―――私の将来には絶望しかないと思っていた。
希望なんて、憧れなんて手にできるわけないと思っていた。
けれど、それでも、私は―――。
昼間の街並み。
流石に平日の昼間だというのに、都内は人が多い。
そんなざわざわとした雑踏の中、一人の制服の女性がドリンクのカップを手にし、
ストローに口をつけながらその楽しそうな人々を憎々しげに睨みつける。
ちょっと独自のツインテールに纏めた髪、学校の制服で身をまとった一人の少女。
「全く真昼間だってのにどいつもこいつも楽しそうで……嫌になる。」
―――北条加蓮。
それがこの少女の名前である。
ぎり、と加蓮は口に加えているストローを強く噛み締める。
彼女も制服を纏って学校に通っているれっきとした生徒である。
それが何故学校に行かずにまっ昼間から街をウロウロしているのかといえば、
それは彼女自身の病弱さ故である。
今日も体育の授業がある時に、意地を張って出た結果倒れる羽目になってしまったのである。
結果、保健室で休んで早帰りしていいと先生には言われたのだが、
彼女を見るクラスメイトの目は冷たかった。
『加蓮はいいよね。病弱でさ。早く帰れたり皆から優しくされてさ』
皆口にこそ出さないが、彼らの表情はそうありありと物語っていたのだ。
それを思い出して、加蓮はぎり、と歯を噛み締める。
「私だって……好きで病弱なわけじゃない。」
そう、好きで病弱な訳がない。
彼女にだって、やりたいことは山のようにあった。
体が丈夫だったら、憧れだったアイドルにだって―――。
と、その瞬間、ビルの大きなテレビジョンにパッと移り変わる。
そこに写っているのは、ドレスのような艶やかで麗美な衣装を纏っている
肩で髪を切りそろえたオッドアイの女性。
―――高垣楓。
最近、売り出し中のアイドルグループの女性のうちの一人だ。
『お願いシンデレラ』の曲と共に、他にも綺麗な女性がTVの画像内で舞い踊る。
その華麗なアイドルたちの姿に、加蓮は羨望と憎しみを持って睨みつけ、ぎりとさらに歯を噛み締める。
―――羨ましい。
私だって……私だって体が丈夫ならば、もっと素直な可愛らしい性格だったら、もっと可憐な容貌だったら。
絶対に、絶対にアイドルになれるように頑張ったのに。
と、その時加蓮の心臓に鈍い痛みが走った。
呼吸も困難になる。
「……ッ！ハァッ……！」
思わず、加蓮は胸を抱えて蹲る。
いつもの発作だ。大丈夫。いつもの事だ。少しすればすぐに治る。
だが、そんな加蓮に対して目を向ける者は誰ひとりしていない。
加蓮にとっては、胸の苦しみよりそれが一番つらいことだった。
どうせ、私が消えたって誰も、何も、変わらない。
私がいなくなったって、どうせ両親がほんの少しだけ悲しむだけで、誰も悲しまない。
そんな風な暗い考えが加蓮を支配し、道端に塞ぎ込んでいる時に、
一人の男性が彼女に向かって声をかけてくる。
「あの……大丈夫ですか？」
「……ッ、だ、大丈夫。しばらく大人しくしていれば……。」
「よろしければ、こちらをどうぞ。」
そう言いながら、その大柄の男性はペットボトルのミネラルウォーターを差し出してくる。
懐から薬を取り出して、ミネラルウォーターを一気に飲み干すと、加蓮のいつもの発作も少しづつ落ち着いてくる。
ふう、と一息ついた彼女は、水を差し出してきた男性にお礼を言う。
「あ、ありがと……！」
そこで、彼女は気づいた。
自分に対して水を差し出してきた男性の大柄さと目つきの悪さに。
ずうん、とこちらに対してのしかかってきそうな大柄さは、凄まじいプレッシャーをこちらに与えてくる。
そのプレッシャーに流石の加蓮も驚く。
「ア、アンタ……一体何？」
その無礼とも言える加蓮の言葉に、彼は物怖じせずに懐から名刺を差し出す。
「申し遅れました。私、こういうものです。」
その名詞を受け取った加蓮はそれをジッと見つめる。
「プロデューサー……？３４６プロダクションの……？
でも、あそこって確かアイドル業はやってなかったはずじゃ……？
あ、でも高垣楓や川島瑞樹とかも３４６プロダクションだっけ……。」
「……詳しいのですね？」
その言葉に、加蓮は思わずはっとする。
病弱だった彼女は、TV内のキラキラ輝くアイドルたちに憧れて、やる事もなかったので、
アイドルたちやアイドル業界について調べる事も多かったので、業界内部の情報には多少詳しい。
確か３４６プロダクションは、俳優や歌手が多数所属する老舗の芸能プロダクションでアイドル業は行っていなかったはずだ。
「はい、その通りです。
ですが、このたび新規部署としてアイドル部門を立ち上げる事になりまして……
貴女がおっしゃったように、すでに高垣楓さんや川島瑞樹さんもデビューさせていただき、
他のメンバーもアイドルとしてデビューさせていただいております。
私の今行っているプロジェクトも一段落つきましたので、
また新しいアイドル候補生を募集しておりまして……どうですか？まずはお話だけでも。」
どくん、と加蓮の胸が軽く脈打った。
今度は病気の発作などではない。
何もかも諦めて拗ねていた彼女の心に、ようやく火が付き始めた。
どくん、どくんと心臓が脈打ちだすのを隠すように、加蓮は胸の前で拳をぎゅっと握り締める。
「な、何で？どうしてアタシなの？
アタシは病弱で……何もない。レッスンだって難しいかもしれないのに。
どうして？」
「……表情です。」
「表情？」
きょとん、と問いかけてくる加蓮に対して、プロデューサーは淡々と答える。
「はい、テレビジョンを見上げていた、あの表情です。」
―――見られてた。
どくん、と加蓮の心臓が思わず波打った。
それにも関わらず、彼は淡々と言葉を続ける。
「あのテレビジョンを見上げていた憧れに満ちた表情。
あの表情を見て、ぜひスカウトしよう、と。
あの表情を浮かべられる貴女なら、きっとステージ上でも素敵な笑顔を見せられるだろう、と。」
誠実にそう答えるプロデューサーに対して、
思わず顔を赤くした加蓮はぷいっと横を向く。
「私は別に………誰かに救ってもらいたかったわけじゃないし｡
アンタにその役目が務まるの?」
顔を赤くしながら拗ねたように少し口を尖らせてそう呟く加蓮に対して、プロデューサーは真剣な表情で問いかける。
「それは……逆に言うと、誰かに救ってほしいと、そう願っているのでは？」
「―――ッ！？」
その瞬間、加蓮の心臓が、どくん、と波打った。
思わず顔が真っ赤に染まる。
今まで、こんな真摯なセリフを言われたことなどなかったからだ。
そんな彼女は、自分の動揺や赤くなった顔を隠すように普段よりぶっきらぼうなセリフで答える。
「……アンタがアタシをアイドルにしてくれるの？
でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、
なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい？ダメぇ？」
ここまで言えば、向こうだって難色を示したり断ってくるはずだ。
下手に希望を持たせられるよりも、きっぱりと断ってくれた方がずっといい。
中途半端に希望を持たせられて、後で落とされて絶望を味わう事ほど辛い事はないからだ。
「はい、よろしくお願いします。」
そんな彼の背中を見て、加蓮はぽつりと小さく呟いた。
「……何だか、調子狂うなぁ……。」
―――同人誌へ続く。
こんにちわ。零です。
こちらは、歌姫庭園＆夏コミに出す予定の同人誌サンプルになります。
感想などいただけるととても嬉しいです。
それでは失礼です。
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