―――どうして私は生きているんだろう？
何で何の取り柄もない私はこうして生きているんだろう？
その疑問は彼女……緒方智絵里の中でずっと渦巻いている疑問だった。
昔は、彼女だってそうではなかった。
平凡ながらも優しい両親に育てられて幸せな家庭を築いていた……と思う。
それが一変したのは、父親が事故で亡くなった時からだった。
優しかったはずの母親は段々余裕がなくなって智絵里に当り散らすようになってきた。
……昔の母親を知っている智絵里にとっては、それが一番辛いことだった。
「ほら智絵里！なにくずくずしてるのよ！ホントクズよねこの子は！！」
智絵里の一日は、母親の怒鳴り声からいつも始まる。
別に母親の役目を放棄しているわけではない。
調理洗濯などきちんと母親の役目は果たしている。
だが……事ある事に智絵里に対して怒鳴り散らしたり暴言を吐くのはいつものことだ。
「はい……ごめんなさいお母さん……。
それじゃ、学校に行ってきます。」
それでも智絵里は、彼女の事を嫌いにはなれなかった。
何だかんだで、ここまで育ててくれたのは彼女だし、優しかった思い出もある。
いつかはあの優しいお母さんに戻ってくれるはずだと淡い期待もある。
……だが、その影響は智絵里の性格に暗い影を落としていた。
彼女は、他人に対して強い恐怖感を常に抱いている。
母親に色々暴言を言われ続けてしまっている彼女は、他の人たちも同様だと考えて、
他人に対して心を開く事が出来ない。
友達を作りたくても怖くてできないのだ。
だから、学校でも目立たないようにし、女性グループの輪にも入れず常に一人である。
そんな彼女に対して、ギャルの女性グループは智絵里を嘲笑する。
「あいつってホント地味子ちゃんだよねー。」
「だめだよーホントの事言っちゃー。」
きゃはははは！と無神経な笑い声を上げる同級生たち。
そんな彼女たちの笑い声を、智絵里は小さくなって震えながら耐えるしかなかった。
それが、彼女の日常だった。
学校からの帰り道、図書館で宿題などを済ませ、あちこちで時間を潰している智絵里は深くため息をついた。
「……はあ。」
―――どうして私は生きているんだろう？
その疑問はずっと彼女の中で渦巻いていた疑問だ。
そして、その疑問は年々どんどん彼女の中で大きくなっていく。
親からも疎まれている。
友人もいない。
何の取り柄もない。
……生きている価値なんて何もない。
そんな風に、ますます陰鬱になっていく気持ちを少しでも変えるべく、彼女はいつものお気に入りの場所へと足を運ぶ。
そこは、大量のクローバーが咲き乱れているとある河川敷だ。
ここで、四つ葉のクローバーを探すのが彼女の日課となっている。
一人で学生服のまま座り込んで四つ葉のクローバーを探す智絵里。
そんな彼女の目には、遊歩道を楽しげに話しながら歩く学生服の男女や幸せそうなカップル、
犬の散歩をさせている人などごく当たり前の日常を送っている人たちの姿が目に入る。
―――皆あんなに幸せそうなのに。
私はこんなにも一人ぼっちだ。
それに考えが至ると、ますます何もかもが嫌になって陰鬱になってしまう。
何で私は幸せにはなれないんだろう。
私とあの人たちと一体何が違うんだろう。
―――私の孤独は、誰にも理解されない。
そう考えながらも、彼女は綺麗で切ない旋律の曲を口づさみながら四つ葉のクローバーを探す。
この曲も四つ葉のクローバーがあれば幸せになれると言ったのも、
今は亡き父親からである。
思えば、父親が亡くなってから全てがおかしくなった気がする。
あの時から優しかった母親も変わってしまって、私に厳しく当たるようになってしまった。
……昔のあの頃に戻りたい。
それが無理なら幸せになりたい。
そのために彼女は縋り付くような思いで毎日四つ葉のクローバーを探しているのである。
だが、そんな彼女の努力も虚しく、今日は四つ葉のクローバーは見つからない。
それを見て、智絵里は歌を止めて、思わず自嘲の笑みを浮かべる。
「やっぱりない、か。そうだよね。どうせ私なんか……きゃっ！？」
と、そんな時、いきなりの突風が吹き、彼女のツインテールを縛っていたリボンがほどけ、風に飛ばされてしまう。
そんな風に飛ばされたリボンは、一枚目はすぐに回収できたが、
もう一枚目は、強い風に飛ばされて、遊歩道の方まで飛ばされていく。
そして、その風で飛ばされたリボンを、一人の凛とした雰囲気を持った女性がキャッチする。
年頃は恐らくは大学生。
艶やかな流れるような黒髪のロングヘアー。切り揃えられた前髪。
意思の強い瞳に、凛とした容貌。
そして、あまり詳しくはない智絵里にも分かる上品に纏められたブランド品のバック。
それは、どこかいいところのお嬢様という雰囲気を纏わせた年上の女性だった。
「これ、貴女のリボン……かしら？」
「は、はい。そう……です。ありがとう……ございます。」
恐る恐る、智絵里は彼女の差し出したリボンを受け取る。
元々対人恐怖症ぎみな彼女にとって、見知らぬ他人と話すなどハードルが高い。
ましてや、こんな美人ではなおさらだ。
「そう―――とても、綺麗だわ。」
「……え？」
唐突な一言で智絵里は驚いて彼女の顔を見る。
いきなり彼女は何を言い出すのだろうか。
新手のナンパ？いや、女性が女性をナンパするなんて……！？
そんな風にパニック状態になりかけた智絵里に対して、彼女は微かに微笑む。
「貴女の歌。聞かせてもらったけれど、綺麗で、繊細で、優しくて、とても素敵。
こんな歌、誰も聞かないなんて私には耐えられない。」
そう言いながら、彼女は智絵里に対してとある名刺を渡す。
そこには、彼女の名前ととある場所の住所と電話番号が載っていた。
「気が向いたのならここにいらっしゃいな。きっと素質があるわ。」
「あ、あの……貴女……は？」
颯爽とその場を立ち去ろうとする彼女に対して、智絵里は勇気を出して声をかける。
一瞬、彼女は立ち止まると黒い髪をたなびかせて勢いよく振り向き、
敢然と智絵里に向けて言葉を放つ。
「―――黒川。黒川千秋。アイドル候補生よ。」
「アイ……ド……ル……？」
その強い意思を秘めた瞳、漆黒の黒髪、凛々しい顔。
気弱な智絵里とは全く正反対な彼女の姿。
そんな彼女の姿に―――智絵里は憧れてしまったのだ。
―――これが、アイドル緒方智絵里の初めの一歩になるとは、その時誰にも想像できなかった。
アイドル候補生よ。キリッ(｀・ω・´)。
こんにちわ。零です。
前々から書いて見たかったちえりんのSSを書いてみました。
全てに絶望した少女が少しづつ立ち直っていく話を書いていけたらいいなあ、と思っています。
感想などいただけるととても嬉しいです。
それでは失礼です。
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