―――世界は変わった。
ある一つの大きなきっかけを持って世界は激変する事になった。
それは、唯一神のこの世界からの旅立ちである。
唯一神は、ほとんどの天使と共に、この世界からどことも知れない世界へと旅立っていった。
高次元へのシフトとも、この世界自体を見捨てたとも言われているが、
詳細は明らかではない。
抑止していた勢力が消失し、一番張り切ったのは悪魔や堕天使と言った西洋の悪魔勢力である。
一応抑止力として大天使や力ある天使は残っていたが、それでも多勢に無勢。
瞬時にして、悪魔陣営は世界の半ばを支配する事になった。
さらに彼らの侵攻はそれだけは留まらなかった。
日本や中国などと言った東洋圏や他の地域など、彼らの支配地域以外にも積極的な攻勢に出たのである。
彼らが華々しく戦ったが、結果として敗北。
最後まで戦い続けていた日本もついに陥落し、神々はほとんど封印された。
これにより、世界は悪魔たちに支配されることになった。
―――これは、そんな中であがく者たちの物語である。
―――唸り声が響き渡る。
とある山中の森の中、夜の暗闇の中、爛々と光り輝く数十の瞳が浮き上がっていた。
山に住む野犬……にしては明らかに様子が異常である。
「……マルコシアスの契約者の使い魔か。ったく数だけは多いな。」
と、そんな野犬に囲まれて平然として立っている一人の少年がいた。
見た目こそ少年ではあるが、何かふてぶてしい物腰からはもっと年を取ったようにも感じられるような、
短髪で鋭い目つきをした人物だった。
「ま、契約者の使い魔という地点で、普通の魔術師や魔女には対応が難しいからな。
自然、こういうのは―――。」
「同じ契約者になるわけだ！《契約（コントラクト）》ッ！！ 」
そう叫ぶと同時に、彼は異次元から、「アッピンの赤い本（"red book of appin"）」の断片である赤いカードを転送し、
それを一気に自分の心臓へと叩きこむ。
瞬間、カードは霊体化し、彼の胸をすり抜けて直接アッピンの赤い本のカードが心臓に叩き込まれた瞬間
彼の内部に存在する悪魔バエルの分霊が起動し、彼自身の魂と融合する。
さらに体中から膨大なバエルの魔力が放出され、それが体の表面で物質化・結晶化し、
衣服を物質変換させ、『魔鎧』を形成する。
「グルルルッ……！！」
西洋風の鎧と甲虫的なデザインが融合したような魔鎧を纏った契約者である彼に、
さすがの戦闘用に特化された使い魔たちも警戒する。
「―――唸れ。雷霆。」
だが、魔鎧を形成した彼は、それに構う事なく一言呟く。
その瞬間、空から轟音を立て、まるで雨のように無数の雷が空から地面に降り注ぎ、
無数のマルコシアスの使い魔の魔犬を一気に焼き尽くす。
彼の契約している悪魔は、ソロモン７２柱が１、悪魔バエル。
冠を戴いた人の顔、猫、カエルの三つの顔を持ち、無数の脚を持ち、「東の軍勢を率いる王」と呼ばれる悪魔の中でも屈指の戦闘力を所有する悪魔の１柱である。
「果敢、復讐、決意、恥、聡明」などを司り、
一説ではルキフグスの配下とも、ルシファーの腹心とも噂されている実力者である。
当然ながら、彼と契約した存在も非常に高い戦闘能力を持つ。
原初の雷霆神・魔神バアルの神雷。
全盛期の億分の一にも満たない威力とはいえ、所詮使い魔程度なら容易く薙ぎ払える威力だ。
「ガ……アアアア！！」
かろうじて丸焦げになるのをまぬがれた数体の魔犬が彼に対して襲いかかってくるが、
瞬時に、ふくらはぎと、背中の装甲がスライドし、魔力噴出機（スラスター）がせり出す。
魔力噴出機から放出された魔力まじりの圧縮空気による高速移動により、
魔犬の攻撃を飛翔して回避する。
そして、上空で噴射を止めるとそのまま自然落下からのかかと落としを叩きこむ。
さらに、地面に着地した瞬間、回し蹴りで他の魔犬たちを文字通り一蹴する。
いくら戦闘に特化としたと言っても、所詮使い魔ごときがまともに戦えば契約者に敵うはずはない。
「………ったく、いくら金がないからって、契約者の残党狩りとはな。
泣ける話しだぜ。」
完全に使い魔を一掃した事を確認した彼は、魔鎧変身を解いて元の姿に戻る。
今回の依頼は、契約者の使い魔の残党を駆除することだ。
契約者自体は他の契約者によって倒されているが、
彼の残した使い魔が暴れまわっていたので、その駆除にネームレスが呼び出されたというわけである。
「はあ、こんな事で小金を稼がにゃならんとは……。
いくら契約者でも金がなくちゃ生きていけないしなあ。
マンモンとでも契約しとくべきだったかねぇ……。」
そうぼやきながら、ネームレスはとぼとぼとその場から歩き去っていく。
―――これが彼の日常だった。
「―――これは貴方向きの仕事です。ネームレス。」
悪魔バエルの契約者の一人、ネームレスの住まう半ば廃墟と化したビルに
そんな言葉が響き渡った。
暴走したマルコシアスの契約者退治を行った彼を出迎えたのは、
金髪のロングヘアーに豊満な肉体をスーツで覆ったまるでやり手のOLを連想させる美女だった。
彼女の名前は、ガーネロン……と一般的には呼ばれている。
どうせ偽名だろうし、彼女の正体を知る者は誰一人としていない。
だが、彼女の正体が何であろうがどうでもいいことだ。
確実なのは、彼女が契約者たちに様々な超自然的問題を依頼するクライアントであり、
彼女自身の情報や依頼が信用できるということだ。
「……仕事を終えて帰ってきたらいきなりそれかよ。
人使い荒いなあ。」
―――この世界に最早神は存在しない。
唯一神はほとんどの天使を連れて高次元へと旅立ち、
それぞれの国の神は、天使たちがいなくなり力を増した悪魔たちの悪辣な陰謀により、
それぞれ封じられている。
ここ日本の神である国津神や天津神も封じられ、ソロモン７２柱のうち東方を支配するという
悪魔バエルによって事実上支配されている。
……だがまあ、正直上のことなどどうでもいいことだ。
ネームレスは、まずはガーネロンからマルコシアスの契約者を倒した報酬を受け取ったあとで、
とりあえず話しだけは聞いてみる。
基本的に、彼女からの依頼を受けるかどうかは本人の意思によって決められる。
嫌なら断ればいい。それだけの話だ。
「では率直に。
今回の依頼は、他の契約者からとある令嬢の護衛をするという任務です。
彼女は学園に通っていますが、特にその学園内部は護衛の目が届きにくい＆狙われやすいという判断の元、
主に学園の中での護衛になります。
アンダーカバーとして教師や清掃員、用具員として潜りこむこともできますが……
不老の貴方なら、学生として潜りこむことも十分可能でしょう。」
「oh……。」
その彼女の言葉に思わずネームレスは天を仰ぐ。
何が悲しくていい年をして学生のコスプレして学校に潜り込まにゃならんのだ。
確かに報酬は非常にいいが、苦労する依頼であることは間違いない。
「……気が進まないねえ。
いい年して学生になってお嬢様のボディガードなんて。」
「ええ、いいんですよ？
今までの借金と借りさえ返してくれれば断ってくれても。」
にっこりと綺麗な笑みを浮かべるガーネロンに対して、ネームレスは大きくため息をついてどがっとソファーに座りなおす。
「貴方のような《契約者》は悪魔と契約した地点で不老となる。
肉体年齢が学生地点で止まった貴方なら学生として学園に潜り込む事も十分に可能です。
逆に教師や用具員などでは目立ってしまって護衛しにくい。
動きやすい『学生』という身分が一番だと思いますが？」
「そうは言ってもなぁ……。」
「……バエルの契約者の中でも、貴方は特別です。
第一次神威実験を生き抜いた貴方ならば……いえ、失敬。」
―――第一次神威実験。
それは思い出したくもない最悪の記憶の一つである。
ここ極東より遥か離れたウガリットの地。
そこで、作成された、大型ハドロン衝突型加速器と新型仮想ストーンヘンジを
組み合わせた魔導科学装置。
地脈から魔力を抽出し、その魔力を大型加速器によって加速・増幅させることにより、
発生した膨大な魔力を、直接契約者に注ぎ込むという実験である。
悪魔の分霊を宿しているとはいえ、そんな膨大な魔力を一気に注ぎ込まれたら、
どうなるかは明白である。
魂と肉体が耐え切れずに次々と破烈していく契約者たち。
それに耐えて生き残ったのはほんのごく少数。
それは彼自身と《以下思考検閲されています。閲覧を許可できません》
……いかん、思考が止まっていた。
まあ、それはさておき、その実験の結果、
ネームレスは、ほんのわずかだが原初の雷霆神、魔神バアルの権能を使用できるようになった。
「……はあ、とりあえずもう少し詳しい話を聞かせてくれ。
で、そのお嬢さんは何で契約者なんかに狙われているんだ？」
「はい、それでその令嬢は『転生者』らしいのです。
まあ、どの神霊の転生体かそこまではわからないのですが……。」
転生体。
それはその名の通り、古代の神霊や悪魔などの分霊（希に本体）が人間に転生した存在である。
その魂が覚醒すれば、膨大な力を振るうこともできるが、
人間としての人格が分霊の方に飲み込まれてしまうことも希ではない。
そして、覚醒していない地点では、彼らは膨大な霊的エネルギーを有するただの普通の人間でしかない。
だが、転生者自体が極めて希な存在である上に、覚醒前の彼らを見つけるのは困難なため、
彼らを巡っての争いが起きるのはあまりないのだが、一旦起きてしまえばそれは大きな戦いの引き金になるかもしれない。
「……なるほど。転生者か。また珍しいのが……。
確かに、そんなレアキャラを生贄に捧げれば契約した悪魔からさらに莫大な魔力か何らかの特典がもらえるだろうな。」
「この場合、零落しきった神霊の魂が彼女の中で眠っているという状況のようです。
その神霊が何かは不明ですが……。
まあとにかく、貴方の言うとおり、彼女の魂ごとその神霊の魂を契約した悪魔に捧げれば、
その契約者は褒美としてより莫大な力を得ることができるでしょうね。
ま、そこで契約者には契約者で対抗するのが一番手っ取り早い。まあ、そういうことです。」
「……俺が依頼を放棄して彼女をバエルの生贄に捧げたらどうする気なんだ？」
「……社会的制裁って知ってますか？
どんな強い力を持っていても、
社会から爪弾きにされて一人で生きていけるほど人間は強くないんですよ？」
その彼女の言葉に、ネームレスははあ、とため息をつく。
「……解った。とりあえずそのお嬢様を護りきって、敵契約者を倒せばいいというわけだな。」
「とりあえず報酬はこれくらいで……。」
そう彼女が示した報酬は相場から見てもかなり高めだ。
色々面倒くさそうな依頼だが、悪くはない。
「それと、偽装の戸籍もこちらで作成しておきます。
流石に「名無し」ではまともな学生生活が送れませんから。
そうですね。適当な偽名……水無月 煌とでもつけておきますのでそれで。」
それを聞いてネームレスは肩を竦める。
「……ったく、変な名前つけるなっての。
せっかく昔の名前を剥奪されて、真名を使って魔術をかけられる可能性がほとんどなくなってるってのに。
変な名前新しくつけられたらまたそこから変な魔術干渉仕掛ける可能性があるだろうが。」
彼の契約の代償は、自分自身の真名と過去のほとんどの記憶である。
彼自身の魂に加えて、真名もバエルとの契約で捧げているため、彼がバエルに逆らう事は不可能と言ってもいい。
ごくごく希なケースとして契約自体を無効化できるケースもあるらしいが、
そんなケースはほぼないと言ってもいい。
「……で？そのお嬢様を狙ってるヤツってのは？」
「それがどの悪魔と契約している契約者なのか今だ不明で……。
自分の能力を使わずに絡め手で彼女を狙っている事から見て慎重な性格なんでしょう。」
悪魔の契約者はそれぞれ独特な超自然的能力を保有する。
その能力は悪魔の霊格、本人の霊的資質などで大きく変化し、
能力さえ分かればどんな悪魔と契約しているか、またはその弱点も分かってくる。
だがそれが分からないとなれば仕方ない。
「はあ、仕方ない。それじゃまず学校に潜りこむしかないか……。
その依頼、受けよう。面倒くさい手続きはそちらに任せるわ。」
その言葉に、彼女はこくりとうなづいた。
―――数日後、とある私立学園。
そこには、偽造の戸籍や学歴などで『転校してきた』というカバーストーリーで
学園に潜り込んだネームレスの姿があった。
まあ、潜り込んできてるのにわざわざ目立つような馬鹿をすることもない。
自己紹介も普通に地味にやるだけだ。
「初めまして。転校生の水無月 煌です。よろしく。」
「ちぇっ、男かよー。」
「こういう時は美少女ってお約束なのになー。
まあ、現実はそんなに甘くないかー。」
そんなことを言われているが別段気にする必要はない。
どうせそんな長い間付き合う気はない。
大切なことは、とにかく目立たない事である。
「そうだなー。それじゃ空いてる席……水那の隣でいいか。」
神崎 水那
とある財閥のお嬢様でおしとやかな物腰で
アイドル顔負けの容貌、流れるような長い黒髪と前髪を切りそろえているのが、
印象に残る美少女である。
「あら、新入生ですの？初めまして、私は神埼 水那と申します。
よろしくお願いいたします。」
「ああ、よろしく。お嬢様。」
そのネームレス……もとい煌の言葉に、水那は思わず眉をひそめた。
「……そうか、貴方がお父様の言っておられた……いえ、何でもありません。」
これは『自分は護衛である』という符丁である。
あからさまに自分は護衛であるとこの状態ではいえないため、
こうやって予め伝えておいたのである。
この言葉で向こうもこちらを護衛だと認識できたはずだ。
後はこっそりと学生に紛れ込みながらひっそりと護衛するだけだ。
そんな風に考えながら、彼は授業を受けていく。
はっきり言うと退屈なものだ。
何せこちらは一度卒業しているし、目的は授業を受けることではない。
煌……もといネームレスにとっては久しぶりの学園生活だ。
……そりゃ、学生時代に戻りたい。人生をやり直したいと思った事は何度もある。
けど違う。ここは彼自身の過去とはやっぱり違うんだ。
時間跳躍などで純粋な彼自身の過去に戻れて人生をやり直せたのなら、
彼も素直に喜んだだろう。
だが、彼らは純粋な学生で、こっちは見た目は若いが、中身はおっさんだ。
休み時間の楽しそうな会話、グランドで何だかんだと話し合ったり体育の授業を受けている生徒。
全てが光り輝いて見える、実に健全たる学園生活だ。
そんな中に不老とはいえおっさんが紛れ込んでいるのだ。
いくら戻りたかったとはいえ、やはり違和感しか感じない。
彼が戻りたかったのは普通の学園生活ではなく、過去の自分自身の時間軸の学園生活なのだから。
「………ん？」
と、放課後になってぶらぶらと学校内をさ迷いながら
適当に彼女を護衛しようとしていたネームレスだったが、ふと机の中に手をいれると
一枚の見知らぬ紙切れが入っていた。
そこには『本日の放課後、屋上でお待ちしております』とだけあった。
はあ、とため息をつくとネームレスは屋上へと向かっていった。
「……お待ちしておりました。」
そこにいあのはやはり予想通り、護衛対象である神崎 水那だ。
屋上にただ一人、黒い髪を風でたなびかせて優雅に立っている姿は、
まるで一枚の絵画のようである。
だが、残念ながらそんな美しさに心惹かれるほど、もう真っ当な神経をネームレスは持ち合わせていない。
「……呼び出したのはお前か？お嬢さん。」
「ええ、父様からお話は伺っておりましたが、貴方が私の護衛をしてくれる方だと。
率直に言いまして、護衛は結構です。お引き取り願えませんか？」
その言葉に、ネームレスは思わず天を見上げた。
これは一番面倒くさいパターンである。
「……あのな、お嬢さん。あんた契約者がどれほど厄介な存在か分かってないだろ？
あいつらは悪魔の力を分け与えられた存在だぞ？
ただの普通の人間が太刀打ちできる相手じゃあないんだ。」
「わたくしは護身術も習っておりますの。
貴方のような殿方に護ってもらえなくとも十分に自分の身は自分で守れますっ！
それに防護用や攻撃用の魔装も持っております。
貴方に心配される筋合いはありませんっ！」
これだから潔癖なお嬢様とやらは……。
おまけに彼女は契約者の恐ろしさを全く理解していない。
悪魔の魂を分け与えられた契約者は普通の魔術師や魔女程度では全く歯が立たないのだ。
その程度の魔術師が作り上げた魔術的装備……魔装では言わずもがなだ。
彼女がここまで拒むのは、やはり親に頼りたくない、という反抗心からなのかもしれないが、
ここではいそうですか、と言うわけにはいかない。
「……お嬢様の相手は面倒くせぇ……。
泣けるねぇ……。」
と、思わず懐からタバコを取り出そうとすると、思わず水那が言葉を放つ。
「こんな所でタバコを吸おうとしないで下さいっ！」
「……本当に泣けるねぇ……。」
―――１方、そんな二人を屋上のドアの影からこっそりと覗いている姿があった。
彼女を慕うごく普通の男子生徒である。
偶然にも二人が屋上に上がっていくのを見た彼は影でこっそり覗いているが、
さすがに声までは聞こえてこない。
それでも、このシチュエーションは告白そのものである。
「ふざけやがって……！あのクソ転校生……！
ぽっと出のくせにお嬢様にお近づきになりやがって……ん！！」
『―――憎いか？』
ずずず、と奇妙な音と共に、彼の影がぐぐぐとせり上がり、三次元の立体的な影人間とでもいうべき存在になる。
「ひ……っ！？」
『その憎しみ。羨望。独占欲。愛欲。嫉妬。―――欲望。
私にとって実に好ましいものだ。さあ、私と契約を結ぶと誓え。
そうすれば、私と契約した■■■■■の名を持って、貴様に力を与えてやろう。
力さえあればあの女も貴様の物にできるだろう。
さあ―――契約しろ。』
その人を暗示にかける力のある不可思議な声に、少年は思わず頷いてしまった。
「……？」
その異変にいち早く気づいたのはネームレスだった。
屋上のドアからふらふらと一人の少年が屋上に入ってきたのだ。
それを見て、すっとさりげなくネームレスは水那をかばう位置に立つ。
彼の体からは、明らかに魔力が放出されていたからだ。
「……？ええと、確かウチのクラスの生徒でしたわね……？
一体何の……？」
彼の周囲には数十体の蠅が飛び交い、さらには、だらしなく開いた口からも涎と蠅が飛び出してくる。
それは、明らかに普通の状態ではない。
「ひ……ひひひ……俺は強い……俺は強い……そう俺は強い！
この強さで！彼女も俺の物にしてやるらぁ！！」
彼がそう叫んだ瞬間、学生服のあちこちがボコボコと膨れ上がり、
服の裾や首元などから凄まじい数の無数の肉食蠅が飛び出してくる。
彼の肉体には、すでに体内に無数の蠅が入り込み、
彼の肉を喰らい、さらに体内に蛆を増やすという無限ループに陥っている。
そんな存在が、自然界に存在するはずはない。
それに、あの蠅からは明らかな魔力が感じられる。
瞬間、ネームレスは異次元から赤いカード……「アッピンの赤い本（"red book of appin"）」を転送し、
それを無造作に自らの手首に叩きこむ。
「下がっていろお嬢さん。
……限定契約《リミット・コントラクト》能力限定解放。
―――唸れ。雷鳴。」
その瞬間、まるで壁のような無数の蠅の群れを轟音と共に、数条の雷撃が切り裂く。
アッピンの赤い本の断片である赤いカードが叩き込まれたネームレスの右腕は、異型への変形を遂げていた。
まるで西洋のガントレットのように彼の右腕は鎧と甲虫のデザインが融合したような
異型の鎧……魔鎧へと変形していた。
限定契約。
肉体の一部のみを魔鎧化させて限定的に能力を向上させるという技である。
ついでに、生徒たちが駆けつけてきても厄介なので消音や幻覚の結界を屋上一面に張ってある。
これなら周囲は気にしないで戦えるはずだ。
「あ……ああああああ！！
強い強い強い！俺はつよおおおい！！
彼女を！俺の！俺の物に！俺の！俺の！」
「ひ………っ！？」
先ほどの肉食蠅の群れはほとんどバアルの神雷によって焼き尽くされた。
いかに一般人には脅威的な肉食蠅だとしても、たかが蠅の群れごときが神雷に敵うはずはない。
それにも関わらず、肉体のあちこちを白骨化させながら
さらに肉体を犠牲にして肉食蠅を増加させてネームレスに襲いかかる。
「無駄だ。その程度では契約者には太刀打ちできない。……成仏しろ。」
瞬間、バアルの神雷は轟音と共に彼の肉体ごと肉食蠅を一気に消滅させた。
彼の肉体は残骸すら残らない。
これが、契約者や悪魔と関わり合いになった者の末路なのだ。
あまりの惨状にへたりこんでいる水那を尻目に、ネームレスは小さく呟く。
「……なるほど。蠅か。これで読めた。
お前を狙っている契約者は……魔王ベルゼブブの契約者だ。」
―――どこかで、誰が嘲笑うような声が聞こえた。
こんにちわ零です。
何となく、以前から書きたかった魔神バアルが活躍する小説を書き始めてしまいました。
どうもFateなどが進まないのでちょっと気晴らしに試しに勢いで。
コンセプトは仮面ライダーです。仮面ライダーなら仕方ないな。
エピロ−グから色々設定が変わったので、新しく書き直しました。
ご了承ください。
なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
また登場する人物は全て１８歳以上です。
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