―――とあるビルの屋上、そこでは異常な光景が繰り広げられていた。
屋上一面に逆五芳星の魔法陣と、ソロモンの魔法三角形が奇妙に赤黒い塗料で描かれ、何かの香を焚いたと思われる小さな炉が存在していた。
それは明らかに何らかの魔術的な儀式を終えた後だった。
これは魔術書「ソロモンの小さな鍵」に記載されている悪魔召還の儀式である。
通常の魔術師ならば、『追儺の儀礼』を行い、悪魔を喚起したのち、神の名の下に命令、退去の儀式を行う。
だが、これは明らかに邪悪な目的で使用された独自の儀式であることが一目でわかる。
その魔法陣の中心には大量の血痕が存在していたからだ。
そして、その前に立っている儀式を行ったのは、サングラスをかけて、目を覆い隠した優男である。
一見普通の好青年に見えるこの男が、この邪悪な儀式を行ったに違いない。
と、コツコツと階段を上がる音と共に、屋上に通じるドアが開かれる。
その音に、サングラスをかけた男は忌々しげに舌打ちをする。
「……チ、やはり厄介者が現れたか。
やはりそうそうこちらの都合よくはいかんか。
何者だ。この国の狗か？異能者か？……いや、この気配は。」
コツコツ、と足音を立てて現れた一人の青年。
静か闘志を纏ったその青年は不敵に微笑んで言葉を返す。
「そうさ、お前と同類さ。悪魔との【契約者】さ。」
その言葉に、サングラスをかけた男は振り返る。
「なるほど。確かに契約者同士の戦いならば道理だ。
我々は悪魔の代理戦争の駒でしかない。
だが、それならばなぜこんな正面からくるようなマネをする。
闇討ちでもすればよかろうに。」
「決まってるだろ？
そんなのは俺のガラじゃない。
それに……弱い奴らを平気で犠牲にする貴様らは気に入らないのさ！」
《―――契約（コントラクト）―――！！》
そう叫ぶと同時に、その青年は、バッと右手を動かし、
まずは、空中に大きな円を描く。
そして、続いてその円にバッバッと大きな×印を描く。
これは、契約した悪魔との魔方陣を簡約的に空中に描くことで
その悪魔と契約した分魂の力を発揮させる儀式である。
ナノセコンドの速度で、彼の体に潜むバエルの分魂が覚醒・彼自身と融合し、彼の体から黒い霧のような膨大な魔力が放出する。
それと同時に大気中に漂うエーテルが彼の元に収束し、
バエルの魔力と融合し、瞬時に彼の体の表面にまとわりつき、
物質化、装甲化を開始する。
「ハァアアアア……ッ！！」
次の瞬間、そこに存在していたのは、どことなく西洋のフルプレートアーマーを連想させるヒーロー然とした外骨格を纏った存在だった。
見る人が見れば、どこの特撮の撮影だ、と勘違いしてしまうだろう。
―――契約者。
悪魔との契約を交わし、悪魔の分魂をその身に宿す者たちの総称である。
彼らは、戦闘時には、その悪魔の分魂と融合し、その分魂から放たれる膨大な魔力により、
己の肉体の表面を魔力による極めて強靭な外骨格で覆い、
また魔力により常人の数十倍もの身体機能を高め、まさに超人的な戦闘能力を得ることが出来る。
彼らは悪魔同士の代理戦争の駒であり、契約した悪魔の利益のために戦うことになる。
上級悪魔同士が直接戦うと、莫大な被害が出る上に、彼ら自身も傷ついてしまい、
何も得るものがないということで、彼らの代理として、
契約者たちは、他の契約者たちと激しい戦いを繰り広げることになる。
「フン、なるほどな。悪魔バエルとの契約者か。
大言壮語を吐くだけの事はある。
だが……マヌケは貴様だ。」
チャッ、とサングラスをかけた男は自らのサングラスを取る。
そして、それを見てバエルの契約者は絶句する。
「貴様、その目は！」
その下に存在していたのは通常の人間の瞳ではなかった。
それはトンボなどが持っている複眼だった。
悪魔との契約の際には、それぞれの悪魔の特性に比例して、
何らかの代償……いや、特典として何らかの能力が与えられることは珍しくない。
だが、その特典として複眼が与えられる悪魔など、一柱しか思い浮かばない。
《―――契約（コントラクト）―――》
バエルの契約者と同様に、その複眼の男は自分の中の悪魔の分魂と融合し、
魔力による外骨格を纏う。
それはバエルよりもより禍々しく、そして強大な力を秘めるイメージを持った外見だった。
そして、特徴的なのは、背中部のスラスターと同様に蝿のような羽が四枚あることだった。
「全てを統べる副王ベルゼブブの契約者である私に
たかがバエルの契約者である貴様が勝てるはずはなかろう？
私はすべての契約者を倒し、全ての堕天使の分魂を奪い取り、新たなる魔神となる。
そして、私はベルゼブブに使え、『永遠』を手に入れるのだ。」
「抜かせ！妄想狂が！！」
バッ、とバエルの契約者は戦闘体勢に入ると、ギギギと自らの拳を固く握り締める。
「ハアアアアッ！」
そして、右腕の両脇からカシャッと音を立てて射出口が姿を現すと同時に、
握り締めた拳をベルゼブブの契約者に向かって突きつける。
『憤怒たる雷鳴の主（ハッドゥ・バアル）！！』
その瞬間、射出口から凄まじい雷撃が雷鳴と共に大気を引き裂きながらベルゼブブの契約者へと襲い掛かる。
これはバエルの魔力によって構築された極めて高威力の雷撃である。
これを拳に纏わせて相手を攻撃する。
あるいはそのまま遠距離から相手に雷撃を叩きつけるのが、
バエルの契約者の得意技、【憤怒たる雷鳴の主】である。
これをまともに食らって平気な契約者など存在しない。
―――だが。
「フン、なるほど。
さすがはバエルの契約者、と言っておこう。
戦闘能力だけは優れているな。
だが……それでは私には通用しない。」
ヴヴヴ、と蝿の羽音のような音と共に、彼の魔力外骨格から霧のような漆黒の魔力の瘴気が放出される。
その瘴気は、轟音を立てながら迫り来る雷撃を飲み込み、吸収していく。
「なっ……！」
「だから言っただろう。
所詮バエルの力では、魔界の副王たるベルゼブブには通用しない。
さあ、腐れ果てろ。これが……副王たるベルゼブブの力だ。」
『万物の腐敗たる蝿の王（バアル・セブブ）』
次の瞬間、彼の前に展開されていたベルゼブブの瘴気が一気にバエルの契約者へと襲い掛かる。
瞬間、背中のスラスターを起動させて、バエルの契約者は天空へと跳躍してその瘴気から逃れる。
そして、少し前まで彼がいたコンクリートの床はベルゼブブの瘴気が襲い掛かる事にして瞬時に腐敗した。
これが蝿の王たるベルゼブブの力、あらゆる存在を腐敗させ、霊質を堕落させる魔の瘴気である。
不利を悟った彼は、そのままスラスターからバエルの魔力粒子を放出しながらさらに天空へと逃れる。
だが、それをベルゼブブの契約者はせせら笑う。
「フン、最速の魔王の分魂を持つ私から逃れようとは滑稽だな。
さあ、楽しい狩りの始まりだ。」
―――１方、時間は少し戻って聖ヨハネ学院。
放課後の時間、皆帰り始める時間帯だ。
その中、双魔は一人の女性を何処となくそわそわしながら待っていた。
彼の手元には、京梧が書いてくれた女性が喜ぶ店やスポットが書いてある紙がある。
「たまには彼女を誘って二人きりで遊びに行ったらどうだい？」という京梧からの好意によるアドバイスである。
正直、女性と二人きりでどこかに遊びにいくなど初めての経験なので戸惑っても不思議ではない。
と、そんな事をしているうちに、千月華が向こうからやってくる。
今日は部活はないので、早く帰れる事は、彼も知っている。
「あれ？双魔どうしたの？珍しいわねー。」
「あ、ああ。
それでだな、千月華。今日どこかに……。」
と、双魔が話しかけようとした瞬間、
向こうのほうから、彼女の親友である風早月照が彼女に声をかけてくる。
「……ちづか。」
「あ、待ってー月ー！今行くからー！！
ごめんね双魔、今日は月と遊びにいく約束してるんだ。また今度ねー！」
ばたばたと月照の元へと走り去っていく彼女。
しばらく彼女たちの背中を見守っていた双魔はがっくりと肩を落とした。
と、物陰から展開を見守っていた京梧が、双魔の元に近寄ってぽん、と肩を叩く。
「あ―。まあアレだ。……ドンマイ。」
「……やっぱり俺、あいつ嫌いだ。」
それからしばらくして超心理室の部室。
そこでは原稿を書いている京梧とふて腐れて部室でゴロゴロしている双魔の姿があった。
「……ふて腐れるぐらいなら帰ってくれないか？
ぶっちゃけ邪魔なんだけど。」
「うるさい。放っておいてくれ。」
もう時間は夜中だが、纏めなくてはならない原稿を持っている京梧はカタカタとパソコンに向かって原稿を書いている。
何でも部室のほうがアイデアが纏まるとか何とか。
「だったら月照さんと仲良くなることを考えたらどうだい？
そうすれば両手に花で三人で仲良く遊びにいけるじゃないか。」
「ふざけるな。何で俺が気に入らないヤツと仲良くしなくちゃいけないんだ。
そんな義理はどこにもない。」
吐き捨てるように双魔はそういうと、さらにふて腐れる。
そんな彼を見て、京梧は思わず肩を竦める。
「……やれやれ。子供だねえ。」
と、京梧がパソコンに向かい合った瞬間、グラウンドから凄まじい轟音が響き渡る。
恐らくは、何かが落下して地面に激突した音だ。
それを聞いた瞬間、双魔はグラウンドへと駆け出していた。
「あっ、おい！
……わざわざ自分から危険に飛び込んでいくとは物好きだねえ……。」
だが、放って行くわけにはいかない。
ため息を一つついて、京梧もグラウンドへと駆け出していく。
もう夜中なので、学院に残っている人間はほとんどいない。
誰とも会うことなくグラウンドへと飛び出した双魔が見たのは、
まるで特撮のような西洋鎧を連想させる外骨格を纏ってグラウンドに墜落している存在と、
ブブブと羽を小刻みに動かして空中にホバリングしている同様の外骨格を纏った存在だった。
よくよく見ると、墜落した方は、その装甲の半分以上がぐじゅぐじゅと腐敗を起こしている。
と、その墜落した外骨格を纏った存在は、青年の声で、駆けつけてきた双魔に声をかける。
「に……逃げろっ……！ヤツは魔界の副王ベルゼブブの分魂と融合している『契約者』だ。
普通の人間が戦える相手じゃない……。」
それを聞いて、双魔は動揺するでもなく、思わず肩を竦める。
「やれやれ。またこんなのかよ。泣ける話だぜ……。」
それを見て、空中でホバリングしている蝿の羽を持った存在はつまらなそうに言葉を放つ。
「ふむ？一般人か？まあどうでもいい。
一般人だろうが関係はない。纏めて腐れ果てろ
―――『万物の腐敗たる蝿の王（バアル・セブブ）』」
次の瞬間、彼の腕から黒い霧のような禍々しい魔力を宿した瘴気が双魔へと襲い掛かる。
「逃げろ！全てを腐敗させるベルゼブブの瘴気だ！
人間なんか一瞬で腐り果てるぞ！！」
それを聞いて、双魔は身構えると、ぎしり、と自分の腕に力を込める。
やったことはないが……できるか？
理論上は可能なはずだ。理論上は。
いや、やらなければこちらが腐れ果てるだけだ。
「おおおおおおおおおっ！！」
双魔は、『終末』の力を自分の手に宿らせると、
襲い掛かる瘴気に向かって横凪に一閃する。
瞬間、全てを腐敗させるはずの瘴気は、真横に切り裂かれ、力を失い霧散する。
双魔の『終末』の力によって瘴気自体を『消滅させた』のだ。
いかなる存在といえど、生まれ出た以上、終わりは必ず存在する。
それはベルゼブブの瘴気であろうと例外はない。
それを見て、ベルゼブブの契約者は舌打ちする。
「……チ。異能者の類か。
まさかベルゼブブの魔力を無効化するとはな。
能力の詳細が不明な以上、ここは一旦引くしかあるまい。」
そう言い放つと、彼はキュイイインというスラスターの魔力粒子の排出音と蝿の羽の羽ばたきと共に高速で飛び去っていった。
これが、双魔たちの新たなる戦いの始まりだった。
こんにちわ零です。
な、何とか新作を書き上げましたー。
今回のコンセプトは仮面ライダーです。
ああ、ライダーだからな。ライダーじゃ仕方ないな。
ＢＧＭは「魂の慟哭」と「最後のエデン」でお願いします。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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