―――跳躍ユニットの轟音が響き渡る。
傭兵部隊の拠点であるネスト・オブ・ギースは跳躍ユニットの轟音や走り回る整備兵や衛士でごった返していた。
そんな中、基地司令であるディートリッヒは、強化装備の姿で副官を連れて廊下を歩いていた。
「……歩哨の件はケリはついたか？」
こつこつと強化装備の姿のディートリッヒは自分のハンガーへと足を運びながら、
傍に寄り添っている副官へと話しかける。
「ええ、おっしゃる通りに。
きちんと再度引き締めを行い、手を抜いた者は全て解雇して難民キャンプに再度戻しておきました。
ですが……。」
「国連から何らかのペナルティを受ける可能性は高い……か。
まあ、こちらの管理責任も問われる事にもなるだろうが。
考えられるのは、さらなる激戦区へと投入あたりか。
全く、無能な味方というのはタチが悪い。まあ、それも私の管理責任ではあるが。」
そう言いながらも、ディートリッヒはトーネードADVのハンガーに入るとそのまま、
キャットウォークへと歩んでいく。
「……行かれるので？」
「仕方あるまいよ。何、ギースが動かせない以上、私がやるしかあるまい。
奴らだけに負担を押し付けているのは性に合わなくてな。
それにせっかくのトーネードを埃まみれにさせるわけにもいくまい。」
「―――そうですか。ご安心を。
書類仕事は全てきちんと残してある故。」
その副官の言葉に、思わずディートリッヒも苦笑いを浮かべる。
管制ユニットが閉じられ、ゆっくりとトーネードが歩みを始めてハンガーから歩み出て、そのまま滑走路に向かう。
同様に、オウル隊の他のトーネードも次々とハンガーから出て発進準備を整える。
「やれやれ。ウチの副官は手厳しい。
行くぞ！オウル２！オウル３！続け――ッ！」
その彼の叫びと共にトーネードADVの跳躍ユニットが唸りを上げる。
―――跳躍する。
……しばらくの後、彼らは東ドイツのオーデル・ナイセ流域絶対防衛線・ゼーロウ陣地近くにたどり着いていた。
当然、傭兵部隊に砲兵からの支援などあるはずもない。
ただ孤立無援の状態で敵BETAと戦うだけだ。
オウル隊に襲いかかってくるBETAに対して、とっさにディートリッヒのトーネードADVは突撃してくる突撃級に対してまっすぐに突撃し、
突撃級にぶつかる寸前で跳躍ユニットのノズルを下に向け、跳躍し、さらに突撃級の外殻を足場にしてさらに跳躍し、
突撃級の突撃を回避する。
そして、落下すると同時に、左腕のブレードで突撃級の柔らかい後部を切り裂く。
「私はガンスリンガーではあるが……こういうのも不得意ではないのでな！」
さらに足元に群がってくる戦車級を腕のブレードで横凪ぎに斬り払いながら、
攻撃を仕掛けてくる要撃級に対して、攻撃を回避し、ほぼ零距離射撃を叩きこむ。
なるほど。これは欧州の衛士大喜びの機体だな、とディートリッヒは頷いた。
準第二世代機のため、機動性などはF-15Aなどには劣るが、
両腕にブレードが装備されているため近接格闘戦に優れ、
なおかつガンスリンガーである彼が満足するほどの射撃性能を誇っている。
一気に第二世代に飛ぶのではなく、戦術機についての開発技術などが不足している欧州では、
まずは少しづつ基礎開発技術を積み重ねる事を選択したのだ。
その点、同時期に開発を開始したECTSF計画とは対極に位置する機体だと言える。
「よし、一気に戦線を押し戻すぞ！オウル隊続け！！」
同時に、トーネートADVの可変翼が起動し、跳躍ユニットが唸りを上げる。
それは、彼らの反撃の咆哮にも聞こえた。
一方、アルムのX-29とラリーのF-15Aは二機並んで基地の演習場で慣らしの飛行運転をしていた。
二機の戦術機は、跳躍ユニットの唸りを上げながら、華麗なエレメント飛行を行う。
X-29に乗っているアルムは横で飛行しているF-15A先行量産型の映像を横目でちらりと見ながら、
F-15Aのラリーに通信を入れる。
「へえ、F-15Aには新型の燃料電池が導入されたと聞いていたが……いい感じみたいじゃないか。」
「まあまあ、と言ったところかな。
全くまだ実戦テストも行っていない試作品を組み込んで戦場に行くなんてお前だけだと思っていたんだが。」
「ほざけ。先行量産型なんてモンで戦場に出るお前も十分アレだろうが。」
そう言いながらも、二機は見事な腕で華麗なエレメント飛行を決める。
F-15Aは燃料電池を交換すると同時に、跳躍ユニットを燃費を良くするするために多少の改修が行われているが、
それも今のところいい感じのようだ。
まあ、このまま慣らし運転を行った後ですぐ実戦テストを行うなど無謀極まりないが、
それが傭兵部隊では日常茶飯事である。
そんな二機のエレメント飛行を見ながら、X-29の付機長であり開発主任のブリジットは安堵のため息をつく。
「ふむ。X-29の方は良好みたいですね。
新型のカーボニックアクチュエーターや試作型コンデンサも良好のようで。
F-15Aも……忌々しいですが良好のようですね。
流石は戦術機最大手のドグラムといったところですか。」
X-29は試作機のため、当然様々な新しい装備が盛り込まれている。
新型のカーボニックアクチュエーターもその一つである。
F-14のカーボニックアクチュエーターをベースにしながら近接格闘用に新規設定したカーボニックアクチュエーターは、
グラナン社としては始めての試みだったが、今のところテストパイロットであるアルムからも好評である。
メンテナンスのついでに、多少セッティングをいじってみたのだが、アルムからは文句がこなかったということは、
問題はないだろう、と彼女はほっと息をつく。
「やあどうも。グラナンのお嬢さん。
X-29の調子も良さそうでなによりで。」
そう言いながら話しかけてきたのは、F-15Aの専門の整備兵だ。
ドグラムとグラナンは共に戦術機のシェアを争う宿敵同士である。
そんな彼に対して、ブリジットは固めな声で答える。
「……ええ。どうも。
ですがそちらも流石ですね。
あれだけの短期間で新型の燃料電池を用意できるとは。」
「いやいや、本来は新しい跳躍ユニットも用意したかったのですが中々……。
それに燃料電池にもまだまだ工夫できる余地がありますからな。」
跳躍ユニットこそ以前のままだが、高効率の燃料電池は、作戦稼働時間の延長に繋がり、
F-15Aの戦闘能力をさらに向上させている。
（後のF-15Cには及ばないが。）
だが、まだまだ高効率の燃料電池の開発の開発の余地はあるし、新型の高効率・高出力の跳躍ユニットの開発、
さらには新型レーダーの開発などが予定されている。
どうせこれ幸いとX-29の様々なデータを集めているに違いない。
最も、こちらもF-15Aのデータを集めているのだ。人のことは言えない。
まあ、そこはお互い様という訳だ。
それにお互いライバル同士であるとはいえ、優れた戦術機を開発した事には変わりない。
それゆえ、お互いにそれなりの敬意を持ってはいる。
「……ふむ。」
その技術者たちを他所に、F-15AとX-29の飛行を見ているのは、
同じワイルドギース所属の鷹瀬である。
彼女の髪には普段つけない小型の髪飾りがついており、彼女はそれを時々いじってるように見える。
その髪飾りには小型の映像記憶媒体が仕込まれている。
それを使用して彼女はF-15AとX-29の飛行シーンを取っているのだ。
（やはり、F-15Aのネックは推進剤不足と燃料電池の出力不足……ですか。
確かに、それは私も感じる所ではありましたが。
高い機動性の代償として推進剤が常に不足ぎみとなる。
しかしその改善のためにこうも早く新型の燃料電池開発と
並びに跳躍ユニットの改良・新しい跳躍ユニットの開発を行うとは流石アメリカ。
これらの情報をお嬢様に知らせる必要がありますね。
それは日本帝国の戦術機開発の礎となる。）
（そう、全ては日本帝国とお嬢様のために―――！！）
そして、場面は切り替わり、ネスト・オブ・ギースに向かう装甲列車や軍用列車の一団が存在した。
それは彼らの兵站や補給の要ともいえる軍用列車に、そしてそれを護衛する装甲列車に戦術機部隊である。
光線級により輸送機が使えない以上、大量の物資を一気に運ぶことのできる鉄道は、
まさしく傭兵部隊にとっての命綱そのものである。
そのため、その保全や護衛にはかなりの労力を割いているが、
それでも全くもって完全とは言い難い。
航空兵力が封じられて輸送機が使えない以上、鉄道による輸送はまさに兵站の要ともいえる存在である。
トラックによる輸送も行われてはいるが、それでは到底鉄道による輸送能力の足元にも及ばない。
そのため、弾薬・食糧・戦術機の補給パーツ・戦術機自体の輸送は基本的は軍用列車で行われる。
そして、その護衛には装甲列車と護衛の戦術機部隊によって行われるのが通例である。
特に、最前線における補給作業はBETAに襲われる危険性が高いのでこれぐらいは当然である。
「全く、最近は補給が遅くなりがちで困っちまうわい。
おい！もう少し早くできねえのかい！？」
「爺さん、無茶言わないでくれ。
俺達も爺さんには世話になっているが出来ることとできない事がある。」
護衛用の装甲列車と戦術機部隊で輸送用の軍用列車を守っているが、それでも限度がある。
この戦術機部隊は、護衛のみならず、手持ちの物資で線路のレールの補修を行う事も考慮に入れられている。
と、そんな列車が走っている中、脇の森の中から小型種を主にしたBETAの一群が飛び出してくる。
ここは最早最前線に近い。
いかに傭兵たちやチェコスロバキアの軍が守っていると言っても、それでも多少の討ち漏らしやすり抜けはあるのである。
「ちいっ！小型種か！ぶっぱなせ！！」
装甲列車は、疾走しながら対空砲座で戦車級をミンチに変えていく。
同時に装備されたミサイルなどでさらに戦車級を吹き飛ばしていく。
速度自体は装甲列車よりもBETAの方が上なのだ。
完全に逃げ切ることはできないが、走行しながらなら相対的な距離で、
一気に襲いかかってくることはできない。
そしてBETAの小型種といっても、闘士級や戦車級ではやはり速度が異なる。
そのため、自然と引き剥がされてバラバラになっていく。
その時と狙って装甲列車と戦術機の火力で順次に掃討していくのだ。
と、そんな風に走行しながら小型種を掃討していた装甲列車がいきなりブレーキをかける。
それに釣られる形で後方の補給物資を満載した軍用列車や護衛の戦術機部隊も足を止めてしまう。
「どうしたあっ！？」
「くそったれ！またレールが喰われていやがる！」
「また小型種か！毎度毎度……！戦術機並びに工兵は補修にかかれ！
他の戦術機と装甲列車、並びに強化外骨格部隊は全方位警戒態勢！小型種が来るぞ！」
「またかい！おいおい嫌な予感がするぞこりゃ。」
そう爺さんが叫んだ瞬間、装甲列車から対小型種用の強化外骨格部隊が展開し、工兵たちの周囲をガードする。
戦術機部隊も同様だ。
今まで移動しながら攻撃することによって数は減らしてあるので、
あの程度の数なら足止めを食らっていても何とかなる。
だが……。
「また小型種の群れが現れやがったぞ！！」
そう、再び小型種の群れが現れ足止めを食らっている装甲列車や軍用列車に襲いかかってきたのである。
対抗するために、装甲列車の100ミリ砲2門と75ミリ砲2門並びに対空砲やミサイルなどが火を吹き、
迫り来る戦車級を次々に打ち倒していく。
護衛の戦術機部隊も、３６mmを次々と叩き込んで小型種を薙ぎ払っていく。
だが、それでも足止めを食らっている状態でいきなり現れた小型種に対しては分が悪い。
覚悟を決めて強化外骨格部隊が、迫り来る戦車級を撃退するべく戦闘態勢に入ろうとした瞬間、
カン高い跳躍ユニットの音が響き渡り、新たな戦術機部隊が現れる。
だが、その先頭の戦術機を見て、強化外骨格の兵士たちは驚愕の声を上げる。
「……！？何だあの戦術機は！？F-5……か！？」
その機体はF-5に似てはいるが全く別に機体だった。
―――Su-15。
ソフィーニが開発した近接格闘に特化したSu-15の強化版である。
そして、今までのSu-15と異なるのはその両肩である。
その肩にはパーソナルマークである白百合と白薔薇が刻印されているだけでなく、
小型のスーパーカーボンブレードが装備されているのである。
一応風洞実験は何十回も行われて空力は計算されているはずだが、
何せこれを装備してテストもせずにいきなり実戦である。
《こちら傭兵部隊トライ・マーセナリーズ所属、レイヴン中隊。
これからそちらを援護する。》
綺麗だが、冷徹にも聞こえる声で通信を入れながら、
肩に白薔薇のマークが刻印されたSu-15は両腕のモーターブレードを展開させ、
そのまま小型種の群れへと突撃し、脛部に装備されているスーパーカーボンブレードで、
文字通りの意味で小型種を蹴散らす。
さらに、左手のモーターブレードを横凪ぎに振るい、さらに小型種を纏めて数体両断しながら、
右手の突撃砲の３６mmで小型種を殲滅していく。
そして、さらにレイヴン隊のF-5が連続砲撃を仕掛け、小型種の殲滅にかかる。
小型種の血で装甲を彩られたSu-15は、まさしく鬼神にも見えた。
―――話は少し以前に戻る。
「航続距離、だよ。」
「……はあ。」
ここは、ネスト・オブ・ギースのSu-15のハンガー。
待機状態のSu-15の前で二人の女性が話をしていた。
ソフィーニ開発局のエーシャとリディアである。
あからさまに嫌な顔をするリディアに構わず、エーシャは言葉を続ける。
「我々ソ連は莫大な国土を有している。
それをカバーするためには航続距離の長い戦術機が絶対に必要だ。
故に、バラライカ以上の航続距離を有する戦術機を作成しなければならない。
だが、未だ我々の技術力では航続距離の長い戦術機を作るのは難しい。
そのため、色々実験しなければならないのだよ。
貴様には迷惑をかけてしまうがな。」
そのエーシャの言葉に、リディアはさらに眉を潜めながら言葉を続ける。
「しれっとよくもまあ……。
全然そんなことを思ってもいないくせに口だけは回るのね。滑稽だわ。」
「くくっ……。まあそう言うな。人間建前は必要だよ。
君には関係ないかもしれないがな。」
「………。」
むっつりと不機嫌そうに黙り込むリディアに対して、
エーシャは苦笑いを浮かべて再び話しかける。
「と、話がそれたな。で、どうだ？Su-15は？
君の率直な感想を聞かせてもらいたい。」
「……そうね。悪くはないわ。
あのオペレーション・バイ・ワイヤでしたっけ？あれは悪くないわ。
反応速度が今までのMIG-21とは段違いね。
ただ低速時操作性に癖があるのが気になるわ。
それと貴女のいうのに航続距離ね。ソ連を舞台にするには航続性が足りない気がするわね。」
Su-15にはソ連製の戦術機として始めて装甲に脛部にスーパーカーボンブレードと、
両腕部にモーターブレードを装備した装備した戦術機である。
そして、今回の改修では多少ながらの燃費向上と、両肩の装甲を換装して小型のスーパーカーボンブレードが装備されている。
「我々も色々改善を行っているのだが中々な……。
今回のSu-15は航続距離を伸ばすために多少の燃費改善の改修が施されている。
貴様にはこの実戦テストをお願いしたい。
何かあったらすぐに報告をな。」
そして、場面は現在へと戻る。
「―――全く好き勝手言ってくれるものね。」
Su-15の管制ユニットの中でリディアは、先ほどの会話を思い出しながら一人憤然としていた。
確かに、今は傭兵だと言っても、元々彼女はオルタネイティヴ第三計画によって作られた存在である。
ESP能力を持ちながら、衛士としての素質を持つ存在。
それが、傭兵部隊で試験運用され、部隊を率い、さらに試作機のテストパイロットすらしている。
そのストレスは、彼女を不機嫌にさせるに十分だった。
「レイヴン隊、兵器使用自由。奴らを蹴散らしなさい。」
その彼女の声と共に、頭部をJ-8に換装したF-4や膝部にドラケンのスパイクを装備したF-5、
さらには、跳躍ユニットをF-4の物に換装したミラージュⅢEなどが一斉に襲いかかった。
そして、熟練の傭兵部隊の前では、小型種の群れなどまさしく鎧袖一触だった。
X-29とF-15A先行量産型の慣らしを終えたアルムとラリーが管制ユニットから降りて、感想を整備兵に言ったあと、
強化装備のまま歩いていると、Su-15の独自の跳躍ユニットの轟音が響き渡る。
空を見上げると、そこにはBETAの体液で装甲を濡らしたレイヴン隊だ。
「おお、補給のご到着か。
あの魔女野郎も口も性格も悪いが仕事だけはきっちりこなしてくれるぜ。」
そしてそれに遅れる事しばし、ようやく装甲列車と補給物資を満載にした軍用列車が到着する。
補給が届いた事により、基地内部も一気に活気が溢れる。
「おい！こっちF-5の補給パーツをくれ！」
「F-4だ！F-4のパーツを！あと燃料弾薬もな！」
「J-8のセンサーをくれ！！あとラウンドモニターもだ！」
と、傭兵たちが一斉に自分の機体への補給パーツの購入を注文し出す。
基本的に、傭兵たちの機体の補給パーツや燃料・弾薬などは全て自前で注文しなければならない。
（もちろん、トライ・マーセナリーズ自体から補助金が出ているためかなり格安ではあるが。）
例外は、X-29やF-15A先行量産型、Su-15など試作機系列を所有しているアルムたちである。
と、そんな活気づいている基地内部が突然ざわめきだした。
それは輸送コンテナから出されていく機体を見た傭兵たちや整備兵たちである。
「しっかしこうして見るとウチも雑多だよなあ……。
F-4にJ-8の頭だけ乗っけるなんてよく考えたもんだ。」
傭兵部隊には、ギース、レイヴン、オウルの他にも戦術機部隊が存在する。
それらの機体はF-5やF-4が主だが、少しでも生存能力を高めるために色々カスタマイズされている事が多い。
例えば、通常のF-5にミラージュⅢの膝部ブロックを装備させたり、機体自体に追加装甲のリアクティヴアーマーを装備したり、
中国製のJ-8の頭部を通常のF-4に搭載したりなどである。
特に、J-8は元々F-4がカスタマイズされて出来たMIG-21をさらにカスタマイズされた機体で、
その特徴は、顔部の装甲化とラウンドモニターの採用である。
これは実戦でも高く評価され、傭兵部隊でもわざわざ頭部だけJ-8に換装している機体もあるぐらいだ。
と、輸送列車から降ろされた輸送コンテナがハンガーに運ばれ、コンテナ内部からおよそ十体の機体が搬送されてくる。
その機体は戦術機にしては小さすぎ、強化外骨格にしては大きすぎた。
１０mほどのその機体を見て、アルムは疑問の声を上げる。
「ん？ありゃ何だ？小型戦術機……か？」
そのアルムの言葉に、ちょうどX-29の補給パーツのコンテナの受領サインを届けにきていたブリジッドが驚きの声を上げる。
「まさか……カットラスですか？
何であんな機体がこんなところに？」
彼の疑問に答えるべく、ブリジッドは言葉を続ける。
「F7Uカットラス。F-11タイガー以前に米国海軍に配備された小型戦術機です。
その特筆としては、とにかく小型。通常の戦術機の半分の大きさしかありません。
空母ではスペースが限られますから小型なのは重要なのですが……いかんぜん小型にしすぎて対BETA戦での戦力としては、
火力が貧弱すぎたので早々に御蔵入りした機体です。」
元々グラナンはF-11タイガーやF-14トムキャットとアメリカ海軍と非常に関係が深い。
そのため、カットラスの情報を知っていたのだろうが、実際に見てみたのは彼女も始めてだろう。
そして、偶然ハンガーを通ったラリーが小型戦術機……カットラスを見て驚きの声を上げる。
「おいおい！ウィドウメイカーかよ！
何であんな機体がこんなところにあるんだよ！」
「……？相棒。お前アイツに乗ったことあるのか？」
ラリーの口調からして以前乗った事があるのか、と思ったアルムは純粋な疑問で、
ラリーに問いかけてみる。
彼は苦虫を噛み潰した顔で渋々頷く。
「ああ、まぁな……。
F-11タイガーの前に試験的に導入された小型戦術機なんだが……。
視界……というよりはセンサー範囲がかなり狭いんだよあれ……。
しかも高速性は早いが、低速の安定性がかなり難しくて、空母の着艦時に事故続出。
ついたあだ名が、未亡人製造機……ウィドウメイカーさ。
おまけに火力も低いんじゃなぁ……。上の指示に従って小型化を推し進めてみたからってやりすぎだろアレ。
爺さん。またロクでもない物仕入れてきたなぁ……。」
と、ラリーは近くに通りかがった札束を抱えてほくほくしているオールドギースに話し書ける。
「へっ！こちとら真っ当な商売してるんだ。文句を言われる筋合いはねえぜ！
向こうさんだって倉庫で埃被って処分に困ってた機体を処分できて喜んでいたんだ。
Win-Winの関係ってやつさ。ま、ちょいとばかり買い叩かせてもらったがな。
こっちだって命かけてるんだ。ちょいと割増でも文句は言わせねえよ。
おまけに専用の２０mmのWS-16もつけてやってるんだから感謝してもらいたいね。」
「２０mm？３６mmじゃないのか？」
「通常の戦術機の突撃砲じゃ大きすぎてコイツは持てないんだよ。
だから２０mmの初期型のWS-16を持っているのさ。
ま、大型種と戦うにゃきついが小型種にはいけるだろ。
何でも対小型種対策に使うとかなんとか。」
「やれやれ。どこのどいつか知らないが、あんなウィドウメイカーで小型種と戦うなんてご愁傷様だな。」
そう肩を竦めるラリーに対して、オールドギースはふと思い出したように言葉を放つ。
「そういや何でもカットラスに乗ったことがある奴がいなくて大変だと司令が愚痴っていたな……。
おい、ここにちょうどいい奴がいるじゃないか。」
「……おい何で皆俺を見る。俺はゴメンだぞいくら教導隊だからってあんなウィドウメイカーに乗るのは！！」
そんな彼の悲鳴がハンガーに響き渡った。
「ったく、ひどい目にあった……。」
しばらく後、ラリーは憤然とした顔をしていた。
貴重なカットラスに実際乗った事がある衛士として、散々カットラスに乗る予定の即席の衛士たちに訓練を施していたのである。
何だかんだ言いながらも手を抜かない事が彼の流儀である。
強化装備の状態で肩をコキコキと鳴らすラリーに対して、ブリジッドは声をかける。
「しかし貴方もF7Uカットラスに、F-11タイガー、海軍用F-4と中々に色々な戦術機に載っていますね……。」
貴方のような人材をよくアメリカ海軍が……ああ、いえ、失礼しました。
過去を尋ねるのは傭兵にとってのタブーでしたね。」
「まあ別段構わないが。
お前さんは、こちらの事なんて気にかけずに、
アルムといちゃこらしてる方が似合ってるさ。」
「い、いちゃこらなんてしてませんっ！し、失礼な！！」
ぷんぷんと擬音がつきそうなぐらいそう怒り出すブリジッドに対して、ラリーは思わず苦笑いを浮かべた。
「アルムくん。私とデートに付き合いなさい」
唐突に、リディアはアルムに向かってそう言い放った。
それを聞いて、厨房で大量のじゃがいもの皮を剥いていたアルムはその手を止める。
「……何言ってるんだお前。前からおかしいと思っていたけど、
とうとう本格的におかしくなったのか？
というか俺達中隊長だぞ？そんなことしてる暇が……。」
「へえ、じゃがいもの皮むきをしている暇があるのに私を構う暇がないと。
ふーん、そうですか。ならこちらにも色々考えがあるわ。」
め、めんどくさい。
急にすねだした彼女を見て、アルムは思わず眉をしかめる。
まあ、要は「ストレス溜まってるから気晴らしに付き合え」ということだ。
アルムにとって、じゃがいもの皮をむいたり、厨房の手伝いをしたり、色々な料理の研究を行っている時は、
心の落ち着く時間であるが、彼女もストレスが貯まると突発的に買い物をし出す時があるらしい。
そして大抵の場合荷物持ちとして付き合わされるのはこちらである。
こんなくだらない事で中隊長同士の仲がギスギスして作戦行動に支障をきたすなど馬鹿らしい事はしたくない。
アルムは、ため息をつきながら渋々と立ち上がった。
―――しばらくして。
アルムとリディアはネスト・オブ・ギースから少し離れた後方の都市へと買い物をしていた。
ネスト・オブ・ギースは東ドイツ国境近くのズデーテン山地に拠点を構え、BETAの侵攻を防ぎ、
同時に東ドイツからの侵攻を牽制する役目を持っている。
そのため、チェコスロバキアの首都であるプラハからは結構離れてしまっている。
リディアはプラハに行きたかったみたいだが、さすがに中隊長二人揃ってそんな遠くにいくなど、できるわけがない。
だから、彼らは近くの都市へと出かけているのである。
「ふむ、この服は中々……この色合いも……。」
そう言いながらリディアは服屋に入って色々な服を見たり試着したりして楽しんでいる。
その横で大荷物を持って苦虫を噛み潰しているのはアルムである。
彼にも病弱な妹がいるから、女性の買い物に付き合わされるのは大変だということを知っている。
「この際だから下着も色々買っておきたいわね。アルムくんの好みの下着はあるかしら？
黒とか赤とかセクシー系でも何でもいいわよ？おごってくれるならね。」
そう言いながら、彼女は胸を強調するポーズをとってアルムに妖艶な笑みを浮かべる。
そんな彼女に対して、アルムはため息をつきながらレジの方を指差す。
「寝言をほざくな魔女野郎。いいからさっさと選んでさっさと買ってこい。
こっちは忙しいんだぞ。」
「あらつれないのね。せっかくの機会なのに。まあいいわ。ではそうしましょう。
あ、アルムくん外に出ていていいわよ？ここは居心地が悪いでしょう？」
そう言いながら彼女は再び服や下着選びに入った。
あれは長引きそうだな、とアルムはため息をついて、ふと思いついた事を行うべくちょっと外へと出ていった。
「―――久々の買い物をしてすっきりしたわ。
やっぱり、人間気晴らしは必要ね。」
あれからたっぷり時間をかけて買い物が終わった後、そう言いながらリディアはうーんと背伸びをする。
そして横にはさらに荷物を抱えたアルムの姿があった。
「……おい、魔女野郎。ちょっといいか？」
「何よ。プライベートでもその言い方はよしてちょうだい。
さすがに温厚な私でも……っと。」
と、リディアはアルムからぽいと投げられた小箱を受け止める。
？と疑問を持ちつつ、がさがさと包みを開けてみると、そこには彼女のパーソナルマークである白薔薇を模した小さな髪飾りだった。
衛士の女性はおしゃれをするのは中々難しいが、それでもおしゃれな髪飾りをしたり髪型を工夫したりして、
出来る範囲でおしゃれをしている。
「それ、やる。傭兵と言ってもお互い中隊長同士、多少の媚は売っておかないとな。
媚を売るためにやるだけだから、変な勘違いするなよ？」
「えっと……その……うん、ありがと……。」
何故かリディアは少し顔を赤くして俯いてしまう。
そのあまりのしおらしさに違和感を覚えてしまうアルムだが、
彼が口を開く前に、リディアはぴくり、とするとふと路地に向けて鋭い視線を向ける。
「……出てらっしゃいな。男女のデートの邪魔をするとは無粋な輩ね。」
その言葉に、数人の男女が姿を表す。
リディアには他の能力者よりもかなり弱いながらも、人工ESP発現体としてESP能力を所有している。
それを利用してスパイを撃退したこともあったが、こんな街中では膨大な人間の心を読み取ってしまうと、
彼女自身の許容量をオーバーして発狂してしまう可能性すらある。
そのため、能力を抑えるためのカチューシャをこういう人の多い所ではつけている。
だから、自分をつけているスパイに気づくのが遅れたのである。
「おいおい、人気者だな俺達。何か用かい？」
恐らく、こいつらは東ドイツのシュタージだろう。
シュタージとアルムとは戦った因縁がある。
そして、奴らの陰謀によって自分の部下を失った経緯もある。
とてもではないが、好意的に見れるわけがない。
「傭兵部隊の衛士だな。
提案がある。……我々に雇われないか？金はいくらでもそちらの言い値で払おう。
傭兵は金さえ払えばどの勢力にでも味方になる。
お互い過去の恨みを忘れて歩み寄ろうではないか。
我々シュタージには腕のいい衛士が一人でも必要なのだ。」
そのあまりの白々しい言葉に、思わずアルムは苦笑いして肩を竦める。
恐らくは腕のいい衛士であるアルムを雇う事によって自分たちの戦力強化＆X-29の情報を引き出そうと企んでいるのだろう。
おまけに、散々汚い事をさせておいて終わったら切り捨てるつもりだ。
その程度の嗅覚も効かない奴は傭兵として長生きはできない。
「へえ、なるほどな。そりゃいい話だ。……だが断る。」
「……ッ！？」
そのアルムの言葉に思わずシュタージのスパイたちは思わずざわめき出す。
「悪いな。今の俺はトライ・マーセナリーズと契約しているんだ。
その契約がある限り他に雇われる事なんてできない。
お前たちが傭兵をどう見てるか知らないが、傭兵は信用が第一なんでね。」
「薄汚い金の亡者どもが……！我々シュタージに逆らうのか！？」
「逆らうもなにも何で俺達がお前たちに従わなくちゃいけないんだよ。
そもそもここは東ドイツじゃなくてチェコスロバキアだ。
おまけに俺達は特定の国家に所属していない傭兵だ。お前たちの言う事に従う義理なんてどこにもない。」
にやり、とアルムは不敵な笑みを浮かべる。
それと同時に、リディアにちらっと目配せを行うと、彼女は微かに頷く。
こんな荒れたご時世では傭兵の一人や二人『失踪』したところで誰も気にかけはしない。
むしろ敵前逃亡として扱われるだろう。
お互い、こんなところではくたばることはできない。
そして、チェコスロバキアの警察など信用することはできない。
ここは、さっさと逃げ出すに限る。
そう二人が判断していると、一人のリーダー格っぽい男性がずいと一歩踏み出してくる。
「ですが、その契約は傭兵部隊あってのこと。
もしも万が一傭兵部隊自体がなくなれば、その契約自体もなくなる。
そういうことになりますな？」
「まあな。まあ、その時は俺も生きてはいないだろうけどな。」
「そうですか。ではそうならないことをせいぜい祈らせていただきましょう。
……ああ、後貴方の手によってシュタージの衛士も幾人も命を失っているのです。
貴方に恨みを持つシュタージの人間は思っているより多い。
ま、せいぜい東ドイツに入る時には注意なさることですな。」
そう言い放つと、彼らはかつかつと足音を立てながらその場を立ち去っていった。
以前戦った際には一応MIG-23を無力化させていたのだが、その後でBETAに襲われたか、
それとも【処分】されたかのどちらかだろう。
どちらにせよ、アルムが原因であることは変わりない。
だが、その程度は傭兵稼業している以上覚悟は出来ている。
そんな二人はとりあえず近くのカフェに足を運び、疲れを癒すためにコーヒーを注文する。
流石にシュタージと面と向かって対話するとかなり疲れる。
それを回復させるために合成コーヒーを注文しているのだが……。
「……全く随分呑気なものね。
あのシュタージに狙われているというのに。」
そんなアルムに対してリディアは非難がましい目で睨んでくる。
どうも、シュタージに色々言われたのに、能天気にコーヒーを注文しているのが気に食わないらしい。
その彼女の言葉に、アルムは合成コーヒーに口をつけながら答える。
「別に今更敵が多少増えた所で別段変わらないさ。
傭兵稼業なんてそんなものだ。」
「……そ。貴方がくたばったら骨は拾ってあげる。
きちんと丁寧に妹さんの所に届けてあげるわ。安心なさいな。」
そう言いながら、リディアも来た合成コーヒーに口をつける。
こうして見ると、深窓の令嬢のように絵になるが、そんな彼女がならず者の傭兵稼業を行っているなど、
一体何人が連想できるだろうか。
「……BETA戦で骨が残るかねぇ……。そいつは幸せなくたばり方だな。」
「紙切れより安い己の命とはよく言ったものね。
ま、お互い所詮金で命を売り買いする傭兵だもの。
いつ命を落とすかわかったものではないわ。
……もし、もし、万が一私が命を落としたら……。」
かしゃんと、コーヒーをコーヒーカップに置くと、彼女は静かに呟く。
「その時は、私の事をずっと忘れないでくれると嬉しいわね。ええ、本当に。」
「………。」
いつになくしんみりしてしまった彼女に対して、思わずアルムは黙り込んでしまう。
そんな彼を見て、思わずリディアは苦笑いを浮かべてしまう。
「そんな顔してるのはらしくないわ。
いつも通りの顔をしている方が貴方らしいわね。
……さ、帰りましょうか。私たちのホームへね。」
―――１９８２年
彼らの戦いはまだ終わってはいない。
こんにちわ。零です。
読んでいただいてありがとうございます。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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