身も解っている。
この偵察任務により何らかの情報が得られれば、戦況が好転するかもしれない。
ディートリッヒが口に出した金額は、通常の作戦から比べても遥かに高い金額だった。
これだけの金額があれば、妹の今月の治療費や戦術機の弾薬や推進量の代金に当てても遥かにお釣りが来る。
彼にとっては非常にありがたい話だ。
単独でＢＥＴＡ支配領域に侵入するなど無謀にもほどがあるが、
彼のいう「ＢＥＴＡの停滞」が事実だとすれば生き残れる可能性は十分にある。
それに向こうも中隊長を二人もこんな国連＆ソ連都合の作戦で無駄に使い潰しはしないだろう。
「戦術機による偵察は通常支援砲撃の後に単機で行われるものだが……
こんな事で中隊長を二人も失うわけにはいかんからな。
他の中隊は基地防衛のため出すわけにはいかないが、
オウル、ワイルドギースとレイヴンは貴様たちの近くに配置させるし、
いざという時のために支援砲撃の準備も行う。これでいいな。」
そのアルムの意図を読み取ったのか、ディートリッヒはアルムの予想通りの答えを返してくる。
スポンサーの要望には答えなくてはならないが、
こちらの戦力を少しでも削るわけにはいかない。
そんな彼の苦悩がこちらにも伝わってくるようだ。
それと同時に、にやりと意地悪く指令は微笑みを浮かべる。
「それにオウルを失った以上、あのジャジャ馬を上手く手なずけられるのは貴様が一番だしな。
貴様のジャジャ馬を制御する技量に期待しているぞ。」
「……了解しました。アルム大尉。特別偵察任務に入ります。」
―――跳躍ユニットの轟音が何も無い荒野に響き渡る。
ＢＥＴＡに喰らい尽くされ何も存在しない地上。
これがＢＥＴＡ支配領域である。
ＢＥＴＡが侵攻する地域ではありとあらゆる全ての存在がＢＥＴＡに貪り食われてしまう。
その荒野を、追加装甲シェルツェンと、銃剣付きのＷＳ−１６Ｃを装備した
ＭＩＧ−２１ＲＦは超低空の匍匐飛行で駆け抜けていく。
「……ったく、クソ重い機体だぜ。」
以前アルムもＭＩＧ−２１を操縦していたことがあるため、
機体転換訓練は受ける必要はないとはいえ、
ＭＩＧ−２１ＲＦは通常のＭＩＧ−２１よりも
ゴテゴテと付けられた特殊な新型センサーとやらのお陰で、
空力特性は通常のＭＩＧ−２１よりも悪化しており、
さらにそのセンサーや副座型の重量はＭＩＧ−２１の機動性を悪化させていた。
そんな中、操縦技量が必要とされる超低空の匍匐飛行を行っているのは、
さすが傭兵部隊の中隊長と言えるだろう。
Ｘ−２９と違い、こんな重たい、しかも第一世代戦術機では、光線級の照射を振り切るなど到底無理な話だ。
そのため、今回の任務は、第一世代戦術機において命綱ともいえる追加装甲を装備したのである。
「グレイ・スワンからＨＱへ。
本当に被照射警報はないんだろうな、」
「ＨＱよりグレイ・スワンへ。
被照射警報に変更はない。
なおその地域には重光線級は確認は取れてはいないが、
光線級の存在は確認されている。
決して４０ｋｍ圏内……第四級光線照射危険地域に入らないようにしろ。以上だ。」
了解、とそれだけ言うと、アルムは通信を切って操縦に集中する。
彼らは歴戦の衛士ではあるが、それでもこの単機でＢＥＴＡ支配領域に偵察任務などという無謀な事には恐怖を覚えるのが正常の反応だろう。
いかに現在ＢＥＴＡが謎の停滞状態に陥っているとはいえ、いつ活動を再開するか解らないこの状況では、
恐怖を覚えるのは当然だ。
思わず眉を潜めるアルムに対して、副座の後部席にいるリディアは笑みを含みながら言葉を放つ。
「あらあらアルム君ってば。
私と二人きりのデートがそんなにご不満なのかしら？」
そんな彼に対して副座型の後部に腰をかけて、顔の上半分を特殊なバイザーで覆ったリディアが声をかける。
どうやらＭＩＧ−２１ＰＦに装備された特殊な新型センサーとやらは、
極めて神経を集中する作業であるらしく、操縦などは全てアルムに一任されている。
その彼女の言葉を聴いて、口を歪めてアルムは吐き捨てる。
「ああ、楽しいデートだよな。
ＢＥＴＡ支配領域に単独で突っ込むのを除けばな。
ったく、何で俺がこんな貧乏籤引かなくちゃいけないんだよ。
まあ、仕事だから仕方ないけどな。」
それを聞いて、面白くなさそうに、バイザーで顔の上半分を覆ったリディアは微かに口を尖らせる。
「全く私のような美人とデートして貧乏籤なんて贅沢者ね。
どうせ女性と縁がないくせに。」
「御託はいいから集中しろボケ。
こっちにだって余裕がないんだ。」
その言葉を最後に、しばやく管制ユニット内に沈黙が漂う。
だが、唐突に、珍しく真面目な顔をリディアがぽつりと独り言のように小さく呟く。
「……そういえばアルム君。
オウルも居なくなって、同期も随分と減ってしまったわね。」
「そうだな。」
「仲良し三人組が二人になってしまうなんて、
あの時には予想もしなかったのだけれど。」
「おいおい、いつ俺たちが仲良しになったよ。
お前たちと組んだのは、他のやつらよりマシそうな理由だったからさ。」
「……前から不思議だったのだけれど。
アルム君たちは私が怖くないのかしら。
私は、入隊当時から不気味な魔女と呼ばれていたのに。」
そんな彼女の言葉を、アルムは鼻先でせせら笑う。
「ハッ。笑わせるなよ。
魔女だろうが悪魔だろうが、そんな事は俺たちの知ったことか。
腕がよくて、それなりに『信頼』できてＢＥＴＡと戦えるのなら、
悪魔とだって喜んで仲良くなってやるさ。
そうしたほうがこちらの生き残る確立が高くなるからな。
ほら仕事の時間だぞ。さっさとセンサーとやらを起動させろ。」
むう、とつまらなそうに口を尖らせたリディアだったが、
大人しく新型センサーの起動を開始する。
だが、彼女がほんの少しだけ嬉しそうなのは気のせいではないだろう。
もっとも、前方にいるアルムにはそれは全く見えなかったが。
アルムは知らないが、このセンサーは彼女のリーディング能力を増幅し、指向性を持たせる機能もついている。
リーディング能力者としては最低レベルである彼女には、
ＢＥＴＡの思考を読み取るにはこうした装備が必須なのである。
特に新開発のリーディング増幅装置は彼女の持っているリーディング能力の範囲を飛躍的に向上させるが、
彼女に対して極めて大きい精神的・肉体的負担を与える。
他の通常のリーディング能力を所有している姉妹は（いくら能力が想定値を下回っているからといって）
こんな物は必要ないが、リーディング能力が最低レベルの彼女にとっては、
下手をすれば精神崩壊があるこんな装置でも使用しなければならないのだ。
（そのため、他の姉妹たちにはその装置は必要ないという判断である。）
「うっ……くうううっ……。」
リーディング増幅装置がもたらす脳を直接シェイクされるような苦痛と頭痛に耐えながら、
それに耐えながらも、懸命に彼女は停滞しているＢＥＴＡ群に対してリーディングを行う。
それに対して大丈夫かなどと声をかけている余裕はアルムにもない。
懸命に低空の匍匐飛行を行いながら、ＢＥＴＡ群から４０ｋｍ圏外すれすれを飛行していく。
当然、装備されている全てのセンサーを全開にして、停滞しているＢＥＴＡ群へと向けて
少しでも奴らの情報を取り入れている。
まあ、どんな機能を持ったセンサーなのかはアルムにはさっぱりわからないのだが。
そして、戦略偵察活動を始めて数十分後、唐突にリディアはアルムに向けて叫ぶ。
「―――ッ！アルム君！速くこの空域から離脱しなさい！速く！！」
「了解ッ！」
その言葉と同時に、アルムは、ＭＩＧ−２１ＲＦを９０度旋回させると、
超低空の匍匐飛行を行いながら、手早くＢＥＴＡ群から距離を取って離脱していく。
ここで「何故、どうして」など悠長な事を聞いている暢気な人間ならば、当の昔にＢＥＴＡに貪り食われている。
歴戦の衛士である彼らだからこそ通じ合った直感といえるだろう。
空力を読みながら、超低空の匍匐飛行で急いでＢＥＴＡ群から離れているＭＩＧ−２１ＲＦに
通信が飛びこんでくる。
「ＨＱよりグレイ・スワンへ！
至急その戦域より離脱しろ！！
最新の低軌道衛星情報だ！ＢＥＴＡが―――活動を再開したぞ！！」
ズズズ、と突撃級がこちらに向かって突進を開始したのがこちらのカメラからも確認が取れる。
衛星からの観測結果によれば、この近辺に重光線級の存在は観測されていない。
（地下からこられれば別だろうが。）
それゆえ、この近辺のＢＥＴＡ支配領域への探索が認められたのだが、
これが今回は役に立っている。
４０ｋｍを離れた地点では、光線級からのレーザー攻撃範囲にギリギリの所である。
重光線級なら１２０ｋｍを超えることもあるが、今回は（恐らくは）重光線級は存在しない。
「グレイ・スワンよりＨＱ！
今のところ何とか逃げ切っているが、、
速くワイルドギースとレイヴンとオウルをこちらによこしてくれ！
たった一機じゃ何もできんぞ！」
「ＨＱよりグレイ・スワンへ！
すでに全中隊そちらに向かっている！
何とか彼らと合流するまで逃げ切ってくれ！！」
跳躍ユニットを全開にしながら、後方の突撃級からじりじりと距離を取っていく、
アルムのＭＩＧ−２１ＲＦ。
リディアの指示でいち早くＢＥＴＡ群から距離を取り始めたのが幸いした。
この調子なら何とか突撃級から逃げ切れるとも思ったが、やはりそんなに甘くはない。
「我に追いつく敵機なし……と言えればカッコよかったんだがな。」
「どうやらそうはいかない見たいね。アルム君。九時方向。」
そこには真横からこちらに向かって突撃してくる小規模の突撃級の群れがあった。
思わず、チッとアルムは舌打ちをする。
真後ろから突撃級に迫られている上に、さらに真横から突撃級の群れが来るなど
思わず最低のタイミングで横っ面を思いっきり殴られた気分だ。
「足止め食らってモタモタしてると後ろのＢＥＴＡ群に飲み込まれるわ。
……そうなったこの機体が私たちの棺桶になるわね。
前に突っ切る事だけを考えなさい。」
「了解！行くぜ！」
ＭＩＧ−２１ＲＦは、手にしたＷＳ−１６突撃砲を構えながら、
真横からこちらの道を塞ぐように突進してくる突撃級の群れに突っ込む。
目の前を通り過ぎようとする突撃級の足元に３６ｍｍを連続で叩き込んで、
脚を止めて無力化させる。
脚を失った突撃級はその場に立ち往生して前へと進めなくなる。
そして、そんな身動きのとれない先頭の突撃級に対して、後方の突撃級が次々と追突してくる。
だが、それには目もくれず、ＭＩＧ２１ＲＦは次の突撃級へと攻撃を仕掛ける。
ＭＩＧ−２１ＲＦの両腕部には通常のナイフシースの代わりにセンサーポッドが取り付けられているため、
近接短刀を機体内に装備していない。
そのため、ＷＳ−１６突撃砲の下部に装備する事により銃剣として装備しているのだ。
その突撃砲に装備された銃剣を振るい、目の前の通り過ぎた突撃級の装甲のない
柔らかい後部を勢いよく切りつける。
体液を噴出しながら停止する突撃級には目もくれず、さらに前方に噴射跳躍する
ＭＩＧ−２１ＲＦは、前方の突撃級の脚部に３６ｍｍを叩き込み、次々と行動不能にしていく。
突撃級を次々と行動不能にしながらも、アルムのＭＩＧ−２１ＲＦは迷う事無く
地表面滑走や噴射跳躍を使用しながらも、高速で前方へと突き進む。
「アルム君！チェックシックス！！突撃級三体！！」
ガン！と彼女は前方にあるアルムのシートに蹴りを入れる。
遥か後ろから迫り来る突撃級ではなく、真横から迫り来る突撃級が突進しながら少しづつ軌道を変えて、
ＭＩＧ−２１ＲＦの後ろ方面から襲い掛かってきたのだ。
「うるせえ！言われなくても分かってる！！」
突撃級は確かにその速度から急に曲がることはできないが、
少しづつ弧を描くように突撃方向を変えることはできる。
そんな後方から迫り来る突撃級に対して、ＭＩＧ−２１ＲＦは兵装担架システムに装備されている予備のＷＳ−１６を使用して、後方射撃で牽制する。
「９時方向！突撃級が来るわよ、本当にノロマね！」
さらに、彼女はガンガンとアルムのシートに蹴りを入れる。
「いちいちシートを蹴るな！操縦をミスったら俺もお前もお陀仏だぞ！
というかお前の反応速度が速すぎるんだよ！この魔女野郎め！」
９時方向から突進してくる突撃級に対して、ＭＩＧ２１ＲＦは振り返ることすらせずに、
さらに後方射撃でそちらを牽制する。
と、６時方向から来る突撃級と９時方向から来る突撃級が回避できずに、
お互いに激しくぶつかり合って動きを止める。
さらにその突撃級に対して、真横から突進してくる突撃級が衝突するなどもう滅茶苦茶な状態だ。
と、そんな混乱に陥っている突撃級に対して、猛烈な３６ｍｍの雨が襲い掛かる。
「よう！お待ちどう！二人きりのデートの邪魔だったかい！？」
そんな風に連絡を入れてくるのは、真っ先にこちらに突っ込んでくる
突撃砲と、試作型戦槍追加装甲『ベルゼルガ』を装備したラリーのＦ−１５Ａ先行量産型だ。
そして、まるで彼が率いるように、その後ろに、ワイルドギース、レイヴン、オウルの三中隊の
戦術機がこちらに突っ込んでくる。
「遅いぞ！クソったれどもが！！」
「隊長のデートの邪魔をしないように空気読んだのに
そりゃないでしょう隊長！」
アルムの怒鳴り声に、理不尽きわまりないと言わんばかりにギース６は大仰に天を仰いで嘆いてみせる。
普段なら笑い声の出る一幕ではあるが、
ＢＥＴＡが迫りつつある状況ではそれどころではない。
「ここは俺たちが引き受ける。お前はさっさと撤退しろ！」
「了解！任せたぜ相棒！！」
その言葉と共に、ＭＩＧ−２１ＲＦはさらに噴射跳躍をして撤退していく。
そして、その後ろを護るように傭兵部隊が彼らから見て横から迫り来る突撃級を迎え撃つ。
「くたばりやがれ！」
ラリーのＦ−１５Ａ先行量産型は、前方へ跳躍噴射すると同時に、
横腹をさらしながら突撃する突撃級へと一気に距離を詰める。
それと同時に、グラナンが半ばお遊びで開発した試験型戦槍追加装甲『シェルツァン・セカンド』を振りかざし、
装備されているパイルパンカーの切っ先を突撃級へと突きつける。
―――腹に響き渡る射出音。
逆噴射制動(スラストリバース)と同時に、突撃級の横腹にパイルバンカーの鋭い切っ先が突撃級の外骨格を突き破り、深々と突き刺さる。
重い衝撃がＦ−１５Ａの主腕に伝わってくるが、その衝撃の大半は、重量のある追加装甲がカウンターとなって吸収される。
突撃級の堅固な外骨格を易々と射ち貫くとは、パイルバンカーの一撃の威力はさすがといえるが、
やはりその分非常に使いづらいのが難点といえる。
そして、そのパイルバンカーをした隙を狙うかのように、一瞬脚を止めたラリーのＦ−１５Ａの真横から
要撃級が前肢を振りかざして襲い掛かってくる。
「ギース２！６時方向に要撃級！」
その声に答え、Ｆ−１５Ａはパイルバンカーのために突き出した試作型戦槍追加装甲を持った左腕をそのまま勢い良く横凪に振るう。
元になった東ドイツ製の追加装甲、シェルツァンには追加装甲横部にギザギザのブレードが装備されている。
そのブレードと下部の大型スパイクは当然現在でも装備されている。
勢い良く横凪に振るわれたベルゼルガの横のブレードは、要撃級の頭に見える部分を容易く切り飛ばす。
さらに、要撃級と共にわらわらと砂糖に群がる蟻のように地面から迫り来る戦車級に対して
Ｆ−１５Ａはベルゼルガをまるで地面に叩きつけるように振り下ろす。
その鋭いブレードと重い追加装甲の合わさった一撃は、戦車級を纏めて数体、まるで豆腐のように両断する。
さらに、Ｆ−１５Ａは跳躍ユニットと使用して跳躍しながら、群がってくる戦車級に３６ｍｍを叩き込んでいく。
いかに支援砲撃や支援がないといっても、歴戦の傭兵部隊の三中隊にかかれば、
小規模の突撃級など片付けるなど朝飯前である。
だが、ここは今だＢＥＴＡ支配領域である。
気を緩めないように、アルムは各中隊に指示を飛ばす。
「各機、無理はするなよ！
適当にＢＥＴＡを散らしたら即時撤退しろ！！
戦車も支援砲撃も期待できないこの状況じゃあ無理は禁物だからな！」
「「「了解！！」」」
小規模の突撃級の群れを片付けた彼らは、そのまま即時撤退に移る。
さらに後方に存在するこちらに向かってくる中規模のＢＥＴＡ群に巻き込まれ、
乱戦状態になってしまったら、いかに傭兵部隊といえど被害が甚大になってしまうだろう。
このまま逃げ切って、奴らが支援砲撃の範囲内に入れば纏めて支援砲撃でＢＥＴＡ群を片付ける予定だ。
ならば、こんな所でのんびりしている暇は無い。
三中隊を引き連れる形で基地方面へと疾走するＭＩＧ−２１ＲＦは司令部に連絡を入れる。
「―――戦略偵察任務完了。これより帰投する。」
……人類の敵、ＢＥＴＡに対する情報収集は今だ暗中模索の状況にあった。
その後、無事に基地にたどり着いたＭＩＧ−２１ＲＦと三中隊は、
洗浄作業を行い、次々とハンガーへと入っていく。
そして、機体をガントリーに固定すると、管制ユニットを開放し、外に出ようとした時、
アルムはリディアの異変に気づく。
何とかよろよろと立ち上がろうとするリディアだが、体力も精神力もそうとう消耗したのが、
傍目から見ても解る。
はあ、とため息をつくと、アルムはリディアの腰に手を回して、半ば無理矢理体を支えてやる。
そんな彼に対して、汗だくの弱った彼女はアルムを見上げる。
「……アルムくん。セクハラだわ。
男はみんな野獣と聞いていたけれど、本当に油断も隙もないのね。
こんな状態の私を狙ってくるなんて。」
「うるせえ、こんな状態になっても口の減らない魔女野郎だな。
大人しくしてろボケ。仕方が無いな……。」
ため息をついたアルムは、そのままリディアを両腕で抱えて抱きかかえて
持ち上げながら、管制ユニットから出る。
彼自身は意識してなかったが、いわゆるお姫様抱っこという奴である。
だが、そこで彼は彼女に対して禁断の言葉を口走ってしまう。
「……重い。マジ重い。」
その瞬間、ぴきぴきぴき、と彼女の額に青筋が浮かぶ。
「……アルム君。ちょっとそこに正座しなさい。そして土下座しなさい。
貴方のような朴念仁野郎に乙女心という物を教えてあげます。。
ええ、それはもうみっちりと徹夜で。二人で。ワンツーマンで。」
「うるせえボケ。黙って大人しくしてろ。
第一人間の体重がそんな軽いはずねえだろ。軽かったらそっちの方が異常だぜ。
何なら脚を引きずりながら運搬してやってもいいんだぜ？」
そんな軽口を叩きながらリディアを抱きかかえながら管制ユニットを出るアルムを見て、
整備兵は驚いた顔を見せる。
この状況では、もしかしから彼女が何らかの傷を負ったのではないか、と心配するのは同然だ。
「ど、どうしたのですか！？」
「ああ、俺は問題ないが、こいつがちょっと消耗していてな。
悪いが医者を呼んでくれ。」
了解！と叫んだ整備兵は、そのまま医療室に通信を入れて医者を呼び出す。
その間、アルムはリディアを支えてやるが、なぜか、そんな彼らを見て、
いつの間にか来ていたブリジッドは横目で不機嫌そうに睨み付ける。
「……むーっ。」
「？どうしたんだい？お嬢さん、随分と不機嫌だが。」
言いたいことは色々あるが、さすがに現状ではそれ所ではないと判断しているブリジッドは、
衰弱したリディアに飲み物や栄養剤を与えながら、
それでもちくりと毒まじりの言葉をアルムに向けて放つ。
「いえ、別に。スタイルのいい美人と二人きりで随分と楽しいピクニックだったようで。」
「おいおい、こちとらＢＥＴＡ支配領域でのピクニックで命がけだったんだぜ？」
生きて帰ってきたんだ。歓迎会ぐらい開いてくれよ。」
「あら、アルム君は私のような美人と二人きりじゃ不満だったのかしら？
二人きりであんなことやこんなこともサービスしてあげたのに。」
それを聞いて、彼女は抱きかかえられながら思いっきりアルムに対して胸を押し付ける。
「うざったいからくっつくなボケ。
お前の中では操縦中にシートを蹴り飛ばすのがサービスなのかよ。泣ける話だぜ。」
「………むむむむむーっ……！！」
びきびきびき、とブリジッドの額に思いっきり青筋が浮かんでいた。
「やれやれ。仕方のない奴らだぜ。」
はあ、とラリーはそんな彼らを見て思いっきりため息をついた。
こうして、戦略偵察任務を終えて彼らは生き延びて帰ってきた。
彼らの持ち帰ってきた情報がどんな波紋となって世界に影響を与えるのか、
それは今の彼らでは予想すらつかなかった。
―――ネストオブギースより遥か遠くの某所。
そこでは、数十人のソ連や国連の高級仕官たちが極秘の会議を行っていた。
「ふむ……なるほど。新型センサーの実戦チェックはひとまずは良好、といったところか。」
「ふん、リーティング増幅装置は上手く行っているようだな。
最低ラインの能力しか持たない『アレ』が、中の下レベルまで能力が引き上げられているのだからな。」
「やはりリーディングに集中させるためには副座型の方がよさそうですな。
一人に機体を操縦させて一人にリーディングに集中させる……。
これが一番効率が良いでしょう。」
「しかし、ハイヴに突入してリーディングと情報収集を行うにはＭＩＧ−２１ＲＦでは性能が低すぎます。
これではハイヴ内に突入して情報を持って帰る前に全滅ですぞ。
実験体にも莫大なコストがかかっているのです。無駄に潰されるのは困る。」
「副座型の性能の優れた戦術機、か……。
第一世代戦術機では話にならんな。ＭＩＧ−２５の発展改修型が開発中と聞くが……。
正直言って、米国の第二世代戦術機の性能を凌駕するとは思えん。
ＭＩＧ−２３の例もありますしな。」
「……仮に、もし仮に米国の戦術機でこの任務に適格な戦術機といえばどんな機体があるかね？」
「Ｆ−１５イーグルはすでに先行量産段階に入っています。
副座型のＦ−１５Ｂも存在しますが……あれは米国ががっちり抑えていますからな。
この任務に一番適格なのは……やはり副座型で高い機動性、
第二世代戦術機中でも高い戦闘能力を持つＦ−１４トムキャットかと。」
「……よかろう。我々オルタネイティヴ第三計画は、
Ｆ−１４トムキャットの特殊戦略偵察任務型の機体改修案の選定に移る。それでよろしいな。同士諸君。」
その言葉に、そこにいる全員は頷いた。
こんにちわ。零です。
ワイルドギース第八話更新しました。
なぜかギャルゲ成分が大目になった気がします。
どうしてこうなった。
ちなみに、ＭＩＧ−２１ＲＦの複合センサーポッドは、Ｆ−１４マインドシーカーと全く同一ということで。
ＭＩＧ−２１ＲＦからＦ−１４マインドシーカーに受け継がれていったという形です。
感想などいただけるととても嬉しいです。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
戻る