「……そう。緒方さんもアイドル候補生になるのね。
これからよろしくね。」

「は、はいっ!これからよろしくお願いします!」

―――千秋とプロデューサーが所属するアイドル事務所。
シンデレラガールズ事務所。
あの後、智絵里は契約のためにこの事務所を訪れていた。
そして、ちょうど来ていた千秋にも簡単な説明をしていたのである。

気弱で人見知りの智絵里がこんなに人数の多い事務所で一人で放り出されては慣れるまでは何もできないだろう。
それなら慣れた人間をつけさせた方がいい、というプロデューサーの判断である。

「(黒川さん。申し訳ありませんが緒方さんの面倒見てくれませんか?)」

「(ええ、解ったわ。私が引っ張り込んだようなものだし。きちんと面倒はみるわよ。)」

ふんすふんすと気合の入っている智絵里を見ながら、彼女は頷く。
他人に対して興味を示さない彼女にとっては極めて珍しい事だ。
まあ、これは黒川さんにとってもいい事だろう、とプロデューサーは判断した。

これはプロデューサーの策略の一つである。
実際、今だ千秋は事務所に馴染んでるとは言い難い。
他人に対して壁を作り、ただ黙々と歌のレッスンなどを行っている今の彼女には親しい友人がいない。
智絵里の紹介をきっかけにして、少しでも友人が増えればいいというプロデューサーの考えである。

彼女も義理固いところがあるから、面倒を見るといえば最後まで面倒を見るだろう。

「ええ、まずはトレーナーを紹介してその後で体力測定をしてもらいます。
事務所のメンバー紹介は後でもいいかと……。
でも、私は用事があるので、申し訳ありませんが黒川さん事務所のメンバー紹介をしてもらっていいでしょうか?」

「解ったわ。仕事頑張ってきなさいな。」

そう言ってプロデューサーが立ち去ると、彼女たちはジャージに着替えてレッスン場へと脚を運ぶ。
そんなこんなをしている間に、一人の小柄な女性がレッスン場に入ってくる。
その女性は、快活な様子で智絵里に話しかける。

「初めまして!私が智絵里さんのレッスンを担当する青木慶といいます!
よろしくお願いします!黒川さんの担当もしてるんですよ!」

「は、はい!初めまして。緒方智絵里といいます。
その……よろしくお願いします。」

ルーキートレーナーの快活な様子で、智絵里の警戒心も多少は溶けたらしい。
人見知りの智絵里としては珍しく、すんなりと彼女に挨拶ができる。
ちなみに、彼女には他に姉妹がおり、アイドルたちからは区別のために
トレーナーちゃんの愛称で呼ばれている。
(年齢も19とアイドルたちに近いのもあるが。)

「はい!よろしくお願いします!
くぅ〜。担当アイドルが二人……!
これで私もトレーナーって感じですよねぇ……!!」

そんな風に悦に浸っている彼女に対して、千秋は冷静な声をかける。

「青木さん。そういうのはいいですから早くレッスンメニューを。」

「アッハイ。
うう……黒川さんは相変わらずセメントですねぇ……。
私ちょっと泣きそうです。
あ、智絵里ちゃんはまずは体力測定から始めましょうか。」

「は、はい。それじゃ……慶ちゃんでいいのかな?
よろしくお願いします。」

その言葉を聞いて、彼女は思わず激高する。

「わ、私は19です!智絵里ちゃんよりずっと年上なんですよ!」

「え!?てっきり年下だと思っていました……。す、すみません。」

「ち、智絵里ちゃんより年下に見られる私って一体……。
凛ちゃんからも年下って思われるし……。うう……。
ま、まあそれはそれとして体力測定、始めましょう!」

しょんぼりとしたルーキートレーナーだが、それはそれとして自分の仕事をこなすつもりなのは立派だ。
その言葉と共に、レッスン場を利用して智絵里の体力測定が始まる。
だが、やはり内向的で運動も得意ではない彼女に体力があるはずはない。
(ちなみに、千秋は自分のメニューをこなすべく外へランニングに向かった。)

「ええとその……智絵里ちゃんはまず基礎体力をつけるところから始めましょうか。」

「は、はひ……。す、すみません……。」

ジャージ姿の智絵里ははあはあと息を切らしながら床に倒れている。

「いえ、それはトレーナーの仕事なので智絵里ちゃんが謝ることではないですよ。
むしろやりがいがあります!これぞトレーナーの冥利につきるってヤツですよね……!」

そんな彼女にスポーツドリンクを差し出しながら、ルーキートレーナーはふんす!と鼻を鳴らす。

「ぶっちゃけ、黒川さんはレッスン指導的には吸収力が高すぎてすぐ教えることがなくなるというか……。
優秀すぎてトレーナーとして役に立てるところが少ないというか……。
だから私がいてもあんまり意味ないというか……。」

と、ルーキートレーナーは先ほどの勢いはどこへやらいきなりとほほ、と肩を落とす。

「く、黒川さんは……そんなに凄いんですか……?」

「黒川さんは……ストイックというか……訓練マニアというか……
ぶっちゃけ自分を追い込むの大好きなドMというか……。」

「……青木さん。」

「はひぃっ!」

そんなルーキートレーナーに対して、背中から冷徹な声がかけられる。
ギギギ、とまるで油の切れたロボットみたいに恐る恐る彼女が振り向くと、
そこにはランニングから帰ってきたジャージ姿の冷ややかな瞳の黒川千秋の姿があった。

「……ちょっと『お話』しましょうか。」

「は、はひぃっ……。ち、智絵里ちゃんはシャワー浴びて着替えてもう帰っていいですから〜……。」

「は、はあ……。そ、それじゃお先に失礼します。」

何だか気にはなったが、
これ以上ここに残っても仕方ないと判断した智絵里は大人しく帰る事にした。
事務所のメンバーへの挨拶は、また後日ということである。





――そして後日。
今度は智絵里に対して事務所のメンバー紹介することになった。
微かに化粧をして、地味になりすぎず派手になりすぎない智絵里が、
かなり緊張していることは傍目から見ても分かる。
ぎゅっ、と拳を握りしめている彼女を見て、千秋はいつも通り声をかける。

「まずは事務所の案内をしましょうか。
……まあその……ウチはその個性的なアイドルが多いから、あまり驚かないようにね。」

「それと……あまり心配しなくてもいいわ。緒方さん。
……私がいるもの。」

え?とそんな疑問を持つ智絵里を他所に、千秋はコツコツと足音を立てて颯爽と事務所のビルの中へと入っていく。

そして事務所内に入った彼女は、次々とアイドルたちに智絵里を紹介していく。
まあ、さすがに人数が多すぎるので一度には紹介できないので、
今事務所にいる人間に対して少しづつ紹介していく。

「ふーん、アンタが新しいアイドル候補生?まあまあかな……。
私は渋谷凛。よろしくね。」

「くくく……。深淵たる闇の同胞が増えるとは……。喜ばしい限りよ……。
魔王たる我が名を覚えるがよい。我が名は神崎蘭子。
闇の深淵を統べるべく定められた闇の王!共に闇の深淵を歩もうぞ!!
(わあい、新しい人ですか!?私、神崎蘭子っていいます!
一緒に頑張ってトップアイドル目指しましょうね!)」

「初めましてー☆彡おっすおっすばっちしー。
きらりんはねーきらりっていうんだよー。よろしくねー。」

そんな風にして、とりあえず事務所内にいるアイドルたちに挨拶をしていく智絵里だが……。

「ええとその……何というか……こ、個性的な方が多いですね!」

ちょっと額に汗を書きながら智絵里はそう答える。
今は自己紹介の休憩中だ。
何せこの事務所は人数が多いため、皆に紹介するのも一苦労なのだ。
ましてや気弱な智絵里には見知らぬ人と大量に話すのは疲れるだろうと千秋は判断したのだ。
流石に彼女もここまで事務所のメンバーは個性的だとは思わなかったらしい。
その言葉に同感するように、千秋も、はあ、とため息をつく。

「……無理しなくていいわよ。緒方さん。なんというのかしらね……。
プロデューサーも一度職を辞めさせられたらしくて、そのせいか、
社会に適応できない、爪弾きにされた人間に対して思い入れが強いのよね。
メサイアコンプレックスとはちょっと違うけれど。」

「めさいあ……?」

「ああ、要は「他人を救わなければならない」という考えに囚われている人のことよ。
まあ、安心なさい。ウチのプロデューサーはちょっと違うから。
『社会が俺達を爪弾きにするのなら、彼らを集めて功績を上げて見返してやる!』というところが正しいのかしらね。
ウチの事務所がやたら個性的なのはそのせいね。
まあ、そのせいで個人の個性を矯正するということはないから、そういう人間にとっては居心地いいみたいね。」

具体的に言うと蘭子などもそうだ。
彼女はいい子なのは間違いないが、ああいう独特な言葉使いでは社会に出てトラブルになることは間違いない。
だが、この業界では、彼女の厨二病発言などは立派な個性であり武器として成り立っている。
それゆえ、無理矢理矯正して彼女たちの個性を潰すよりも、

「まあ、そのせいでウチの事務所は個性的というか……ぶっちゃけて言うと魔窟になってるわけだけど。」

彼女の言葉は事実だ。
他のアイドル事務所からもあまりの個性的っぷりに『あそこは魔窟だ』と言わしめる始末である。

「く、黒川さん!ぶっちゃけすぎです!」

そんな発言が他の人間に聞こえたら一大事だ。
智絵里は小声で千秋をたしなめる。
だが、ふと彼女は気になった事を問いかける。

「あの……。」

「?」

「黒川さんもそうなんですか?
黒川さんはお淑やかなお嬢様で、その、とても社会に適応できていないとは……?」

その言葉に、思わず千秋は苦笑いを浮かべる。

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど……そうでもないわよ?
正直、プロデューサーに出会っていなければ私もどうなっていたか……。
……いえ、何でもないわ。」

プロデューサーの事を語った時の彼女の少し嬉しそうな横顔を見て、ほんの少しだが、ちくりと智絵里の胸が痛む。
だが、そんな彼女を尻目に千秋はさらに他のアイドルたちの紹介をしていく。

と、ふと事務所のテーブルで二人で差し合わせで楽しそうにワインとビールを飲んでる二人を見かける。
真昼間から酒をかっくらっている二人を見て、千秋は思わず頭痛をこらえるように額を抑える。

「……楓さん真昼間から事務所で飲んでるんですか。
飲むのだったら家で飲んでください。未成年の教育によくないかと。
後川島さんまで……。」

そんな呆れた口調の千秋に対して、ゆるやかにウェーブのかかったロングヘアに、
落ち着いた服装で纏めたいかにも大人な女性が話しかける。

「まあ硬いことはいいじゃない。アナウンサー時代はこんな昼から飲む機会がなかったから新鮮な経験だわ。
経験って大事よね。わかるわ。貴女も飲んでみる?」

「いえ、これからレッスンがありますので。
……それよりも彼女、新しく入った緒方智絵里さんです。」

「高垣楓です。よろしくね、智絵里ちゃん。」

「はぁい。川島瑞希よ。よろしくね。」

ふんわりとしたボブカットに、左目のほくろ、そしてよく見ると分かるが右目が緑、左目が青のオッドアイの女性。
すらりとしたモデルを連想させる雰囲気をもった高垣楓と名乗ったその女性は、
智絵里が見とれるほどの綺麗さだった。

「は、はい。初めまして。緒方智絵里といいます。
新入りですがその……よろしくお願いしますっ!」

そう言いつつ、智絵里は彼女たち二人に対して挨拶をする。
何せ年上?の女性たちで先輩だ。
初対面のあいさつは大切である。ただ、それでも気になることはある。
ちらり、と智絵里は楓が飲んでいるワイングラスに視線を走らせる。

「ん?どうかした智絵里ちゃん?
……ああ、ふふっ私は25才なのでとっくの昔に成人してますよ?
だからお酒を飲んでもオッケーなんですよ?」

「た、高垣さんって成人していたんですか!?
ご、ごめんなさい。私てっきり……。」

智絵里から見て、高校生か高校を卒業したばかりにしか見えなかった楓の年齢を聞いて、
思わず智絵里はびっくりする。
それくらいに見える童顔っぷりなのだ。

「ふふっ、気にしないでください。慣れてますから。」

そんなこんなで仲良くなりつつある楓と智絵里を見ながら、千秋は微かに微笑む。

「でもまあ……おねーさん安心したわ。」

そんな千秋を見て、くびり、とビールを口に運びながらも瑞希は呟く。

「?何がですか?」

「この世界は武器を使わない戦場よ。
そんな中で生き残るためには突厥した武器がいる。
貴女のいうことも正しいわ。
……けど、それだけじゃ生き残る事はできない。大切な物がなければね。」

「……それは?」

不審そうに問いかける千秋に、瑞希はにこりと微笑んで答える。

「ひ・み・つ。自分で考えなさい。
でもね、貴女はその大切な物を手に入れそうになっているのよ?」

「……はあ。よくわかりませんが……。
あ、緒方さん。そろそろレッスンの時間ね。行きましょう。」

「あっはい。黒川さん分かりました。
それじゃ、これからもよろしくお願いしますっ!」

そう言いながら、智絵里と千秋は一旦自己紹介を打ち切って事務所からレッスン場へと移動していった。
そんな彼女たちの後ろ姿を見ながら、楓はワインを口に運びながらにこやかに口を開く。

「ふふ、それで、答えは何なんですか?」

その楓の答えに、瑞希もにっこりと笑ってこう答える。

「―――戦友よ。一緒に肩を並べて戦えるような、ね。」








こんにちわ。零です。

おかしい……。
何だかどんどん百合というより肩を並べて戦場で戦うというか
G戦場ヘブンズドアっぽくなっていく気が……。
ま、まあこれはこれでありか。


公式では両親は共働きで寂しがり屋になっていますが、
この物語ではこういう設定になっています。ご了承ください。



感想などいただけるととても嬉しいです。
それでは失礼です。



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