―――ネスト・オブ・ギースの演習場。
そこでは複数の機体の跳躍ユニットの轟音が響き渡っていた。
先頭にはアルムの予備機であるドラケンとラリーの駆るもう一機のドラケン。
それに率いられて飛行しているのは入ったばかりのカットラスに新入りの衛士たちである。
彼らはこの新入りの衛士たちを鍛えるために特訓を行っているのだ。
「ウィドウ４！ぐらつくなと言ってるだろうが！聞こえなかったのか！
ウィドウ７！飛行がまるでなっていない！
ウィドウ１０！飛行高度が高すぎだ間抜け！光線級に叩き落とされたいのか！」
新入りの衛士たちの状況を逐一チェックし、
それぞれの欠点を怒声で指摘しながらなおも二機のドラケンは見事な匍匐飛行を見せる。
「地を這うようにして飛べ！足先が地面につくぐらいの勢いで構わん！
足先は壊れても治せるが光線級のレーザーを食らったら一撃でやられるぞ！」
そう言いながら予備機であるアルムとラリーのドラケンは見事な地面すれすれの匍匐飛行を行う。
カットラスは小型の機体のため、まだ機体制御は行ないやすいが、それでも彼らは新兵だ。
まだようやく何とか飛行できるようになった彼らに対して、アルムの厳しい叱責が飛ぶ。
「ちくしょう。あのクソ野郎いつか地獄に叩き落としてやる………！！」
ぽつり、と誰かが呟くが、アルムはその言葉を鼻先でせせら笑う。
「ほう、まだ減らず口がたたける元気があるようだな。
ならあと匍匐飛行の訓練連続１０回追加だ！ついてこい！！」
その言葉に、一斉にカットラスの衛士から呻き声が上がった。
「どうした間抜けども！それだけいて俺一人に銃弾も当てられないのか！？」
演習場に跳躍ユニットのカン高い轟音が響き渡る。
空気を震わせる力強い音。
そしてスロットルから伝わってくる独特の振動。
これを楽しめるようになって一人前の衛士だ。
そんな事を思いながらアルムのドラケンは
機体を高速で左右にジグザク飛行させながらカットラスの一斉射撃を回避していく。
これはカットラスの射撃訓練である。
新米でBETAに対する格闘戦ができない彼らにとって、BETAを近づかせないような正確な射撃はまさに命綱である。
だが、それをいくら口を酸っぱくして言っても実際に経験しないと分かりはしない。
それゆえ、実際に射撃の重要性とBETAをいかに近づかせないことが
重要を分かってもらうためにこの訓練を行っているのだ。
射撃性能は、止まった的をただむやみに撃つだけでは上がらない。
やはり、高速で動いている目標を撃つことが一番である。
「射撃が甘いんだよ！間抜けども！
これだけ数がいて俺一機に当てられないなんて、戦車級に食われるだけだぜ！」
高速で左右に小刻みに動いてこちらに突撃してくるドラケンに対して、
カットラスは一発もペイント弾を当てることができない。
「っつ――！ならば榴弾で―――！！」
いい判断ではある。
だが、いかんぜんその判断をするのが遅すぎた。
「判断が遅ぇっ！！」
次の瞬間、ドラケンの手にした模擬戦用ナイフでカットラス各機はあっさりと全滅認定になった。
「お前らの射撃性は低すぎる。
無尽蔵のBETAに対して、銃弾には限りがある。
的確に弾の種類を変える判断力、そして的確にBETAに弾丸を叩き込める射撃性。
それが貴様らには必要だ。
戦車級に懐に飛び込まれればどうなるかは、これではっきりわかったはずだ。
今日はここまで。ゆっくり休め。」
模擬戦が終わり、ぐったりと地面に横たわり息絶え絶えのカットラスの衛士に向けて、
アルムはそう言い放つと、振り向きもせずにかつかつとその場を立ち去っていく。
「ち、ちく……ちくしょ……。」
「え、衛士になればいい暮らしができる……そう思ってる時期が俺にも……。」
かつかつとその場を立ち去っていくアルムに対して、それを見ていたラリーは声をかける。
「よう相棒。随分気合入っていたじゃないか。」
「うるせえ。元はお前の仕事だろうが。
新米に基本操縦をあそこまで仕込んだのは大したものだが……。
その後を俺に丸投げするんじゃねえ。」
「ははは、いやすまん。ウィドウメイカーには嫌な思い出しかなくてな。
礼に何杯がおごるぜ。」
「……全く。」
そう言いながら、彼らは苦笑いしながら強化装備を脱ぐためにその場を立ち去っていった。
一方、ネスト・オブ・ギースの司令室。
そこでは、ディートリッヒ司令と副官が話し込んでいた。
話題は、彼も参加した国連主体の欧州戦線全体の作戦会議の内容である。
「……いかんな。」
ぽつり、とディートリッヒは呟いた。
「と言いますと？」
「欧州各国の内紛がひどくなりつつある。
フランスが戦術核の使用を提案した。」
フランスが作り出した戦術機ミラージュ２０００。
それは１９８１年に作成ばかりの最新鋭の戦術機である。
軽量高出力の主機と高い噴射地表面滑走能力を持ち、バランスの取れた良い機体である。
その中でもN型はミラージュ２０００が開発されていた当初から提案されていた発展型であり、
戦術核の使用を前提として、複座型に換装した機体である。
フランスはこれを使用しての核攻撃による遅滞作戦を提案したのである。
「フランスがですか！？ですが……それは。」
「しかしデータではBETAの増加傾向が認められつつある。
フランスが戦術核を使いたがるのも分かるが……
核は今までの戦訓で効果が薄いことがわかっているからな。」
第二次世界大戦では、この地には四発の核が投下されている。
それゆえ核に対する反発は根強く、東ドイツもここまで追い詰められながらも、
戦術核の使用は検討すらされていない。
それゆえ、戦術核の使用を言い出したフランスに対しては東西ドイツともに非常に強く反発。
会議が紛糾する形となってしまった。
ただし、これは事実上の特攻にも等しい。
戦術機での核攻撃はソ連でも検討されており、戦場で無許可回収したギースのF-15を解析して
現在核攻撃による面制圧前提のMIG-25スピオトフォズが開発されている。
フランスもミラージュ２０００Ｎに核搭載能力が付与されているが、
恐らくはこういった核による面制圧を念頭にいれて開発したのだろう。
だが、フランスとドイツは距離が近く、核の冬の影響は確実にフランスにも及ぶ。
フランス軍としても、これは最終手段としておきたいはずだ。
「それで、結果は？」
「ああ、核攻撃は却下されたが、どちらにせよBETAが増えている以上、
BETAへの間引き作戦は必要だ。
そのため、大規模な間引き作戦を行うことで各国一致した。
―――作戦名は、海王星作戦。舞台はポーランド沿岸部旧ダヴンスク港。
我々は国連軍所属として部隊配置される。」
「まあ、詳しいことはまだ決まっていないが、
我々以前のBETAの小型種を基地内に侵入されたという痛手があるからな……。
断るわけにはいかん。どうせ最前線に配置されて磨り潰されるのがオチだろう。」
「……どうなさるおつもりで？」
「決まったことは仕方ない。
我々に出来ることは戦力の増強しかなかろう。
米軍と欧州連合軍は、新開発された『アクティヴ・ディフェンス』の実用性を試したいらしいがな。」
そこまでディートリッヒは言うと思わずため息をついた。
全く面倒なことばかりである。
それに面倒事は海王星作戦や東欧戦線についてのことだけではない。
こちらにちょっかいをかけてくるシュタージも厄介な存在である。
「……シュタージもさらに活動を行っているようですな。」
「ああ、懐かしき我が古巣だ。
ユンカーでありながらシュタージに嬉々として尻尾を振った我が家……。
理解はできるが許容はできんな。
まあ、そこから逃げ出した臆病者が何を言っても虚しい限りだがね。」
そこまで口にすると、ディートリッヒは思わず苦笑いを浮かべる。
そう、彼は元々東ドイツのユンカーの出身である。
だが、彼の家はシュタージに早々と所属し、保身のために人々を守るという使命を捨てた。
それに嫌気が差した彼は、戦術機の墜落によるMIAを装い、国連軍に亡命したのである。
東ドイツの情報を引換に亡命を許された彼だが、
何だかんだで東ドイツを守るために戦っている我が身を見て、
思わず因縁というのは逃げられないものだ、と苦笑いを浮かべる。
「……それで、反体制派と西方総軍の方には？」
「ああ、西方総軍の方にはオールドギースとレイヴンのコネで手に入れたMig-21のパーツをさらに横流ししてやれ。
物資もな。反体制派の方にも言わずもがな、だ。
私は逃げ出した臆病者だが、これぐらいの嫌がらせはしてもバチは当たるまい。」
「国連を通してパーツを仕入れるのは脚が付きますからな。
その点、オールドギースから仕入れた分なら脚は付きにくい。
そして、そこにスフォーニのコネを使って仕入れたMig-21のパーツを紛れさせても分かりはしない。
考えたものですな。」
そして、彼は現在そのコネを使って東ドイツ内部の反シュタージ派に対して様々な協力を行っている。
戦術機のパーツの横流しもその一つである。
シュタージに対して反感を持っている国家人民軍に対して様々な物資を横流しすることにより、
彼らをこっそり支援しているのである。
これは元シュタージである彼のコネと、様々な所にコネのあるオールドギースがいるからこそ出来る技である。
「当然、オールドギースには口止め料も割高にして払っています。
金さえ払えばあそこまで信頼できる人間はそうそうおりませんからな。」
「ああ、続いて頼む……っ！？」
と、合成タバコを口に加えていたディートリッヒは、机の上をまさぐりだす。
見えるすぐ傍にライターがあるのにも関わらず、だ。
「……失敬。」
副官はそう呟くと、ライターを手にとり、ディートリッヒの合成タバコに火をつける。
そして、彼は一度深々とタバコを吸うと、ふーっと大きく煙を吐き出す。
「……ああ、すまん。ようやく見えるようになってきた。もう大丈夫だ。」
「やはり……重金属雲からの重金属障害が……。」
そう、彼の体を蝕んでいるのは重金属による汚染である。
戦術機から脱出して亡命する際、シュタージから追跡されないように
重金属汚染が非常に強い地域をわざわざ選んでそこを突破したのだ。
通常ならば、戦術機で脱出する際には管制ユニット内の強化外骨格を使用するのだが、
足跡などシュタージに感づかれるのを恐れて使用しなかったのも災いした。
「ああ、重金属からなる神経障害だな。視神経障害とか言ったか。
シュタージから逃げて東ドイツから脱出するのに多少無理をしすぎたらしい。
まあ、祖国を裏切った裏切り者には当然の報いかもしれんな。これは。
……それよりもトーネードの方はどうだ？」
「は、やはり整備の方が……。やはり可変翼は整備に手間がかかりますな。
その点、グラナンもスフォーニもよくやってくれています。
特にグラナンはあのキメラをあそこまでの稼働率にしているのは正直脱帽ですな。」
「そうか。……他には？」
「は。悪いニュースが。。
チェコスロバキア国家保安庁がBETAの不安に乗じてさらに勢力をつけつつあるようです。
社会不安に乗じて治安を取り戻そうという市民の意識につけこんでいるようですな。」
チェコスロバキア国家保安省。
それは東ドイツのシュタージと同様に、秘密警察系統の組織である。
彼らはシュタージと同等以上のチェコスロバキアで誇り、その実力故に恐れられている存在である。
プラハの春を潰し、その対象を今だに監視しているともっぱらの評判であり、
一般市民の監視も常に目を光らせている。
さらに、ポーランドの難民の流出により治安悪化しつつ状況に応じて、
様々な場所で勢力を伸ばしつつあり、シュタージとの支援も受けていると陰ながらに囁かれている。
「全く面倒くさいことだな。」
彼は、そう深々とため息をついた。
―――ネスト・オブ・ギース。
ここは東ドイツオーデル・ナイゼ絶対防衛戦の要塞を参考にして、
山脈を利用したほぼ同様の要塞陣地を構築している。
山を丸々くり抜いた基地だけでなく、その周りを三重の防御陣地が多い、
さらに複数の防衛陣地がお互いをフォローするように作成されている。
BETA群の先方である突撃級や要撃級などが、アルムたちワイルドギースが排除に当たっているが、
突撃級誘導路をすり抜けた戦車級を主とする小型種が、機甲部隊の方向へと向かっていく。
それらを迎え撃つのは、タンクキラーである虎の子のA-10である。
A-10のアヴェンジャーにより、迫り来る戦車級や小型種は次々と排除されていく。
だが、A-10は数機しかないこの基地の虎の子である。
いかにアヴェンジャーが強力と言っても、それだけしかないのでは、
当然ながら小型種を逃がす事になってしまう。
「ちいっ！小型種がきやがったか！」
「仕事の時間だ！行くぞ！やつらを通すな！！」
F7Uカットラス。
本来はアメリカ海軍の空母専用の戦術機として開発された機体だが、
小型化を推し進めすぎたため、能力不足と判定され早々に退役した機体である。
F7Uカットラスは手にしたのは、通常の戦術機が持つWS-16突撃砲より一回り小型の30mm仕様の突撃砲である。
大型のBETAを倒すには決定力不足ではあるが、小型のBETAを倒すには十分な威力を誇る。
彼らの役割は、戦車や自走砲の盾となってすり抜けてくる小型種を排除することである。
だが、
「ちいっ……！さすがに即席の衛士の俺達じゃあな……！！」
「近接戦闘はするなよ！初陣の俺達じゃあ防ぐだけで手一杯だ！」
F7Uカットラスは小型だが、その分小回りが効く。
対戦車級に対しての格闘戦も他の戦術機に比べればマシだ。
だが、やはり大量の戦車級に群がられてはひとたまりもないし、
ましてや彼らは初陣のしかも即席の衛士である。
それがまだ数は少なめとはいえ戦車級の群れに対面しているのだ。
パニックになって逃げ出しても不思議ではない。
「逃げるなよ！手抜きをした奴らがどうなるかはあの警護の兵たちを見ればどうなるか解ったはずだ！
逆にここで功績を上げりゃ家族にいいもの食わせてやれるってもんだ！踏ん張れ！」
カットラスは手したシェルツェンを地面に突き刺すと、さらに射撃を開始する。
小型戦術機であるカットラスにとって通常の戦術機が持つシェルツェンは大きくすっぽり全身が隠れるほどだが、
それが返って都合がいい。
シェルツェンの裏側にはびっしりと突撃砲の予備マガジンが貼り付けられており、
カットラスは次々と予備マガジンを交換して弾幕を作る。
後は、現地改修として、対戦車級対策としてシェルツェンや通常の追加装甲の表面にある
予備のリアクティヴアーマーをカットラスの装甲表面に貼り付け、スイッチ一つで発動できるように改修が施してある。
これは、後のジャンジ１０型に搭載されていたリアクティヴアーマーと理屈は同じである。
戦車級に張り付かれた時に、たった一度でも排除手段があるとないとでは全く異なる。
問題点としては、味方の戦術機や強化外骨格兵、戦車などに被害が出ることと
重量により運動性が落ちることだが、カットラスの後ろを抜かれれば一気に戦車の所まで襲いかかるだろう。
ならば、多少被害が出ようと運動性が落ちようと、カットラスにリアクティヴアーマーを搭載したほうがいいと判断したのである。
だが、本来追加装甲に装備されているリアクテゥヴアーマーを戦術機に搭載するのはやはり無理がある。
リアクティヴアーマーを発動した瞬間、反動で機体が壊れてしまうのは確実だからだ。
《こちらは俺達に任せろ！！お前たちはそちらを食い止めろ！！》
そう通信を入れてきたのはZSU-23-4 シルカ自走式高射機関砲を主とした対空戦車部隊だ。
対空戦車は、その圧倒的な連射性能から対戦車級の切り札として重要視されている。
《俺達が前に出て小型種を食い止める！行くぞ！機甲部隊に近づけさせるな！》
そう通信を入れながら対空戦車部隊は前進し、カットラスが残した戦車級や小型種を、
その圧倒的な連射能力で次々と殲滅していく。
だが、シルカはその圧倒的な制圧能力と引換に、大きな欠点も持っている。
それは冷却システムに欠陥があるということである。
４門ある機関砲のうち、１門または２門の交互射撃が基本。
４門全部射撃を行ってしまうと射撃を休まねばならず、そのまま射撃を続けると、
射撃が止まらなくなるコックオフを引き起こしてしまうのだ。
《くそったれ！普通に撃ってるのにコックオフ引き起こしたぞこのオンボロめ！》
そう、一台のシルカは普通に射撃をしていたはずなのにコックオフを引き起こしたのだ。
これでは、もはや機関砲は使い物にならない。
とはいうものの、最早逃げようにもすぐそこまで戦車級は迫ってきている。
ここまでか―――と覚悟を決めた瞬間、36mmの一斉掃射によって戦車級は吹き飛ばされる。
「―――こちらレイヴン中隊。支援に入るわ。貴方たちは下がりなさい。」
まるで水晶のように綺麗で透き通っているが、冷徹な声が響き渡る。
レイヴン中隊の中隊長、ソ連の実験機Su-15を駆るリディアである。
彼女はSu-15を突撃させると、下脛部に装備されているカーボンブレードによって戦車級を蹴り飛ばし、両断する。
さらに、両腕のモーターブレードを展開し、戦車級を切り刻んていく。
「全く、この私がここまでサービスあげるのだからこれ以上の犠牲は勘弁してもらいたいわね。」
そう彼女は管制ユニット内部で呟きながら戦車級の掃討に当たった。
基地防衛を終えたカットラスや機甲部隊などが次々と基地に戻り、
基地内は整備兵や何やらでごった返していた。
と、そんな中、独特の跳躍ユニットの轟音が響き渡る。
それはSu-15を筆頭としたレイヴン隊である。
その跳躍ユニットの音を聞いて、カットラスの整備を手伝っていたブリジッドは少し首をかしげる。
「ふむ……。すみません。ここは少しお願いします。」
そう言いながら、彼女はカットラスの整備を他の人に任せると、
自分はSu-15のハンガーへと近づいていった。
Su-15のハンガー内部は周囲に護衛がいるので、内部には近づけないのだが、
運良くそのハンガーに入ろうとしていたエーシャをブリジッドは捕まえる事ができた。
「すみません。少しいいですか？」
「おや？何かね？
まあ普通のヤツならば忙しい時に話しかけてくるのは鼻先であしらうのだが、
貴様は貴重な客だからな。」
「……Su-15の跳躍ユニットですが、左側が少し音がおかしい気がします。
念のため調べてみたらどうですか？
余計なお世話かもしれませんが、念のために。」
それを聞いたエーシャは驚いたように、少し眉を上げる。
「ほう、そちらにSu-15のデータはないだろうに、
跳躍ユニットの音を聞いただけで調子が分かるとはな。」
これは嫌味でも皮肉でもない。
優れた整備兵は跳躍ユニットの音を聞いただけで調子が分かる。
戦術機の設計者としての才能と、整備兵としての才能はまた別のものだが、
その両方を高いレベルで宿しているのは、年若いのにここまで抜擢された理由だろう。
「正直、貴女やスフィーニに対しては色々思う所はありますが、
ここで貴女とのツテがなくなるのが遥かに問題です。」
もしもSu-15の実戦テストが失敗して、彼女が失脚してしまっては、
また別の人材と新しくコネを作らなくてはならない。
エーシャに対して色々と思う所はあるが、少なくとも戦術機の開発に対しては真摯である、というのが、
ブリジッドの彼女に対する評価である。
「……いや、身内の恥を晒すようだが、最近パーツの供給が滞りがちでな。
何とかだましだましでやってはいるのだが……。」
特に、今ソ連はBETAによって国土を蹂躙されている。
そんな中で遠くチェコスロバキアまで物資を輸送するのは非常に大変なのだ。
特に軍でもない設計局となればなおさらである。
「……確かSu-15の前身であるSu-11はF-5をコピー……いえ失敬、参考にして作成されていると聞きました。
ならば、F-5のパーツを流用できるのではないのでしょうか。
オールドギースに依頼すればその辺はどうにかなるでしょう。」
「……ふむ、F-5のパーツか。
確かにそれがあればこちらも楽にはなるのだが……。」
そんな風に彼女たちが話していると、話を聞きつけたのか、
補給物資のコンテナの輸送を行っていたオールドギースが彼女たちの元になってくる。
「おっ？儲け話かい？
確かにあのお嬢さんのツテで安めF-5の部品は入っちゃいるがよ。
傭兵部隊に回す分をそちらに流すとなったらそりゃあちょいと高くつくぜ？」
相変わらずの言動に、ブリジッドは呆れたように声を出す。
「……他の国にも高めに卸しているのでしょう？」
「あったりまえよ！
F-5中心のこの欧州戦線じゃあF-5のパーツはどこも喉から手が出るほど欲しかってるんだ！
そりゃあ高くなるのは当然ってもんさ！
身内割りで多少安くしてあるんだから文句言われる筋合いはないわい！」
確かに彼の言うことは道理だ。
この欧州戦線ではF-5の派生機が主体のためF-5のパーツは常に必要とされている。
多少高めでもバンバン飛ぶように売れているのが実情である。
「まあ話は変わるが、乗ってる衛士には言ってないが、
カットラスのパーツもF-5の部品から流用して組み立てた機体も多くてな。
何せもう生産終了した機体だ。補給パーツなんか残っちゃいない。」
それを聞いてブリジッドは深く頷く。
彼女たちはカットラスの専門の整備兵ではないが、
X-29の整備だけ行っていればいいというほど傭兵部隊は甘くない。
使えるものはなんでも使え、の精神で彼女たちグラナンからの整備兵も手伝っているのである。
「ああ、だからあんなに……。
整備するの大変だったんですよ。こちらの身にもなって下さい。」
「なあに、パーツなんてのは合って動けばそれでいいのさ。
ま、もっともそちらさんはそういうのはあ嫌いだろうが。」
整備兵や設計者が聞けば白目を向くか激怒するであろうセリフだし、
戦場に出てくる前ならばブリジッドもエーシャも目を向いて怒り狂っただろう。
だが、実際に戦場の状況を見てみれば、彼のいいたい事はわかる。
「まあ、それはそれ。これはこれじゃわい。
話は逸れたが、F-5のパーツが欲しいんじゃろう？
あのお嬢さんのコネで手に入った日本帝国からの品質のいい所をくれてやるわい。
ま、ちょいと高めにつくのは仕方ないと割り切ってもらうしかないがね。」
それを聞いてエーシャは深く頷く。
「解った。正直そこまでしていただけるのはありがたい。
それではこちらも報酬に多少色をつけて………その上で二人に情報を差し出そう。
ここだけの話だが、ミグ設計局が東ドイツのシュタージに最新鋭のMIG-27アリゲートルを供給したらしい。」
「MIG-27……！MIG-23がシュタージに供給されているとは聞いていましたが……。」
ブリジッドが驚いた声を上げる。
噂でしか耳にした事はないが、ソ連の最新鋭の戦術機であり、
その性能は当然アメリカも欧州各国も喉から手が出るほど欲しい情報である。
「ああ、我々ソ連最新鋭にして最強、そして……時代遅れの戦術機だ。
その能力はシュタージの主力であるMIG-23を軽く上回る。
……まあもっとも、その時代遅れの戦術機ですら作り上げる事ができない我々スフォーニは偉そうな事は言えんがな。」
そこまで言うと、エーシャは軽く肩を竦める。
「まあシュタージとそちらのギースとは多少因縁のある中だ。
奴らも何をしでかしてくるか分からん。せいぜい注意することだな。」
現在ソフォーニは、グラナンから得たF-14の情報と、
実戦テストで得られたオペレーションバイワイヤを導入したSu-15の情報を元に、新型試作機T-10Sを組み上げている。
試作機はもうじき完成し、その試験テストはこの傭兵部隊で行われる予定だ。
そのためには、グラナンと仲を悪くするためにはいかないのだ。
この程度の情報で向こうが恩を感じてくれるのなら安いものである。
「ええ。……礼というわけではありませんが、今日の夕食は私がおごりましょう。」
そんなこんなでSu-15の整備が終わった後、二人は食堂へと脚を運ぶ。
いくらスパイがいそうだと言ってもこんなにわいわいがやがや騒がしい所での
二人のひそひそ話を聞き取るなどまず不可能だろう。
……もっとも、二人共そんな話をここでするつもりはなかったが。
彼女たちは食券を購入すると、それを食堂の調理人に手渡していく。
「あいよー。タイプAなー。A注文２つ入りましたー。」
「……何してるんですか貴方。」
そこにいたのは、エプロン姿のアルムだった。
彼は肩を竦めて答える。
「見て分からないか？料理作ってるんだよ。
何せ人手が足りないからな。」
「……中隊長である貴方が？」
中隊長というポジションは単に戦うだけ、指揮をするだけではなく様々な書類仕事や何やらで凄まじく忙しい立場である。
こんなところで料理人の真似事をしている暇なんてあるはずはない。
「それだけ人手が足りないんだよ。ほら注文終わったらさっさと行った。次ー。」
何だか理不尽なものを感じながらも、ブリジッドはそのまま定食を受け取ると食事に入った。
「あー疲れた。ったく衛士様をこき使いやがって……。」
食堂の仕事が終わったアルムは、エプロン姿のまま自販機でコーラ瓶を購入する。
衛士は厳しい戦いに備えて十分な休息を取るようにどの軍も決められている。
だが、この傭兵部隊では、人手が足りないため、その最中でも何らかの仕事が入る事もある。
そのため、効率のいい仕事のこなし方や効率のいい休息の仕方なども身につけなくてはならない。
まあ、アルムは料理が好きなのでいい気分転換にはなる。
と、瓶のコーラを開けようとしているアルムにふと気になるものを見つけた。
それは、食料品の輸送コンテナを運んでいる普通の輸送業者だ。
「……ふむ。」
見た感じ、食糧の運搬輸送業者だ。
だが、ときおり食堂で食事を作っているアルムにして見ても見た事のない顔だった。
食糧の運搬輸送業者は頻繁にここにやってくるが、大抵は最早顔なじみである。
見たことのない業者でも大抵は挨拶しにくるはずである。
……何か怪しい。
アルムは自分の直感を信じてコーラの瓶を手にちょっと追跡してみることにした。
「ちょっとすみません。聞きたい事があるのですがいいですか？」
その輸送用コンテナを移動させている見覚えのない輸送業者二人は、
機体の整備を終えて自室に帰ろうとするブリジッドに声をかける。
「あ、はい。輸送業者の方ですね。私でよければ………。」
「……はい、それでは少し……ね！」
「！！」
そう言いながら、いきなりその輸送業者に彼女を押さえ込むと、
化けた男は特殊な薬剤を染み込ませたハンカチをブリジッドに嗅がせる。
その薬剤を嗅がされたブリジッドは、瞬時に気を失ってしまう。
「こちら、完了しました。」
その輸送業者に化けた男は、倒れそうになったブリジッドを支えると、もう一人の男に話しかける。
「よし、コンテナに積み込んですぐに出発するぞ。
この混乱の中、我々が覇権を握り、人類を指導してBETAに戦いを挑むためには、
さらなる力が必要なのだ。
逆らう者たちを叩き潰し、矯正するための力がな。
この女の持つ技術と知識は我々にその力をもたらしてくれるだろう。」
そう小声で二人の輸送業者に化けた男たちは空いた食糧輸送コンテナに彼女を詰め込もうとする。
「……ご大層な事を言っておいて、やってる事が人さらいかい？泣ける話だぜ。」
こっそりと、手にしたコーラの瓶をよく振って、傍の清掃用ロッカーから箒を取り出し、
両方とも後ろ手に隠しながら、ゆっくりとアルムは角から姿を表す。
「ふむ。まあ個人的な関係はとやかく言うつもりはないが……。」
「ちょいと女性の口説き方が乱暴すぎるんじゃないか？
いやまあ、俺も得意とはいえないが、それでもな。」
ちょうど気を失ったブリジッドをコンテナに詰め込もうとしているところを目撃されてしまった彼らは、
この状態を目撃されてしまっては、最早言い訳することすらできない。
それに今だアルムはエプロン姿だ。
それを見た二人はたかが主計兵ごときここで始末できる、と懐からベレッタ93Rを抜き放つ。
「主計兵ごときが………我らの『大義』の前では、人一人の命などこれっぽっちも意味がない。
我々の大義の礎になれることを光栄に思え。」
恐らくバラバラにして小分けにしてコンテナの中に入れて基地内に運び込み、そして組み立てた銃だろう。
だが、銃口を向けられてもアルムはにやりと不敵に笑う。
「なるほど。いいところに目をつけたもんだ。
グラナンでも屈指の技術者であるブリジットを攫えば、グラナンの技術を手に入れることができる。
それをソ連に売り払えばより深い繋がりが持てるってわけか。」
「だが、彼女を連れ去られてはX-29が動かせないんでね。阻止させてもらおうか。」
「ふざけたことを……！！」
その言葉に激高した彼らは思わず引き金を引こうとする。
だが、ここで銃声が響き渡れば憲兵たちが一気に押し寄せてくるだろう。
そうなれば、脱出も難しい。
その一瞬の迷いが彼らの命運を分けることになった。
「そもそも……てめえらみたいなロクデナシに遠慮する義理もねえしな！！」
アルムは、後ろ手に隠しておいたコーラの瓶を彼らに向かってブン投げる。
彼らは何が投げつけられたのか把握しないまま、そのコーラの瓶を銃弾で打ち砕く。
その瞬間、よく振られた炭酸飲料であるコーラはまるで破烈したかのように
空中に派手に飛び散る。
「くっ……！？」
驚いて思わず彼らは顔を手で守る。
それが命運を分けた。
アルムは彼らが怯んだ瞬間、凄まじい速度で床すれすれの前傾姿勢で突撃し、一気に間合いを詰める。
そして、手にした箒をくるりと回転させ、柄の部分で男の喉元に突きを叩きこむ。
「が、がはぁッ……！？」
箒の柄部分とはいえ、喉元に突きを叩き込まれた衛兵は倒れ込もうとするが、
アルムは彼の手首部分に肘の一撃を叩き込んで、そのままベレッタを奪い取る。
「………ッ！？」
もう一人はとっさに銃をアルムに向けるがアルムも箒を投げ捨てて、銃を男に向かって構える。
チャキッ、とほぼ零距離のままお互い銃口を向けて膠着状態に陥る。
銃声がした以上、人がすぐに駆けつけてくる。
こうなってはブリジッドを抱えて逃げるわけにはいかない。
もう一人も抱えて逃げなくてはいけない。
そうなれば圧倒的に不利なのは男の方である。
その一瞬の迷いを感じとったのか、アルムはぐっと胸につけたエプロンを掴むと、
勢いよく剥ぎ取り、それを男に叩きつける。
「―――！！」
目の前にいきなり広がった布に男は対応できず、布に視界を奪われながらも無闇矢鱈に銃を連射する。
当然、じっとしているアルムではない。
布によって視界を奪われた隙に横に回り込むと手を大きく振ると
ベレッタの銃口を払い除け、左手に持っていた箒の柄部を彼の鎖骨部に叩きつける。
それと同時に、膝を彼の股間に叩きつける。
「………っ！？」
さすがに蹲って悶絶する工作員。
これだけ銃声が響き渡れば、基地内も平然ではいられない。
どやどやと憲兵などが駆けつけてくるのを無視しながら、
アルムは悶絶している彼らに向けて銃口を突きつけながらブリジッドの確保へ向かった。
「―――シュタージじゃない？」
その後、駆けつけた憲兵によって男たちは捕らえられ、尋問される事になった。
アルムたちも事情を説明することになったが、その程度ならば別段どうということはない。
そして、その辺の事情を基地司令であるディートリッヒに説明しているときに、
彼から思わぬ言葉が飛び出した。
「ああ、まだ口を割ってはいないが、感覚としてな。
どうも今までとは違う気がしてな。」
「……しかし、となると何処だ？別の国のスパイか？」
「―――チェコスロバキア国家保安省。
チェコスロバキア版のシュタージと言った所だな。
力を失ったはずが、また力を取り戻しつつあるらしい。」
それを聞いて、アルムは思わず天を仰いで肩を竦める。
「やれやれ。また敵が増えるのか。泣けるねぇ。」
「………だが、傭兵とは所詮そんなものだ。
命令はただ一つ。我々の邪魔をするならこれを排除せよ。
BETAだろうが人間だろうが同様に、な。」
そのディートリッヒの言葉を聞いて、アルムはにやりと不敵に微笑む。
「―――了解。基地司令様。
せいぜい寄せ集めの不正規軍の怖さってヤツを思い知らせてやろうじゃないか。」
こんにちわ。零です。
読んでいただいてありがとうございます。
久しぶりに、オルタSSワイルドギースの１８話を書き上げました。
よろしければお気軽に着ていただけると嬉しいです。
え？スパイとかに侵入されすぎ？……傭兵部隊だからね。仕方ないね。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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