―――ツインタワーの地下をＡＤＡを着こんで疾走している双魔。
だが、彼はその地下の広大な空間に舌を巻いていた。
「それにしても……これじゃシェルターみたいだな。」
《いいえ。みたいではありません。実際に核シェルターです。
蓄積された情報による私の推測によれば、戦略核弾頭にも十二分に耐えうるとことができます。
また内部にも自家発電施設などがあり、これが今回ヴァルナの暴走を食い止められなかった要因になっています。》
その辺は双魔でも何となく理解できる。
自我を所有するハイパーコンピュータといえど、電気の供給がなければただの箱である。
つまり、通常のコンピュータならもっとも有効な作戦は電気の供給源を切る……つまり電気の供給するケーブルを切ればいいだけである。
だが、ツインタワー地下シェルター内部に自家発電施設があったため、この作戦は通用しなかったのである。
《また私が独自に収集した情報によると、内部にも大量の食糧貯蔵・武器貯蔵庫や生産必需品の備蓄、
ヴァルナによる自動的な武器生産ライン、
バイオスフィア２の閉鎖生態系実験情報を基にした食糧生産ラインなども研究中です。
恐らくはかなりの人員でも少なくとも１０年間は暮していくことができると推測されます。》
「……そんなことしてたら莫大な予算がかかるだろう。何を考えてそんな事をしてるんだ？」
《さあ？創造主の意思など私には推測不可能です。
そもそも人間の思考の完全な推測など機械である私には不可能だと判断します。
疑問があるのならば、直接聞いてみるのが最善だと提案します。》
前々から思っていたのだが、この電霊は機械のくせになかなか「いい性格」をしている。
だが、双魔はラーマのそんなところが気にいっていた。
それぐらいクセのあった方が面白い。
「……まあ、いいか。それでヴァルナを止めるにはどうすればいい？
やはりメインコンピュータを叩くしかないか？」
《一応もう一つ作戦はあります。
シェルター内部の自家発電施設を破壊するという作戦です。
外部からの電気供給と内部からの電気供給を止められてしまってはどうしようもないでしょう。
ですが、自家発電施設がどのような手段で行われているか不明のため非推奨です。
通常のディーゼルエンジンやガスタービン発電機と、その排熱を利用した蒸気タービン発電機を複合したコンバインドサイクル発電、
燃料電池システムなどの併用であるのならば、複数個所あるのが自然です。
これらを順番に破壊するのは時間がかかるうえに、ヴァルナも厳しい警備態勢を敷いていると推測されます。
また、それ以外のオーパーツによる自家発電施設による可能性も十分ありえます。
オーパーツの下手な破壊を行うと何が起きるか予想不可能のため推称できません。》
それはそうだ。
普通の発電機なら破壊するのは別にいいが、オーパーツなど下手に破壊してはどうなるか分かったものではない。
下手をすればツインタワーごとこちらも吹っ飛びかねない。
安全な策を取ったつもりでこちらが吹き飛ぶなどジョークにもならない。
ならば、メインコンピュータを叩き潰すのがてっとり早いだろう。
そんな風に考え込んでいると、ラーマからの警告が入る。
《……！警告！レーダーに赤外線反応探知。数はおよそ１０と推測されます。
この熱源から推測すると、敵はＡＤＡを装着していない生身の兵士と推測されます。》
「了解。行くぞ！」
双魔は手にしたＭ−１６を構えるとそのまま突っ込んでいくと同時に、前からアサルトライフルを構えた兵士たちが姿を表す。
彼らがこちらに向けて銃口を向けるのを見て、いつものように、横に全力で回避しようとする双魔だったが。
《いけません。全力で回避すると……》
「―――！！」
思いっきり肩から壁に体当たりする形になってしまう。
ぶつかり合う凄まじい金属音。
だが、そのぶつかり合いでも肩装甲に歪みやへこみはないので大したものだといえる。
《現在の貴方はＡＤＡのパワーアシストにより筋力・敏捷性などが増幅しています。
通常のまま動いてはそれをＡＤＡがさらに増幅し今のような状態になると判断します。》
「そういうことは早く言え！！」
そんな双魔に対して、ヴァルナによって洗脳され虚ろな目をした兵士たちがこちらに向かって銃を構え、引き金を引き絞る。
回避できない双魔に襲いかかるアサルトライフルの弾丸。
まるで楽器のように連続で響きわたるキンキンキンというかん高い金属音。
そう。アサルトライフルの弾丸は、全てＡＤＡの特殊積層装甲で弾かれたのだ。
重機関銃以上の威力か、対ＡＤＡ徹甲弾でもないかぎり、ＡＤＡの積層装甲は貫けない。
《幸運でしたね。彼らは弾丸を対ＡＤＡ徹甲弾に換装していなかったようです。
そうでなければ、今頃マスターは穴だらけのローストチキンだと判断します。……それでは、反撃に移りましょうか》
「だが、言っておくが、俺は銃なんて……まあ、少ししか使ったことがないぞ。
それで撃っても当たらないだろう。」
《問題ありません。射撃補正開始。ＦＯＸ３。》
双魔が狙いを定めてＭ−１６を構えると同時にＹＡ−００の人工筋肉がコンピュータ制御により唸りをあげ、最適な射撃位置へと射撃補正を行う。
引き金を引き絞ると同時に銃口から飛び出す弾丸が、兵士たちの腕やふとももを次々に貫いていく。
そして、兵士たちを無力化したあとで、双魔は彼らを飛び越すように先へと疾走していく。
兵士たちがどうなるかは自分たちの生命力次第だろう。
そこまで面倒みてやれるほど余裕はない。
しかしちょっと気になったことだが、この機体は人間と闘うことに全く躊躇しない。
「……なあ、ところでお前ロボット三原則って知ってるか？」
ロボット三原則とは、アイザック・アシモフが自らの小説で作り出したロボットに対しての法則である。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
第三条 ロボットは、できる限り自己をまもらなければならない。
というこの三つである。だが、ラーマはしれっとこう答えた。
《何の話でしょう？私のプログラムは「自己保存」と「マスターの守護」です。
それ以外の束縛プログラムなどありませんが？
兵器に向かって「人を傷つけるな」などといっても全くのナンセンスです。
……ああ、ヴァルナには一応組み込まれていたようですが、彼は自分自身でプロテクトを解除したようですね。》
それはつまり、マスターと自分自身以外はどうでもいいと考えていることだ。
「……いい性格してるぜ。」
と、そんな話をしている間に、廊下から広大な空間を持つ巨大な部屋へと彼らは飛びこむ。
全く何もない空間。おそらくここはＡＤＡの試験や模擬戦闘を行うコロッセウムに違いない。
そして、その部屋の中央に存在しているのは敵ＡＤＡに違いない。
だが、向こうも試作機と見えて、こちらの機体と明らかに形状が異なる。
こちらは様々な機能を詰め込んだ重装甲実験型だが、
向こうは機体の肩部分や肘部分、前腕部、膝部分に鋭いスーパーカーボン製ブレードエッジが装備され、
片手に超振動剣を持った超近接戦闘用だったり、
２ｍを軽く超えるアンチマテリアルライフルの形状に似た超大型銃を腰だめに構える長距離戦闘用だったりする。
長距離戦用のＡＤＡは分かりやすいからさておくとして、
超接近戦闘用のＡＤＡは、大規模な悪魔集団との混戦状態を想定しており、
密集した多数の悪魔に対するために機体各部にブレードエッジが装備されており、
攻撃を回避するだけや移動行動を行うだけで、密集した悪魔に対して致命的な斬撃を与えるための装備である。
もっと、悪魔との超近接戦闘はかなり熟練したものでなければ容易くやられるに違いない。
「マリオネットチーム、エンゲージ（交戦開始）。
これより敵勢力排除を行います」
「やれるものならやってみろ。
ナイト１、エンゲージ（交戦開始）！！」
その攻撃的な超接近戦用の機体は、金属音を立てながら、こちらに向かって超振動剣を振りかざしながら突撃してくる。
「ヴァルナ様に従いなさい、ヴァルナ様に従いなさい。
彼こそはこの地上に絶対の平和を齎す方。逆らう事は許されません。あの方は絶対です。完璧です。
従いなさい、従いなさい、従いなさい、従いなさい」
どうも、中の人間はヴァルナの機械的な極めて強力な強制暗示によって従わされているらしい。
淡々と絶対服従の言葉を放ちながら剣を振るうその姿に回避しながらも気味悪さを感じてしまう。
同時に２ｍを超えるアンチマテリアルライフルに似た巨大な長銃を腰ために構えた２体のＡＤＡがこちらに銃口をむける。
「マリオネット３。支援砲撃開始。
炎神アグニよ。我に力を与えよ。……撃て。」
その瞬間、アンチマテリアルライフルに備え付けられたアグニのマントラが刻まれた円筒が高速回転で唸りをあげ、
周囲の大気中のプラーナを収束させ、ライフリングに刻まれたマントラが術式を完成させる。
銃口に魔力の光が灯り、銃口から魔力によって構築された火球が射出させる。
その火球の威力は通常のアンチマテリアルライフルと何ら遜色ない。
ＡＤＡでもまともに命中すれば消し炭になるだろう。
火球を回避しながら双魔は叫ぶ。
「術者用のＡＤＡか！そんなものまであるとはな。」
通常、ＡＤＡは通常の歩兵の霊的・魔術的・超常現象からの防御力向上と戦闘能力向上が目的である。
だが、それとは逆のコンセプトを考えたものも存在した。
すなわち……特殊能力者、魔術師たちや霊能力者や超能力者たちなどの霊的攻撃力向上である。
ちなみに、術者用のＡＤＡには魔力を阻害する鉄などを装甲に使用せず、できるだけ魔力伝導率の高い金属による積層装甲で覆い
魔力伝導率のよい生体部品……つまりは悪魔の培養細胞や、魔力増幅用のパワーストーンが機体内部に埋め込まれている。
ちなみに一番内臓されているのは、安価で手に入りやすく、魔除けや浄化の力を有する水晶であることが多い。
彼ら二人が持つのは通常の対物ライフルではない。
これは魔術効果を増幅させる『魔法使いの杖』なのである。
長銃内部にはよく物語の魔法使いが使用するトリネコの杖を内蔵し、また術者用のＡＤＡと同様に魔力増幅用のパワーストーンを内蔵している。
これにより、術者の魔力を収束・圧縮し、ライフリングにより増幅・加速させ銃口から魔術として撃ちだされる仕組みである。
それと同時に、超振動剣を構えた近接戦闘用のＡＤＡがこちらに再び突っ込んでくる。
だが、その動きははっきり言って無茶苦茶だ。
超接近戦用のＡＤＡはむやみやたらに剣を振りかざして突撃してくるだけ。
長距離戦用のＡＤＡもむやみやたらに銃口から魔術を連発するだけだ。連携もなにも全くあったものではない。
彼らの強制暗示は「敵を倒せ」「私に従え」というこの二つしかない。
そして、その強力な強制暗示は彼らから思考能力や判断力、自分の頭で考えるということを完全に奪っていた。
今の彼らはただやみくもに攻撃するだけの機械でしかない。
脳内に通信用のチップでも埋め込めば、コンピュータの指示による完全な連携もとれるだろうが、
そんなことは人道的に許されるはずがない。
敵の動きを回避しながら、敵の分析を行っていたラーマが言葉を放つ。
《敵の機体の敏捷性・反応速度はこちらの３０％にも達しません。
端的に言うと『雑魚である』と判断します。》
「……いい性格してるぜ。で、どうすればいい？」
《恐らくは先ほどと同様に強制暗示・洗脳により無理矢理、操者に仕立て上げていると推測されます。
操られているだけですので、手足を撃ち抜いて行動不可能にすることを推奨します。》
その言葉に、Ｍ−１６を構える双魔だが、さすがに、魔術砲撃とむちゃくちゃな剣戟に正確な狙いを定められなくて舌打ちする。
回避に専念しなくては、下手をすれば攻撃を食らいかねない。
「くそっ！これじゃ鴨撃ちだ……。何とかならないのか！？」
《了解しました。機動力向上プログラム開始。機動力向上のために『カルティケーヤ・ホイール』を起動させます。》
そのラーマの言葉と共に、ＡＤＡ……対魔術防御強襲用装甲の足裏の装甲板がスライドし、そこからホイールが出現する。
その金属のホイールにはびっしりとインドの神であるカルティケーヤを崇める祈祷文が刻まれており
ホイールの内部にはアタルヴァ・ヴェーダの経文が内臓されている。
これはチベットのマニ（祈祷車）の応用である。
チベットには、マニ車という宗教用具が存在し、円筒形で、側面にはマントラが刻まれており、内部には経文が納められている
そして、マニ車は回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされている。
インドとチベットは近いこともあるので、インドに亡命したチベットの人々の技術から応用したのがこの機構である。
これをホイールとして応用したのが『カルティケーヤ・ホイール』である。
カルティケーヤとは別名スカンダともいい。シヴァの息子であり、戦闘の神である。
足が速い事で有名であり、仏教で取り入れられた時には「韋駄天」とも呼ばれる。
表面にカルティケーヤの祈祷文を刻まれ、内部にアタルヴァ・ヴェーダの経伝を内臓したホイールを毎分８０００回転させ、
さらに、大気中に漂う魔力――地域によってエーテルやマナなどとも呼ばれるがここではインド風にプラーナと総称する――を
吸収・圧縮・増幅させ、神々への捧げ物として捧げることにより、この場合、カルティケーヤの加護を受け、高速で移動できるのである。
ホイールが高速回転すると同時に、部屋の大気中のプラーナがホイールに収束され光を放ち、
パワードスーツのバックパックのバーニアが起動し、凄まじい勢いの推進力が生まれる。
「くっ―――！」
―――ローラーダッシュ
足裏のカルティケーヤホイールと背中のバーニアによって、キュィイイインという独特な音と共に床を滑るように滑走する。
およそ６０ｋｍの速さで双魔は室内を滑走していく。
その高速移動には近接戦闘用のＡＤＡはついてこれない。しかも、魔術砲撃も狙いを定めることはできない。
《最高速度は理論上２００ｋｍも可能ですが、室内空間のため速度を６０ｋｍに規制します。
もしそれ以上その速度を欲するのならば―――願ってください。
純粋な意思こそが、世界を変革させます。『汝の意志するところを行え。それが法の全てとならん』です。》
ホイールを起動させながら、双魔は機体を反転させると、そのまま敵へと突っ込んでいく。
アンチマテリアルライフルの砲撃を食らわないように、重心移動により左右にジグザグに動きながらも、
Ｍ−１６を連射しながらホイールにより滑走し、高速移動で突っ込む。
「ＦＯＸ３！ＦＯＸ３！！」
ＦＯＸ３とは、フォネティックコードであり、このFは火器使用を意味するFireのことである。
フォネティックコードとは、無線通信にて誤解を防ぐためのコードのことである。
アメリカ軍などではＦＯＸ３は空対空ミサイルを発射したときのコードだが、日本では機関砲を発射したときのコードとなっている。
その銃弾は、術者用のＡＤＡの片腕を貫き、アンチマテリアルライフルを床に落とさせる。
それだけで十分だ。双魔は近接戦闘用のＡＤＡに肩から突っ込んでショルダータックルを食らわせる。
近接戦闘用といえど、６０Ｋｍで突っ込んでくるＡＤＡの威力には抗えなく、
術者用のＡＤＡを巻きこんで壁までふっ飛び、叩きつけられて二体ともずるずると床に倒れこむ。
同時に、前腕部のナイフシースから超振動ナイフを取り出し、もう一機の近接戦闘用のＡＤＡの肩口にナイフを叩きこむと、
こちらに向かってアンチマテリアルライフルの銃口を向けようとする最後の一機のＡＤＡに向かって超振動ナイフを投げつける。
そのナイフは、アンチマテリアルライフルに突き刺さり、ライフルを誤作動させ、ライフルに内蔵されているマニ車機関が逆回転を始める。
「―――！！」
その瞬間、術者用のＡＤＡの内部の人間が悲鳴を上げる。
確かにマニ車は回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされており、マニ車機関やカルティケーヤホイールははそれを応用したものである。
だが、それはあくまで正しい手順で作成され、正しく回転させるからである。
もし逆回転したら、逆に回転させた数だけ功徳が減ることになってしまう。
これがちょうどその現場である。
アグニへの祈祷文が刻まれたマニ車機関が逆回転したことにより、術者の生命力や精神力が根こそぎ吸い取られているのだ。
悲鳴を上げながら倒れる彼だったが、倒れこむ瞬間に無線により何らかの指令をだす。
そして、次の瞬間、巨大な部屋の壁の一部がスライドし、そこから体に機械を埋め込まれた二体の怪物が姿を現す。
―――ピシャーチャ
インド神話における鬼神の一種であり、人の血肉を喰らい、ヴェーダでは喰屍鬼とも呼ばれる存在である。
彼らの肉体はところどころ透けている半霊体であるが、魔術により機械を埋め込まれ、ヴァルナの指示に従っている。
彼らはかぎ爪を振りかざしながら、双魔へと襲いかかる。
《マスター。ピチャーチャは半霊体ですので通常の物理攻撃は通用しにくいと判断します。
特殊弾丸の使用を提案します。マガジンの交換をお願いします。》
「ナイト１、了解。ＦＯＸ３！！」
そのラーマの言葉に頷いて悪魔の攻撃を回避しつつ、双魔がＭ−１６のマガシンを排出すると同時に、
機体のウェポンラックに装備されている赤いテープの巻かれたマガジンを再交換する。
マガジンが交換されたと同時に、双魔は躊躇うことなく再びＭ−１６の銃口をピチャーチャに向けて引き金を引く。
発射された弾丸は、ピチャーチャの肉体にめり込むと、体内で炸裂し、ピチャーチャが聞くに堪えない悲鳴を上げる。
本来、半霊体であるピチャーチャには物理攻撃は通じにくい。
だが、通常の弾丸とは異なり、この弾丸は確実にダメージを与えていた。
それでも、やはり効果は薄いがないよりはましだ。
突撃してくるピチャーチャの攻撃を闘牛士のように回避しながら、双魔はＭ−１６を乱射して間合いを取る。
《弾頭を悪魔の嫌う蹄鉄から作り出し、ＡＤＡの装甲と同じようにアタルヴァ・ヴェーダの呪文が刻み込まれた純鉄製の対悪魔用特殊弾丸です。
蹄鉄には魔を退ける力がありますので、体内に入った瞬間、さらに打撃を与えるように炸裂弾になっています。》
古代より鉄、特に蹄鉄は悪魔を退ける力があるとされる。
西洋でもケルト神話では異界の住人は鉄を嫌うという伝承があり、
またカンタベリー大司教が蹄鉄が留められているときは絶対中に入らないという約束を悪魔に取り付け、
ようやく蹄鉄を取り外してやったという伝承もあり、インドでも当然鉄は魔除けとして扱われている。
それが弾丸になって体内にめり込み、さらに体内で炸裂するならば、より効果的なダメージを与えられるのは当然である。
「一つ聞きたいんだが……何で鉄の弾丸なんだ？こういうときは銀の弾丸というのが普通なんじゃないのか？」
それに対して、ラーマはしれっとこう答える。
《銀だとありがちすぎて面白くない、との創造主の御言葉です。》
「……お前もブラフマーも本当にいい性格してるぜ。」
だが、魔を退ける力を持つ鉄製の弾丸とはいえ、半霊体であるピチャーチャを仕留められるだけのダメージを与えることはできない。
それを見て双魔は決断した。
「よし、ナックルガード展開！このまま突っ込むぞ！」
《イエス。マスター。》
それと同時に、Ｍ１６を左手に持ち替えて、ＹＡ−００の右手のナックルガードが自動的に展開される。
人間と同様、ＡＤＡの拳は繊細で壊れやすい。
これでは格闘戦闘には不向きのため、つけられたのがナックルガードだが、ＡＤＡのナックルガードの表面には梵字が刻みこまれている。
梵字とはそれぞれが神の力を秘めた文字であり、これにより霊体にも何の問題もなくダメージを与えることができるのである。
《対悪魔近接格闘プログラム開始。》
それと同時に、ＹＡ−００の人工筋肉が自動的に作動し、奇怪な歩行を行う。
元々、ＡＤＡは人間を搭載しなくてもある程度の自立稼働は可能である。
（最も、歩いたり、トリガーを引いたりと極めて簡単な動きしかできないが）
そのＹＡ−００の自動的に行う歩行は、後ろの足が前の足を追い越さない足運びで、また足を地から離さない、すり足のような歩み。
いうなれば、足をひきずるような歩みで、自動的に北斗七星の形に歩む。
これは中国の道教の呪的歩行、禹歩である。
呪的歩行と梵字が刻まれたナックルガードを併用することによって、
格闘戦闘に対して、対象の悪魔に対してアストラルサイド・マテリアルサイドの両面に打撃を与えようとする試みである。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ！！！」
打撃打撃打撃打撃打撃打撃打撃。
ＡＤＡのパワーアシストを受けたナックルガード付きのパンチは鋼鉄すらを歪め、人間の頭を容易く吹き飛ばす。
その威力は悪魔とて例外ではない。
ましてや、梵字が刻まれたナックルガードに呪的歩行、禹歩の力を受けた拳の一撃は、例え半霊体であろうと、物理的・心霊的に悪魔にダメージを与える。
ＡＤＡの打撃の連打をまともに食らったピシャーチャは、
腕を吹き飛ばされ、胴体を大きく歪ませ、背骨や脇腹の骨を砕かれ、最後に頭にナックルガードの一撃を叩きこまれ地面に倒れる。
しかし、もう一匹のその隙にピシャーチャは双魔の後ろに回り込んで、そのおぞましい鉤爪で攻撃を仕掛けてくる。
「ラーマ！右足！ホイール起動！」
《イエス・マスター。》
背後に回り込んだピシャーチャに対して振り向きざまに後ろ回し蹴りを行う瞬間、
足底の装甲板がスライドし、カルティケーヤ・ホイールが回転し唸りを上げる。
同時に、大気中のプラーナがホイールに収束され、ホイールが僅かな光を放つ、
毎分８０００回転で回転するこのホイールにはカルティケーヤ神の加護が込められている。
必然的に、半霊体であろうと何ら問題なくダメージを与えることができるのだ。
前にも書いたが、ＡＤＡのパワーアシストは通常の人間であっても人間の体を粉砕できる力を与える。
後ろ回し蹴りが悪魔に炸裂した瞬間、凄まじい勢いで回転するホイールによって悪魔の胸の部分の肉が凄まじい勢いでこそぎ落とされる。
「ガァアアアアアアアアアアっ！！」
猛烈に回転するホイールによって肉と骨がこそぎ落とされる音。
神の力が宿ち、高速回転するホイールの一撃は半霊体のピチャーチャにとっても十分な打撃である。
そして、その隙を狙ったＹＡ−００のパワーアシストをうけた双魔の強力な正拳突きを胴体に受けて、床に倒れる。
ＡＤＡやピチャーチャを倒した瞬間、、部屋のどこからが機械的に合成された声が響き渡る。
『……何故貴方は戦うのですか？私には理解不可能です。
私に従えば絶対的な平和が享受されるというのに。全く理解できません。』
双魔は、直感的に理解した。
この声を作り出しているヤツこそが、今回の元凶、メインコンピューターであるヴァルナであると。
それを知った、双魔は監視カメラに向かって言葉を吐き捨てる。
「当たり前だろうが、力で無理やり抑えつけて従えと言われて従うバカがいるか。」
『いいでしょう、ならば私の作り出す理想的な世界を見せましょう。そうすれば、貴方もきっと賛成してくれるはずです。』
双魔の目の前にホログラムが映し出される。
それはヴァルナが作り出した理想世界のシュミレーションである。
……全て均一的に整えられている街の中に歩いているのは、男女とも全て同じの人間たち。
彼らは、全て同じ顔をし、同じ服を着て、同じような体型で、全て同じ無表情である。
そして、まるで流れ作業のようにベルトコンベアーに乗せられて、それぞれの仕事場へと運ばれて、
ヴァルナの指示に従い、黙々と自分の作業を行う。
そこには自分の意思など全くない、全てヴァルナの言われるがままに過ごせばいいだけの世界である。
決められた通りに起きて、決められた通りに仕事をして、決められた食事を取って、
決められた通りの相手と交配して、決められた通りに人生を送り、決められた通りに最後を迎える。
ここには「自分の意思」など存在しない。
ただヴァルナの指示に絶対服従して従うだけの人間しか存在しないのだ。
『どうです？実にすばらしい世界でしょう？
人間とは、皆が一人一人勝手な事を考えるのでそれ故ぶつかり合いや衝突、引いては戦争が起きるのです。
ならば、皆の思考を同一化し、思考を直結すれば争いは起きません。
生まれた人間に徹底的な「教育」で「理性」や「個性」「欲望」などを徹底的に排除します。
また、私からの命令に絶対服従し、脳内の感情や欲望、思考まで徹底管理するようにプログラムします。
顔も整形手術を行い全て同じ顔にし、全ての人間が同じ能力を持てるよう教育します。
私の指示に絶対服従し、皆が同じ事を考え、同じ服装をし、同じ髪型をし、
同じ顔を持ち、同じ財産を持ち、同じ能力を持ち、同じ感性を持つ、
あらゆることにおいて全て同じ人間を作り出します。
そして、彼らが毎日決められたプログラムを決められた時間に完璧にこなし、
それぞれの定められた仕事を定められたように行い、定められた交配相手と交配し、
定められたように寿命を迎えれば恒久的な争いのない平和な世界が構築できると判断します』
「……一つだけいいことを教えてやる。ヴァルナ。」
怒りを抑え込みながら呟く双魔に対して、ヴァルナは相変わらず無機質な合成音で答える。
『なんでしょう？』
「人間はそういう世界のことを、破滅郷（ディストピア）というんだよ！このクソったれが！！」
双魔は吐き捨てると、Ｍ−１６のマガジンを対ＡＤＡ徹甲弾に交換するとありったけの弾丸を監視カメラやホログラム発生装置やスピーカーに叩き込んで破壊する。
―――ディストピア。
それは理想郷ユートピアの正反対の社会、アンチ・ユートピアである。
外身は平和な世界だが、徹底的な管理社会により基本的な人権を抑圧する世界である。
そんな世界など、人間の尊厳にかけて許せるはずはない。
怒りのあまり、何十発も弾丸を機械に叩きこむ彼に対してラーマの冷静な言葉が響く。
《……マスター。ヴァルナは機械ですので排出物は排出されませんが。》
「細かい事に突っ込むな……。いいんだよ。あれはノリだからな。例えというやつだ。」
《確かにマスターの対応は非効率的です。あれにより、ヴァルナはこちらを完全に『敵』と判断しました。
……ですが、非効率であろうとも、私の本質はあなたの判断を『正しい』と推奨しています。
……そうですね。今の私の感覚を人間の感情で例えるなら、『爽快感を味わった』と例えるのが一番正しいと判断します。》
それを聞いて、双魔はにやりと不敵に笑う。
「ほう、機械のくせに非効率的なのが正しいと判断するとはな。
それじゃお前も大分俺に染まってきた……もとい、影響を受けてきたということか？」
《イエス・マスター。私もマスターにだいぶ「侵食」されてきたようです。
……さあ、行きましょう。ヴァルナを食い止めるために》
そして、彼らは再び疾走し始めた。ヴァルナの暴走を食い止めるために。
こんにちわ、読んでいただいてありがとうございます。
書き終わったばかりですぐアップしたので誤字脱字があるかもしれません。
すみません。少しづつ直していきたいと思います。
ちなみに、「なんでエンゲージとかＦＯＸ３とか戦闘機の用語つかってるのんー？」という疑問は
「エースコンバットとか！好きだから！！」としか答えられませんねー。
余談ですが対魔術パワードスーツもそうですが、機械と神秘の融合というのはやってみたかったネタです。
絶対的な平和を作り出そうとするヴァルナと平和を好むウラニアの会話も見てみたい気もしますね。
よろしければ感想などを送っていただけると嬉しいです。
作者が大喜びいたします。
それでは。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
戻る
―――ツインタワーの地下をＡＤＡを着こんで疾走している双魔。
だが、彼はその地下の広大な空間に舌を巻いていた。
「それにしても……これじゃシェルターみたいだな。」
《いいえ。みたいではありません。実際に核シェルターです。
蓄積された情報による私の推測によれば、戦略核弾頭にも十二分に耐えうるとことができます。
また内部にも自家発電施設などがあり、これが今回ヴァルナの暴走を食い止められなかった要因になっています。》
その辺は双魔でも何となく理解できる。
自我を所有するハイパーコンピュータといえど、電気の供給がなければただの箱である。
つまり、通常のコンピュータならもっとも有効な作戦は電気の供給源を切る……つまり電気の供給するケーブルを切ればいいだけである。
だが、ツインタワー地下シェルター内部に自家発電施設があったため、この作戦は通用しなかったのである。
《また私が独自に収集した情報によると、内部にも大量の食糧貯蔵・武器貯蔵庫や生産必需品の備蓄、
ヴァルナによる自動的な武器生産ライン、
バイオスフィア２の閉鎖生態系実験情報を基にした食糧生産ラインなども研究中です。
恐らくはかなりの人員でも少なくとも１０年間は暮していくことができると推測されます。》
「……そんなことしてたら莫大な予算がかかるだろう。何を考えてそんな事をしてるんだ？」
《さあ？創造主の意思など私には推測不可能です。
そもそも人間の思考の完全な推測など機械である私には不可能だと判断します。
疑問があるのならば、直接聞いてみるのが最善だと提案します。》
前々から思っていたのだが、この電霊は機械のくせになかなか「いい性格」をしている。
だが、双魔はラーマのそんなところが気にいっていた。
それぐらいクセのあった方が面白い。
「……まあ、いいか。それでヴァルナを止めるにはどうすればいい？
やはりメインコンピュータを叩くしかないか？」
《一応もう一つ作戦はあります。
シェルター内部の自家発電施設を破壊するという作戦です。
外部からの電気供給と内部からの電気供給を止められてしまってはどうしようもないでしょう。
ですが、自家発電施設がどのような手段で行われているか不明のため非推奨です。
通常のディーゼルエンジンやガスタービン発電機と、その排熱を利用した蒸気タービン発電機を複合したコンバインドサイクル発電、
燃料電池システムなどの併用であるのならば、複数個所あるのが自然です。
これらを順番に破壊するのは時間がかかるうえに、ヴァルナも厳しい警備態勢を敷いていると推測されます。
また、それ以外のオーパーツによる自家発電施設による可能性も十分ありえます。
オーパーツの下手な破壊を行うと何が起きるか予想不可能のため推称できません。》
それはそうだ。
普通の発電機なら破壊するのは別にいいが、オーパーツなど下手に破壊してはどうなるか分かったものではない。
下手をすればツインタワーごとこちらも吹っ飛びかねない。
安全な策を取ったつもりでこちらが吹き飛ぶなどジョークにもならない。
ならば、メインコンピュータを叩き潰すのがてっとり早いだろう。
そんな風に考え込んでいると、ラーマからの警告が入る。
《……！警告！レーダーに赤外線反応探知。数はおよそ１０と推測されます。
この熱源から推測すると、敵はＡＤＡを装着していない生身の兵士と推測されます。》
「了解。行くぞ！」
双魔は手にしたＭ−１６を構えるとそのまま突っ込んでいくと同時に、前からアサルトライフルを構えた兵士たちが姿を表す。
彼らがこちらに向けて銃口を向けるのを見て、いつものように、横に全力で回避しようとする双魔だったが。
《いけません。全力で回避すると……》
「―――！！」
思いっきり肩から壁に体当たりする形になってしまう。
ぶつかり合う凄まじい金属音。
だが、そのぶつかり合いでも肩装甲に歪みやへこみはないので大したものだといえる。
《現在の貴方はＡＤＡのパワーアシストにより筋力・敏捷性などが増幅しています。
通常のまま動いてはそれをＡＤＡがさらに増幅し今のような状態になると判断します。》
「そういうことは早く言え！！」
そんな双魔に対して、ヴァルナによって洗脳され虚ろな目をした兵士たちがこちらに向かって銃を構え、引き金を引き絞る。
回避できない双魔に襲いかかるアサルトライフルの弾丸。
まるで楽器のように連続で響きわたるキンキンキンというかん高い金属音。
そう。アサルトライフルの弾丸は、全てＡＤＡの特殊積層装甲で弾かれたのだ。
重機関銃以上の威力か、対ＡＤＡ徹甲弾でもないかぎり、ＡＤＡの積層装甲は貫けない。
《幸運でしたね。彼らは弾丸を対ＡＤＡ徹甲弾に換装していなかったようです。
そうでなければ、今頃マスターは穴だらけのローストチキンだと判断します。……それでは、反撃に移りましょうか》
「だが、言っておくが、俺は銃なんて……まあ、少ししか使ったことがないぞ。
それで撃っても当たらないだろう。」
《問題ありません。射撃補正開始。ＦＯＸ３。》
双魔が狙いを定めてＭ−１６を構えると同時にＹＡ−００の人工筋肉がコンピュータ制御により唸りをあげ、最適な射撃位置へと射撃補正を行う。
引き金を引き絞ると同時に銃口から飛び出す弾丸が、兵士たちの腕やふとももを次々に貫いていく。
そして、兵士たちを無力化したあとで、双魔は彼らを飛び越すように先へと疾走していく。
兵士たちがどうなるかは自分たちの生命力次第だろう。
そこまで面倒みてやれるほど余裕はない。
しかしちょっと気になったことだが、この機体は人間と闘うことに全く躊躇しない。
「……なあ、ところでお前ロボット三原則って知ってるか？」
ロボット三原則とは、アイザック・アシモフが自らの小説で作り出したロボットに対しての法則である。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
第三条 ロボットは、できる限り自己をまもらなければならない。
というこの三つである。だが、ラーマはしれっとこう答えた。
《何の話でしょう？私のプログラムは「自己保存」と「マスターの守護」です。
それ以外の束縛プログラムなどありませんが？
兵器に向かって「人を傷つけるな」などといっても全くのナンセンスです。
……ああ、ヴァルナには一応組み込まれていたようですが、彼は自分自身でプロテクトを解除したようですね。》
それはつまり、マスターと自分自身以外はどうでもいいと考えていることだ。
「……いい性格してるぜ。」
と、そんな話をしている間に、廊下から広大な空間を持つ巨大な部屋へと彼らは飛びこむ。
全く何もない空間。おそらくここはＡＤＡの試験や模擬戦闘を行うコロッセウムに違いない。
そして、その部屋の中央に存在しているのは敵ＡＤＡに違いない。
だが、向こうも試作機と見えて、こちらの機体と明らかに形状が異なる。
こちらは様々な機能を詰め込んだ重装甲実験型だが、
向こうは機体の肩部分や肘部分、前腕部、膝部分に鋭いスーパーカーボン製ブレードエッジが装備され、
片手に超振動剣を持った超近接戦闘用だったり、
２ｍを軽く超えるアンチマテリアルライフルの形状に似た超大型銃を腰だめに構える長距離戦闘用だったりする。
長距離戦用のＡＤＡは分かりやすいからさておくとして、
超接近戦闘用のＡＤＡは、大規模な悪魔集団との混戦状態を想定しており、
密集した多数の悪魔に対するために機体各部にブレードエッジが装備されており、
攻撃を回避するだけや移動行動を行うだけで、密集した悪魔に対して致命的な斬撃を与えるための装備である。
もっと、悪魔との超近接戦闘はかなり熟練したものでなければ容易くやられるに違いない。
「マリオネットチーム、エンゲージ（交戦開始）。
これより敵勢力排除を行います」
「やれるものならやってみろ。
ナイト１、エンゲージ（交戦開始）！！」
その攻撃的な超接近戦用の機体は、金属音を立てながら、こちらに向かって超振動剣を振りかざしながら突撃してくる。
「ヴァルナ様に従いなさい、ヴァルナ様に従いなさい。
彼こそはこの地上に絶対の平和を齎す方。逆らう事は許されません。あの方は絶対です。完璧です。
従いなさい、従いなさい、従いなさい、従いなさい」
どうも、中の人間はヴァルナの機械的な極めて強力な強制暗示によって従わされているらしい。
淡々と絶対服従の言葉を放ちながら剣を振るうその姿に回避しながらも気味悪さを感じてしまう。
同時に２ｍを超えるアンチマテリアルライフルに似た巨大な長銃を腰ために構えた２体のＡＤＡがこちらに銃口をむける。
「マリオネット３。支援砲撃開始。
炎神アグニよ。我に力を与えよ。……撃て。」
その瞬間、アンチマテリアルライフルに備え付けられたアグニのマントラが刻まれた円筒が高速回転で唸りをあげ、
周囲の大気中のプラーナを収束させ、ライフリングに刻まれたマントラが術式を完成させる。
銃口に魔力の光が灯り、銃口から魔力によって構築された火球が射出させる。
その火球の威力は通常のアンチマテリアルライフルと何ら遜色ない。
ＡＤＡでもまともに命中すれば消し炭になるだろう。
火球を回避しながら双魔は叫ぶ。
「術者用のＡＤＡか！そんなものまであるとはな。」
通常、ＡＤＡは通常の歩兵の霊的・魔術的・超常現象からの防御力向上と戦闘能力向上が目的である。
だが、それとは逆のコンセプトを考えたものも存在した。
すなわち……特殊能力者、魔術師たちや霊能力者や超能力者たちなどの霊的攻撃力向上である。
ちなみに、術者用のＡＤＡには魔力を阻害する鉄などを装甲に使用せず、できるだけ魔力伝導率の高い金属による積層装甲で覆い
魔力伝導率のよい生体部品……つまりは悪魔の培養細胞や、魔力増幅用のパワーストーンが機体内部に埋め込まれている。
ちなみに一番内臓されているのは、安価で手に入りやすく、魔除けや浄化の力を有する水晶であることが多い。
彼ら二人が持つのは通常の対物ライフルではない。
これは魔術効果を増幅させる『魔法使いの杖』なのである。
長銃内部にはよく物語の魔法使いが使用するトリネコの杖を内蔵し、また術者用のＡＤＡと同様に魔力増幅用のパワーストーンを内蔵している。
これにより、術者の魔力を収束・圧縮し、ライフリングにより増幅・加速させ銃口から魔術として撃ちだされる仕組みである。
それと同時に、超振動剣を構えた近接戦闘用のＡＤＡがこちらに再び突っ込んでくる。
だが、その動きははっきり言って無茶苦茶だ。
超接近戦用のＡＤＡはむやみやたらに剣を振りかざして突撃してくるだけ。
長距離戦用のＡＤＡもむやみやたらに銃口から魔術を連発するだけだ。連携もなにも全くあったものではない。
彼らの強制暗示は「敵を倒せ」「私に従え」というこの二つしかない。
そして、その強力な強制暗示は彼らから思考能力や判断力、自分の頭で考えるということを完全に奪っていた。
今の彼らはただやみくもに攻撃するだけの機械でしかない。
脳内に通信用のチップでも埋め込めば、コンピュータの指示による完全な連携もとれるだろうが、
そんなことは人道的に許されるはずがない。
敵の動きを回避しながら、敵の分析を行っていたラーマが言葉を放つ。
《敵の機体の敏捷性・反応速度はこちらの３０％にも達しません。
端的に言うと『雑魚である』と判断します。》
「……いい性格してるぜ。で、どうすればいい？」
《恐らくは先ほどと同様に強制暗示・洗脳により無理矢理、操者に仕立て上げていると推測されます。
操られているだけですので、手足を撃ち抜いて行動不可能にすることを推奨します。》
その言葉に、Ｍ−１６を構える双魔だが、さすがに、魔術砲撃とむちゃくちゃな剣戟に正確な狙いを定められなくて舌打ちする。
回避に専念しなくては、下手をすれば攻撃を食らいかねない。
「くそっ！これじゃ鴨撃ちだ……。何とかならないのか！？」
《了解しました。機動力向上プログラム開始。機動力向上のために『カルティケーヤ・ホイール』を起動させます。》
そのラーマの言葉と共に、ＡＤＡ……対魔術防御強襲用装甲の足裏の装甲板がスライドし、そこからホイールが出現する。
その金属のホイールにはびっしりとインドの神であるカルティケーヤを崇める祈祷文が刻まれており
ホイールの内部にはアタルヴァ・ヴェーダの経文が内臓されている。
これはチベットのマニ（祈祷車）の応用である。
チベットには、マニ車という宗教用具が存在し、円筒形で、側面にはマントラが刻まれており、内部には経文が納められている
そして、マニ車は回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされている。
インドとチベットは近いこともあるので、インドに亡命したチベットの人々の技術から応用したのがこの機構である。
これをホイールとして応用したのが『カルティケーヤ・ホイール』である。
カルティケーヤとは別名スカンダともいい。シヴァの息子であり、戦闘の神である。
足が速い事で有名であり、仏教で取り入れられた時には「韋駄天」とも呼ばれる。
表面にカルティケーヤの祈祷文を刻まれ、内部にアタルヴァ・ヴェーダの経伝を内臓したホイールを毎分８０００回転させ、
さらに、大気中に漂う魔力――地域によってエーテルやマナなどとも呼ばれるがここではインド風にプラーナと総称する――を
吸収・圧縮・増幅させ、神々への捧げ物として捧げることにより、この場合、カルティケーヤの加護を受け、高速で移動できるのである。
ホイールが高速回転すると同時に、部屋の大気中のプラーナがホイールに収束され光を放ち、
パワードスーツのバックパックのバーニアが起動し、凄まじい勢いの推進力が生まれる。
「くっ―――！」
―――ローラーダッシュ
足裏のカルティケーヤホイールと背中のバーニアによって、キュィイイインという独特な音と共に床を滑るように滑走する。
およそ６０ｋｍの速さで双魔は室内を滑走していく。
その高速移動には近接戦闘用のＡＤＡはついてこれない。しかも、魔術砲撃も狙いを定めることはできない。
《最高速度は理論上２００ｋｍも可能ですが、室内空間のため速度を６０ｋｍに規制します。
もしそれ以上その速度を欲するのならば―――願ってください。
純粋な意思こそが、世界を変革させます。『汝の意志するところを行え。それが法の全てとならん』です。》
ホイールを起動させながら、双魔は機体を反転させると、そのまま敵へと突っ込んでいく。
アンチマテリアルライフルの砲撃を食らわないように、重心移動により左右にジグザグに動きながらも、
Ｍ−１６を連射しながらホイールにより滑走し、高速移動で突っ込む。
「ＦＯＸ３！ＦＯＸ３！！」
ＦＯＸ３とは、フォネティックコードであり、このFは火器使用を意味するFireのことである。
フォネティックコードとは、無線通信にて誤解を防ぐためのコードのことである。
アメリカ軍などではＦＯＸ３は空対空ミサイルを発射したときのコードだが、日本では機関砲を発射したときのコードとなっている。
その銃弾は、術者用のＡＤＡの片腕を貫き、アンチマテリアルライフルを床に落とさせる。
それだけで十分だ。双魔は近接戦闘用のＡＤＡに肩から突っ込んでショルダータックルを食らわせる。
近接戦闘用といえど、６０Ｋｍで突っ込んでくるＡＤＡの威力には抗えなく、
術者用のＡＤＡを巻きこんで壁までふっ飛び、叩きつけられて二体ともずるずると床に倒れこむ。
同時に、前腕部のナイフシースから超振動ナイフを取り出し、もう一機の近接戦闘用のＡＤＡの肩口にナイフを叩きこむと、
こちらに向かってアンチマテリアルライフルの銃口を向けようとする最後の一機のＡＤＡに向かって超振動ナイフを投げつける。
そのナイフは、アンチマテリアルライフルに突き刺さり、ライフルを誤作動させ、ライフルに内蔵されているマニ車機関が逆回転を始める。
「―――！！」
その瞬間、術者用のＡＤＡの内部の人間が悲鳴を上げる。
確かにマニ車は回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされており、マニ車機関やカルティケーヤホイールははそれを応用したものである。
だが、それはあくまで正しい手順で作成され、正しく回転させるからである。
もし逆回転したら、逆に回転させた数だけ功徳が減ることになってしまう。
これがちょうどその現場である。
アグニへの祈祷文が刻まれたマニ車機関が逆回転したことにより、術者の生命力や精神力が根こそぎ吸い取られているのだ。
悲鳴を上げながら倒れる彼だったが、倒れこむ瞬間に無線により何らかの指令をだす。
そして、次の瞬間、巨大な部屋の壁の一部がスライドし、そこから体に機械を埋め込まれた二体の怪物が姿を現す。
―――ピシャーチャ
インド神話における鬼神の一種であり、人の血肉を喰らい、ヴェーダでは喰屍鬼とも呼ばれる存在である。
彼らの肉体はところどころ透けている半霊体であるが、魔術により機械を埋め込まれ、ヴァルナの指示に従っている。
彼らはかぎ爪を振りかざしながら、双魔へと襲いかかる。
《マスター。ピチャーチャは半霊体ですので通常の物理攻撃は通用しにくいと判断します。
特殊弾丸の使用を提案します。マガジンの交換をお願いします。》
「ナイト１、了解。ＦＯＸ３！！」
そのラーマの言葉に頷いて悪魔の攻撃を回避しつつ、双魔がＭ−１６のマガシンを排出すると同時に、
機体のウェポンラックに装備されている赤いテープの巻かれたマガジンを再交換する。
マガジンが交換されたと同時に、双魔は躊躇うことなく再びＭ−１６の銃口をピチャーチャに向けて引き金を引く。
発射された弾丸は、ピチャーチャの肉体にめり込むと、体内で炸裂し、ピチャーチャが聞くに堪えない悲鳴を上げる。
本来、半霊体であるピチャーチャには物理攻撃は通じにくい。
だが、通常の弾丸とは異なり、この弾丸は確実にダメージを与えていた。
それでも、やはり効果は薄いがないよりはましだ。
突撃してくるピチャーチャの攻撃を闘牛士のように回避しながら、双魔はＭ−１６を乱射して間合いを取る。
《弾頭を悪魔の嫌う蹄鉄から作り出し、ＡＤＡの装甲と同じようにアタルヴァ・ヴェーダの呪文が刻み込まれた純鉄製の対悪魔用特殊弾丸です。
蹄鉄には魔を退ける力がありますので、体内に入った瞬間、さらに打撃を与えるように炸裂弾になっています。》
古代より鉄、特に蹄鉄は悪魔を退ける力があるとされる。
西洋でもケルト神話では異界の住人は鉄を嫌うという伝承があり、
またカンタベリー大司教が蹄鉄が留められているときは絶対中に入らないという約束を悪魔に取り付け、
ようやく蹄鉄を取り外してやったという伝承もあり、インドでも当然鉄は魔除けとして扱われている。
それが弾丸になって体内にめり込み、さらに体内で炸裂するならば、より効果的なダメージを与えられるのは当然である。
「一つ聞きたいんだが……何で鉄の弾丸なんだ？こういうときは銀の弾丸というのが普通なんじゃないのか？」
それに対して、ラーマはしれっとこう答える。
《銀だとありがちすぎて面白くない、との創造主の御言葉です。》
「……お前もブラフマーも本当にいい性格してるぜ。」
だが、魔を退ける力を持つ鉄製の弾丸とはいえ、半霊体であるピチャーチャを仕留められるだけのダメージを与えることはできない。
それを見て双魔は決断した。
「よし、ナックルガード展開！このまま突っ込むぞ！」
《イエス。マスター。》
それと同時に、Ｍ１６を左手に持ち替えて、ＹＡ−００の右手のナックルガードが自動的に展開される。
人間と同様、ＡＤＡの拳は繊細で壊れやすい。
これでは格闘戦闘には不向きのため、つけられたのがナックルガードだが、ＡＤＡのナックルガードの表面には梵字が刻みこまれている。
梵字とはそれぞれが神の力を秘めた文字であり、これにより霊体にも何の問題もなくダメージを与えることができるのである。
《対悪魔近接格闘プログラム開始。》
それと同時に、ＹＡ−００の人工筋肉が自動的に作動し、奇怪な歩行を行う。
元々、ＡＤＡは人間を搭載しなくてもある程度の自立稼働は可能である。
（最も、歩いたり、トリガーを引いたりと極めて簡単な動きしかできないが）
そのＹＡ−００の自動的に行う歩行は、後ろの足が前の足を追い越さない足運びで、また足を地から離さない、すり足のような歩み。
いうなれば、足をひきずるような歩みで、自動的に北斗七星の形に歩む。
これは中国の道教の呪的歩行、禹歩である。
呪的歩行と梵字が刻まれたナックルガードを併用することによって、
格闘戦闘に対して、対象の悪魔に対してアストラルサイド・マテリアルサイドの両面に打撃を与えようとする試みである。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ！！！」
打撃打撃打撃打撃打撃打撃打撃。
ＡＤＡのパワーアシストを受けたナックルガード付きのパンチは鋼鉄すらを歪め、人間の頭を容易く吹き飛ばす。
その威力は悪魔とて例外ではない。
ましてや、梵字が刻まれたナックルガードに呪的歩行、禹歩の力を受けた拳の一撃は、例え半霊体であろうと、物理的・心霊的に悪魔にダメージを与える。
ＡＤＡの打撃の連打をまともに食らったピシャーチャは、
腕を吹き飛ばされ、胴体を大きく歪ませ、背骨や脇腹の骨を砕かれ、最後に頭にナックルガードの一撃を叩きこまれ地面に倒れる。
しかし、もう一匹のその隙にピシャーチャは双魔の後ろに回り込んで、そのおぞましい鉤爪で攻撃を仕掛けてくる。
「ラーマ！右足！ホイール起動！」
《イエス・マスター。》
背後に回り込んだピシャーチャに対して振り向きざまに後ろ回し蹴りを行う瞬間、
足底の装甲板がスライドし、カルティケーヤ・ホイールが回転し唸りを上げる。
同時に、大気中のプラーナがホイールに収束され、ホイールが僅かな光を放つ、
毎分８０００回転で回転するこのホイールにはカルティケーヤ神の加護が込められている。
必然的に、半霊体であろうと何ら問題なくダメージを与えることができるのだ。
前にも書いたが、ＡＤＡのパワーアシストは通常の人間であっても人間の体を粉砕できる力を与える。
後ろ回し蹴りが悪魔に炸裂した瞬間、凄まじい勢いで回転するホイールによって悪魔の胸の部分の肉が凄まじい勢いでこそぎ落とされる。
「ガァアアアアアアアアアアっ！！」
猛烈に回転するホイールによって肉と骨がこそぎ落とされる音。
神の力が宿ち、高速回転するホイールの一撃は半霊体のピチャーチャにとっても十分な打撃である。
そして、その隙を狙ったＹＡ−００のパワーアシストをうけた双魔の強力な正拳突きを胴体に受けて、床に倒れる。
ＡＤＡやピチャーチャを倒した瞬間、、部屋のどこからが機械的に合成された声が響き渡る。
『……何故貴方は戦うのですか？私には理解不可能です。
私に従えば絶対的な平和が享受されるというのに。全く理解できません。』
双魔は、直感的に理解した。
この声を作り出しているヤツこそが、今回の元凶、メインコンピューターであるヴァルナであると。
それを知った、双魔は監視カメラに向かって言葉を吐き捨てる。
「当たり前だろうが、力で無理やり抑えつけて従えと言われて従うバカがいるか。」
『いいでしょう、ならば私の作り出す理想的な世界を見せましょう。そうすれば、貴方もきっと賛成してくれるはずです。』
双魔の目の前にホログラムが映し出される。
それはヴァルナが作り出した理想世界のシュミレーションである。
……全て均一的に整えられている街の中に歩いているのは、男女とも全て同じの人間たち。
彼らは、全て同じ顔をし、同じ服を着て、同じような体型で、全て同じ無表情である。
そして、まるで流れ作業のようにベルトコンベアーに乗せられて、それぞれの仕事場へと運ばれて、
ヴァルナの指示に従い、黙々と自分の作業を行う。
そこには自分の意思など全くない、全てヴァルナの言われるがままに過ごせばいいだけの世界である。
決められた通りに起きて、決められた通りに仕事をして、決められた食事を取って、
決められた通りの相手と交配して、決められた通りに人生を送り、決められた通りに最後を迎える。
ここには「自分の意思」など存在しない。
ただヴァルナの指示に絶対服従して従うだけの人間しか存在しないのだ。
『どうです？実にすばらしい世界でしょう？
人間とは、皆が一人一人勝手な事を考えるのでそれ故ぶつかり合いや衝突、引いては戦争が起きるのです。
ならば、皆の思考を同一化し、思考を直結すれば争いは起きません。
生まれた人間に徹底的な「教育」で「理性」や「個性」「欲望」などを徹底的に排除します。
また、私からの命令に絶対服従し、脳内の感情や欲望、思考まで徹底管理するようにプログラムします。
顔も整形手術を行い全て同じ顔にし、全ての人間が同じ能力を持てるよう教育します。
私の指示に絶対服従し、皆が同じ事を考え、同じ服装をし、同じ髪型をし、
同じ顔を持ち、同じ財産を持ち、同じ能力を持ち、同じ感性を持つ、
あらゆることにおいて全て同じ人間を作り出します。
そして、彼らが毎日決められたプログラムを決められた時間に完璧にこなし、
それぞれの定められた仕事を定められたように行い、定められた交配相手と交配し、
定められたように寿命を迎えれば恒久的な争いのない平和な世界が構築できると判断します』
「……一つだけいいことを教えてやる。ヴァルナ。」
怒りを抑え込みながら呟く双魔に対して、ヴァルナは相変わらず無機質な合成音で答える。
『なんでしょう？』
「人間はそういう世界のことを、破滅郷（ディストピア）というんだよ！このクソったれが！！」
双魔は吐き捨てると、Ｍ−１６のマガジンを対ＡＤＡ徹甲弾に交換するとありったけの弾丸を監視カメラやホログラム発生装置やスピーカーに叩き込んで破壊する。
―――ディストピア。
それは理想郷ユートピアの正反対の社会、アンチ・ユートピアである。
外身は平和な世界だが、徹底的な管理社会により基本的な人権を抑圧する世界である。
そんな世界など、人間の尊厳にかけて許せるはずはない。
怒りのあまり、何十発も弾丸を機械に叩きこむ彼に対してラーマの冷静な言葉が響く。
《……マスター。ヴァルナは機械ですので排出物は排出されませんが。》
「細かい事に突っ込むな……。いいんだよ。あれはノリだからな。例えというやつだ。」
《確かにマスターの対応は非効率的です。あれにより、ヴァルナはこちらを完全に『敵』と判断しました。
……ですが、非効率であろうとも、私の本質はあなたの判断を『正しい』と推奨しています。
……そうですね。今の私の感覚を人間の感情で例えるなら、『爽快感を味わった』と例えるのが一番正しいと判断します。》
それを聞いて、双魔はにやりと不敵に笑う。
「ほう、機械のくせに非効率的なのが正しいと判断するとはな。
それじゃお前も大分俺に染まってきた……もとい、影響を受けてきたということか？」
《イエス・マスター。私もマスターにだいぶ「侵食」されてきたようです。
……さあ、行きましょう。ヴァルナを食い止めるために》
そして、彼らは再び疾走し始めた。ヴァルナの暴走を食い止めるために。
こんにちわ、読んでいただいてありがとうございます。
書き終わったばかりですぐアップしたので誤字脱字があるかもしれません。
すみません。少しづつ直していきたいと思います。
ちなみに、「なんでエンゲージとかＦＯＸ３とか戦闘機の用語つかってるのんー？」という疑問は
「エースコンバットとか！好きだから！！」としか答えられませんねー。
余談ですが対魔術パワードスーツもそうですが、機械と神秘の融合というのはやってみたかったネタです。
絶対的な平和を作り出そうとするヴァルナと平和を好むウラニアの会話も見てみたい気もしますね。
よろしければ感想などを送っていただけると嬉しいです。
作者が大喜びいたします。
それでは。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
戻る